返信先: 【新企画】桜志会のイメージキャラ小説
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「志郎を持っていかれた、か」
桜子の報告に頭を痛めるのは、新たに送られてきた量産型シュレ二号機だ。どうやら記憶は共有されているらしく、会話もこれまで同様で何ら変わることがない。
「一体、どうすれば……」
嘆く桜子にシュレは断言した。
「僕は歴史のクリスタルをさらに強化すべきだと思う。それがセツナへの抑止にも繋がるからね」
「でも、私一人じゃ……」
すっかり弱気に転じた桜子に、憤りを覚えたシュレは混乱の収まらない街を指差し吠えた。
「桜子、現状を理解してる? 君達はセツナに時空兵器で攻撃されたんだよ。この時空震は、しばらく収まらないだろう。死者も出てる。なのに反撃もせずに、ただ黙って見てるだけなの?!」
「そうは言うけど、どう立ち向かうのよ。志郎兄を人質に取られているのに」
「だからこそ、クリスタルが重要になってくるんじゃないか。君の時空トラベルがクリスタルを強化し、ひいてはセツナに対する交渉力を高めることにも繋がる」
こんこんと説くシュレに桜子も異論はない。だが、その自信がなかった。不安で押し潰されそうになる桜子だが、そこへ一本の着信が入った。母のソフィアである。
桜子は父の無事と兄の拉致を伝え、クリスタルをめぐる現状と、ありのままの思いをぶつけた。
「私には自信がない。志郎兄と違って無能だし、どう戦えばいいのか分からない。分不相応もいいところよ」
「桜子、一ついい? あなたにあって志郎にないものがある。何か分かる?」
「そんなものないわよ!」
嘆く桜子だが、ソフィアの答えは意外なものだった。
「クリスタルが選んだのが、志郎ではなくあなただったってことよ」
これには、桜子も黙らざるを得ない。確かにクリスタルは万能な兄ではなく、無能な自分を選んだ。それは偽らざる事実だ。
さらにソフィアは意外な心中を吐露した。曰く、自分は桜子よりむしろ志郎の方が心配だ、と。
「え、どう言うこと?」
「これは初めて言うんだけど、私は志郎を叱ったことがないの。まぁ、叱るところが無かったって言うのもあるけど、本当は叱るともう立ち直れないんじゃないかって思うくらい脆い部分があってね」
「や、でも私、志郎兄と違って褒められたことってほとんどないよ」
「それは、褒めることが人をダメにする側面を持っているから。私はライターとして、賞賛を一身に浴びた人がその能力を発揮できないまま潰れていくのをいっぱい見てきた」
黙って聞き役に徹する桜子に、ソフィアはさらに続けた。
「桜子。あなたはさっき分不相応って言ったわね。確かに身の程をわきまえるっていうのは、大事よ。特に調和を重んじる日本ではね。でも身の丈を超えない限り、成長もないわ。クリスタルは志郎ではなく、あなたの方に伸び代と潜在的な魅力を感じたのよ」
――私に伸び代と魅力?
思わぬ事実を知らされた桜子は、言葉を失っている。やがて、ソフィアが締めた。
「桜子。事務所のことは、私が知り合いの先生に話をつけるから安心しなさい。あなたは今、すべきことをすればいい。分かった?」
「分かった……」
桜子はポツリと答えるや、通話を終えた。徐ろに歴史のクリスタルを手に取るや、密かに決意を固めた。
――どこまで出来るか分からない。伸び代なんて全く感じないけど、やれる限りのことをやってみよう。
そんな桜子にクリスタルは、慈愛の灯火を放ち続けた。
学校が夏休みに入った。この頃になると、桜子の学問に対する熱もかなりのものとなっている。
シュレが家庭教師となって、歴史という日本がかつて歩んで来た道を伝えると同時に、いずれ行くイバラの道について進んだ考えを説いていく。
「要するに歴史って、哲学なんだ」
シュレの教えに桜子は、首を捻る。
「シュレ、悪いけど哲学って実社会で何の役にも立たない暇人の禅問答でしょ?」
「違う。発想が逆だ。実社会の発展の上に哲学じゃない。哲学が整備されてはじめて実社会が成り立つ。仮に今、大怪我をしても外科治療で治せるだろう。それはデカルトが物心二元論で精神と身体を切り離したからこそ、医者が安心して身体を科学的に研究できる倫理ができ、医学の発展につながった」
「じゃぁ、歴史はどうなのよ?」
桜子の問いにシュレは、しばし考えた後、返答した。
「統治だね。いかに国を回していくか。民主制か君主制に行き着く」
「どっちがいいの?」
「一長一短さ。君主制は独裁を生み民主制は衆愚を生む。その時々で最適なものを選ぶのがベストだろう。ま、座学はこんなところさ。実践に移ろう」
シュレがパチンっと指を鳴らす。たちまち歴史のクリスタルから光が溢れ、桜子を太古の時空へと連れ去っていった。
シュレが次に照準を合わせた時空は、〈日本〉という国号が初めて歴史に登場した大化の時代である。
例の如く時空移動により乱暴に放り出された桜子が一帯を見渡すと、宮中の様だ。楽しげな声の元へ向かうと、何やら鞠らしきものを高く蹴り合う男達がいる。
「いた。あそこね。中大兄皇子!」
桜子は物陰に隠れて機をうかがった。すると、その中大兄皇子が蹴りに乗じて靴を放り飛ばしてしまった。
苦笑する中大兄皇子に靴を拾い近づいた人物こそ、古代日本において絶対的な権力を手にする藤原氏の祖――中臣鎌足である。
ここで二人は、何かを囁き合った。一瞬ではあったものの、何かを察し合ったようだ。互いに意味深な笑みを浮かべ別れた。
「よし、行こう」
桜子は意を決し、中臣鎌足の元へと歩み寄った。案の定、桜子のナリに中臣鎌足は驚いている。だが、意外にも何かを察したようにうなずき、こう述べた。
「君、未来からの使者だね?」
流石に桜子も驚きを隠せない。
「え……あの、なぜそれを?」
「以前に似たような妙なナリの青年が来たからね。君と少し面影が似ている。肌の色も」
――それって志郎兄じゃ……。
食い入るように見つめる桜子に中臣鎌足は、優しげな笑みを浮かべながら言った。
「そんなナリでここにいたら、怪しまれる。私の家に来なさい。話を聞こうじゃないか」
その後、中臣鎌足に招かれた桜子は、事情を晒した。
「ほぉ、歴史のクリスタルで救国をねぇ。君の気持ちはよく分かるよ。私も身分の低い役人ながら、この国の未来を危惧する者だ。特に蘇我氏の横暴は目に余る。聖徳太子様の血を引く山背大兄王様すら葬ってしまった。一族もろともだ。何とかしたいのだが、肝心の中大兄皇子が煮え切らない」
苦悩の表情を浮かべる中臣鎌足に、桜子は同意しつつ問うた。
「鎌足様は、日本をどんな国にしたいですか?」
「律令国家だ。租・庸・調を整備し、唐のような立派な国にしたい。それだけではない。この国を未来に輝く偉大な国にしたいのだ」
そこから始まったのは、中臣鎌足による一大演説会である。ほとばしる情熱で熱弁を振るうその熱気に桜子は、圧倒されている。
だが同時に頭もクールに働かせた。脳裏によぎるのは、中臣鎌足が以前に会ったという志郎のことだ。
気になった桜子がその旨を問うと、中臣鎌足はこれまた意外な答えが返って来た。なんと蘇我入鹿を唆し山背大兄王様を討たせたのは、志郎だという。
「それはないっ!」
思わず声を荒げる桜子だが、中臣鎌足は間違いないと断言する。
「君には悪いが、あの志郎という男はかなりの危険人物と見た。おそらく君がいう歴史の改変を目論んでいるんじゃないか」
――志郎兄が歴史改変を……。
言わずもがな、歴史改変は時空課税の理論を根底から覆す大罪である。どうやら志郎は、セツナに唆されダークサイドに身を投じてしまったらしい。
愕然とする桜子に中臣鎌足は同情しつつ、非情な論理を説いた。
「桜子、おそらく君は志郎と対決する。覚悟しておいた方がいいだろう」
――志郎兄と、対決……。
あまりの衝撃に桜子は、言葉が出ない。これまで志郎を頼りにずっとやってきた。その志郎と対決など、できようはずがない。何よりあの志郎が、自分を裏切るはずがないのだ。
やがて、中臣鎌足と別れた桜子は急ぎ現代に戻り、その旨をシュレに伝えた。流石のシュレも事態の深刻さに、顔色を変えている。
「志郎が寝返ったのか……」
困惑の面持ちで未来の課税当局と連絡を取り始めたものの、セツナがあらゆる時空で同時多発的に起こした時空テロの混乱を受け未だ復旧できずにいる。
そんな中、ようやく返した答えが「志郎にまつわる情報の収集に努めよ」とのことだった。
「シュレ、どうすればいい?」
必死の面持ちで問う桜子に答えるべく、シュレはあらゆる時空に検索エンジンを走らせた。そこで一つの事案がヒットする。
「西暦645年6月12日の飛鳥、ここに志郎のものと思しき痕跡が確率として見られる」
「分かった。すぐ行く」
「待って、桜子。罠の可能性がある。今、闇雲に動くのはあまりに危険だ」
はやる桜子を引き止め再考を促すシュレだが、桜子の決意は固い。
「シュレ。危険は承知の上、でも今は動くべきときよ」
「作戦も無しにどう動くっていうのさ!」
「そんなものは、動きながら考えるものなのよ! 少なくとも今まで会って来た歴史上の偉人は、そうだった。皆、自分から時代にぶつかって、歴史を引き寄せていたわ」
桜子の強行姿勢にシュレは苦悩の表情を滲ませ、ため息まじりに嘆いた。
「桜子、君は事態の深刻さが分かっていない」
「大丈夫よシュレ、任せて。志郎兄が裏切るなんてあり得ない。絶対、何か理由があるはずなの」
「それが甘いんだ。後ろで糸を引いているのは、あのセツナなんだ」
シュレはリスクをこんこんと説くものの、桜子は頑として引き下がらない。一見、無謀とも思える桜子の決断だが、その主張はあながち間違ってはいない。
それを成長と取るか未熟と取るかは、分からないものの、自らの意思を鮮明にする桜子にシュレは折れた。桜子の条件を飲んだのだ。
「伸るか反るかの大博打、いずれ来るとは思っていたが、こんなに早く到来するとは、ね……」
そんな独り言をつぶやきながら、シュレは準備を整え、桜子に釘を刺した。
「いいかい桜子、君が今まから活動出来る時間は、きっかり二十四時間。これより一秒でも遅れれれば、君は時空課税庁の管轄を離れ、現代に戻ってこれなくなる。それとこれはお守り。いざとなったら開けてくれ。もしかしたら役に立つかもしれない」
「分かったよシュレ。礼を言う」
「これが僕に出来る限界だ。健闘を祈る」
シュレは全てを託し、桜子を再度、過去の時空へと送り出した。