返信先: 【新企画】桜志会のイメージキャラ小説
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『桜子と志郎』
一話
「私は、自分が嫌い」
嫌悪感を吐露するのは、女子高生の源桜子だ。上に三つ離れた兄・志郎がおり、既に税理士資格を有し、大学の傍ら税理士事務所を営む父を補佐している。
いわゆる源家自慢の兄であり、桜子にとってコンプレックスの対象だ。志郎はいう。努力は裏切らない、と。
「対して私は……」
嘆く桜子は、頭を抱えた。とにかく不器用なのだ。いつしか兄と比べられることに嫌気が指し、最低限の努力すらしなくなった。
今日も授業をサボり、屋上でタバコを吸いながら、進路の提出用紙を眺めている。
「進路も何も、どうせ私は落ちこぼれよ」
鼻を鳴らす桜子だが、そこへ突風が吹き進路の用紙が飛んだ。慌てた桜子がその用紙を追った矢先、足を踏み外してしまった。
――ヤバいっ……。
既に片足は屋上にない。桜子は真っ逆様に転落するや地面に激突し、意識を失った。
どれほど時間が経過したことだろう。はたと目を覚ました桜子は、己の姿に息を飲んだ。体は透け宙に浮いており、その下には昏睡状態の肉体が病床の上で寝かされているのだ。
周囲には、泣き崩れる家族の嗚咽が響き渡っている。幽体離脱中の桜子は、愕然としながら呟いた。
――私、死んだの?
傍らの医者が曰くには、桜子は植物人間状態にあり、余程のことがなければ意識が戻ることはないだろう、との事だった。
切り裂くような親の号泣に桜子は、胸を引き裂かれる思いだ。そこへ背後から声が響いた。
「ま、そう言うことさ」
振り返ると、いかにも生意気といった天使とも悪魔とも取れる少年の姿がある。
「僕はシュレ、死神だ。桜子、君をあの世から迎えに来た……と言いたいところだが、ちょっと事情があってね」
シュレは、意味深な笑みとともに続けた。
「桜子、実は君は閻魔から無作為に選ばれたんだ。生き返らせてやってもいい。ただ条件がある」
「条件?」
聞き耳を立てる桜子にシュレは、続けた。曰く、日本は霊界ともに危機にあり、亡国の憂き目にある。もし救国の任務を受けてくれれば、生き返らせてやってもいいとの事だった。
「どうだい。いい条件だろう?」
腕を組み鼻で笑うシュレに桜子は、しばし考えた後、大きくかぶりを振った。
「いらない」
「おいおい桜子、生き返れるんだぜ」
「もういい……十分よ」
桜子は自嘲気味に嘆いた。
「源家のお荷物の私が国を救う? そんなのムリよ。これまでも色々努力はしたよ。でも何をやってもダメ。むしろ、そう言う崇高な仕事は、優秀な志郎兄がやればいい」
桜子の言葉にシュレは、肩をすくめながら言った。
「桜子。キミは一つ誤解をしてるよ」
「誤解?」
聞き耳を立てる桜子にシュレが言った。
「努力は裏切らない。必ず結果が伴うって思ってる? 違うよ。平気で裏切る。正しくやらないとね。しかも何が正しいかは時代によって変わるし、効果も人によってまちまちだ」
淡々と語るシュレに桜子は、返す言葉がない。シュレは畳み掛けた。
「要するに単なるトライさ。あくまで挑戦であって、確実に見返りが保証されている訳じゃない。でも前進するにはトライしかない。難儀な話さ」
「じゃぁ、私は……」
「あぁ、今のままじゃ、どんなに頑張ってもお兄さんみたいにはなれないね」
断言するシュレに桜子は、改めて己を嫌悪した。そんな心中を察したようにシュレが続けた。
「ただね。キミには、そんなお兄さんに頼る権利はある。才能には恵まれずとも親兄弟には恵まれた。ならそれを十二分に活用して、自分にしか出来ない事をやればいいじゃないか」
――自分にしか出来ない事……
桜子は改めて考えた。そんなものがあるなら、真っ先にでも頼りたい気持ちだ。
さらにこうも思った。国を救うなど大それた事が出来なくとも、親兄弟の力を得てなら、こんな自分にも何か出来るのではないか、と。
「どうだい。この契約、受ける気になった?」
改めて問うシュレに桜子は、しばし考慮の後、うなずく。
「えぇ……いいでしょう。ただし、こちらにも条件があるわ」
「ほぉ、何だ?」
聞き耳を立てるシュレに桜子は、言った。
「救国とはいえ、まず守るのは家族。もし、それが破られたら、私は迷わずこの国を棄てる」
「ふむ。なるほど……まぁ、確かに国なんて、沈めば乗り換える船みたいなもんだ。オーケー、契約成立だ。期待してるぜ」
シュレは、パチンと指を鳴らす。すると見る見るうちに桜子の透けた魂が、病床の肉体へと戻り、それまでピクリとも動かなかった桜子が、はっきりとまぶたを開いた。
驚いたのは、家族だ。
「桜子!」
「志郎兄……」
布団から出す桜の手を志郎兄が握りしめる。慌てて戻ってきた医者の診断を受けながら、桜子は感涙する家族を前に誓いを立てた。
――手に入れたこの命。もう一度、大事に使ってみよう。皆のために……。
決意を固めるその目には、力強い光が宿っていた。