返信先: 【新企画】桜志会と税理士をテーマに短編小説

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一井 亮治
参加者

    桜志会・ザ・フューチャー

    「酸素税が上がるらしい」
     そう嘆くのはスペースコロニーで税理士を営む哲也だ。宇宙進出を果たした人類の居住区であるスペースコロニーは、地球と月面国家の双方から影響を受けつつも独自の経済圏を持っており、哲也はその移民二世にあたる。そんな哲也に応じるのは事務員のセシリアである。
    「仕方がないですよ。税収の半分は酸素税と電子税なんですから」
     このセシリアは三十路前の哲也にとって妹のような存在でもある。そんな二人は今日も顧問先を回りつつ、税制改正の説明に追われていた。要点をまとめ内容を説いて回る二人だが、全ての顧問先が納得する訳ではない。
    「先生、何とかならないの?」
     そうゴネる社長に哲也は、用意したプランを説明していく。極力平易な言葉で説明する中、話は贈与の案件へと移行した。つい先日このスペースコロニーの路線価が公表されたところなのだ。説明する哲也に、社長は難色を示しつつも何とか合意に至った。ほっと胸を撫で下ろす哲也だが、そこに社長の言葉が突き刺さる。
    「いやぁ先生も、大先生そっくりになってきましたな。大先生はお元気ですか?」
     哲也は苦笑しつつ、うなずいてみせた。
    「えぇ、お陰様で」
     やがて、社長のもとを去った哲也は、いつしか父のことを思い出していた。
     顧問先もそれぞれ事情はある――父は常々そう説き、税理士という仕事の意義を述べていた。確かに進歩する社会の中で求められる役割も変わりつつあるが、経営者を補佐をするポジションは変わらない。その父の言葉がようやく哲也にも理解できるようになってきたところでもある。そんな哲也にセシリアが尋ねた。
    「哲也先生は、大先生をどう思っておられるんですか?」
     セシリアの問いに哲也は、しばしの沈黙の後、答えた。
    「道しるべ、だと思ってる」
    「道しるべ?」
    「あぁ」
     哲也はセシリアにうなずく。父の地盤を受け継ぐ哲也は、常に「父ならどうしたのだろう」と考えるのだ。そんな哲也をセシリアは笑った。
    「哲也先生、空元気でもいいからもっと野心的な目標を持って下さいよ。父を超えてやるとか、さらにその先に進んでやるとか」
     喝を入れるセシリアに、哲也は思わず言葉を失った。
     ――父を超える、か……。
     今の哲也にとってそれは、あまりに大それた目標であるのだが、その一方でセシリアがいう通り、その目標の先にこそ二世である自分にしか出来ない意義を見つけられるかもしれないと感じるのだ。
    「そうだな。セシリアの言う通りだ」
     哲也は、そう空元気で応じるのだった。

     その後、セシリアと別れた哲也はある会合へと足を運ぶ。向かった先は、税理士二世で構成され親睦と研鑽を是とする桜志会だ。今やスペースコロニーでも有数の税理士プラットフォームとなった桜志会だが、その会合で同輩のハンソンがぼやいている。
    「しかし、税制をこんなに難しくしてどうするのかねぇ」
     相次ぐ改正に理解が追いつかず、顧問先への説明に追われる現状に困惑を覚えている。もっともそこに税理士という仕事に存在意義が生まれるのもまた事実なのだが、そんな改正にすら対応する税務ソフトが次々と生まれる現状を踏まえ、哲也はふとあることを口にした。
    「結局、自分達には何が残るのかな」
     聞き耳を立てるハンソンに哲也は補足した。
    「全てが機械化された先に、俺達にはどんな社会的役割があるのかって話さ」
     哲也の問いにハンソンはうなずきつつ答えた。 
    「かつて、この仕事はAIの登場などの時代の波に飲まれかけたことがあった。でもその度に付加価値を高め生き残ってきた。税を通じ官庁と納税者の橋渡しをする意志があれば、生き残れるんじゃないか」
    「つまり、ニーズとウォンツの違いだな」
     哲也はマーケティング用語を交え指摘した。つまり「ドリルを買う人は、ドリルが欲しいのではなく穴を空けたいのだ。手段がドリル(ウォンツ)なら、目的は穴(ニーズ)だ」という格言である。
    「税理士業務も手段である申告書というウォンツと、目的である正しい納税というニーズを使い分けるセンスが必要なのかもしれない」
     そう説く哲也にハンソンは、深くうなずくのだった。

     やがて、会合を終えた哲也は帰路につく。時間はすでに深夜で日付をまたごうとしている。とそこへ携帯端末にメッセージが入った。確認すると事務員のセシリアである。
    「HAPPY BIRTHDAY」
     そう刻まれたメッセージに哲也は、思わず声を上げた。
    「あぁ、そうか。今日は俺の誕生日か……」
     三十路に達した事実を茶化すセシリアに哲也は、苦笑する。かつて祝辞を伝える手段はハガキ等であったが、今は携帯端末を通じたSNSに移りつつある。そこに変わるウォンツと変わらないニーズの違いを感じつつ、哲也は軽い足取りで家へと帰るのだった。