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一井 亮治
参加者

     二話(※十日ごとの連載予定です)

     退院から数日後、桜子はシュレとともに荒廃した大地に立っている。
    「これが百年後の日本……」
     あまりの惨状に絶句する桜子にシュレが言った。
    「止まらない少子高齢化、国際競争力を失う製造業、天文学的な財政赤字、インフレ……その行くつく先がこれさ」
    「シュレ、何とか未来を変える方法はないの?」
     愕然としつつ、問いを投げる桜子にシュレが肩をすくめながら答えた。
    「なくはないよ。ただ、そのためには歴史のクリスタルを集める必要がある」
    「何それ。どこにあるのよ?」
    「それがよく分かっていない。ただ歴史を揺るがす大事件に絡んで現れるのは、事実だ。要は段階を踏もうってことさ。今、君は僕とこの国の暗い未来を確認した。なら次にすべきはこの国の成り立ちを見直すこと」
    「つまり、過去へ飛ぶってことね」
     確認する桜子にシュレはうなずき、意味深に問うた。
    「桜子、日本って国の出発点ってどこだと思う?」
    「え……そりゃぁ税制かな。租・庸・調が整備された頃じゃない?」
    「ハッハッハッ……さすが税理士一家だけあるね。確かに一理あるが、まずは日本の風土を決定づける出発点へ飛ぼう。おそらくそこに歴史のクリスタルがある。鍵はここに書かれているよ」
     シュレは、一冊の書物を差し出した。
    「これって、古事記じゃない!」
    「そうだよ。日本の歴史の出発点だもん。じゃぁ健闘を祈るよ」
     そこでシュレは指を鳴らした。その直後、桜子の視界から未来の景色が消え、その身が時空の移動空間に投げ込まれた。桜子は体の上下もままならないまま、いきなり大昔の時空へと放り出された。
    「ここが、太古の日本……」
     桜子は、文明らしきものがほとんど見られない情景に困惑しつつ、古事記を開く。そこには、日本という国が神々から生み出された出発点が記されている。いわゆる〈国産み〉だ。
    「イザナギとイザナミの二神が、泥の海を矛で掻き混ぜ、滴り落ちたものが島となり日本の原型になった、か。トンデモ本ね」
     桜子は鼻で笑いつつ、古事記を閉じた。まずは視察とばかりに西へ向かうと、広大な水場が広がっている。
    「あれは、日本海?」
     試しに波打ち際へ歩み寄り、調べてみてみると、意外に淡水湖だった。ただ、そのサイズは海の如く広い。琵琶湖など比べ物にならないほどだ。
     さらに驚くべきことに、一本の浜辺を挟んだ向こうには、まごうことなき大海原が広がっていた。
     そうこうするうちに天候が崩れ始めた。風が強まり波が激しさを増していく。
     ――嵐が来る。早く避難を。
     桜子は、叩きつけるような雨風に晒されながら、近辺の丘へと避難した。よじ登った頂上から一帯を見下ろすと、今まさに海と湖を隔てる浜辺が切れかかっている。
     その光景に桜子は、はっと息を飲んだ。
     ――もしかして、これって……。
     実は以前、兄・志郎から太古の日本は大陸と地続きである事実を聞かされていたのだ。
     ――間違いない。今まさに日本を決定づける大事件が起ころうとしている。
     その直後、心臓が止まるかと思うほどの雷が落ちた。稲妻は地上に矛を突き立てるが如く浜辺の岩を打ち砕き、蟻の一穴となって海水をなだれ込ませた。
     そこから始まったのは、一大スペクタルである。まさに古事記にある『神が矛でかき混ぜる』が如く、怒涛の勢いで淡水湖を海へと変えていった。
     それは、古代の人々にとって忘れられない出来事となったはずだ。この嵐が去った後には湖は海水に変わっており、大陸から切り離され島国になっていたのである。
     まさに国が生まれ変わったが如くだ。その歴史的瞬間を目の当たりにした桜子の前に光る物体が現れた。
    「あれだっ! 歴史のクリスタル!」
     迷うことなく駆け出し丘から跳び込んだ桜子は、クリスタルをその手で掴んだ。その瞬間、桜子の体はまばゆい光に包まれ、体が時空の移動空間に飲まれていく。
     気がついたときには、周囲は現代に戻っていた。目の前には、笑顔のシュレが立っている。
    「桜子、どうやら成功したようだね」
     桜子は大いにうなずく。
    「日本の歴史の出発点は、大陸から切り離され島国になった瞬間って事ね」
    「そう。島国となったことを機に日本は、大陸の影響を色濃く受けつつも、独自の文化を育んでいくことになる。税制も然りさ」
     諭すように語るシュレを前に桜子は、改めてクリスタルを見る。そこには美しさと妖しさを兼ねあわせた独特の輝きがあった。

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