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一井 亮治
参加者

     第二十二話

     セツナらに連れ去られた桜子は、監視の下、隔離された部屋にいる。そこへオニヅカが入ってきた。
    「ダージリンティは、いかがかな?」
     紅茶を差し出すオニヅカに桜子は、そっぽ向く。オニヅカは苦笑を浮かべつつ、前の座席に腰掛け対面した。
    「桜子。私には一つ、分からない事がある。君は救国を条件にシュレに助けられた。そして今、クリスタルと歴史を旅している。だがはっきり言って、この国は手遅れだ。なら発想を切り替えるべきだろう」
    「つまり、祖国を売れってこと?」
    「『トム・ソーヤの冒険』は知ってるかい? 著者のマーク・トウェインが言っている。〈歴史は繰り返さないが、韻を踏む〉とね」
     オニヅカは、メガネを指で押し上げながら、さらに続けた。
    「これから日本は、厳しい局面を迎える。だが悲観することはない。かつて、世界を大恐慌が襲った。だが、そこで儲けた人もいなかったわけではない。世界には危機の中でお金を稼ぐ人が常にいる。皆が売るタイミングで買い、皆が買うタイミングで売るんだ。例え危機が起き、経済が崩壊しようとも、必ず復活するのさ」
    「だから歴史まで改変しようっていうの? 悠久の時空を賭場に相場を張って、儲けのためなら国すら滅ぼすなんて間違ってるわ」
    「ふっ、見解の相違さ。まぁゆっくり考えてくれればいい。それはそうと君のお兄さんだが、なかなかにしてしたたかじゃないか。私にとって歴史はギャンブルだが、彼にとってはゲームのようだ」
     薄ら笑いを浮かべるオニヅカに、桜子は被りを振りつつ、声を上げた。
    「オニヅカ、私にはさっぱり分からない。歴史がギャンブルやゲームな訳ないでしょう」
    「じゃぁ、何だと言うのかね? 時空課税上の財源か? 君はいつまで未来の奴隷でいるつもりなんだ」
     罵るオニヅカに桜子は言った。
    「私にとって歴史は、過去との対話よ。これまで色んな偉人に会って来た。皆、悩みの中で現実と直視し、それぞれの答えを見つけていたわ。なのに、あなた達はそこに敬意を払わず私物化しようとしている」
     非難の声を上げる桜子にオニヅカは、肩をすくめお手上げのポーズをとる。桜子の説得を諦め席を立つや、部屋を出て行った。
     入れ替わるようにやって来たのは、セツナである。
    「お嬢さん。いらっしゃい」
     セツナの手招きに桜子は、警戒しつつも従った。桜子はセツナの背中を追いながら問うた。
    「セツナ。一体、私をどうするつもり? あなたの設計者同様に始末する気ね」
    「お言葉を返すようだけど、私の設計者は死んじゃいないわ」
     言葉を失う桜子をセツナが笑う。
    「そんなに身構えなくても大丈夫よ。私達には、あなたを簡単に始末できない事情もある。ただ……そうね。一つ、いいものを見せてあげるわ」
     意味深な笑みを浮かべつつ、セツナが向かったのは祭壇のような場所である。そこで立ち止まったセツナは、振り返るや桜子の額に人差し指をかざした。
     その途端、桜子の頭の中を走馬灯のように映像が走り抜けた。
    「え……今のは、何!?」
     戸惑う桜子にセツナが言った。
    「私の目指す世界――無税国家論のビジョンよ」
     ――無税国家論ですって!?
     桜子は見開いた目でセツナを見た。冷静に考えて、それは不可能である。だが、そのビジョンを直接、頭の中にありありと見せられた桜子は、反論の言葉を失っている。
     そんな桜子にセツナは言った。
    「お嬢さん。今から二十四時間、あなたに時間をあげる。私かシュレか、どちらに着くべきかをよく考えて、はっきりと道を決めなさい」
     
     
     
     無税国家論――それは財政支出の徹底削減により国家予算の剰余金を積み立てて、非常に長いスパンでこれを目指す、という福沢諭吉を参考に松下幸之助が描いた国家論構想である。
     無論、そこには企業経営のノウハウ援用を念頭においている。つまり、日本産業株式会社という訳だ。
     ただその実現には多くの資本を要するため、歴史のクリスタルで資金を捻出し、新たな国家像を打ち立てようというのが、セツナの目論見らしい。
     部屋に戻された桜子は、改めてその可能性について考えている。
     ――確かに国や民、未来のあるべき姿を追求すれば、それは理想かもしれない。
     だが、それを多くの犠牲を強いてでも強行しようとする考えには、やはり賛同できなかった。
    さらに気になるのは、セツナが述べた設計者存命の報である。無論、事実とは信じきれないが、どうもその設計者は、桜子をむげに出来ない事情があるらしい。
     ――一体、何がどうなっているのよ……。
     謎が謎を呼ぶ中、ふと時間を確認すると、タイムリミットが迫っている。悩む桜子だが、そこへ思わぬ声が響いた。
    「セーンパイっ、お久っす」
     調子の良さげな挨拶に振り返った桜子は、思わず声を上げた。
    「翔君!」
    「さ、センパイ。今のうちに早く逃げて」
     脱出を促す翔に桜子は、困惑しつつも後に続いた。監視員が睡眠薬で眠りにつく中、翔は桜子を連れて、裏口を案内していく。
     不審さを感じた桜子が問うた。
    「翔君。一体、どういうつもり?」
    「や、これはですね。志郎さんの差し金なんです」
    「志郎兄の!?」
     驚く桜子に翔は続けた。何でも志郎は完全にセツナを信じた訳ではなく、ある種の保険をかけたつもりだという。
     その上で桜子はシュレに、志郎がセツナに従いつつもあうんの呼吸で息を合わせ、互いに歩むべき未来を探っていこうという目論見のようである。
    「あの人もなかなかにして腹黒いですよね」
     笑って見せる翔に桜子の心中は、複雑だ。だが、ここはその考えに従い共存を図るべきだと思い直した。
    「さ、センパイ。歴史のクリスタルをかざして下さい。クリスタルが導く時空へ逃れた先に、センパイの未来が待っていますよ」
    「分かった。ありがとう翔君」
    「礼は結構。今日の味方は明日の敵、それじゃあまた」
     手を振る翔に桜子はうなずくや、クリスタルを額にかざし、光とともに導かれるままに姿を消した。

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