返信先: 【新企画】桜志会が大活躍する挿絵小説

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一井 亮治
参加者

     第七話

     かくして 母との決別は、少なからぬ禍根を残した。俺は胸にポッカリ空いた風穴を埋めることが出来ない。
     心の隙間を埋めるべく救いを求めたのが、セイコ01だ。俺は淋しさを紛らわすように研究に没頭していく。自己学習を繰り返し成長していく様を眺めているときのみが、現実を忘れられた。
     そんな最中、桜志会を通じ一つの依頼が舞い込む。
    「模擬戦?」
     聞き耳を立てる俺に親父が説明する。何でも防衛省と繋がりを持つ先生からの依頼らしい。セイコ01にどれほどの戦闘能力があるのかを、調べたいとの話だった。
    「いいけど、具体的に何をすればいいのさ?」
    「これだ」
     親父は俺にサイバー演習書を差し出した。早速、目を走らせた俺はその内容に唸った。
     ――要は電脳戦だな。遭遇戦、防衛戦、侵攻戦……あらゆる場面を想定したサイバー戦を調べたいってことか。
    「分かったよ、親父。で、模擬戦の開始時刻は?」
    「明日の夕刻六時だ。大いに暴れて見せてくれ、とのことらしい」
    「オーケー。丁度、こちらも研究の度合いをはかりたかったしな。渡りに船だ。派手に行かせてもらおう」
     俺は親父の依頼を快諾した。
     その翌日、俺は聖子とともに下校するや、谷口エンタープライズへと向かう。その途上で聖子が率直な感想を述べた。
    「なんか変な気分なのよね。己の分身がネット上で暴れるって」
    「表現はおかしいが、聖子にとっては我が子同然だもんな。そこがサイバー空間だとはいえ、妙な気分だろう」
    「でもさ、曲がりなりにも防衛省でしょう。確か自衛隊が創設を目論むサイバー部隊の前身だとか。強敵じゃない」
    「望むところさ。セイコ01のポテンシャルをはかる絶好の機会だ。胸を借りるつもりで暴れさせてもらおう」
     俺は聖子に笑って見せる。同時にこのプロジェクトが新たなステージに入りつつあることを実感している。当面はトライアンドエラーの連続だとしても、そろそろいかほどの真価があるのかを、確かめたい気持ちがあった。
     環状線を乗り継ぎ谷口エンタープライズへと訪れた俺達は、待ち構えていた谷口社長とエンジニアの隼人さんに頭を下げた。
    「急な話でスミマセン、隼人さん。お邪魔します」
    「気にしなくていいさ。さ、二人とも入って」
     隼人さんの手招きに応じ、俺達はラボへと立ち入った。早速、端末の前に陣取るや、画面に映るセイコ01を確認する。
     動作確認を終えた後、クラウド上でスタンバイさせながら、演習開始時間を待っていると傍らの聖子が問うた。
    「優斗、これって相手の領域に深く侵入して、旗を立てろってルールだよね?」
    「そうだ。何パターンかを試すが、まぁ一勝でも出来れば上出来だろう」
    「もしうまく行けば、サイバー空間でVR使って天下一武道会が出来る。楽しみー」
    「おい聖子、ハードル上げるなよ」
     能天気なパートナーに苦笑しつつ、俺は時を待つ。やがて、設定された交戦時間がやってきた。
     画面上でカウントダウンがゼロを刻むや否や、俺達はセイコ01をサイバー空間へと解き放った。向かう先は防衛省が設定したバトル領域だ。
     ――さぁ、どうだ……。
     固唾を飲んで見守る俺達だが、ここでセイコ01は意外な戦法に打って出た。突如として、その姿を消したのだ。これには、防衛省のサイバーチームも困惑している。
     かくいう俺達も同様である。
    「おい一体、どこへ消えたんだ!?」
     サイバー空間上を探る俺達だが、その画面に再びセイコ01が現れる。驚くべきことにそこは目的として設定された場所で、すでに旗を立てていた。
    「おい、マジかよ」「驚いたな」「凄い!」
     俺達はあまりの鮮やかさに感嘆のため息しか出ない。一体、いつの間にあんなステルス戦術を編み出したのか首を傾げる俺達だが、それは驚きの序章でしかなかった。
     初戦の敗退を受け、明らかに防衛省のサイバーチームの目の色が変わった。先程までとは打って変わって、本気モードに入って来たのだ。あらゆる障壁を設けセイコ01に対し万全の迎撃体制を取っていく。
    「おい。どうやら俺達は、防衛省の連中を怒らせてしまったらしいぜ」
    「いくら何でもここまで固められたら無理だろう」
     そんなことを言い合う俺達だったが、現実はいとも簡単に想像を超えた。セイコ01はあっという間にプログラム上の障壁を突破してしまったのだ。
     俺は思わず声をあげる。
    「なんだ、このスピードは……」
    「スピードだけじゃない。パワーも一級品だわ」
     谷口社長も驚きを隠せない様子だ。もっとも一番驚いているのは、防衛省のサイバーチームだろう。当初こそ模擬戦に試験的な意味合いを持たせていた奴らだが、今やセイコ01が放つ戦闘力を前に完全に前のめりだ。
     アツくなるあまり、あろうことか開発中の秘密兵器まで投入してきた。
    「何だコイツは?」
     画面上のワームを食い入るように眺める俺に隼人さんが応じた。
    「対AI用の巨大ワームだ。おそらくスタックスネットの進化系だな」
    「え、あのスタックスネットですか!?」
     驚く俺はキョトンとする聖子に、説明した。
    「トロイの木馬ってわかるだろう?」
    「うん。確かコンピューターウィルスの一種だよね」
    「その派生型だ。特徴は感染に地域的な偏りがあること。イランに集中していたんだ」
    「何それ。まるで攻撃じゃない!」
    「攻撃だ。これによりイランは虎の子の核施設をやられた。今ではアメリカNSAとイスラエル8200部隊の共同作戦だったことが明らかになっている」
    「防衛省の奴ら、そんなかなりヤバい奴を出してきたの!?」
     声を上げる聖子に俺達も同感だ。本命の登場を前に流石のセイコ01も劣勢である。先程までの攻撃はなりを潜め、防御戦を強いられている。
     遂に巨大ワームに捕えられてしまった。粉々に砕け散るセイコ01に、俺達も観念した。
    「セイコ01もここまでか」
    「まぁ、よくやった方じゃないか。データも取れた。それそろセイコ01を……」
     破壊されたセイコ01の回収を目論む俺だが、その手がパタリと止まる。目の前のPCが音を発し、急速に加熱し始めたのだ。
     不審に思った俺が画面を確認し、息を飲んだ。
    「セイコ01が修復されていく……」
    「自己再生したんだ!」
     隼人さんも驚きの声を上げた。画面には木っ端微塵に砕け散ったはずのセイコ01が、不死鳥の如く蘇っている。それだけではない。明らかに異質な何かに大化けしていた。
     俺達が固唾を飲んで見守る中、セイコ01と巨大ワームのサイバー戦が再開した。驚くべきはセイコ01の変質ぶりだ。凄まじいスピードでワームに体当たりするや、その巨体からコアを正確に打ち抜いてしまった。
     要を失った巨大ワームは、断末魔の悲鳴とともに粉々に砕け散っていく、だが、セイコ01は攻撃の手を緩めない。すでに勝負が着いているにも関わらず、その巨大ワームを再起不能なまでに殲滅していく。
     それはもはや戦闘ではない。一方的な殺戮だった。
    「優斗、マズい!」
     隼人さんに指摘された俺は、はっと息を飲む。気づけばPC端末が限界値を超えている。
    「隼人さん。セイコ01のプログラムを緊急停止してください。聖子も手伝ってくれ。あと谷口社長!」
    「防衛省に連絡ね。任せて」
     矢継ぎ早に指示を下す俺だが、目の前のセイコ01は殺戮モードのまま、こちらの指示を完全に無視し暴走状態だ。
     そこへミスターDから連絡が入った。なんでも防衛省のサーバーがダウンしたらしい。もはやセイコ01は凶器以外の何者でもない。その常軌を逸した様に俺は、決断を下した。
    「隼人さん。基幹システムを切ってください」
    「それじゃぁ、セイコ01は……」
    「分かってます。お願いします」
     俺の決断に隼人さんは、谷口社長を見る。どうやら同意見のようだ。俺達は覚悟を固めセイコ01のシステムを切った。
     
     
     
     かくしてセイコ01は、デジタル生命体として短命なまま活動を終えた。俺は手塩に育てたセイコ01の死に罪悪感を拭えずにいる。
    「ゴメンよ。セイコ01……」
     俺は大いに項垂れて、その死を悼んだ。もっとも本体は残しており、時間をかければ複製としてセイコ02を再構築させることは可能だ。
     だが、それが正しいのか俺は迷いを捨てきれない。何より痛感したのが、デジタル生命体が持つ負の側面だ。
     ――まさか、こんな暗部を持っているとはな。
     事ここに至り俺は、とんでもないモンスターを生み出してしまったらしいことを悟った。

    • この返信は2ヶ月、 1週前に一井 亮治が編集しました。
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