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一井 亮治
参加者

     六話
     
     桜子が新たに放り込まれた場所――それは、寺小屋らしき古風な部屋である。突如として現れた妙ななりの桜子に周囲の塾生は「お前は何者だ!?」と、驚き慄いている。
     幸い言葉が通じることから、場所が日本であることは確認できた。皆が目を丸くする中、塾の講師と思しき初老の男が前へ出た。問題はその顔である。日頃から使い崇めている紙幣との切っても切れないその人相に桜子は思わず声を上げた。
    「あなたは、福沢諭吉っ!」
    「先生を呼び捨てにするとは、まかりならん!」「そうだ。曲者め!」
     周囲が非難轟々となる中、福沢諭吉は桜子が持つ一冊の本に目をつけ、小さく笑いながら言った。
    「その本、『スンマ』ですな?」
    「え……あ、はい。何でも複式簿記の記述があるらしくて」
    「うむ。なるほど。どうやら訳ありの様だ。いいでしょう。皆、しばし自習しておいてくれ」
     福沢諭吉は食い下がる塾生を手で制し、桜子を自身の書斎へと促した。そこで事情を話す桜子に福沢諭吉は、驚きつつも興味深げな顔で聞き役に徹している。
    「そうですか、未来から歴史のクリスタルの導きを経てこちらに……」
     うなずく福沢諭吉に桜子は、ふと山積みされた書籍を見て言った。
    「諭吉さんは、本当に勉強家なんですね」
    「ふっ、大半は無駄な努力ですよ。黒船が来てこれからは外国だ、と漢語ではなく蘭語をすすめられたが、世界の主流は英語だった。努力も方向を間違えば、とんだ徒労に終わるってことです」
    「でも、確か『学問のすすめ』だっけ? 勉学を奨励されておられる」
    「えぇ、ただ学問の捉え方が違います。以前は、難しき字を知り、解し難き古文を読むことが正しいとされていた。だが、これからは違う。金儲けの功利主義・通俗主義的道具と非難されていた実学こそ、合理的な教養となるべきだ。あなたが持つスンマの様にね」
     福沢諭吉は目尻を下げつつ、一冊の書籍を取り出し、桜子に手渡した。
    「『帳合之法』ですか?」
    「えぇ、複式簿記を中心とした会計にまつわる私の翻訳著書です。学者に学問の実用性を、商人に勘と経験から脱却した会計による商いを求め、欧米に負けない国を目指したい。おそらくこの本が桜子さんの持つ歴史のクリスタルのキーアイテムとなるのではないですか?」
     福沢諭吉から諭された桜子は、試しに帳合之法にクリスタルをかざすと、内部から眩い光を放ち始めた。
    「諭吉さん。どうやら私のいた時空に帰れそうです」
     頭を下げる桜子に福沢諭吉は、目尻を下げつつ言った。
    「いいですか桜子さん。あなたの一家が専門とする税金。これは、国と国民との約束なんです。どうかそれを忘れずに」
    「はい。諭吉さんもお元気で」
     桜子はペコリと頭を下げ、歴史のクリスタルに導かれるまま、元いた時空に戻っていった。

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