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一井 亮治
参加者

     第十九話

     父・善次郎の意識が戻った。知らせを受けた桜子が我先に病院へ駆けつけると、病床から善次郎が笑顔で出迎えている。
    「父さん、よかった……」
     桜子は善次郎の元に駆け寄るや、目に涙を滲ませた。
    「桜子、心配をかけたな」
    「本当よ! 一時は、どうなることかと……あのまま別れも言えずに〈さようなら〉なんて私、絶対に許さないから……」
     怒ってみせる桜子に善次郎は、苦笑を禁じ得ない。やがて、会話もそこそこに桜子は善次郎の着替えを整理しつつ、現状を説明した。
    「そうか。志郎は出て行ったきりか」
    「うん……歴史を改変してでも、この国を救うんだって」
    「なるほど。アイツらしいな」
    「感心している場合じゃないでしょう。父さんがこんなになってるって言うのに」
     声を上げる桜子に善次郎は理解を示しつつ、ふと思い出したように切り出した。
    「そういえば桜子、お前が言っていたオニヅカという元税理士だがな。父さんも一度、関わったことがある」
    「え……本当?! 何か情報はある?」
     食いつく桜子に善次郎は、記憶を辿りながらオニヅカの情報を話し始めた。曰く、志郎同様に試験を一発合格した天才で、ヤマ当てがうまく生粋のギャンブラーで鳴らしていたと言う。
    「何でもカジノを自ら編み出した必勝法で何件か潰したらしい。その恨みを買って課税当局にタレコミされ査察にやられたって話だ」
    「ふーん……そう言うことね」
     桜子は腕を組み考えを巡らせる。どうやらオニヅカは、歴史を哲学ではなく壮大な賭博場と捉えているようだ。
     ――まぁ、あながち間違ってもいないか。
     桜子は心の中でうなずく。と言うのも歴史上の偉人には、どこか己を賭け金に相場を張る勝負師としての側面が感じられるのだ。
     やがて、面会時間が来たところで桜子は立ち上がった。
    「父さん。貴重な情報をありがとう」
    「あぁ、だが桜子。ムリは禁物だぞ」
    「分かってる。じゃぁね」
     桜子は別れを告げ病院を出た。帰路の電車に揺られながら、スマホを取り出し母・ソフィアから教えられたサイトのAIへと繋ぐ。
     善次郎から得た情報をもとに調べていくと、奇妙な情報がヒットした。
    「オニヅカの本名?」
     その名を問うと、AIは思わぬ名字を挙げた。それは、桜子がよく知る氏である。
    「フジワラ、かぁ……」
     どうやらオニヅカは先日、桜子が看取った鎌足の子孫に当たるようだ。シュレだけでなくセツナもこだわる藤原氏とは、果たしていかなる一族なのか。
     さらに調べを進める桜子だが、ふと気配を感じ顔を上げた。
    「今、誰かに見られていたような……」
     不審を感じ辺りをぐるりと見渡したものの、特に異変はない。
     ――気のせいか……。
     そうこうするうちに電車が駅に着いた。桜子は気を取り直すや、電車を出て家路についた。

    「藤原氏と税制の関係? あるよ」
     帰宅するや質問を投げかける桜子に、シュレは答えた。
    「鎌足の子、不比等らが大宝律令で税制を整えたのは以前、見ただろう」
    「えぇ、私が知りたいのは、その結果よ。ちゃんと国や民のためになったの?」
     前のめりな桜子にシュレは、しばし考え冷静に返した。
    「桜子。君、勘違いしてないか。歴史って、先に進むほど皆が幸せになれるとか思ってる?」
    「そうよ、違うの?」
    「とんでもない誤解さ。確かに鎌足や不比等らによって日本は律令国家となった。ようやく一人前の国になってきたと言っていい。だが、歴史は次の時代に光だけでなく影も落とす」
     シュレ曰く、租庸調、つまり稲や布、地産品といった税は都まで自費で運ばねばならず、民は盗賊に怯え餓死と隣り合わせの命懸けな旅を強いられたという。
     その日暮らしで不安定ながらも、皆で分け合う縄文時代の文化は、完全になくなったのだ。
    「さらに厄介なのは、公地が足りなくなったことだ。国が墾田永年私財法で開墾を促したものの、それが出来るのは余力がある豪族だ。彼らはこれを有力者への寄付を装い、租税回避を図った。荘園の始まりさ」
    「国司は、課税出来なかったの?」
    「不輸の権を盾に拒まれた。〈ここは田畑でなく私の庭園なんです〉とか言われてね」
    「何よそれ!」
     憤慨する桜子にシュレは苦笑しながら、言った。
    「この荘園をもっとも効果的に使ったのが、藤原氏さ。彼らは日本最大の荘園領主として、道長の時代に絶頂を極めた。セツナは、藤原の血を引くオニヅカにこのシステムを転用させ、時空上の租税回避という大博打を張らせたいのさ」
    「なるほどね……」
     桜子はシュレに同意しつつ、腕を組み考えている。
     先日の時空テロで未来の課税省庁の軸をなすリクドウ・シックスは、完全に復旧できていない。
     そもそも消失したセツナの設計者は、遺体すら見つかっていないのだ。
     ゆえにセツナ達の動きが近いうちに予測され、それは平安時代と推測された。
     ――問題は志郎兄ね。何としても目を覚まさせる必要がある。
     有能で才に長けた志郎に対するコンプレックスは、桜子の中で不動のものだ。それでも、この兄を出し抜かねばならない。
     ――ここは、策に頼ろう。
     桜子は、シュレに問うた。
    「シュレ。現状で未来の課税省庁の稼働率は、どこまで見込める?」
    「天道(法人)、人道(所得)で二、三割と言ったところだね」
    「私が囮になるわ。それで可能な作戦を立てて」
     この桜子の申し出にシュレは、驚いている。だが、桜子は本気だ。
     やむなくシュレは、未来と連絡をとり始めた。そこで決まったのは、助っ人を寄越すとの事である。
    「明日、その助っ人がやって来る。作戦の成否は、桜子とその人物にかかっている。覚悟はいいね?」
     念を押すシュレに桜子は、真剣な眼差しで同意した。
     その夜、桜子は布団の中で考えている。
     ーー本当に私なんかが勝てるのだろうか。
     不安に押し潰されそうになりながらも、気持ちを強引に落ち着かせ眠りについた。

    「あーアンタが桜ちゃん?」
     翌日、ガサツな声で話しかけるのは、不揃いなショートカットが印象的な、桜子と同い年と思しき娘である。
     あまりに馴れ馴れしい態度に面食らう桜子に、シュレが紹介した。
    「彼女は藤原京子。この時空を監視するエージェントだ。今回の作戦の立案者でもある」
    「ま、そういうこと。ヨロシクぅ」
    「こちらこそ。藤原さん……」
    「いいっていいって。京子って呼んでくれれば」
     京子はポンっと桜子の肩を叩くや、家の中にヅカヅカと入った。その軽々しさに桜子は不安さを隠せない。すかさずシュレに小声で問うた。
    「ちょっとシュレ、あの娘で大丈夫なの?」
    「あぁ、まぁちょっと性格はアレだけど、エージェントとしてはうってつけだから。末裔には末裔で対抗って事さ」
     そう語るシュレに桜子も異論はない。ためらいつつ桜子もあとに続いた。リビングに入った京子は、ペラペラと身の内を捲し立てている。
    「京子。そろそろ始めてくれ」
     見かねたシュレの注意を受け、京子は「あーゴメンゴメン」とこれまた軽々しく詫びるや、カバンからノート端末を取り出し、桜子の前に広げた。
    「桜ちゃん。いい? この作戦の肝はオニヅカのギャンブルを覆すこと。桜ちゃんはその囮になる。つまり陽動よ。その間、構成員が包囲に動くから、可能な限り引きつけ時間を稼いで」
    「分かったけど、京子は?」
    「あたいは、桜ちゃんと一緒だよ」
    「え、でも危険じゃ……」
    「いいじゃんいいじゃん。そんなのうちらの仲じゃん。お互い様ってことで」
     陽気に笑って見せる京子に桜子の内心は、揺らいでいる。
     ――本当にこの娘で大丈夫?
     そんな心配をよそに京子は、言った。
    「じゃぁシュレ、作戦決行よ」
    「オーケー、準備はいいかい?」
     シュレの問いかけに京子と桜子は、うなずく。
    「よし、現時刻をもって僕らは対セツナ戦に入る。標的はオニヅカ、作戦名は〈トトカルチョ〉だ。健闘を祈る」
     作戦開始を高らかに告げるや、シュレは指を鳴らす。たちまち桜子と京子の体は光に包まれ、現代の時空から姿を消した。

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