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一井 亮治
参加者

     第二十九話

     桜子と京子が向かったのは〈岐阜〉だ。命名したのは、美濃地方を平定した織田信長である。
     地名を変えてまで新たな世を目論む信長は、ここで一つの施策を行う。世に名高い楽市・楽座――つまり、減税と規制緩和である。
    「定 加納。一 楽市楽座之上諸商売すべき事、か……要するにカネは能力のある者に使わせろってことね」
     岐阜城下の加納宛にたてられた制札を前に桜子が鼻を鳴らす。
    「桜ちゃん、そんなこと言ったら身も蓋もないじゃん。即刻、首が飛んじゃうよ」
    「まぁ、あの信長だからね。美濃には、天下を狙わせるだけのポテンシャルがあったわけだ」
    「水、ね」
     ピンポイントで答える京子に、桜子はうなずく。水があれば米が獲れ、さらに水運が商品の流通を促す。
     特に木曽三川を上流まで押さえ、物流網を上から下まで掌握し経済をコントロールした経験は、信長にさらなる野心〈天下〉を抱かせたと桜子は睨んでいる。
    「けど桜ちゃん。信長が上洛するには、足りないものがあるじゃん」
    「大義名分でしょう。誰もが納得する形を踏まないと、諸国の有力大名から反感を買ってしまうからね。それを解決する使者が間もなくここに来るはず」
     桜子が京子とともに待機していると、その使者と思しき武士がやって来た。やや禿げ上がった頭に眼光の鋭さを持つその人物こそ、天下を目前にした信長を葬ることになる明智光秀である。
     早速、アプローチをかけると、打てば響くような反応が返ってきた。曰く、信長に大義名分を与える格好の人物と繋がりを持っていると。
    「それは、将軍の足利義昭様ですね?」
    「いかにも。しかし、なぜそれを……」
    「実は私達、信長様から特別な配慮を頂いているんです。よろしければご案内しますよ」
    「これは渡りに船だ。頼もう」
     光秀が大いにうなずく中、傍らの京子が耳打ちした。
    「ちょっと桜ちゃん、大丈夫? あたいら信長からの配慮なんてもらってないじゃん」
    「大丈夫よ。ここは私に任せて」
     京子を言いくるめた桜子が向かったのは、岐阜城だ。アポ無しにも関わらず信長が直々に会うと言う。
     ――やっぱり。
     桜子は密かに心の中でうなずく。どうやらあらかじめ志郎が仕込みを入れた後の様だ。わざわざ桜子らと直々に会うところから察するに、かなりの関係を築いたらしい。
     早速、光秀を連れて岐阜城へと乗り込むと、信長が待っている。
    「待っていたぞ、時空の旅人。志郎から話は聞いておる。ときに光秀とやら。そなたが引き合わせるのは将軍、足利義昭公だな」
    「ははっ」
     光秀が恐縮しつつ、自らの素性を名乗り義昭を売り込んだ。これに信長は大いに興味を示している。
    「あい分かった。その方の務め、この信長が引き受けようぞ」
    「では、上洛を?」
    「うむ。その旨、しかと義昭殿に申し伝えよ」
     それを聞いた光秀は感極まるあまり、涙まで見せている。斎藤道三のお家騒動に巻き込まれて以降、流浪の身として諸国を転々とした苦労人である。その心中や察するものがあった。
     やがて、去っていく光秀を満足げに見送った信長は、壇上から桜子に話しかけた。
    「さて桜子と京子。色々事情がある旨、志郎より聞いておる。その方らに詳しい者をあたらせる」
    「それは、どなたでしょうか?」
    「いや、人ではない」
    「え……と、申しますと?」
     怪訝な表情を見せる桜子に、信長は愉快げに紹介した。
    「サル、だ」
     これを合図に一人の小柄な成年武士が現れた。その愛嬌のある顔に桜子は、思わず笑みを浮かべた。
     ――確かにこれは、サルだわ……。
     このサル、こと木下藤吉郎こそが豊臣秀吉と名を変え、太閤検地として日本の税制史に大きな影響を与えることになるのだが、それはまだ先の話だ。
    「桜子殿に京子殿、ご安心あれ。この藤吉郎がしかとお役目を務めましょうぞ」
     信長が満足げに見送る中、桜子と京子は藤吉郎に連れられ、密室に案内された。桜子と京子が席に着くや否や藤吉郎は、小声で囁いた。
    「桜子殿、そなたの兄である志郎殿だがな。今、水面下で大変なことになっている」
    「え、どう言うことですか?」
     身を乗り出す桜子に藤吉郎は、続けた。何でも志郎は信長の上洛を見越して堺の有力商人と接触を図ったものの、内ゲバに巻き込まれたらしく行方をくらませているらしい。
     このままでは、堺を支配下に置くことを目論む信長に裏切りを疑われ、抹殺されかねないと言う。
    「でも藤吉郎さんは、どうしてその情報を?」
     桜子の素朴な疑問に藤吉郎は、意味深な笑みとともに言った。
    「調略のためさ。織田家筆頭の柴田殿も佐久間殿も皆、力攻めしか知らん。だがワシは違う。徹底的に情報を集め、言葉の限りを尽くし、命懸けで相手の心を絡め取るのだ」
     ――なるほど。確かにこれは相当な人たらし、だ……。
     納得する桜子に藤吉郎はさらに続ける。
    「桜殿。志郎殿も将軍義昭公も、そしてこのワシも、信長様にとっては天下取りのための道具にすぎん。利用価値がなくなれば、容赦なく斬って捨てるのが信長様だ」
    「分かります。それで藤吉郎さん。志郎兄が接触した堺の商人というのは、誰だか分かりますか?」
    「一人は今井宗久という豪商だが、もう一人はまだ名の知れていない人物らしい。名前は確か……」
    「千宗易?」
     桜子の確認に藤吉郎は、大いにうなずく。
     ――千宗易……つまり、後の千利休ね。
     志郎の潜伏先について、あらかた見当をつけた桜子は京子に目配せの後、クリスタルを手に取る。
    「藤吉郎さん。ありがとうございました。私達が出向いてみます」
    「うむ。時空の旅人とやら、また会おうぞ」
     二人は藤吉郎に見送られ、クリスタルとともに姿を消した。

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