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一井 亮治
参加者

     第二十六話

    「クリスタルを半分、持っていかれた!?」
     声を上げる京子に桜子は、力なくうなずく。無論、半分の状態ではタックスヘイブンとして能力を持つことはない。
     だが、あらゆる可能性が新たに発生してしまったことは事実だ。
    「あー参ったね……これで、セツナの動きがますます読みにくくなったじゃん」
     京子は困惑しつつ、頭を整理している。やがて、事実を確認していくように言った。
    「いい桜ちゃん。西暦1185年4月25日、つまり今日、平家は滅んだ。平安時代が終わったの。そして半年後、鎌倉時代が始まるじゃん。その間、キーマンとなるのは源義経よ。なぜだか分かる?」
    「頼朝さんが義経さんの討伐に必要な兵糧確保を口実に、後白河法皇から守護・地頭(徴税権)の設置を認めさせたから」
    「そう。結局、国って税なのよ。私達の始祖、藤原鎌足は公地公民の名の下、租・庸・調の租税を中心に律令国家の礎を築いたじゃん。これを頼朝が法皇と義経の行動をうまく利用して、国を乗っ取ってしまったの」
     懇々と歴史を説く京子に、桜子は黙ったまま聞き役に徹している。京子は言った。藤原(奥州)氏と源氏のハルマゲドンが始まる、と。
    「まずは、その前哨戦の時空へ飛ぶよ。今から約四年後の1189年6月15日、場所は源義経終焉の地――衣川高館。いいね?」
    「えぇ、分かってるよ」
     桜子は、力なくうなずくや、半分になったクリスタルを手に取る。たちまち二人の体は光に包まれ、時空移動していった。
     例の如く、乱暴に放り込まれた桜子と京子が辺りを見渡すと、一帯は火の海に包まれている。
     その中に目的の人物はいた。
    「義経様?」
     声をかける桜子に義経は振り向き、目尻を下げた。
    「そなた達は確か、未来の使者とやらだったな」
    「そうです。外にいるのは、鎌倉の軍ですね?」
     桜子の問いかけに義経はかぶりを振る。何と義経が救いを求めた奥州藤原氏だという。
    「泰衡が兄頼朝に脅され裏切ったのさ。バカな奴だ。これで藤原氏が助かるとでも思ったのだろう。あの頼朝がそんなに甘いわけがない」
     笑う義経だが、これは事実だ。義経を討たせた頼朝は、憂いを完全に断つべく奥州藤原氏を滅ぼすに至る。
    「この世に生まれて三十年……あっという間であった。思い残すことは何もない。平家を滅ぼす。この大仕事を果たし史に名を刻めたわけだからな」
     そう語る義経の顔は、どこか晴れ晴れとしている。無念さを押し殺した上での笑顔だ。刃を手に取る義経だが、ふと思い出したように言った。
    「そう言えば、そなたらの話をしていた者がいたな。確かオニヅカという男だ」
    「オニヅカが!? 奴はどこに行きましたか」
     身を乗り出す京子に義経は答えた。
    「京だ。ある人物を訪ねると申していた」
     ――間違いない。後白河法皇だ。
     桜子と京子が目配せを交わす中、義経はこの世に別れを告げ自刃した。その最期を見届けた桜子は、京子とともに新たな時空へと飛んでいく。
     向かった先は、後白河法皇が在中する御所である。
    「来たか。頼朝の使者……いや、未来からの使者かの」
     いきなり現れた桜子と京子に後白河法皇は、意味深な笑みを浮かべている。その理由は、背後で囚われの身となっている人影にあった。
    「オニヅカ!」
     声を上げる京子にオニヅカは、舌打ちしている。
    「京子!? なぜ貴様がここに……」
    「悪いけどアンタの与太話に興味はないわ。今すぐ投降しなさい」
     銃口を突きつける京子にオニヅカは、交渉を持ちかけた。
    「同じ藤原一族だろう」
     だが京子は、睨みを解かない。
    「オニヅカ。あたいの家族はアンタが起こした時空テロの犠牲になった。そのときからずっと、アンタを刑務所にぶち込むことだけを考えて生きて来た。観念しなさい」
     畳み掛ける京子の顔は、鬼気迫るものがある。一方のオニヅカは、盛んに暴れるものの後白河法皇の家来に取り押さえられ、身動きを封じられている。
    「おのれ……お前ら、覚えておれ!」
     オニヅカは、京子達を睨みつけながら吠えた。
    「桜ちゃん。後を頼んだよ」
     オニヅカを連行する京子を見送った桜子は、後白河法皇と向き合っている。
    「もしかして法皇様は、私達が来ることを予測して、オニヅカを?」
    「うむ。そなたらがただものではないことは、会ったときから分かっておった。しかし、未来からの使者だとはな。オニヅカとやらは、歴史の敵なのであろう?」
    「そうです。それも重大な時空テロ犯なんです」
     桜子の訴えに後白河法皇は笑みで応じつつ、心中を吐露した。曰く、残りの人生の全てを新たな時代の構築に捧げる、と。
    「思えば源平の戦さは、私をめぐって起こった様なものだ。その歴史的責任は果たすつもりだ」
    「つまり、頼朝様に鎌倉幕府を開かせる、と?」
    「簡単にはさせんが、次の世を担う公武関係の枠組みは構築しようと思う。その話をそなたの兄としたところだ」
    「え……志郎兄と!?」
     驚く桜子に後白河法皇はうなずく。どうやらその条件がオニヅカだったようだ。
     ――志郎兄も策士ね……。
     ため息を混じえる桜子に後白河法皇は言った。歴史の正常化に手を貸すかわりに、頼朝との交渉を見守ってくれ、と。
    「もちろんです」
     二つ返事で応じる桜子に後白河法皇は、笑みを浮かべ一つの歌を誦じた。
    「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」
     いわゆる平家物語の冒頭である。これを朗々と読み上げた後、意を決し頼朝に向けて筆を取った。
     

     さて、この後の歴史であるが、西暦1190年11月7日に頼朝が千余騎を率いて上洛し、後白河法皇と院御所・六条殿で初の対面を果たしている。
     いわば政敵同士とも言えるこの会談であるが、両者は他者を交えず、日暮れまで腹を割って話し込んだ。
     頼朝に至っては、法皇を我が身に代えても大切に思っている旨を表明し、証拠として朝廷を軽んじる発言をした功臣の上総広常の粛清を語ったほどだ。
     これを受け後白河法皇はその日のうちに頼朝を、参議・中納言を飛ばし権大納言に任じた。
     さらにその翌日には、頼朝が後白河法皇に砂金・鷲羽・御馬を進上し、その後も長時間にわたり会談した。ここで後白河法皇は花山院兼雅の右近衛大将の地位を取り上げてまで、頼朝に与えている。
     頼朝の在京はおよそ40日間に及んだが、対面は八回を数え、ここで双方はわだかまりを払拭し、朝幕関係に新たな局面を切り開いた。
     武家が朝廷を守護する鎌倉時代の政治体制が確立したのである。その全てを見届けた桜子が向かったのは、京を一望出来る丘の上だ。そこに意中の人物を見つけ、静かに声をかけた。
    「志郎兄」
     志郎は振り向くことなく、言った。
    「来ると思っていたよ、桜子」
    「私も志郎兄なら必ずここに来るだろうと思って」
     桜子は志郎のお隣で肩を並べた。しばしの沈黙の後、志郎は鎌倉に戻っていく頼朝の軍勢を眺めながら言った。
    「一つの時代が終わるな」
    「そうね。でも志郎兄はまだセツナと繋がり歴史の改変を目論んでいる」
     嘆く桜子に志郎が意外な台詞を吐いた。
    「桜子、確かに俺は今はセツナに付き従っているが、全面的に信じた訳ではない」
    「え、どういう事?」
     首を傾げる桜子に志郎は言った。歴史はその時代の空気であり根底に蠢く潮流で、その捉えどころのない流れは、何となくゆっくり変えていくものだ、と。
    「つまり、潮流に影響を及ぼしこの国に静かな革命を起こしていくって事?」
    「あぁ。その先にセツナを取るかシュレを取るかの決断を迫られよう。特にセツナだが、背後にいる存在がヤバい。だからそれまでは桜子、お前とは敵同士であった方がいい」
     志郎曰く、双方が対立のポジションを取りつつ、その時々で歩調を合わせ阿吽の呼吸で進むべき道を探っていこう、と。
     無論、桜子も異論はない。むしろそれがこの国の未来に対する有効なスタンスに思えた。
    「桜子、父さんと母さんによろしく伝えておいてくれ。じゃぁな。次の時空で会おう」
     志郎は手を振るや、桜子に背に向け去っていく。
     ――阿吽の呼吸、か……。
     桜子は密かに心でつぶやきつつ、自身もこの時空から姿を消した。

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