返信先: 【新企画】桜志会のイメージキャラ小説

トップページ フォーラム 掲示板 【新企画】桜志会のイメージキャラ小説 返信先: 【新企画】桜志会のイメージキャラ小説

一井 亮治
参加者

     九話

     長かった梅雨が明け、初夏を迎えた頃、桜子にちょっとした事件があった。なんと告白を受けたのだ。
    「え、私を?!」
     驚く桜子に頭を下げるのは、一学年下の〈平林翔〉というひょうきんな性格で同性に人気のある後輩だ。
    「センパイの事が好きなんです!」
     体育館の裏に呼ばれ、そう告白された桜子は、戸惑いを隠せない。劣等生の問題児で何ら誇れるものがない桜子なだけに、面食らっている。
    「あの……こんな私のどこがいいの?」
     思わず問いかける桜子に翔は、何ら恥じる事なく断言した。
    「全てです。実に愛しております」
     あまりのストレートさに気恥ずかしさで真っ赤になった桜子だが、翔の目は真剣そのものだ。むしろこんな自分を受け入れてくれた事に嬉しさすら覚えた。
     やがて、翔は思いの丈を延々と桜子にぶつけた挙句、遊園地のチケット差し出した。言わずもがな、デートの誘いである。
    「お願いしますっ!」
     オーバーなくらいの平身低頭さを見せる翔に桜子の心は大いに揺らいでいる。やがて「ありがとう」と二つ返事でデートの誘いを受けた。
     こんな私にも彼氏が出来た――喜びいさむ桜子は早速、志郎にメールを送った。七月十日と期限の迫る源泉の納特に追われ忙しいことは承知していたが、それでも自慢せずにはいられなかったのだ。
     だが、志郎の返答は実に桜子の意に反するものである。
     〈お前に告白!? それは絶対に怪しい。セツナの一派が仕掛けた罠って線はないか?〉
     これには、桜子もカチンとした。確かに疑いはしたものの、桜子から見て翔は純粋さに溢れており、決して騙そうとするものには思えない。
     〈それはない。私にだってそのくらいは分かる〉
     憤慨気味に返信し、やり取りを重ねたものの意思疎通は図れず、桜子は「もういいっ!」と一方的にやり取りを切り上げた。
     
     
     
     その週末、十分にめかし込んだ桜子は、志郎に内緒で翔が待つ遊園地へと繰り出した。ゆうに三十分程、前もって集合場所に着いた桜子を翔は笑って受け入れ、ともに遊園地へ入った。
    「翔君。私、あれに乗りたい!」
    「はっはっはっ……僕もです。気が合いますね。行きましょう!」
     絶叫系を攻める桜子に翔は、喜んで付き合った。
     ――こんなに楽しいの……何年ぶりだろう。
     桜子は改めて考えた。国際税務ライターの母・ソフィアは海外取材に忙しく、また善次郎・善次郎や在学中の兄・志郎も税理士業務の追われ、家庭を振り返る余裕がない。
     それだけに才能が欠落し落ちこぼれの桜子の心は、ずっと満たされずにきた。
    「うちもそうです。家族は皆、多忙で。センパイの気持ち、凄く分かりますよ」
     笑って理解を示す翔に共感を覚えた桜子の気分は、大いに高揚している。
     楽しい時間はあっという間に過ぎ、二人は最後の乗り物として観覧車に乗った。二人きりの空間で桜子は満面の笑顔で、幸せそうに言った。
    「今日は、本当に楽しかった!」
    「僕もです」
     翔も笑ってうなずく。強い夕日に眼下の景色がくっきりとしたコントラストを見せる中、桜子は熱に浮かされたように翔と甘いひとときをともにしている。
     さらに翔の気を引こうと、桜子はポーチからもっとも大切なものを取り出した。
    「ねぇ翔君。これ、何か分かる」
     自慢げに桜子が見せたのは、歴史のクリスタルである。
    「綺麗でしょ。でもこれ、ただの宝石じゃないのよ。実はね……」
    「歴史のクリスタル、でしょ」
     ニヤリとほくそ笑む翔に桜子は、はっと息を飲む。そこには、今まで見せなかった翔の本性が露わになっていた。
    「ちょ、ちょっと翔君!?」
     戸惑う桜子を翔は、力任せに押し倒すや、その手からクリスタルを奪い取った。
    「奪ったぞ!」
     吠える翔に、桜子は理解が追いつかない。
    「翔君、どういうこと?!」
    「どうもこうも、そういう事ですよ。センパイって本当に頭が悪いですね」
     立ち上がった翔は、床に倒れ込む桜子をバカにしながら、用済みとばかりに一周した観覧車から出て行った。
    「ちょっ……待って!」
     慌てて翔の背中を追う桜子だが、そこに見知った顔ぶれを見て愕然と声を上げた。
    「セツナっ!?」
     驚く桜子にセツナは、配下の男達とともに高笑いを浮かべている。
    「ほっほっほっ……アンタみたいなおバカさん、騙すのは簡単よ。それとも何? 本当にアンタみたいな落ちこぼれに惚れる男がいたとでも思ったのかしら?」
    「卑怯者っ!」
     叫びながら飛びかかる桜子だが、周りの屈強な男達に止められ、地面にねじ伏せられた。桜子は満足げに去っていくセツナや翔達を、ただ呆然と黙って見送るしかなかった。
     ――私、何て事を……。
     桜子は己がおかしたことへの懺悔と、まんまと騙された情けなさに立ち上がることすら出来ない。完膚なきまでに打ちのめされた桜子だが、不意にその背後から声が響いた。
    「大丈夫だよ、桜子」
     振り返った先にいたのは、志郎である。その手には、奪われたはずの歴史のクリスタルが握られている。驚く桜子に志郎が笑って言った。
    「こっちが本物、アイツらが持って行ったのはクリスタルに似せた偽物だ」
    「え……じゃぁ、志郎兄は、アイツらが騙しにきたって分かってて……」
    「あぁ、どうせ何を言ってもお前は聞かないだろう。だからシュレと相談して、すり替えたんだ。もう安心していい」
     そう聞かされた桜子は、がくりと肩を落とした。安堵を覚える以上に凄まじい自己嫌悪にかられたのだ。
     その後、ベンチで志郎と肩を並べた桜子は、スカートを握り締め思いの丈を吐いた。
    「志郎兄。私、こんな惨めな自分が嫌っ! どうしたらいいのか、分からない……」
    「そこまで自分を責めなくてもいい。ただ、軽率さを気をつければいいだけだよ」
    「それは、志郎兄だから言えるのよっ!」
     桜子は思わず声を荒げ、涙を拭いながら訴えた。 
    「そりゃ志郎兄は、何をやってもそつなくこなすし頭もいい。スポーツも万能で……けど、私は逆。私みたいな劣等生の気持ち、分かんないわよ」 
     肩を震わせ嘆く桜子を志郎はじっと眺めていたが、しばし考慮の後、思わぬ話を切り出した。それは、全てを変える魔法の一言である。
    「桜子。お前、税理士を目指してみないか?」
     桜子は、思わず言葉を失った。自分の能力からあまりにもかけ離れた提案に、怒りを超え呆れすら覚えている。
    「志郎兄、何言ってるのよ。そんなのムリに決まってるじゃない! ろくに勉強も出来ない一家のお荷物の私なんかに……」
    「いや、これはずっと思っていたことなんだ。桜子、お前は税理士に向いているよ」
     ――自分が税理士に向いている!?
     桜子は自問したものの、とてもその言葉を受け止める要素が見当たらない。かぶりを振る桜子に志郎はさらに続ける。
    「桜子、税金の本質ってなんだと思う?」
    「そんなの取る側と取られる側の騙し合いよ」
    「お前がそう思うならそれでいい。代表なくして課税なし。政府と人民の約束なり。皆、色々言うけど、それぞれに各々の事情があるからな。ただ仮にこれを騙し合いとするなら、賢く振る舞った側の勝ちだ」
     じっと聞き役に徹する桜子に志郎は、畳み掛けた。
    「税理士試験もそうさ。出題者との騙し合い。なら勝たないと。幸いうちの事務所は基盤も安定している。皆でサポートするよ。歴史のクリスタルも含めてな」
     こんこんと説く志郎だが、桜子は全く自信が持てない。確かに税理士一家に生まれた以上、憧れはしたが、その難度ゆえに端から諦めていた。それだけに今、改めて己に問うている。
     ――このまま人生の敗者を続けたくない。こんな自分を変えたい。けど……。
    「志郎兄。私、数字に弱いよ」
     不安を晒す桜子に志郎は、笑って言った。
    「大丈夫。秘策があるんだ。桜子、お前は数字をどう読んでる?」
    「そりゃぁ〈イチ・ニイ・サン〉よ」
    「短縮するんだ。〈イチ・ニイ・サン〉を〈イ・ニ・サ〉と通常の読みの半分にすれば、負担が半減し計算力が倍になるだろう」
    「確かに……」
     思わず唸る桜子に、志郎は「他にも方法は、色々あるんだ」と前置きし、桜子の肩をポンっと叩いた。
    「桜子、一人で悩まなくてもいい。皆が応援するから。だって家族だろう。お前には、そこに甘える資格がある」
     志郎の断言に桜子は、涙が止まらない。悩みを一緒に背負ってくれる家族がいる――その事実がたまらなく嬉しかった。
     同時にその心は、新たな決意に固まっている。
     ――どこまで出来るか分からない。けど、私も目指してみよう。税理士を……。
     閉園の音楽が流れる中、桜子は大きな一歩を踏み出した。

     ※第一部 完(第二部は月曜日の週刊で連載予定です)

    Attachments:
    You must be logged in to view attached files.