返信先: 【新企画】桜志会が大活躍する挿絵小説

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一井 亮治
参加者

     第二話
     
     次の土曜日、集合場所のテーマパークへと向かった俺に声がかかる。
    「優斗」
     振り返った先にいたのは、親父の五十嵐賢治だ。案の定、いつものお説教タイムである。やれ一分三十七秒遅刻だなんだと、事細かに俺を問い詰めてくる。その神経質な性格に俺は、ゲンナリだ。
     はや不機嫌オーラ全開となった俺だが、それを一変させる出来事が起きた。
    「優斗。先日、お前に弁護士を紹介してくれた税理士の鈴木先生だ。しっかり礼を言え」
     親父に促され、俺はその鈴木先生に頭を下げる。やや中年太りのいかにも優しげな鈴木先生だが、驚くべきはその傍らに控える娘さんである。
     歳は俺と同じくらいか、やや色黒ながらも黒い装いに清楚な佇まいを見せるその容姿は、実に別嬪だ。いかにもお嬢様といった雰囲気を醸し出している。
     聞けば兄を税理士にもつ末っ子だという。
    「おほほ……ご機嫌よう。鈴木聖子と申します。よろしくお願いしますね。優斗君」
     丁寧に腰を折る鈴木聖子に俺も挨拶で応じる。実に大人しげな優等生といった感じだ。その後、しばし談笑の後、親父は鈴木先生を連れて、他の先生への挨拶に去っていく。
     その背中を見送った俺だが、ふと傍らの鈴木聖子を見て目が点になった。
    「えっ。や、ちょっ……鈴木さん……」
    「聖子でええよ。何?」
    「何って、タバコは……」
    「あぁコレ? アンタもやる?」
     一本差し出す聖子に俺は、慌てて手を振りその好意を拒む。聖子は、ふんっと鼻を鳴らすや、先程までとは打って変わって、いきなり毒気付き始めた。
    「なんでこんな土曜にうちが付き合わされなきゃならないんだか。けっ、バカらしい。かったるいわ。どうせアンタも同じクチでしょ。優斗?」
     スイッチが入ったのか、いきなり呼び捨てタメ口モードに豹変する聖子に、俺は開いた口が塞がらない。だが、聖子は構うことなく続けた。
    「優斗、色々聞いてるよ。ネットで下手打ってポリにパクられかけたんだって? しかも、相手はあの国境なき税務団らしいじゃん」
    「あ、あぁ……そうらしい」
    「そうらしいってアンタ、自分のことでしょ。なに人事みたいになってんのよ。まぁいいわ。で、これからどうすんの?」
    「どうするって?」
    「進路! 決まってんじゃん。税理士って結構、イバラの道よ。いずれ全部AIがやるようになる。私達はさながら絶滅危惧品種ってわけ」
     自嘲する聖子に俺は言葉が見つからない。それでも何とか話を繋ぐべく問うた。
    「その……聖子は国境なき税務団の事は、詳しいのか?」
    「まぁね。とにかく厄介な連中よ。目をつけられたアンタには、同情するわ」
     聖子は俺に微笑を浮かべつつ、スマホを取り出し、俺に顎をしゃくる。何事かと訝る俺に聖子が苛立ち混じりに言った。
    「アンタの連絡先よ! 国境なき税務団の動き、色々分かるからその都度、教えてあげるって言ってんの」
    「あ、そうか……助かる」
     俺はカクンと首を振るや、自身のスマホに聖子のアドレスを登録しつつ、素朴な疑問を投げかけた。
    「でも聖子。何で俺にそこまで?」
    「ふふっ、うちはな。強い奴が好きなんや。アンタ、随分とネットで腕が立つらしいね。なんかやって見せてよ」
     スマホを差し出す聖子に、俺は戸惑いつつも、とあるサイトに接続し簡単なプログラミングを施した。それは違法ではないものの、グレーゾーンのギリギリをついたテクニックだ。
    「聖子、これで国際電話をタダでかけられる」
    「え、何それ! マジ!?」
    「あぁ、ただ三日間だけどね」
    「へぇ……優斗、アンタって超便利ぃ」
     どうやら俺は聖子のお気に入りになったらしい。その後も盛んに話しかけてくるのだが、その内容が実にラジカルだ。何でもかなりの格闘技マニアらしく、自身も新たな流派を見つけては門を叩き、教えを乞うばかりか道場破りまでこなす強者だという。
     ーーこれは、とんでもない跳ねっ返り娘だ。
     俺は半ば呆れつつも、問うた。
    「じゃぁ聖子の進路は、プロの武道家なのか?」
    「またこれだ。男ってのは皆、発想が貧相。そんなケツの穴の小さい未来、誰も描いちゃいないわよ」
     聖子は人差し指をチッチッチッと振るや、自らのとんでもない構想をぶちまけ始めた。曰く、世界を舞台にサイバー空間で電脳格闘大会を開催したいと言う。
    「優斗、ハッカーオタクのアンタと格闘技マニアの私で組んでみない?」
    「ちょっと待ってくれ。大体、俺達まだ学生だぜ。どうやって資本を……」
    「クラファンよ。はじめは個人事業でいいじゃん。いずれ法人成りさせ上場を目指し、世界へ打って出る」
    「それが聖子の描く将来像なのか?」
    「違う。将来じゃなくたった今、始まったのよ。私、これまで何かが足りなかった。構想を練っても最後のワンピースが見つからなかったの。でも今、見つかったわ。優斗、アンタよ」
     どこまでも捲し立てる聖子に、俺はまるでついていけない。察した聖子が諭すように続けた。
    「あのね優斗、時代は変わったの。いい学校を出て有名企業に入り定年まで勤め上げる。社会が右肩上がりだった頃は、そのアナログな価値観がプラスに働いた」
    「今は違うのか?」
    「えぇ、国や会社におんぶに抱っこじゃ凌げない。日本は厳しい局面を迎えていくわ」
    「俺達の未来は真っ暗ってわけか」
    「それも違う」
     どう言う事なのか、意を察しかねる俺に聖子は、鼻息荒く続けた。
    「いい? たとえ社会が没落しても、個々として成功していくことは十分に可能なの。組織につかえる時代じゃない。逆にこちらから組織を利用し、個々の才能で未来を切り開く時代なのよ」
    「つまり、聖子にとって桜志会は……」
    「夢を叶えるためのツールよ。桜志会の兄を通じ、親睦と研鑽の先に皆で成功を掴む。父も言ってるよ。楽しくない桜志会なんて桜志会じゃない。ゾクゾクしてこその任意団体だって」
     聖子が示すビジョンに俺は、改めて感じ入っている。確かに内容は破天荒なのだが、不思議な説得力を伴っていた。
     
     
     
     その後、俺達は皆と一行になってテーマパークを回っていく。無論、その間も聖子の与太話は続いている。熱く夢を語り尽くすその様は、まさにゴーイングマイウェイだ。
     ――一体、どこまで続くんだ。
     途切れることのない談話に半ば呆れ気味の俺だが、なぜか飽きは来なかった。それどころか触発されたように沸き起こるフワフワとした高揚感を実感している。
     それは夢であったり希望であったり、いつしか現実の生活に埋没していったものだ。そんな楽しいひとときを過ごした俺の心は、気がつけば聖子一色に染まっていた。
    「じゃぁね。優斗」
     夜のイルミネーションが煌めく中、父や従兄らとともに去っていく聖子に俺の心は締め付けられるような苦しさを感じている。
     ――俺はどうしてしまったんだ。
     なぜか迸る感情を抑えることが出来ない。溢れる想いはいつしか切なさに変わっていく。俺は悟った。どうやら恋に落ちてしまったみたいだと。
     その後、父とも別れた俺は熱に浮かされたようにフワフワと帰路についていく。その心はもどかしいほどに痛かった。

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