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一井 亮治
参加者

     十五話

     三日前の日本へと戻ってきた桜子と志郎だが、何かがおかしい。地震とは異なる強烈な振動が違和感となって襲ったのだ。
    「時空震だ!」
     声を上げる志郎に桜子が首を傾げる。
    「時空震? 何それ」
    「シュレが言っていた。時空課税の根底を覆す何かが進行中だって。多分、これがそうだ。桜子、急げ!」
     いきなり走り出す志郎に桜子は、戸惑いを隠せない。だが、目の前に飛び込んできた光景に思わず息を飲んだ。シュレが肉体を破壊され倒れているのだ。
    「シュレっ!」「しっかりして!」
     叫ぶ二人にシュレは声を絞り出した。
    「セツナ……に……気をつけて……」
     シュレが完全に機能を停止する中、周囲の一帯では無秩序な破壊が起こり始めた。
     目には見えないものの、何かが進行していることは明らかだ。
    「事務所が危ないっ!」
     叫ぶ志郎に桜子は混乱しつつも、走った。やがて、目の前に上がる火の手に二人は、愕然とした。
    「うちの事務所がっ……」
    「親父っ!」
     桜子と志郎は、炎に包まれる事務所に飛び込むや、中で倒れる父・善次郎に飛びつく。
     どうやらまだ息はある様だ。
    「桜子っ、手を貸してくれ」
    「分かった」
     二人は息を揃え、善次郎を事務所の外へと運び出した。その後、志郎が盛んに蘇生措置を施すものの、善次郎に反応は見られない。
     焦りに額が汗で濡れる中、救急車が駆けつけた。同行する志郎と桜子は、気が気でない。
     やがて、病院につくや善次郎は集中治療室へと運ばれた。手術中のランプが赤く点る中、事の真相を理解した志郎が舌打ちした。
    「陽動、か……セツナにまんまと騙された」
     
     
     
     善次郎の手術が終わった。無菌室でパイプに繋がれ横になる善次郎を、桜子と志郎は外から見守っている。
     包帯が巻かれた痛々しい姿を眺める二人だが、そこへ聞き覚えのある声が響く。
    「さて、どうしたものかしらね? お二人さん」
     驚き振り返る桜子と志郎は、背後に立つ人影に目を見開いた。諸悪の根源であるセツナが男達を引き連れ立っているのだ。
    「セツナ。どういうつもりだ!」
    「どうもこうもそういうことよ」
     吠える志郎にセツナは、肩をすくめながら切り出した。善次郎の命運は自分が握っており、いかようにも未来を改変できる、と。
    「条件は一つ、歴史のクリスタルよ」
     交渉を持ちかけるセツナに桜子の心中は揺れている。だが、志郎は即断した。
    「セツナ。残念だがお断りだ。未来をお前らの好き放題にはさせない」
    「あら、随分と威勢がいいのね。すでに勝負はあったというのに」
     笑うセツナに志郎は、かぶりを振る。
    「セツナ、勝負はこれからさ。確かに時空テロを防げず、その点で俺達負けたかもしれない。だがセツナ、お前はまだクリスタルに承認されていない。つまり、俺達の意のままにある状況は変わっていないってことさ」
     吠える志郎にセツナは、にんまり目を細めている。どうやら図星の様だ。セツナは満面の笑みを浮かべながら、言った。
    「志郎。アンタって本当にいいわ。この状況にあって冷静さを失わない。大したものよ。いいでしょう。条件を変えましょう」
     ――え、どういうこと?
     桜子が怪訝な表情を浮かべる中、セツナは意外な切り口で迫った。
    「志郎、条件はあなたよ」
    「ほぉ、俺をどうする気だ!?」
     志郎の問いかけに、セツナは構うことなく続けた。
    「あなたの身柄をしばらくの間、私達が頂く。安心なさい。危害は加えないから。ただ少しの間、行動をともにするだけよ」
    「志郎兄を連れていくですって!? 何言ってるのよセツナ。そんな条件、飲めるはずがないでしょう」
     憤慨する桜子だが、傍らの志郎が手で制し小声で囁いた。
    「桜子、親父とクリスタルを頼む」
    「え、ちょっと待ってよ。まさか志郎兄、セツナの条件を飲むっていうの?!」
     驚く桜子に志郎は、うなずく。
    「あらかじめ予想はしていたんだ。それしか妥協点はないからな。心配するな桜子。俺は必ず帰ってくる」
     志郎は桜子の肩をポンと叩くと、セツナに言った。
    「いいだろう。その条件を飲もう」
    「オーケー、交渉成立ね」
     セツナは満足げにうなずくや、男達に志郎の身柄を拘束させた。両脇を固められながら、連れ去られていく志郎の背中を、桜子は力なく見送るしかなかった。

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