返信先: 【新企画】桜志会が大活躍する挿絵小説

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一井 亮治
参加者

     第六話

     かくして俺は聖子のパーソナルデータを基にAIによるデジタル生命体を模索することとなった。
     力になってくれたのは、谷口社長だ。若手の敏腕エンジニア・早瀬隼人さんとラボを提供してまで、このプロジェクトを応援してくれた。そんな甲斐もあって、ついに対国境なき税務団のAI〈セイコ01〉の構築に成功した。
     今、俺達はそのセイコ01をネットの海に放とうとしている。
    「突貫作業の付け焼き刃だが、当分の活動に支障はないと思う」
     改めて意義を自らに言い聞かせる俺に、聖子も同意する。傍らで見守る谷口社長も言った。
    「たとえ付け焼き刃でも、何度も叩けば本物になるわ。ついに私達はここまで来た」
    「試験的とはいえ、本格投入は世界初だ。心の準備はいいかい?」
     丸メガネがお似合いの敏腕エンジニアである隼人さんに覚悟を問われた俺は「はい」とうなずいた。やがて、画面にミスターDから投入準備完了の着信が入る。
     俺は興奮に胸打つ鼓動を抑えながら、宣言した。
    「行こう。セイコ01、投入開始!」
     エンターのキーパンチとともに、俺達のAIがサイバー空間へと投げ出された。
     ――どうだ。いけるか?
     皆が注視する中、画面上のセイコ01は、戸惑いを見せている。やがて、その時は来た。セイコ01が、自らの意思でラボから世界を覆うネットの海へと飛び立っていったのだ。
     その瞬間、ラボに歓声が沸き起こった。まさに、ヒナの巣立ちだ。全身に鳥肌が立つような興奮と溢れ出るドーパミンに、俺は感涙を抑えられない。
     それは、ネット上でも同様である。
    〈凄いっ! プログラム生命体だ〉
    〈まさにサイバー戦士〉
    〈デジタルファイターの誕生だ!〉
     次々と寄せられるカキコミがSNSに溢れ返っていく。それは、まさに歓喜の瞬間だ。テーブルをひっくり返したような大反響に、俺達は皆、酔いしれた。
     さて。このセイコ01の誕生だが、世界は衝撃をもって迎えた。本来、リアル世界にしか存在すべきでない命が、ネット上に宿ったのである。しかも、その生命体には戦闘力が付与されている。
     真っ先に反応したのが、国境なき税務団だ。ジョン黒田は、すぐさまこれを非難する声明を発した。
    〈彼らが開けたのは、パンドラの箱だ。我々はこれを許さない〉
     その他にも各国から様々な反響が返っていく。それは賛否両論ではあるものの、これだけは確かだ。
     ――俺達は今、世界を変えた。ルビコンを渡ったのだ。
     その意味を俺達は後々、身をもって知ることとなる。
     
     
     
     大っぴらに世に出ないものの、縁の下で機能するネットワークが桜志会だ。特に今回のセイコ01の成功に関しては、その側面が強い。
     関西のベンチャーがファーストペンギンとして名乗りを上げたことに、世界は驚いている。これに複雑な眼差しを向けるのが、親父だ。曰く「目立ち過ぎだ」と。
     だが、ここで意外な助け舟が現れる。
    「明日、母さんが一時帰国する」
     父からその知らせを受けた俺は驚きを隠せない。何せ母はずっと出て行ったきりだったのだ。もっとも俺に言わせれば、母が家を出た原因は父にある。
     ――全て自分の思い通りにならないと気が済まないアンタのせいで母さんは出て行ったんだよ。
     口にこそ出さないものの、俺は心の底でそう思っている。
     何はともあれ俺と親父は、母の帰国を出迎えるべく空港へ向かうこととなった。本来ならば親子水入らずとなるべきところだが、ゲストを迎えている。聖子だ。
     母たっての希望らしい。幸い聖子も嫌な顔をすることなく同意してくれた。親父が運転する中、後部座席で俺は聖子に礼を言う。
    「悪いな聖子、突然の来訪に付き合わせてしまって」
    「気にしないで。それよりアンタの母さんってどんな人なのよ?」
    「うーん……一言で表現するならマッドサイエンティスト、かな」
    「え、フフッ……何よそれ?」
    「とにかく開発していく発明品が、次から次へと差し止められてお蔵入りしていくんだよ。人がラリって闇堕ちする薬とか、エクソシストを本当に再現してしまう装置とか」
    「ちょ、それヤバくない?」
    「ヤバい」
     俺は素直に肯定しつつ、考えを巡らせている。
     ――一見、大雑把に見せつつ要所を押さえるのが、母さんだ。今回の来訪にも必ず意味がある。多分、セイコ01についてだろう。
     俺は何となく当たりをつけるや、考えをまとめていく。そうこうするうちに車は関空へと滑り込んで行った。
     関空のラウンジで待つこと約半時間、空港に一機のジャンボが降りて来た。中から出てきた細身の赤縁眼鏡に赤ジャケットを羽織る穏やそうな女性に、固かった俺の顔がほぐれた。
    「母さん」
     俺達はベンチから立ち上がり、母を出迎える。
    「久しぶりね。優斗」
    「十年ぶりだ。紹介するよ。パートナーの……」
    「聖子ちゃんでしょ。すっかり有名人だからね。息子がいつもお世話になってます」
     朗らかな笑みで頭を下げる母に、聖子は恐縮している。その後、皆と目配せの後、俺達は空港内のレストランに入ったのだがこの間、親父は全く言葉を発していない。
     ――やはり、二人の仲は冷え切ってるな。
     俺は諦観しつつ聖子を絡めながら場を持たせていく。学校のこと、事業のこと、将来のこと、そして、桜志会のこと。とにかく思いつく限りの話をした。
     対する母は、俺達の話に耳を傾けつつ、どこか上の空だ。他人行儀な感が否めない。
     ――十年ぶりだからな。かつてのようには、いかないか……。
     割り切る俺だが、それがある決意によるものだとは気づかない。ただ、以前のような仲を求めてひたすら話を続けていた。
     やがて、食事が終わりかけた俺達だが、そこへ親父と聖子のスマホに桜志会の園田先生から緊急の連絡が入る。
    「優斗、母さんを頼む」
     親父は席を立つや、聖子とともに空港を去って行った。その背中を見送った俺に母が言った。
    「大きくなったわね優斗、セイコ01プロジェクトも見事に成功させて、母さんは嬉しいわ」
    「母さんのおかげさ」
     首を傾げる母に俺は続けた。
    「開発が暗礁に乗り上げていた最中に送ってくれた匿名のメール、あれ母さんだろう? 俺には分かる。添付ファイルのレポートがなければ俺はセイコ01を完成させる事はできなかった。ありがとう」
     礼を述べる俺に母は、黙ったまま微笑を浮かべている。俺はさらに続けた。
    「母さん、今度はいつまで日本にいるんだ? よかったら又、皆で……」
     努めて明るく話しかける俺に、母は一枚の紙を俺に見せた。それは離婚届だった。すでに父母双方の印鑑が押されている。
     俺は愕然としながら、訴えた。
    「ちょっと待ってくれよ母さん。確かに何かと問題の多い親父だ。けど何も今、別れなくても……」
    「優斗、もう決めたのよ」
     俺の話を遮るように、母はスマホに写した画像を見せた。そこには知らない男と仲良さげに寄り添う男性の姿がある。まるで夫婦だ。
     それだけではない。母は俺に新たな職場まで見せた。その中心に位置する人物に俺は思わず我を失った。
     ――ジョン黒田……。
    「母さん。どう言うことだよ。まさかあんなサイコパス野郎につくのか」
    「優斗、これは絶好のチャンスなの。悪魔と手を組んででも、一研究者として名を残したいのよ。出来ればあなたと一緒にね。すでにジョン黒田の了解も得ている」
    「つまり、母さんか親父、どっちか選べって話か?」
     俺の問いに母は一枚のフライトチケットで応じた。どうやらこのまま俺を連れて行きたいらしい。呆然とそのチケットを凝視する俺に母が訴えた。
    「優斗、あなただって分かっているはずよ。父さんとの復縁はない。この国にだって未来はない。凋落の先にあるのは滅亡だけ。だったら沈む前に船を降りて乗り換えるべきなのよ。私は残りの人生をあなたとともに歩みたい」
     ――俺だって同じ思いさ……。
     俺は苦渋に満ちた顔でそのチケットを穴が開くほど眺め続ける。そこへ館内に飛行機の搭乗を促すアナウスが流れた。
     俺は目に涙を滲ませつつも、そのチケットを震える手で受け取るや、その場でビリビリに破り捨てた。
    「それが答えなのね。優斗?」
     母の問いに俺は声を殺し嗚咽しながら、うなずいた。その後のことはあまり覚えていない。ただ気がついたときには、母は俺の前から姿を消していた。
     ――母さんっ……。
     俺は感情を押し殺しながら、トレイへと駆け込む。誰もいないことを確認するや、堪えきれない感情を一気に爆発させた。
     堰を切ったように溢れ出る涙を、俺は抑える事ができない。同時に母子の仲を引き裂いた国境なき税務団とジョン黒田に、言いようのない怒りを覚えた。
     それは母との対決を交えた波乱の幕開けだった。

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