返信先: 【新企画】桜志会のイメージキャラ小説
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第二十七話
現代に戻った桜子は、部屋でシュレと作戦を練っている。
「志郎と阿吽の呼吸で、ねぇ……」
腕を組み唸るシュレだが、一呼吸置いた後、断言した。
「言わんとしていることは分かる。だが、これだけは言わせてくれ。セツナはそこまで甘くない」
「もちろん。承知の上よ」
桜子は覚悟を見せつつ、確認するように問うた。
「シュレ、頼朝が徴税権を奪ったことで貴族による平安時代が終わり、武士による鎌倉時代が始まったんだよね」
「そうさ。以降、鎌倉幕府は百五十年の治世を脈々と築いていくことになる」
「それってさ。朝廷側の心中は、どうだったのかなって」
「そりゃ無念さ」
シュレは当然のように即答するや、桜子を諭すように続けた。
「例え無念でも、それが世の流れならどうしようもない。人間、時代には勝てないからね」
――確かにそうだろう。志郎兄も歴史を時代の空気であり潮流だと称していた。だから一旦、敵同士に分かれ静かな革命を起こそう、と。なら次に赴く時空は……。
「シュレ、歴史って栄枯盛衰でしょ。じゃぁこの鎌倉時代を終わらせた人物もいる訳だ」
「もちろん。後醍醐天皇さ。彼は実権を再び朝廷へと戻し、平安時代の古典的な政治の復活を目論んだ。これに悪党と名高い楠木正成が応じた」
――楠木正成……。
その名にピンときた桜子が問うた。
「楠木ってもしかして〈源平藤橘〉の橘?」
「よく気づいたね。その通りさ。楠木正成は赤坂の戦いを経て千早城に乗り込むや、一千人程度の寡兵で百万人とも称される幕府軍と対峙している」
「シュレ、その時空に飛べる?」
思わぬリクエストを受けシュレは、戸惑いを見せた。いくら何でも戦場に乗り込むのは危険と判断したのだが、桜子は聞く耳を持たない。
「なぜ、そこまでこだわるのさ?」
シュレの疑問に桜子は、クリスタルを手に答えた。
「このクリスタルがそう囁くから。私にはこの子がなぜ二つに分裂し、次にどうさせたがっているのかが分かる」
「ふむ。なるほど……」
シュレは桜子の真摯な訴えに理解を示しつつ、なおも考えている。やがて、思い切ったように言った。
「いいだろう。虎穴に入らずんば虎児を得ず。多少リスクはあるが、やってみよう」
シュレは徐ろに立ち上がるや、桜子に念を押した。
「いいかい。接触するのは楠木正成を中心とした人物のみ。それも必要最小限にとどめること。分かったね?」
「了解よ。シュレ」
桜子の返答にシュレはうなずき、異時空へと飛ばした。
桜子が放り込まれた時空ーーそれは正真正銘の戦場である。突如として現れた桜子に驚くのは、髭面ながらも精悍さを放つ中年武者だ。そのナリから察するに、楠木正成のようである。
「今度は女か。一体、どうなってるんだ!?」
――え、どういうこと?
桜子は戸惑いつつ、楠木正成に問うた。
「今度は……ってことは、前にも誰か来たんですね? それって私と同じ肌の色の男性じゃなかったですか!?」
「あぁ、そうだ。何でも未来からきたとか抜かしていたな。お前もその一味か?」
問い返す楠木正成に桜子は、可能な範囲で事情を説明した。これに楠木正成は、納得こそしないものの、ある程度の理解は示した。
ちなみに志郎は、すでに去った後だという。いずれ自分の妹が来るだろうから、よろしくやってくれと言い残し、消えたらしい。
――やっぱり志郎兄は、来ていたんだ。
いつも先を越され、やや不満気味な桜子だが、気を取り直し一帯を眺めた。そこで奇妙なものを見つけ問うた。
「正成さん。あの藁人形って……」
「おぉっ、アレか。フフっ……幕府軍を騙すための秘密兵器さ」
楠木正成は満足げにうなずき、桜子に説明した。何でも等身大の藁人形に甲冑を着させて並べ、それを囮に幕府軍を引き付けたところを投石で持ってして一網打尽にすると作戦だという。
「とにかく幕府軍をこの千早城に釘づけするんだ。そうやって討幕の機運を高めるのさ」
「え……でも、敵は大軍だし、何より百五十年も続いた鎌倉幕府を転覆させるなんて出来るんですか? 一体、どうやって?」
「ハハハっ……これは、また面白い女が来たものだ。愉快愉快」
楠木正成は、肩を揺らせて笑うや説明した。曰く、歴史は時代に漂う空気から変えていくのだという。
「ここでどれだけ粘れるか、皆が固唾を飲んで見守っている。例え死んでもいい。七度人として生まれ変わり、朝敵を誅して国に報いん」
いわゆる七生報国を説く楠木正成に桜子は、大いに興味を膨らませている。なお、ここまで鎌倉幕府の求心力が落ちた要因の一つに独特の相続がある。
子供に土地を分けて与える習慣である。当然、一人当たりの土地が狭くなり作業の効率も落ちた。いわゆる愚か者〈たわけ(田分け)〉だ。
この様な窮状を見かねた後醍醐天皇がクーデターをもくろみ、これに楠木正成らが応じた形だ。
では楠木正成はどのような国家像を夢見ているのか、その歴史観を問うてみたところ思わぬ答えが返ってきた。
「そんなものはない」
「え……や、でもこんな世にしたいとか、こんな世は変えるべきだとか、そういった考えはあるから、こうやって戦って歴史を作っているんでしょう?」
「ふっ、桜子とやら。いいことを教えてやろう。歴史は机上の空論では動かん。理屈などは後付けに過ぎず好きか嫌いか感情が先、戦さと一緒で女みたいなもんさ。気まぐれで飽きっぽく、振り向いたかと思えばそっぽ向く」
女を気まぐれ呼ばわりされ憤慨する桜子に、楠木正成は苦笑しつつ続けた。
「皆の裏を掻き、だましだまし活路を捻り出し、その瞬間瞬間で最大の効果を叩き出していく。そういった積み重ねの先に、ようやくお前の言うあるべき世ってのが見えてくるんじゃねぇかな」
幕府軍の包囲を遠目に持論を説く楠木正成に桜子は、唸った。
まずはフットワークありきで、そこにヘッドワークが付いてくるーーそれはゲリラ戦を得意とし、神出鬼没で縦横無尽に戦場を駆け抜ける楠木正成らしい考えと言えた。
もっとも和泉国若松荘に押し入って年貢を掠め取ったり、何かと悪党呼ばわりされがちな楠木正成ではあるが、筋の通った信念はあるらしい。
――多分、この人は歴史に好かれるタイプだ。こういう人が時代の引き金を引くんだろう。
桜子は大いに感銘を受けつつ、同時に楠木正成を訪れた志郎の心中も読んでいる。
――おそらく志郎兄は今後、時空をゲリラ的に飛んでいくはず。それこそ楠木正成の如く。なら次に行くべきは……。
狙いを定めた桜子だが、そこへ突如として、矢が降り注いだ。どうやら幕府軍の総攻撃が始まった様である。
悲鳴を上げる桜子に楠木正成が叫んだ。
「桜子、ここは危ない。早く去れ。そなたがたどる時空の旅ーー健闘を祈っておるぞ」
「はい。正成さんもお元気で」
別れを告げた桜子は、志郎の後を追うべくクリスタルを手にこの時空から去っていった。