返信先: 【新企画】桜志会が大活躍する挿絵小説
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第一話
桜志会――その組織との出会いは、突然だった。高校二年生にすぎない俺・五十嵐優斗に、あろうことか国家転覆の容疑がかけられたのだ。
「物証は上がっている。どこのスパイだ?!」
畳み掛ける捜査官に無罪を主張するものの、全く信じてもらえない。
ま、多少の非はある。プログラミングにハマった俺は、すっかりオタクと化し、有名企業や官公庁にゲーム感覚でハッキングを仕掛けていたからな。
だが、所詮はお遊び、ネット仲間に自慢し合う程度のものだ。国家転覆だのスパイだの、あまりに大それて考えたことすらない。
「俺は嵌められたんです。大体、動機がないじゃないですか」
「お前の口座に多額の金が振り込まれている。それも米ドルと人民元でな。スイス銀行にまで手を伸ばしたそうじゃないか!」
「だからそれ、全部ガセです。罠です。俺を陥れる陰謀なんです!」
必死に訴えるものの、あまりに揃い過ぎた証拠を前に信憑性の欠片すら感じてもらえない。
裁判しても十中八九、負けるだろう――そう言われた俺の絶望たるや、並大抵のものではない。
「終わったな。俺の人生」
生まれて初めて悔し涙を流した。とにかく無念でやり切れなかった。
そんなこんなですっかり留置所で落ち込んでいた俺なのだが、そこへ突如、救いの手が差し伸べられる。敏腕弁護士・権藤先生がついたのだ。
なんでもその筋に強く、検察にも顔が効くとかでびっくりするくらい頼りになった。
「優斗君、何とかなりそうだよ」
そう言われたときの俺の感激は、とても言葉にあらわせるものではない。これ以上はない嬉しさを噛み締めつつ、俺は問うた。
「でも、何で権藤先生みたいな偉い人が、俺なんかに?」
「税理士である君のお父さんのツテだ」
「え、親父の!?」
俺の笑顔は急に曇る。と言うのも親父とは仲が悪く別居中なのだ。世間体ばかり気にする教育方針とやらが、とにかく肌に合わない。
母親が出て行って以降、それはより顕著だ。そんな俺に権藤先生は、さらに続ける。
「より正確に言えば、君のお父さんが所属する桜志会のだね」
「桜志会?」
「税理士二世で構成されるネットワークのプラットフォームだ。彼らに頼られれば、私とて断れない。君を助けるに至ったって訳さ」
内情を晒す権藤先生に俺は、頭を捻る。
――桜志会……確か親父がそんな話をしていた記憶はあるが……。
訝る俺は思わず詰った。
「その桜志会って組織、チラッと聞いたことはありますけど所詮、見栄っ張りが意地張るためだけに作った馴れ合い集団でしょ」
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いではないが、険悪な親父との関係が俺の印象をすこぶる悪くした。国家資格か何だか知らないが、実態は人の金をネタにメシ食ってる卑しい連中だと嘲笑する俺に、権藤先生の表情が凍った。
しばしの沈黙の後、権藤先生は見据えた目で重い口を開く。
「優斗君、これだけは言っておこう。彼らは税に特化したお金のプロだ。中でもあの桜志会は一見、和気あいあいと見せてはいるが、恐ろしいほどのポテンシャルを秘めている」
「でも、たかが任意団体ですよ」
「たかが任意団体、されど任意団体。君はまだ社会の恐ろしさを知らないからな。強固な地盤、人脈、いざとなったときに見せる団結力……羨ましい限りだ」
――羨ましいだってぇ!?
思わず吹き出す俺だが、権藤先生の表情は真顔だ。何より目が笑っていない。
「これ、君のお父さんからの差し入れだ。留置所にいる間くらい、これで人生を考えてみろとのことだよ」
権藤先生は一冊の本を差し出した。どうやら税理士という仕事の魅力と大変さについて書かれた本らしい。
――何が税理士だ。もうウンザリなんだよ。馬鹿らしい。
権藤先生との接見を終えた俺は、留置所に戻るや、その本をポイっと放り投げた。
しばらく目すら合わさない俺だったが、何ぶん留置所には娯楽がない。仕方なしにその本を拾い直すと時間潰しにパラパラとめくり始めた。
やがて、会計の仕訳について書かれた箇所に目を走らせた俺は、思わず呟いた。
「ん。これって要するにプログラミングじゃん」
どうやら両者には共通点があるらしい。例えば、プログラミングにおいて、ウェブサイトはHTMLやCSSが支えている。情報技術における共通言語といっても過言ではない。
他方、会計は簿記に従い、財務諸表を作成していくビジネスの共通言語だ。HTMLがここにある有価証券報告書なら、CSSはその説明資料と言えよう。
これまで親父を毛嫌いし、税理士に見向きすらしなかった俺だが、いつしかその隠れた魅力に気付き始めていた。
――いけ好かない親父だが、案外、税理士も悪くないかもしれない。
その上で今一度、桜志会という組織を考えてみた。今回、俺を貶めたのがどこの誰かは分からないが、見事に救うキッカケを作ってくれた。もし桜志会というネットワークがなければ、俺の人生は完全に詰んでいたのだ。
「権藤先生をもってして、あそこまで言わしめるとは、なかなか頼もしいじゃないか」
俺は格好良さを感じつつ、改めてその名を呟いた。
「桜志会、か」
その後、俺の嫌疑は晴れ無事釈放されるに至ったのだが、今回の事態は俺に様々な教訓をもたらしてくれた。
――この世は人の繋がりだ。社会を敵には回せない。なら特別なコネクションを押さえ、そこから広がりを狙っていく方が効果的なんじゃないか。
これまでろくに将来設計を考えることのなかった俺だが、改めて人生について考えている。その橋頭堡と位置付けたのが、税制だ。日本国憲法第三十条は、国民に納税の義務を課している。国家の国家たる拠り所といっても過言ではない。
――その根幹に位置するのが、税理士と言う訳だ。
さらに俺の思索は、俺を陥れようとした謎の存在にも及ぶ。浮かび上がったのが、〈国境なき税務団〉なる組織である。
何でもタックスヘイブンやマネーロンダリングに長けた組織らしいのだが、その詳細は不明でなぜ俺が狙われたのかも分からない。どうやら闇が深そうである。
その後、ネットを終え家を出かけた矢先、俺のスマホに一本の着信が入る。その相手に舌打ちしつ、通話を受けた。
「親父? 朝っぱらから一体、何の用だよ」
嫌々ながらも応対する俺に親父は、思わぬ話題を切り出した。何でも次の土曜日に厚生部の行事があるらしく、そこに参加しろとのことである。
本来ならそんな七面倒くさいイベントなど見向きもしない俺だが、今回ばかりはそうもいかない。何を隠そう、俺を絶望の淵から救ったあの桜志会のイベントである。
「分かったよ親父、行きゃいいんだろう」
俺は苛立ち混じりに応答するや、用は済んだとばかりに着信を切る。あからさまに嫌々を装う俺だがその実、かなりの興味を覚えている。
――桜志会、か……一体、どんな連中がいる組織なんだ。
その実態を想像するだけで、ゾクゾクと興奮する己を感じていた。