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一井 亮治
参加者

     五話
     
    「へぇ。随分と輝かせたじゃないか」
     歴史のクリスタルを手に微笑むのは、シュレだ。あれ以降、桜子と志郎は救国の糧を過去に求め、日本のルーツを様々な角度から研究することで理解を深め合っていた。
     感心するシュレに、志郎が徐ろに切り出した。
    「シュレ、実は行きたい時空があるんだ」
    「どこだい?」
    「15世紀のベニスだ」
     これには、シュレも驚かざるを得ない。救国の時空探検を海外に求めてきたのだ。理由を問うシュレに志郎は、断言した。
    「俺が税理士だからさ」
     意を察しかねるシュレに志郎は、続けた。
    「シュレ、今まで俺は国を変え未来を救うには、政治家か官僚になるしかないと思っていた。だが、今は違う。救国は税務の現場から起こしたい。その為にも税制の基礎を担う会計……つまり、複式簿記のルーツと日本への伝来をこの目で確かめたいんだ」
    「私も日本を内側からだけでなく、外からも眺めてみたいわ」
     志郎の熱弁に桜子も続く。そんな二人にシュレは腕を組み考慮の後、うなずいた。
    「オーケー、イタリア語は喋れるかい?」
    「簡単な会話ならな」
    「いいだろう。ただ海外の時空は僕の念力にも限界がある。リスクは伴うよ」
    「あぁ構わん」「承知の上よ」
     声を揃えて同意する二人に頼もしさを覚えつつ、シュレは言った。
    「オーケー。じゃぁ一つ、頼まれてもらおうか。前にも言った通り、クリスタルは、歴史を揺るがすものに大きな反応を受ける。そのキーアイテムを入手するんだ」
    「『スンマ』だな?」
     返答する志郎にシュレがうなずく。一方の桜子はその正体が分からない。
    「スンマ?」
     首を傾げるものの、シュレは構わず指を鳴らした。たちまち二人の体が光に包まれ、現代から姿を消した。
     時空を駆け光の空間を抜けた二人は、例の如く上下逆さまになって乱暴に放り出された。
    「痛っ……」「どうでもいいがこの着地、なんとかならないのか」
     二人は憤りを覚えつつ上体を起こすと、そこにはいかにも中世ヨーロッパといった風景が広がっている。どうやら港町の様だ。
     風に帆を膨らませた船が、海上を力強く行き交う中、志郎は桜子を手招きした。
    「桜子、行こう」
    「いいけど、どこへ?」
    「市場さ。認識・測定・記録・伝達……まさに会計の現場を見に行くんだ。会いたい人もいるしね」
     桜子は期待に胸を膨らませる志郎に連れられ、港町近辺の賑やかな街中へと向かった。二人の場違いな格好に皆が不審な目を向ける中、桜子の心は色鮮やかな品々や、行き交う人の活気に、高揚している。
    「ここがベニス、かぁ……」
     一方の志郎は通行人や店主に話しかけ、聞き取り調査を始めた。どうやら意中の人物の住処が分かった様である。
    「桜子、こっちだ」
     志郎の手招きに応じ、桜子が向かった先は酒場だった。そこに五十前後と思しき二人の男性が熱心に話し合っている。
     そこに志郎がやや強引に割って入ったのだが、会話のツボがハマったらしく、すっかり意気投合し、互いの意見をぶつけ合い始めた。
     言葉の分からない桜子は、取り残された感でいっぱいだ。
    「志郎兄、どういうことよ?」
     改めて問う桜子に志郎は、笑みを浮かべながら二人を紹介した。
    「桜子、この方はルカ・パチョーリ。数学者で『スンマ(算術、幾何、比及び比例全書)』を著し、初めて複式簿記を学術的に説明された簿記会計の父だよ。そして、この方がルカさんの生徒であるレオナルド・ダ・ヴィンチさんだ」
    「え、あのモナリザの?」
    「そう。今はルカさんから数学と会計学を学んでおられる。要するに天才のお二人さ」
     やがて、志郎は二人の天才に別れを告げると、桜子を伴って周囲を一望できる高台へと移った。その手には、ルカから譲り受けた著書『スンマ』が握られている。
    「この本が複式簿記の始まりなのね」
     感慨深げに問う桜子に志郎がうなずく。
    「これから世界は、大航海時代へと突入する。冒険商人が王族に出資を仰ぎ、インドから香辛料を持ち帰り莫大な利益を上げていく。その取引を克明な記録として残す仕組みとして簿記が開発され、このベニスで大いに発展するんだ。このスンマは、そこに一石を投じたキーアイテムって訳さ」
    「へぇ、会計学の誕生ね」
    「もっともこの時点で重視されたのは、BS中心の静態論だけどね」
    「BS? 衛星放送のこと?」
     素っ頓狂な桜子の問いに、志郎は呆れつつ説明を続けた。
    「バランスシート……貸借対照表の事だよ。清算前提で継続企業の概念がないんだ。これを東インド会社が変えていく。航海毎に清算しない仕組みを維持する組織を持った事で、会計帳簿も途中経過を報告する適正な期間計算という概念が生まれた。PL中心の動態論の始まりさ」
    「あぁ、PL。高校野球の強かったとこね?」
    「……損益計算書のことだよ」
     志郎は頭を抱えつつ、根気よく説く。
    「PLを中心に大きく発展した現代会計学だが、さらに時代が進むと、今度は収益費用アプローチから資産負債アプローチへと変貌し、再びBSが重視される時代となっていく」
    「何よそれ。行ったり来たり」
    「フフッ。まぁ、日頃から何気なく接している会計も、その背景には悠久の歴史が横たわっているってことさ。俺もその流れに一石投じたいと思ってる。桜子、一緒にやろう」
     思わぬ勧誘を受け桜子は、声を上げた。
    「はぁ!? ちょっと待ってよ志郎兄。大体、私みたいなテストの偏差値もろくに……」
    「そう! その偏差値もそうさ。昔はなかった。だが、新たな概念が受験の形を大いに変えた」
    「あぁ……得点と平均点が全く同じでも、偏差値が異なってくるってやつね」
     桜子はゲンナリとうなずく。つまり、仮に平均点が60点で最高得点が70点だとして、それが1人しかいなかった場合、平均点付近に得点が集中し、70点の人は「とても優秀」となるが、点数がバラつき70点以上を取った人がたくさんいれば、その70点は「まあまあ優秀」という程度に落ちる。
     点数のバラツキ(標準偏差)を加味した上で、全体の中でその人がどのくらいに位置するかを偏差値が数学的に示し、受験制度に定着した。
     これと同様に税務の現場で新たな概念を生み出し、救国に尽くそうというのが志郎の言い分だった。
     ――やっぱり志郎兄は、違うわ。
     桜子は改めて実感している。志の高さゆえに着眼点が異なっており、それが積もり積もって今の自分との差を生んでいるように思われた。
     ――救国は、志郎兄に任せよう。私如きが関われる世界じゃない。
     脱帽感でいっぱいの桜子だが、ここで志郎が小声でつぶやく。
    「ところで桜子、あのシュレだがな。お前はどう思う?」
     首を傾げる桜子に志郎は続けた。
    「奴の正体の話だ。お前の説明によれば、シュレは死神で閻魔から特別に命を救われたって話だが、俺は違うと思う。おそらく奴の正体は〈シュレディンガーの猫〉だ」
     ――何? 今度は猫の話?
     困惑する桜子に志郎は、自説を説いた。はじめは眉唾モノで聞いていた桜子だが、その結論を聞いて考えを改めた。
    「確かにその可能性はあるかもしれない」
     納得する桜子だが、その背後から突如、女性の声が響いた。
    「あら、よく分かったわね。お二人さん」
     驚いた桜子と志郎が振り返ると、背後に二十代半ばと思われる奇抜な髪色の女性が立っている。さらにその背後には、屈強な男達が二人を包囲せんと機をうかがっていた。
    「何者だ!」
     声を上げる志郎に、その女性は丁寧にお辞儀しつつ名乗った。
    「はじめまして、セツナと申します。以後、お見知り置きを」
    「一体、私達に何の用よ?」
     桜子も負けじと吠えるものの、セツナは構わず言った。
    「決まっているでしょう。あなたが持っている歴史のクリスタル、それをこっちに渡してもらえるかしら」
    「お断りだ!」
    「じゃぁ、仕方がないわね」
     吠える志郎にセツナは、目を細めつつ命じた。
    「二人を捕らえてしまいなさい!」
     襲いかかる男達に、二人は果敢に立ち向かうものの多勢に無勢は免れない。逃げようにも周囲は塞がれている。たちまちその身柄を押さえられしまった。
     ――何なのよ。コイツらは!?
     憤る桜子だが、その上体を地面に抑え込まれた、歴史のクリスタルを奪われてしまった。
    「おーほっほっ……これで未来は、私達のもの」
     高笑いを浮かべるセツナだが、突如、歴史のクリスタルが強烈なエネルギーを放ちはじめた。
    「熱っ……」
     セツナが歴史のクリスタルを掌から落とす中、光は桜子を包み込み、たちまち異なる時空へと吸い込んでいった。

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