返信先: 【新企画】桜志会が大活躍する挿絵小説

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一井 亮治
参加者

     第四話
     
     ジョン黒田率いる国境なき税務団のテロ事件は、世間に大きな衝撃を与えた。
    〈日本の平和神話崩壊〉
    〈凋落と没落〉 
    〈水と安全はタダではなかったのか〉
     等々、ショッキングなタイトルが週刊誌を賑わしている。
     そんな中、思わぬ反響が聖子に寄せられた。テロリストを一網打尽にしていく様がマスコミに収められたらしい。その様子がテレビで放映されるや、たちまちネットはお祭り騒ぎとなった。
     あまりの熱狂ぶりにスポンサーの打診まで来たほどだ。今日も聖子の所属ジムには、マスコミが訪れ練習風景の取材の真っ只中だ。
    「あさま山荘事件のカップヌードルじゃないけどさ。私、この機会をものにしようと思う」
     練習後の取材を終え、着替えを済ませた聖子が鋭い目で抱負を語る。無論、俺も異論はない。ただ若干の寂しさは感じた。まるで聖子が自分の手の届かないところへ飛んでいってしまいそうな喪失感を覚えたのだ。
     その旨を説明すると、聖子はケラケラと声をあげて笑いながら、俺の胸を拳でゴツく。
    「何言ってんの。アンタと私はパートナー、でしょ?」
     ――パートナー、か。あくまで俺は世に出る道具で、恋愛の対象ではないんだな。
     ますます落ち込む俺は、聖子とともにジムを出て大阪環状線を移動していく。
     実はこれからスポンサーを打診してきたEスポーツのベンチャー企業〈谷口エンタープライズ〉に赴くのだが、これを機にこちらも自らの構想のプレゼンを目論んでいた。
    「早い話がエレベーターピッチよ」
     聖子は断言する。エレベーターに乗っているような短い時間で相手にプレゼンする手法を指し、多忙な投資家にビジネスアイデアの魅力を数十秒で伝え切るシリコンバレー用語だ。
     人生の勝負を前にした聖子の気合いたるや半端ではない。何度も窓にうつる自身の髪型を入念に確認している。
     そんな最中、不意に彼女の目がギョロリとこちらに向いた。何事かと戸惑う俺だが、聖子は構うことなくじーっとこちらを見つめながら一言、ボソッと呟いた。
    「地味ねぇ」 
    「え、何が?」
    「アンタよ。前から思ってたんだけど、そのダサい赤メガネとオタクっぽい髪型、なんとかならない?」
    「無理だよ。だって、オタクなんだから」
    「違う。私達はまだ学生だけど、心の中はもう起業家になったの。今、変わらなきゃいけないのよ。幸いまだ時間はある。次、降りるよ」
    「お、おい聖子……」
     戸惑う俺だが、聖子はお構いなしだ。俺の腕を鷲掴みにするや、ズルズルと引き摺り下ろしてしまった。
     ――この行動力だけは、叶わないな。
     もはや諦観気味な俺は、言われるがままに聖子のオモチャと成り果てる。近場にある顧問先の撮影スタジオをいきなり訪れ、事情を説明した。
    「ちょっと社長、このどうしようもないナリ、なんとかしてやってよ」
     散々な言われようだが、社長は心得たようで、次々に俺をコーディネートしていった。
     まず髪型が変わった。次にメガネがコンタクトとなった。どんどん変化していく自身の姿に俺は気恥ずかしさを隠せない。
     ただその一方でこれまで知らなかった自分を再発見する様な興奮を覚えている。やがて、最終形態まで達したところで俺は、聖子と鏡を覗き込む。
     ――これが、俺?
     何とも複雑な心境だが、イメチェンにより確かにオタク臭は薄くなった様である。傍らの聖子も不満はあるらしいが、取り敢えず及第点を出した。
    「まぁいいでしょ。もう時間がないしね。行くよ」
     聖子は照れの残る俺をスタジオから引き摺り出すや、プレゼン先へと走って行った。
     
     
     
     さて、そのエレベーターピッチだが、どうやらうまくいったようだ。谷口エンタープライズの担当者は大いに乗り気で、なんと社長まで紹介してくれた。
     これがまた若い。二十代半ばの女社長である。
    「うちはベンチャーだからね。こんなもんよ」
     笑って見せるその社長の名を谷口早苗という。ピンクの派手なスーツを纏う覇気に溢れた容姿は、かつてのヒルズ族を彷彿させる何かがあった。
     やがて、谷口社長は俺達をランチへと誘う。思わぬご馳走にありついた俺達は、気分がホクホクだ。イタリアンの小洒落た店で、パスタを頬張りながら俺は言った。
    「今、二十代でおられるってことは、起業は十代ですか?」
    「えぇ、大学の在学中に立ち上げたわ」
    「じゃぁ、大学は」
    「中退よ」
     あっけらかんと言ってのける谷口社長に、俺は驚きを隠せない。普通は卒業までの数年くらいは我慢して在学するところだ。
     その旨を問う俺への返答は早かった。
    「待てなかった。たかが数年と侮るなかれ、よ。だってスマホがあれば、起業なんてすぐなんだから」
    「就職は考えられなかったんですか?」
    「考えた。けど気づいたの。あ、これかえって遠回りだわって」
     ――遠回り……。
     その言葉は俺の心に大きく響いた。普通は安定を求め大企業の正社員になる選択肢もあるところだが、これを谷口社長は明確に否定したのだ。
     さらに谷口社長は続ける。
    「私は人生という一大ギャンブルゲームに勝ちたいの。資本の投下先はビジネスプランより目で決める。あなた達の目、死んでいない。何より夢にブレがない。前向きに検討してみましょう。ただ一つ、条件があります」
     聞き耳を立てる俺達に谷口社長は言った。
    「桜志会よ。私はあなた達が持つコネクションに接触したい。それが叶うなら」
     ――やっぱり目的はそこかぁ、だよな。普通は未成年の俺達なんか相手にしない。
     冷徹な現実を前に保留を考えた俺だが、聖子は違った。何と親兄弟に相談もなく、この条件をその場で了承してしまった。
     流石にそれは先走り過ぎるんじゃないかと懸念する俺だが、聖子は構うことなく話を進めていく。そのスピード感に俺は全くついていけない。
     やがて、ランチを終え谷口社長と別れた俺は、聖子に言った。
    「なぁ聖子、いくら何でも即答が過ぎないか? 俺達、まだ高校生だぜ」
     しばしの沈黙の後、聖子が口を開く。
    「それが、もともとだから……」
     つまり、ダメ元で仕掛けた事業だから、失敗前提での決定もやむを得ないと言いたいらしい。とは言え今回の件に迷いも覚えているようだ。
     勝手な判断は身を滅ぼす。少なくとも身の丈にはあっていない。親や兄の税理士業を通じ破産する顧問先を幾つも見てきただけに、そのリスクを聖子は実感している。
     ためらいがちな聖子を傍らに、俺は腕を組み考慮の後、腹を括った。
    「もうルビコンを渡っちまったんだろ。大体皆、身の丈にあってないっていうけどさ。身の丈にとどまっているうちは、成長もない。身の丈を超えてこその事業だ。でっかく飛ぼう」
     聖子は視線を動かすことなく、一点を見つめ続けている。俺はさらに続けた。
    「皆、民主的な話し合いを美化するけどさ。結局、決めるのは事業主だ。なら独裁者になろう。聖子も言ったじゃないか。この機を逃したくない。今は変わるときだって。俺は聖子の勘を信じる。戦友としてな」
     自信や確証があったわけではない。どちらかというと保守的な俺だが、今回ばかりは吹っ切れた。
     さらに言葉を重ねようとした俺だが、聖子にはこれで十分だったらしい。黙ったままうなずくや、横からそっと手を差し出した。意を察した俺は、その手をギュッと握り締める。
     聖子の手は、微かではあるが震えていた。

     聖子が現場判断で持ち帰った事業案だが、案の定、周囲から怒りを持って迎えられた。
    〈ベンチャーごっこも大概にしろ〉
    〈学生の本分は学業だ〉
    〈うちの事務所を潰す気か〉
     等々、俺も聖子も大いに怒られた。事業の中止すら仄めかされたが、ここで事態は意外な方向に急変する。発端は日本の経済界だ。
     世界でも屈指の規模を誇る四橋グループが、シリコンバレーにある米中の合弁会社からM&Aを受け買収されたのである。いわゆる現代の黒船であり、紅いハゲタカだ。
     これが世間の空気をガラリと一変させた。
    〈即断の出来ない日本〉
    〈ベンチャー嫌いのツケ〉 
    〈過剰品質な製造業一辺倒の功罪〉
     等々、これまた散々な叩かれようとなった。日本全体が浮き足立つ中、桜志会が動く。執行部の一人である園田先生が俺達のベンチャー事業に興味を抱き「あくまで自己の責任の範囲内で」と前置きの上で、谷口エンタープライズの事業に会計参与することとなったのだ。
    「園田先生って確か……」
    「そうだ。お前が以前、お世話になった権藤先生の親戚だ」 
     親父は苦虫を噛み殺したような顔で答える。いかに時代遅れの頑固者とはいえ、流石に昨今の日本の凋落ぶりに見かねるものがあったらしい。俺と聖子の事業を許容してみせた。無論、学業を疎かにしないことが前提ではあったが。
     かくして俺達の事業は首の皮一枚でつながることとなった。以後、俺達は桜志会と谷口社長、さらには国境なき税務団のジョン黒田をも巻き込んで、世間に爆弾級の衝撃を与えていくことになる。

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