返信先: 【新企画】桜志会のイメージキャラ小説
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第三十四話
二人が次に向かったのは、本能寺の変から十日後の山崎である。ここで秀吉は歴史上名高い中国大返しを見せ、天王山を制し光秀討伐を成功させている。
二人が降り立ったのは丁度、戦さの終わった後だ。混乱が収まりきらない中、陣地で食事中の秀吉が桜子と志郎を見つけ、扇子を広げて招いた。
「その方らは、かつて亡き上様の元にいた時空の旅人ではないか。随分と久しいな」
「はい。覚えて頂いて恐縮です」「あの……戦勝、おめでとうございます」
志郎と桜子の祝辞を秀吉は満足げに受けつつ、こっそり囁いた。
「ここからがワシの本当の戦いだ。これまで身を粉にして尽くした織田家から全てを簒奪し、天下取りを目指すのだからな」
「はい。戦さですね」
相槌を打つ桜子に秀吉は「無論、それもあるが」と同意しつつ、意味深な笑みを浮かべている。
とそこへ一人の男がやって来た。見た限り武士というよりは、小姓上がりといった二十歳過ぎと思しき青年である。
「おぉ、佐吉か。どうだった!?」
「はっ、ここに……」
佐吉と呼ばれた男は、秀吉に一封の書面を差し出した。これを秀吉は食事中にも関わらず箸を放り出し、食い入るように目を走らせていく。
やがて、内容を読み切った秀吉は、佐吉に命じた。
「佐吉、アレを始めろ」
「はっ」
後に石田三成として豊臣政権の屋台骨を担っていく佐吉が去る中、志郎が言った。
「秀吉様、検地ですね?」
「フフッ、いかにも。ワシは百姓上がりだからな。奴らがいかにしぶといか身に染みて分かっておる。まずは、この山崎近辺の寺社地から台帳を集め権利関係を確認していく。いずれは、これを全国に対して行うつもりだ」
秀吉曰く、自分は信長の天下布武と異なり農地から全国をまとめ上げ、土地所有者と年貢納税者を整理・一本化し、全国の土地・人民を掌握する。
さらに測量基準と年貢換算法を統一し、土地ごとの経済力を数値として炙り出す。これにより同じ石高なら等価交換が可能だとする国替えの基準感覚を植え付けるとともに、主君に提供する軍役の目安にさせるとの事だった。
天下への構想を次々に練り上げる秀吉に戸惑いを覚えるのは、桜子だ。なんと言ってもまだ光秀を討った段階に過ぎない。だが、当の秀吉はすでに天下人の感覚なのだ。
そんな桜子の意を察した秀吉は、にんまり笑みを浮かべながら言った。
「桜子や。天下取りなら、もうとっくに水面下で始まっておる。戦さと一緒さ。始まったときには、すでに勝負はあらかたが決まっている。それがワシのやり方だ」
やがて、軍勢を引き連れ意気揚々と去っていく秀吉を見送りながら、桜子は言った。
「志郎兄、秀吉様って意外の着実よね」
「あぁ。一見、根明な人垂らしのキャラに騙されがちだが、下剋上の恐ろしさを誰よりも知る人だ。検地で農民を中世から続く荘園や守護から解放しつつ、刀狩りで反抗手段を奪い、兵農分離の下、移住すら禁じ身分も体も土地に縛りつけていく」
「それって、どうなのかな……」
「さぁな。ただ旧態依然とした閉塞感が取り払われた分、風通しはよくなった。文化の担い手も公家や僧から武士や商人に変わり、落ち着いた自然さより煌びやかな力強さが花開いていく」
志郎の総括に桜子は、うなずく。
「安土桃山文化、か。秀吉様もそこは派手好きな信長様の性格を引き継いだのね」
「あぁ、皆に慕われる魅力もある。だからこそ時代の女神は、光秀でなく秀吉に微笑んだのだろう」
納得し合う二人だが、不意にその背後から思わぬ声が響いた。それは二人がもっとも警戒すべき相手の声である。
「甘いわね。志郎、桜子。そんな事を言っているようでは、まだまだ私には勝てないわよ」
驚き振り返った二人の前にいたのは、あのセツナである。傍らには翔と配下の男達を伴っている。
「セツナ。一体、どういうつもりだ!」
「この時代に何をたらし込む気!?」
身構え吠える志郎と桜子に、セツナは冷笑しながら、突き立てた人差し指を振った。
「何もしちゃいないわ。ただ……そうね。ちょっとばかし仕込みを入れさせてもらったか・し・ら」
「ふざけないで!」
桜子が噛み付くものの、セツナは余裕の笑みを浮かべながら配下の男達に言った。
「二人からクリスタルを奪いなさい!」
たちまち包囲された桜子と志郎だが、そこへ思わぬ援軍が現れる。時空を割って登場した京子達だ。
「京子!」
「桜ちゃん。助けに来たよ」
時空課税庁の職員を引き連れ現れた京子に、セツナは舌打ちを隠せない。
「セツナ、時空課税法第四三条二項の脱税容疑により逮捕する。観念しなさい」
吠える京子に職員達はセツナ一派の包囲を試みる。たちまち一帯は、男達が入り乱れる乱戦へと発展した。
その混乱の中、分の悪さを読んだセツナが撤収に動いた。どうやらきちんと退路を確保しておいたらしい。
翔とともに光に包まれながら、去って行ったのだが、そこで意味深な捨て台詞を残した。
「歴史っていうのは、あんた達が考えているよりはるかに厳しいものなのよ。それをせいぜい思い知ることね」
喧騒が収束する中、悔しげに地団駄踏むのは京子だ。
「ちっ、あと一歩で逃げられたじゃん」
その様子から察するに、あらかじめ桜子達をマークし、セツナが現れるのを待っていたようである。囮に使われた桜子としては、溜まったものではない。
――京子も結構、策士よね……。
桜子は妙なところに感心しつつ、志郎に問うた。
「志郎兄。あのセツナの捨て台詞。一体、どういう意味?」
「分からん。だが、セツナはこう言いたいんだ。秀吉様の根明さや人垂らしで和ませる協調性は出世のために演じていた表の側面に過ぎない、と」
「つまり、裏の本性が隠れているってこと?」
「あぁ、あの苛烈な信長様に擦り切れるまで酷使された秀吉様だ。意図せずその残虐性も引き継いでしまった側面はある。三木の干殺し、鳥取の飢え殺しとかな」
二人が恐るのは、秀吉がその事実に気付かずに天下人となってしまうことだ。秀吉の内面に潜む残酷な側面が炙り出されたとき、この天下人はただの暴君と化す。
その細工を、どうやらセツナは仕込んだようである。