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一井 亮治
参加者

     十四話

     本格的な夏が迫る中、桜子に変化が訪れている。これまでほとんど見向きもしなかった学問に目覚め始めたのだ。
     紫式部、福沢諭吉、卑弥呼、鑑真――歴史上の様々な著名人との接触は、明らかに桜子の人生観に影響を与えつつある。投げやりだった生き方を前向きなものへと変貌させていた。
     ――情熱が時代を作る、か。
     桜子は志郎の言葉を口ずさんだ。同時に「人類には理屈で説明し切れない潜在力がある」と言うシュレの歴史観にも感銘を受けている。
     無論、その正体は桜子にも分らないが、手がかりは座学の中に潜んでいるように思われた。
     そんな桜子の姿勢の変化に気づいたのが、担任の中村である。桜子を職員室に呼び、改めて進路を問うた。
    「桜子、希望は税理士でいいんだな」
    「はい。大学は経営系で考えています」
     桜子の返答に中村は、神経質そうにうなずきつつ桜子の成績表を前に言った。
    「これは俺の持論だがな。人の成長には三パターンある。一つ目は早熟系、スタートダッシュは凄まじいが次第に伸びが鈍化し、そこそこに収まる器用貧乏タイプだ」
     聞き役に徹する桜子に、中村は続けた。
    「二つ目は、はじめこそ伸びは鈍いが、何かを掴んだ途端に爆発的な伸びを見せ、もっとも伸びるタイプ。そして、三つ目はそういったムラがなく平均的に伸びていくタイプだ。多分、お前は二つ目の大器晩成タイプだと思う」
    「はぁ。あの……それは、いいことなんでしょうか?」
    「俺的にはな。だが、今は時代の変化が早い。大器が晩成する前に次の波が来て、それまでの努力が無に帰してしまう。これからは、器用貧乏と蔑まれようともスタートダッシュに重きを置く早熟タイプの時代だろう」
     中村の理屈によれば、時代を先取りして先行利得を稼ぎ、周囲が追いつき始めた頃には、次の波に乗り換えるウサギが勝ち、不器用ながらも一つの道を極めるカメは絶滅していくとのことだった。
    「不器用な努力が美徳とされた時代は、終わったんだ。それを踏まえた上で進路をどう取るか、考えるんだな」
     中村はそう説くや、桜子を解放した。
     ――時代、かぁ……。
     職員室を出た桜子は、教室に戻りながら考えている。中村の理屈は、桜子にもよく分かった。問題は、それを自分では選べない点である。カメはどう頑張っても、ウサギにはなれないのだ。
     ――嫌な時代だよ。
     憤慨する桜子だが、そこへ着信が入った。見ると志郎からである。
    「どうしたのよ、志郎兄」
    「桜子、シュレによると近々、セツナがオニヅカを使って大規模な時空テロを目論んでいるらしい」
    「どう言うこと? 狙いは歴史のクリスタルじゃないの?」
    「それもあるが、どうやら作戦を変えてきたらしい」
     志郎曰く、歴史改変に絡む大規模な動きが見られるとのことだった。
    「桜子、帰りに事務所に寄れるか?」
    「いいよ。分かった」
     桜子は着信を切るや、気持ちを戦闘モードに切り替えた。
     

     学校を終え事務所へ向かうと、志郎とシュレが待っている。
    「お待たせ。何か詳しいことは分かった?」
    「まぁな、ちょっと込み入ってる」
     目配せで発言を促す志郎に、シュレはうなずき説明に入った。
    「セツナがこの時代に時空戦を仕掛けようとしているんだ。オニヅカを先兵に大掛かりな時空テロを目論んでいるらしい。ターゲットはリクドウ・シックス全般で、その鍵をクリスタルが握っている」
     シュレの説明に桜子は、首を捻りながら問うた。
    「あのさシュレ。私にはそのリクドウ・シックスというのが、今ひとつ理解できないんだけど」
    「過去を統括し、歴史の秩序を守る未来の課税システムと思ってくれればいい」
     シュレが説くものの、桜子は合点がいかない。やむなく志郎が補足を入れた。
    「桜子、要するに税務署の系統部署みたいなもんさ。天道は法人、人道は所得、修羅道は消費、畜生道は管運、餓鬼道は酒、地獄道は徴収を受け持っている。そのシステムが毎年七月に輪廻転生の名の下、大異動するんだ。システムの構成を環流させアップデートを図るんだと」
    「ふーん。で、セツナらはその混乱に乗じて事を起こそうとしているわけね」
     桜子は唸るや腕を組み頭を働かせた。クリスタルが手の内にある以上、セツナらは何らかのアクションを仕掛けてくることは想像に難くない。
     それをいかに防ぐかだが、ここでシュレが思わぬ策を切り出した。
    「桜子、ここは逆にこちらから仕掛けよう。君達に行って欲しい時空がある」
    「いいよ。今度はいつの時代?」
    「三日後さ」
    「え、現代!?」
     桜子は意表を突かれ声を上げた。てっきり過去の歴史線上にある時空だと思っていただけに意外さを覚えている。
    「行くのはやぶさかでないけど、一体、何をしに?」
    「この人物と接触して欲しいんだ」
     シュレが示した人物――それは十歳程と思しき少年で、名を浦島俊介といった。
    「じゃぁ、頼んだよ」
    「えっ、ちょっと待って……」
     唐突さに慌てる桜子だが、シュレは構うことなく指を鳴らした。その途端、クリスタルが光を帯び、桜子と志郎を三日後の未来へと連れ去って行った。

     桜子と志郎が放り込まれた場所は、意外にも海外だった。マンハッタンの一角でイエローキャブが盛んに出入りを繰り返す中、桜子は立ち上がり志郎に問うた。
    「志郎兄、ここってアメリカよね? 浦島君は海外なの?」
    「らしいな。とにかく行こう。セツナ一派から守る必要がある」
     二人はシュレから与えられた情報を元に歩道を進んだ。ニューヨークの行政区を担うこのマンハッタンは五番街やタイムズスクエアなどの繁華街が栄え、世界中から訪れた観光客で沸いている。
     金融街で名高いウォール街も賑わっており、街中はイタリア系やユダヤ系、中国系、プエルトリコ系など多くの人種が混在するその様は、まさに人種のるつぼだ。
    「凄い熱気ね。街全体が活気付いてる」
     桜子は超高層ビルが密集して林立する摩天楼の景観に息を飲んでいる。やがて、一帯に閑静で広大な緑溢れる公園が現れた。ニューヨークを代表するセントラルパークだ。
     そこで桜子は、思わぬ人物を目撃する。
    「あれは翔君!」
     かつて桜子に告白し、たぶらかした挙句、罠に嵌めようとした翔がセントラルパークを歩いていた。どうやらこちらには、気づいていないようである。
    「追おう」
     志郎の言葉に桜子はうなずき、翔をそっと尾行した。
     追跡すること約十分、翔の前に目的の人物が現れた。浦島俊介である。どうやら一人のようで、様子から察するに両親とはぐれ迷子になっているようだ。
     ここで翔が動く。徐ろにポケットからスマホを取るや、どこかと連絡を取り始めた。
     ――一体、何をする気?!
     桜子が見守る中、事件が始まった。突如として黒いワンボックスカーが現れ、中から飛び出した男達が浦島俊介を掻っ攫ったのだ。
    「大変だ……」
     一部始終を目撃した志郎は、慌てて近辺のイエローキャブを捕まえ、ドライバーに英語で捲し立てた。
    「ハリーアップ!」
    「オッケー。アーユーレディ?」
     いかにもラテン系といった成人男性のドライバーは、状況を正しく認識したらしく、腕を捲りエンジンを噴かすや、ハンドルを切りタクシーを急発進させた。
     やがて、その前方に目的のワンボックスカーが現れる。
    「ヘイ、シロウ。ザッツエネミー・ライト?」
    「イエスっ! カルロス。レッツゴー!」
    「オーケー!」
     ワンボックスカーを指差す志郎に、カルロスという名と思しきドライバーが威勢よく応じ、アクセル全開でニューヨークの街を駆け抜けていく。
     ぐんぐん加速する車内で、荒い運転の反動をモロに受けた桜子は、悲鳴を上げている。
     だが、志郎は構う事なく、ドライバーにワンボックスカーを追わせた。ここで桜子は、ワンボックスカーの中に見覚えのある顔を見つけ叫んだ。
    「オニヅカ!」
     どうやら向こうもこちらに気付いたようだ。陰湿な目でニヤリとほくそ笑むや、メガネをくいっと押さえ何かを命じた。そこで両脇の男達が取り出したものに桜子は、目を見張る。
    「銃っ!?」
     何と窓を開けこちらに向けて発砲してきたのである。そこから始まったのは、映画さながらのカーチェイスだ。信号無視のワンボクスカーを、これまた制限速度無視のイエローキャブが迫っていく。
     やがて、カルロスは巧みなハンドル捌きで、ワンボックスカーを高速へと追いつめた。
    「オーケー……」
     カルロスがほくそ笑み、タクシー無線でどこかと連絡を取り始めた。訝る桜子に志郎が「大丈夫さ」と目配せを送る。
     その数分後、事態は明らかになった。周囲にアメリカのポリスが次々に現れ、カルロスに加勢し始めたのだ。
     さらにワンボックスカーの前方を他のパトカーが塞ぎジ・エンド。ここで男達は敢えなくお縄頂戴となり、浦島俊介は解放された。
    「ヘイ、シロウ。アーユーオッケー?」
    「イエス。サンキューカルロス」
     完全に打ち解けた志郎とカルロスは、ハイタッチで笑顔を交わしている。
     やがて、桜子の前を意味深な笑みを浮かべるオニヅカが連行されていく。その背中を見送った桜子は、まだあどけなさを残す浦島俊介に歩み寄った。
    「浦島君、大丈夫?」
     浦島俊介はこくりとうなずくものの、まだ緊張状態が解けないようだ。青ざめた顔でこちらを伺いつつ、ニューヨーク市警に保護されて行った。
    「何とか助かったらしいな」
     ほっと安堵のため息をつく志郎に、桜子が問うた。
    「志郎兄、あの浦島君は何者なの?」
    「時空課税上の最重要人物さ。とにかく無事でよかったよ」
     志郎の返答に桜子は、頭を捻っている。
     ――未来人の最重要人物……ということは、つまり……。
     閃きがよぎる桜子に志郎がうなずく。どうやらあの浦島俊介少年は、タイムマシンの開発者上において重要な何かを握る人物のようだ。とそこで桜子のクリスタルが光を放ち、二人を元の時空へと連れ戻していった。