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一井 亮治
参加者

     第三十一話

     桜子達が向かった先は、千宗易の住まいだ。手負いの志郎を運び込むや、オニヅカから状況の説明を受けた。
     何でも時空課税庁と取引し、セツナ逮捕に協力を申し出たという。そこで、千宗易の助けを受け今回の救出に及んだ、との話だった。
    「お前らを助けるなど、俺の信条に反するがな。背に腹は変えられん」
     そう語るオニヅカの表情は、苦虫を噛み殺したように歪んでいる。対する桜子達もオニヅカに対し、疑惑の念を隠せない。特に京子が顕著だが、状況から察するに今は共同歩調を取るしかなさそうだ。
     やむなく京子が言った。
    「粗方の事情は分かった。それでセツナは一体、この時空で何を企んでるのさ」
    「戦国時代だからな。大戦も多い。そのどこかに絡んで歴史を改変し、時空テロを目論んでいるんだろう。クリスタルの力を利用してな」
    「なるほど。ただ肝心のクリスタルは私達の手にある以上、セツナも無茶は出来ない、か。いいじゃん」
     京子は、うなずきつつも腕を組んで考えている。やがて、意を決し言った。
    「オニヅカと私がセツナをもうちょっと調べてみる。桜ちゃんはここで志郎兄さんの手当てに当たって」
    「え、でも……」
    「大丈夫大丈夫。ここはあたいらに任せて。それに」
     京子は声をひそめ囁く。
    「オニヅカの心のうちも探りたいし、ね」
    「ひょっとして、疑ってる?」
    「まぁね」
     うなずく京子の目は鋭い。どうやらオニヅカがどこかでまた裏切ると見ているようだ。
    「分かった。私は千宗易さんの元で志郎兄の治癒に当たる。くれぐれも気をつけて」
     心配げに見送る桜子に京子は別れを告げ、オニヅカとともに去って行った。残された桜子は志郎の様子を見守っている。
     幸い千宗易の協力により、怪我は快方に向かっているようだ。
    「千宗易さん。本当にすみません。何から何までご厄介になっちゃって」
     薬草を仕入れてきた千宗易に、桜子は頭を下げる。一方の千宗易は「お構いなく」と弟子の山上宗二に命じ、志郎の看病に当たらせた。
     やがて、千宗易は頃合いを見計らったように話を持ちかけた。何でも桜子を一服の茶に誘ってくれるというのだ。
     喜んで応じる桜子を千宗易は、静かな笑みで応じつつ、茶室へと案内した。慣れない桜子は困惑しつつも、千宗易が立てる茶を眺めているのだが、その所作に舌を巻いている。
     一切の無駄を排し、殺気立ってすらいるのだ。
     ――これが千宗易の茶……。
     漂う緊張感の中で桜子は、黙り込んでしまった。茶室の空気がピンと張り詰める中、千宗易は茶を注ぐ。桜子は一礼の後、その茶にゆっくり口をつけた。
     それは、まさに究極の癒しであった。思わず感嘆のため息を漏らす桜子に、千宗易は静かに問うた。
    「この時代の茶ですが、お口に合いましたでしょうか?」
    「はい。何というか……全てが格好いいですっ!」
     弾けるような笑顔で思わぬ感想を述べる桜子に、千宗易は苦笑を禁じ得ない。桜子はさらに続けた。
    「あまりうまく言えないんですけど、千宗易さんの茶にはその……まるで命懸けで向き合う迫力というか凄みを感じました」
    「一期一会、ですよ」
     そう述べるのは、志郎の看病を終え戻ってきた山上宗二だ。茶会に挑む際は、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いと心得て、亭主・客ともに誠意を尽くせとの意味らしい。
    「その真剣味があるから、宗匠の茶は素晴らしいのです」
    「これ宗二、はじめての方にひけらかすものではない」
     千宗易は鼻息の荒い山上宗二を咎めつつ、桜子に言った。
    「私は茶を一つの宇宙ととらえています。日頃の煩悩から隔離された非日常的な空間を、亭主が客と一緒になって作り上げていく。侘び茶、とでも申しましょうか。この世辞辛い戦国の世の心を癒し、茶道として後世に残せれば……そんな欲深き野心を抱いておるのです」
    「それは、千宗易さんの業……ですか」
    「いかにも。お若いのによくお分かりだ」 
     感心する千宗易に桜子は、さらに問うた。
    「今、この堺は織田軍の前に存亡の危機にありますよね。千宗易さんは、信長様をどのように見ておられますか」
     千宗易に問うたのだが、山上宗二が先んじて罵った。
    「あんな新興のならず者! とっとと堺の鉄砲で打ち払えばよいのです。賦課税として二万貫の矢銭を要望するなど度が過ぎるにも程がある」
    「宗二! 客の前で声を荒げるものではない」
     千宗易は鼻息の荒い山内宗二をなだめつつ、桜に問うた。
    「ちなみに桜子さんは、信長様をどう捉えておられるのですか?」
    「うーん……千宗易さんの業に負けない業をお持ちの大事な方、ですかね」
    「ほぉ」
     キラリと目を光らせる千宗易を前に桜子は、続けた。例え武士でも教養には憧れる。天下布武で覇をなすにも、その統治には箔や格式が必要だ。
     だが、連歌や文学などの公家文化は博学多識がものを言う。一方、茶の湯ならさほどの敷居は求められない。ゆえに武家の儀礼としての茶を信長は求めるはずだ、と。
    「なるほど、政権に秩序をもたらす道具として茶の湯を利用されたい信長様と、これを芸術の域にまで高めたい私は、共存共栄の関係にある、と?」
    「はい。先程、世の心を癒したいと仰られましたが、だったらまず天下人の心を癒さねば。千宗易さんの求める精神性と審美眼は、茶の湯を文化の頂点にまで高めます。身分を超えた人間同士の絆は、歴史をも動かす力にすらなるんです。臨時の賦課税二万貫の矢銭など安いものでしょう」
     理路整然と捲し立てる桜子に、山上宗二だけでなく千宗易までもが唸ってしまった。
     

     
     さて、この後の歴史であるが、千宗易と関係の深い豪商・今井宗久の力添えもあり、賦課税二万貫の矢銭と引き換えに堺は信長の軍門に降った。
     なお、同時期に矢銭の要求を拒否した尼崎は焼き討ちにあい、町民が殺害されている。タイミングとしては、実に絶妙だった。この危うい綱渡りを見事にこなした今井宗久は織田家の蔵元となり、荒稼ぎしていく。
     一方の千宗易は、この今井宗久からの推薦により、信長が目指す武家主導の茶の湯文化へと邁進することとなる。

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