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一井 亮治
参加者

     十三話

     桜子と志郎が新たに放り込まれた時空――それは、嵐で荒波に揉まれる木造船の中だった。
    「船が沈むぞっ!」
    「あぁ、南無阿弥陀仏……」
     怒声と悲鳴が飛び交う中、船を支える柱に亀裂が走った。
    「桜子、危ないっ!」
     志郎が桜子の手を取るや、甲板へと逃れた。その直後、轟音とともに柱が倒れ、船内の数人が下敷きになった。
    「誰か、手を貸してくれっ!」
     叫ぶ男に桜子と志郎は、顔を見合わせ駆けつけた。見ると四十前と思しき僧である。
    「大丈夫ですか!?」
     声をかける桜子にその僧は、叫んだ。
    「柱の下に鑑真様がおられるんだ」
    「え、鑑真!?」
     驚きの声を上げる志郎に対し、桜子はそれが誰なのか分からない。ただ下敷きになっていることだけは確かな様だ。
    「いくぞ」「せいのっ」「えいっ」
     三人は声を合わせ倒れた柱を持ち上げ、中に倒れている鑑真を救い出すことに成功した。
    「大丈夫ですか。鑑真様!」
     慌てつつも声をかける僧に鑑真は、微笑みで応じた。
    「大丈夫です。ありがとう。普照」
     普照と呼ばれた僧は、鑑真の無事に涙を流している。どうやら鑑真は、目が見えないらしく、身の回りの世話をするのが普照の役目のようだ。
     やがて、雨風や止み嵐が収まったところで、普照は我に返った様に言った。
    「ところでお前ら二人は何者だ? そのナリといい奇妙で見たことがない」 
    「や、その……ねぇ、志郎兄」
    「あぁ、ちょっとこれには、事情が……」
     アタフタする二人にますます疑念の目を向ける普照だが、それを鑑真が制した。
    「普照や、そのお二人は命の恩人だ。話を聞こうではないか」
     船内が落ち着きを取り戻す中、二人は事のあらましを伝え、鑑真と会話を交わした。
     何でも仏教の乱れを嘆いた聖武天皇の願いに応えるべく渡日を目指したものの、ことごとく失敗し、今回が六度目の挑戦だという。
     その過酷さに普照の相方である栄叡が倒れ、鑑真自身も心労から視力を失ったらしい。
     ――それでもなお、日本への意欲を失わないなんて……。
     桜子は、驚きとともに心を大いに揺さぶられている。やがて鑑真が問うた。
    「お話によれば、あなた方は遥か未来から来られたという。そこでは仏教は根付いておりますか?」
    「えぇ、それはもう。ただ、私達の時空より先の未来が真っ暗で……」
    「救国すべく奮闘されておられる、と」
     鑑真の要約に桜子は、うなずくや逆に問い返した。
    「もし鑑真さんが私達の立場なら、どうされますか?」
    「立ち上がります。それこそ何度でも。それで民が救えるならお安いものです」
     鑑真の力強い言葉に、桜子の心情は複雑だ。志郎によれば、その教えは時空課税理論に組み込まれたものだという。いわば未来人にうまく利用されているとも取れるだけに、心が痛んだ。
     だが、意外なことに鑑真はそれを見抜いている様である。
    「桜子さん。あなたの仰りたいことは、何となく分かります。ですが、私は一向に構いません。それで世に安寧をもたらせるのなら、何度でもこの身を投げ打ちましょう」
     やがて、普照のすすめで休みに入る鑑真を見送った桜子は、志郎と海を前に考えている。
    「ねぇ志郎兄、仏教は日本に救いをもたらしたのかな」
    「歴史的に果たした役割は、小さくないだろう。特に鑑真の功績は、大いに評されるべきだ」
    「私には、あそこまでの行動力が理解出来ない。五度失敗して、なおもチャレンジする心を失わないなんて……」
    「だからこそ、日本人は鑑真の仏教を心から受け入れたんだ。確かに未来の課税省庁の思惑はある。だが、行き着くところ時代を作るのは、教えの是非じゃない。情熱なんだ」
     拳で自身の胸を叩いて見せる志郎に、桜子はしみじみとうなずく。そこへ背後から声が響いた。
    「まぁ、そういう事さ」
     驚いた二人が振り返ると、そこにはシュレが立っていた。すかさず桜子が問うた。
    「シュレ、アンタはどうなのよ。時空ゴーストとして、歴史をどう捉えているの?」
    「税収のための財源さ。建前はね。ただ……」
     シュレは前置きの後、続けた。
    「ただ、時にそれだけでは説明し切れない事象が歴史にはある。そんな人類の不可解さを僕は見守りたい」
     深遠な笑みを浮かべるシュレの目は、是とも非とも取れるものである。やがて、三人はクリスタルの放つ光とともに、船上から姿を消していった。

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