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一井 亮治
参加者

     第三十八話

     秀吉の最期を看取った桜子は、クリスタルとともに逃げ去ったセツナとその後を追う京子を追った。その傍らには、志郎とオニヅカを伴っている。
     向かった時空は、大阪夏の陣だ。徳川軍により周囲が包囲される中、皆と合流した京子は事情を説明した。
    「どうやらセツナ一派は、前回の時空テロ失敗や秀吉らに受けた致命傷で、満足に組織を運営出来ていないようよ。時空課税庁への投降や密告も相次いでいる」
    「俺が受けた情報も同じだ。だが、クリスタルを手中に置いている。そんな中、起死回生の一手を大阪城に籠城する淀君と秀頼公に求めたってことだろう」
     オニヅカの分析に皆もうなずいている。つまり、外堀は完全に埋まったのである。
    「後はセツナとクリスタルの回収、そして残党の一掃だ。一気に片付けよう」
     声をあげる志郎に皆が手を出しタッチを交わすと、それぞれの持ち場へと散った。
     ちなみに桜子の担当は、家康の本陣である。
    「時空の旅人とやら、話は信長公や秀吉公から聞き及んでおる。要はセツナとやらの対処にあたりたい、ということだな。よかろう。その自由を許そうではないか」
     納得を見せる家康に桜子は、頭を下げた。とそこへ突風が抜け一枚の紙切れが吹き飛んだ。滑稽なのは、それを見た家康だ。まさにそれが命であるが如く、必死に飛び込んでその紙切れを掴んだのだ。その下が崖地であるとも知らず、である。
     当然、家康は足元を崩し、崖へと落ち掛ける。だが、それを桜子が間一髪で手を差し伸べ、何とか大事に至らずに済んだ。
     間近で見ていた家臣団は、たまったものではない。ほっと安堵のため息にくれるとともに、紙切れ一枚に必死になる家康のケチっぷりに呆れ返っている。桜子も同様だ。
     だが、そんな周囲の者どもに恥じることなく、家康は言い切った。
    「ワシはな。これで天下を取ったのだ」
     確かに事実だろう。とかく家康はケチだった。関ヶ原の戦いでは、八百万石という広大な版図が転がり込んできたにも関わらず、家康はこれをほぼ直轄領とした。
     元同僚の前田利家に百万石を与え、子飼いの家臣である加藤清正や石田三成に何十万石もを手放した豊臣秀吉とは真逆の施策だ。
     もっとも、この家康のケチさが、結果的に江戸時代を約二百七十年年も持たせる大きな要因となった。
     その意味において、家康は一代限りの秀吉とは違い、天下のはるか先まで見ていたことになる。
     
     
     
     さて、戦さの方であるが「撃ち方始め」の号令とともに大筒が火を吹き、一帯は血みどろの壮絶な斬り合いへと発展した。
     だが、いかに大阪方が健闘しようとも多勢に無勢は免れない。ついには真田丸も陥ち、残すは天守のみとなった。
    「よし、時空の旅人とやら。機会をやろう。天守へ赴き淀君や秀頼公の背後にいるセツナとやらと交渉して参れ。もし、条件を飲むならその処遇は考えてやってもよい」
    「ありがとうございます」
    「礼には及ばん。そなた一人では心元なかろうから護衛をつけてやる」
    「いえ、私一人で結構です」
     これには、流石の家康も驚いている。
    「桜子とやら、そなたも見たであろう。あれが戦場だ。おなごが交渉に行ったとて無事に帰って来れる保証はないのだぞ」
     戦さ場での掟を懇々と説く家康だが、桜子は聞く耳を持たない。むしろあまりの頑固さに「なら勝手に致せ」と家康自身が突き放してしまった。
     意を決し合戦場から天守へ一人で向かう桜子だが、その背中には微塵の恐怖も感じられない。
     その様子をハラハラと眺めつつ、家康はつぶやいた。
    「女ながらに大した肝っぷりだ。秀忠(家康の子)にもあの様にあって欲しいものだ」
     
     
     
     やがて、裸同然となった大阪城の前に立った桜子だが、要件を伝える間もなく固い城門が開いた。そこには、今や立場の垣根を超えた間柄である翔が待っている。
    「待ってましたよ。センパイ」
     翔は実に軽々しく応じるや、桜子を天守へと案内した。
    「翔君、あんたは一体、どっちの味方なのよ」
    「さぁ、ただ常に勝ち馬に乗るのがポリシーっすかね」
     軽く笑う翔の案内の下、最上階へと向かった桜子を待っていたのは、クリスタルの負の側面に侵され青色吐息のセツナである。
    「セツナ、あなたにそのクリスタルは捌けない。それは母体にプラスだけでなくマイナスの影響も及ぼすのよ」
    「ええい黙れっ、貴様の様な人間如きに我らゴーストの何が分かる。我らこそが崇高なる課税思想を、無税国家構想を叶えることが出来るのだ」
    「その理想は、この私が引き継ぐわ」
     これにはセツナも笑ってしまった。二十歳にも満たない小娘が国家論を引き継ぐと宣言してしまったのだ。
     セツナは大いに笑いつつ、言った。
    「とんだ余興だ。その自信はどこから来るのか」
    「さぁ、ただこれだけは言えるわ。セツナ、あなたには無理なのよ。なぜならそうプログラムされているから」
    「どういうことだ?」
     怪訝な表情を浮かべるセツナに桜子は、真実を述べた。初めこそ戯言と軽く聞き流していたセツナだが、話が佳境に入るにつれその顔色は変わっている。
     やがて、説明もそこそこに「黙れ忌々しい小娘め!」と吠えるや、クリスタルを握り締め、床に叩きつけてしまった。その途端、クリスタルは木っ端微塵に飛散し、まばゆい光に包まれた。