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一井 亮治
参加者

     第八話

     思わぬ形で模擬戦を終えた俺達だが、サイバー戦の概念を根底から覆さんとする様を見せつけられた防衛省は敬意を評し、プロジェクトへの参加を表明した。
     付与されたコードネームは〈フランケンシュタイン・プロジェクト〉だ。
    「随分、皮肉な二つ名をつけられたもんだ」
     俺の率直な感想に皆も同感らしい。ルビコンを渡り、パンドラの箱を開け、フランケンシュタインを産み出したのだ。
     ――果たして、この先に待つのは天国か、それとも……。
     その心中は、複雑だ。
     セイコシリーズが見せた思わぬ凶暴さは、人類の文明に強烈な傷跡を残しかねない。それこそ原爆と同等レベルな負の遺産である。一時は撤退すら視野に入れた俺だが、そこへ聖子の檄が飛ぶ。
    「優斗。アンタ以前、私に言ったよね。独裁者になろうって。今がその時じゃないの? もし今、逃げたらアンタは一生、卑屈未練に生きていくことになるよ。アンタが選んだ道なら私は地獄まで付き合うから」
     震える俺の手を取る聖子の叱咤に、俺は目を覚ました。
     ――そうだった。迷ってる暇なんてないんだ。
     もっともデジタル生命体の暴走から、サイバー空間を守る必要があるのは事実だ。さらに国境なき税務団との対決を制す必要もある。
     一番恐ろしいのは、このデジタル生命体を国境なき税務団が有してしまった場合だ。最悪の場合、サイバー空間は破綻し、ネットに依存する実社会は壊滅的なダメージを被ることになる。
    「なぁ、聖子。お前は以前、国境なき税務団の目的をサイバー空間上の独立国建設だって言ってたよな。本当にそれだけなんだろうか」
    「というと?」
    「あくまで勘なんだが、ジョン黒田はさらにその先の未来を見ている気がするんだ」
     俺の素直な疑問に聖子は、首を傾げながら「どんな未来よ?」と問い返す。だが、俺はその答えを持ち合わせていない。
     そこへ谷口社長が思わぬ救いを出した。何と自腹で俺達に二枚の航空チケットを差し出したのだ。
    「エストニア、ですか?」
     行き先の国名を確認する俺に谷口社長は、うなずき言った。
    「私がこの会社を立ち上げるキッカケをくれた国よ。現地の知り合いを紹介するから一度、見てきなさい。あなたの迷いに対するアンサーがきっと見つかるから」
     
     
     
     かくして俺と聖子は連休を利用し、エストニアへ赴くことになった。機内で俺はこの北欧の小国の概要をまとめている。
     ――人口、百三十万。国土は日本の九分の一、か。ロシアと国境を接するには、あまりにも小さい。
     小国の歴史というのは得てして大国に翻弄されがちだが、このエストニアがまさにそれだ。
     古くはデンマーク、スウェーデン、ロシア、ポーランドによる領土争いの場となり、一時はナチスに、その後は長く旧ソ連の支配下に置かれていた。
    「島国日本とは大違いね」
    「まぁな」
     聖子の感想に同意した上で俺は続けた。
    「ただ、その歴史的背景が電子政府という構想を国家レベルで生んだのは事実だ。今や国の意思決定から国民生活までほとんどデジタルだ。納税も自動集計され、五分で申告が完結らしい」
    「でも、そこまでいくとちょっと不安じゃない?」
    「そうだ。その不安は現実になっている。2007年にエストニアは侵略を受けた。自国領土でなくサイバー空間をな。一国を標的とした世界初の大規模サイバー攻撃さ」
    「そうなの? で、どうなったのよ!?」
     驚き気味に問う聖子に、俺は答えた。
    「何とか波状攻撃を凌ぎ、ギリギリのところで国の基幹情報を死守した。ただ、この経験が政府の認識を大きく変えた。サイバー攻撃は、武力行使と何ら変わらない。逆に言えば、例え領土を失っても、ネット上にエストニアという概念がデータとして存在する限り再興できる。国を領土でなくデータと改めたんだ」
    「電子居住権ってやつか。国土破れてもデータあり、デジタルは国の概念をも変えていく」
    「そう言うことだ。極め付けがデータ大使館構想さ。同盟国に国の基幹データを移し、国家間の新しい戦争形態に備えている。サーバーでいっぱいなだけの部屋だが、そこには国家が詰め込まれているってわけだ」
     懇々と現状を説く俺にいちいちうなずく聖子だが、やがて、難しい顔で考えを巡らせ始めた。どうしたのか気にかける俺に、聖子は戸惑いつつも言葉を選び紡いでいく。
    「それってさ。ちょっと国境なき税務団のジョン黒田と被らない?」
    「被る」
    「でも優斗は、ジョン黒田がさらにその先を睨んでいると読んでるのよね」
    「あぁ、谷口社長はその答えをエストニアに求めたが、果たして……」
     俺は問いへの解を期し、まだ見ぬエストニアに思いをはせた。
     
     
     
     約半日かけてエストニアに降り立った俺達だが、そこへアネリと名乗る女性が出迎えてくれた。見た限り俺達と歳が変わらない。
     ただそのなりはなんと軍服で、薄い金髪を靡かせ青い目で俺達に微笑みかけた。
    「ようこそ。タニグチさんから聞いてマス。エストニア、案内しますネ」
    「お願いします」
     聖子とともに頭を下げる俺は、首を傾げた。
     ――あの社長が感銘を受けるくらいだから、もっと年上の偉いさんかと思ったが……。
     試しにその旨を言ってみると、アネリさんは声をあげて笑った。何でもめぼしい天然資源を持たない小国エストニアにとって、人材こそが資源とプログラミングが必須らしい。その中でも彼女は、トップクラスなのだという。
    「よくタニグチさんとは議論、交わしました。世界はどうあるべきかってね」
     アネリさんは、乗り込んだ車でハンドルを握りながら、話を続ける。ちなみにエストニアでは、特に免許に年齢制限はないらしい。
     姿が軍服なのも、徴兵の国で国防組織・ディフェンスリーグに属しているからだそうだ。
    「ロシアがいつ、何をするかわかりませんカラ。何かされてからでは遅い。自分達が戦う意思を見せないと、いざというときに助けてもらえないデショ」
    「確かに」「その通りね」
     俺達は互いにうなずき合った。やがて、アネリさんは、俺達をエストニアの名所へと案内していく。その中で色々な話をした。
     徴兵中の彼氏のこと、不安定な世界情勢のこと、そして税制。
     国土を拠り所にせず、マネーも紙などの物質に依存しないそのあり方は、まさにデジタル世界の最先端だ。試しに国境なき税務団について問うてみると、大いにうなずき言った。
    「彼らのやり方には賛同しませんが、考え方は近いカモ」
    「俺はジョン黒田が、最終的に何を目指しているのかが、気になって……」
    「私、分かりマスヨ」
    「え……」
     俺は思わず固まった。その答えを問うもののアネリさんは、困った表情を浮かべながら口を濁した。
    「残念ながら、私の口からは言えません。凄くセンシティブで軍務の機微に触れますから」
    「や、そう言わずに。じゃぁせめてヒントだけでも」
     しぶとく食い下がる俺に、アネリさんは観念したように苦笑を交えこう言った。
    「要するにテフラグです」
    「あー……」
     俺は思わず唸り、宙を仰ぐ。それはこれまでずっと抱いていた謎を打ち砕く、強烈な一言だった。
     俺は傍らで要領を得ずキョトンとする聖子に、その内容を晒す。はじめこそ首を傾げていた聖子だが、説明が佳境に入るにつれて信じられないような顔で目を見開き言った。
    「それ、ちょっとヤバくない?」
    「ヤバい。だが、世界はいずれそうなるのだろう。多分、ジョン黒田はその針を早めたに過ぎないんだ」
     ――だとすれば、俺は迷っている場合ではない。
     俺は意を決し聖子に宣言した。
    「セイコシリーズを正式に復活させる。欠陥は国境なき税務団と戦いながら修正していく。とにかく行動だ。走りながら考えていこう。セイコ02でプロジェクト再起動だ」

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