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一井 亮治
参加者

     第三十三話

     現代に戻った二人は早速、シュレと次の作戦を練っている。目星をつけたのは、本能寺の変だ。信長へのクーデターを成功させた明智光秀は、ここでかなり大規模な減税策を行なっている。
     京都の地子銭を永久に免除すると表明したのだ。この地子銭とは、家の間口の広さに応じて課税される都市住宅税で、災害復興や城下町の発展を促すため免除されることはあったが、永久免除というは破格の大減税だった。
    「堺への賦課税二万貫の矢銭といい、税金って時の為政者の手加減次第よね」
     率直な感想を述べる桜子にシュレが笑みを浮かべ返答した。
    「まぁ逆に言えば、それだけ明智光秀は追い込まれていたと言えるね」
    「よし、まずは本能寺へ飛ぼう」
     そう切り出すのは、志郎だ。百年続いた戦国の世を終わらせた最大の功労者の最期を見届け、セツナの動きを探ろうというのだ。無論、桜子も異論はない。
     だがシュレが異議を唱えた。あくまで税理士の本懐は租税にあり、歴史的な出来事とは距離を置くべきと主張したのだ。
    「シュレ、言いたいことは分かる。だが、税っていうのは国そのものなんだ。国政と表裏一体の税制、この現実を無視した理解はあり得ない」
    「確かにその通りなんだけど、危険が伴うよ」
     シュレの懸念に二人は「それは承知の上」と声を揃えた。
    「分かった。君達に従おう」
     シュレはやむなく二人を新たな時空へと送り出した。時は1582年6月21日の早朝、場所は本能寺である。寺の内部に放り込まれた二人が一帯をうかがうと、何やら騒がしい。
    「どうやら明智光秀が本能寺を包囲した後のようだな」
     状況を読む志郎に桜子もうなずく。と、そこへ襖が乱暴に開いた。見ると信長が武器を携え立っている。二人の顔を見るや信長は、思い出したように言った。
    「その方らは、確か時空の旅人と申していたな。名は桜子と志郎と」
    「はい」「覚えて頂いて光栄です」
     恐縮する桜子と志郎に信長は、自嘲した。
    「いよいよこの俺も最期、ということか……」
    「さぞご無念かと」
     心中を察する志郎に信長は、かぶりを振った。
    「是非もなし。人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。奇しくもワシは五十を前にした四十九だ。悔いはない。ただ願わくばもう一年欲しかった」
    「信長様が天下人への第一歩を踏み出されたのは、桶狭間ですね。天下目前の今川義元を奇襲で討ち取られた」
    「うむ。そのワシが今度は家臣から奇襲を受け、天下を目前に討たれようとしている。歴史というのは皮肉なものだな」
     やがて、本能寺に火が放たれ一帯が炎に包まれていく。覚悟を決めた信長だが、ふと二人に意外な事実を告げた。同じように時空の旅人を名乗る人物と会ったというのだ。
    「それは、この人物ではなかったですか?」
     スマホでセツナの写真画像を見せる桜子に信長は、大いにうなずいている。
    「いかにも。歴史を変えてみないか、と申しておった。大きなお世話だと、突き返してやったがな。時に桜子、志郎。ワシはここでこの世を去るが、天下人の座を誰が射止めるのか教えてくれぬか」
    「はい。秀吉さんです」
     桜子の返答に信長は、声をあげて笑った。
    「あのサルがか! ハッハッハッ、それは実に愉快。天下人になった奴の顔を拝んでやりたかったのう。よかろう。桜子に志郎、サルに伝えよ。くれぐれも己の分をわきまえよ。高望みはワシと同じ轍を踏むぞとな」
     やがて、凄まじい炎に包まれながら、信長はこの世を去った。戦国の乱世を駆け抜けた、実に波乱に満ちた信長らしい最期であった。

    「一つの時代が終わる……」
     本能寺の喧騒から離れた桜子は、炎で赤く染まる明朝の空を眺めながらつぶやく。
     思えば戦国の世は、この国の古いものが崩れ、新しきものに取ってかわった時代だった。
     租税も、政治も、戦さのやり方すらも大きく変化したのだが、その先頭を突っ走る象徴が信長だった。
    「楽市楽座で減税と規制緩和を行い、関所の撤廃で関銭の負担から解放する一方、堺に税を賦課し、徴税を今井宗久に任せた。その過程で多くの衝突があったが、信長はこれを身を粉にして切り崩した」
     志郎が述べる信長の功績に桜子は同意しつつ、ためらいを覚えている。確かに世を覆うどんよりした重い停滞感は取り払われ、風通しは良くなった。
     だが、そこには多くの出血を伴った。前に進むたびに歴史は血を欲するのだ。
     ――果たして、それは不可欠な犠牲なのだろうか。
     複雑な心中の桜子に志郎が一つの狂歌を詠んだ。
    「織田がつき 羽柴がこねし天下餅 座りしままに食ふは徳川」
    「『道外武者御代の若餅』ね?」
     確認する桜子に志郎がうなずく。
    「確かに織田信長は苛烈だった。必要以上の血も流したかもしれない。だが、時代がこれを求めた側面はある。現に岩盤の既得権益を切り崩し覇がなったところで敢えなく退場となったしね。それは歴史の必然とも言えるし、織田信長も納得の上でその役割を演じていたんだろう。だからこそ、セツナの誘惑を拒絶したんだ」
    「確かに。じゃぁ、セツナの次の狙いは……」
    「羽柴秀吉だな。彼は天下を統一した後、租税史上重要な太閤検地を行なっている。おそらくここに何かの仕込みを入れるはずだ。その現場を押さえ、セツナの時空テロを防ぐんだ」
     志郎の作戦に桜子はうなずき、クリスタルを手に取るや次なる時空へと飛んでいった。

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