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一井 亮治
参加者

     第三十五話

    「今、セツナがマークしているのは、間違いなく秀吉だ」
     タブレットに表示させたデータを指差すのは、京子だ。桜子と志郎を前にさらに説明を続けていくのだが、ここで京子は意外な作戦を提示した。
     敢えてセツナを泳がせ、こちらは別の人物にマークを切り替えるというのだ。
    「一体、誰をマークするのよ?」
     桜子の問いに志郎が応じた。
    「家康様だろ」
    「そう。ちなみにこの作戦の立案は、オニヅカだ」
     内容を晒す京子に桜子は意外さを覚えている。オニヅカは京子にとって不倶戴天の敵だったはずだ。にも関わらず、そこに頼る真意を問うと京子は、肩をすくめて言った。
    「だってしょうがないじゃん。アイツの頭は超一流なんだから」
    「オーケー、分かったわ。家康様には私達がアプローチする。でも京子、セツナは一体、秀吉様にどんな仕込みを入れたっていうのよ?」
     桜子の素朴な疑問に京子が応じた。その答えに桜子は、大いにうなずいている。
     ――確かにそれは、ありかもしれない。
    「とにかく桜ちゃんと志郎君は、家康様を頼んだよ」
     京子はそれだけ述べるや、他の職員を引き連れ去って行った。残された桜子は、志郎に問うた。
    「志郎兄は、この作戦をどう思う?」
    「いいんじゃねぇか? あの感じだと京子はオニヅカと関係を持ってしまったようだしな」
    「え!? 何それ……」
     絶句する桜子に志郎は「気付かなかったか?」と苦笑しつつ、言った。
    「とにかく今は家康様だ。クリスタルを頼む」
    「あ、うん……分かった」
     桜子は驚きつつも、志郎にうなずくやクリスタルを手に取る。たちまち光に包まれた二人は、次なる時空へと消え去って行った。
     
     
     
     織田がつき 羽柴がこねし天下餅 座りしままに食ふは徳川――道外武者御代のによれば、家康は労せず天下を取ったと詠まれている。
     だが、家康の一生は決して棚ぼたと言える様なものではない。確かに信長のような先見性や秀吉のような機転はないものの、そこにはひたすら耐え忍ぶ我慢の人生があった。
     六歳にして今川家に人質として送られたものの、道中で身柄を奪われ敵側の織田家に売り飛ばされた。
     織田側は、今川と手を切るよう広忠(家康の父)を脅すが、返答は「息子を殺さんと欲せば即ち殺せ」と拒絶で応じて見せたのだ。
     無論、そこには人質はなかなか殺せないという広忠なりの読みがあったのだが、幼少の家康にとってそれは、あまりに過酷な戦国の掟であった。
     結局、織田・今川双方での生活は十年以上に及び、最も多感な時期のほとんどを人質として過ごすこととなる。
    「我慢の人、よねぇ……」
     しみじみと述べる桜子に志郎がうなずく。
    「あぁ、だがそこはプリンス。家臣団が鉄の結束で支えたんだ。やがて、戦国武将として頭角を見せ本能寺の変での難を逃れ、天下をうかがえる機会を得た」
    「……と思ったら、秀吉様にまんまと掻っ攫われた訳ね」
    「まぁな」
     苦笑する志郎に桜子は、考え込んだ。
     ――果たして秀吉様は、この家康様をどうたらし込むつもりなのか。
     さらに秀吉亡き後に家康が築く江戸幕府の税制に対しても少なからず興味があった。
     

     さて、この秀吉と家康であるが、小牧・長久手で激突し、家康が見事に戦いを制している。
     だが、秀吉が食えないのは、その後だ。すぐさま作戦を調略に切り替え、戦さの発端となった織田信雄と和睦してしまったのだ。
     わざわざ助けてくれと頼っておきながら、無断で和睦された家康としては、たまったものではない。かくして家康は大義名分を失い、梯子を外された形で軍を引くこととなる。
     その後、二人はキツネと狸の化かし合いを演じ始める。いかに家康が局地戦で勝利したとはいえ、秀吉優位の大勢は覆らない。ならばいかに有利な条件で秀吉の軍門に下るかとなる。
     対する秀吉は、無類のしぶとさと粘りを見せる家康に自身の妹だけでなく母まで、人質に送り込む作戦に出た。
     これには、さしもの家康も打つ手がない。やむなく従属に向け重い腰を上げることとなった。
     
     

     桜子と志郎が向かったのは、丁度、家康が秀吉に会うべく訪れた大阪の屋敷だ。会談を明日に控え、ピンと空気が張り詰めている。
    「篝火が凄い」
     その物々しさに驚く桜子に志郎がうなずく。
    「秀吉様の襲撃を恐れて厳戒態勢を敷いているんだ」
    「慎重な家康様らしいわね」
    「まぁな。だが、それ以上に役者な方があそこにいるぜ」
     志郎が指差す方向を見ると、小柄な人影がまるで散歩にでもきたかの如く、ひょいっと現れ単身で屋敷を訪ねた。
     言わずもがな、秀吉である。これにはさしもの家康陣営も意表を突かれたようで、慌てて対応に当たっている。
    「大丈夫なの!? たった一人で敵だった家康様の陣地に乗り込むなんて」
    「相手が敵であれ、その懐に飛び込む。それが、あの人のやり方なんだよ」
     驚く桜子に志郎が応じた。やがて、しばし時が経過した後、屋敷から満足げな顔の秀吉が出てきた。その傍らには家康を伴っている。
     どうやら交渉は、成功したようだ。その後、家康と別れた秀吉は、桜子と志郎を見つけるや笑顔で出迎えた。
    「おぉ、そなたらは時空の旅人ではないか。どうだ。これが天下人の政ぞ」
    「はい。でも怖くはなかったんですか? 家康様に殺されるかもしれなかった訳でしょう」
     桜子の問いに対する秀吉の返答は、短かった。
    「もともとだから、な」
     そこには、百姓に過ぎない自分が天下人にまで上り詰めるには、これしかないのだという秀吉なりの哲学がうかがえた。
     何はともあれ天下統一への最大の障壁は取り除かれたことになる。意気揚々と大阪城へと戻っていく秀吉だが、桜子と志郎との別れ際にポツリと言った。
    「あとは子、だな……」
     類まれな才覚で様々な苦難を乗り越え天下人まで上り詰めた秀吉がどうにもならないもの――それが子種だ。
    「こればっかしはどうにもならんがな……」
     寂しさを見せつつ去っていく秀吉の背中を見送りながら、桜子は志郎に言った。
    「志郎兄。セツナの罠って、これだよね」
    「あぁ、間違いない。あいつは秀吉様の子種に仕込みを入れたんだ」
     事実、秀吉はこの子種をめぐって翻弄され、暴君と化し多くの人生を狂わせていくこととなる。