返信先: 【新企画】桜志会が大活躍する挿絵小説
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第九話
迷いの吹っ切れた俺は、聖子とエストニア見学を大いに堪能した。多くの学びと気付きを与えてくれたこの地に、俺は感謝の気持ちがたえない。
だが、それを引き裂く事態が発生した。
「優斗君、これ」
緊迫の表情でスマホ上にネットニュースをかざすアネリさんに俺は、目を見開いた。
〈国境なき税務団、デジタル生命体『J』の開発に成功〉
ネットニュースには、その内容が克明に記されている。いずれキャッチアップされるとは感じていたが、想定を遥かに上回る早さだった。
ジョン黒田は、高らかに宣言した。
〈ベンチャー、クリエイティブ、大いに結構。我々はそれを全力で模倣する。あらゆる資本、リソースを投じ、取り得る全ての手段でだ〉
――何が模倣だ。間違いない。これは母さんの仕事だ。
俺は天井を仰ぐ。どうやら母子対決は避けられなさそうである。この事態を受け俺達は予定を切り上げて、エストニアの地をたった。
見送るアネリさんに見守られながら、俺は新たなる戦いへの覚悟を固めていた。
帰国した俺はすぐにセイコプロジェクトを再開させるや、セイコ02の構築に入った。無論、暴走対策も考慮済みだ。必要な全てを俺達は走りながら考え、その都度、揃えていく。そのスピード感に時代を感じている。
そんな矢先、思わぬ人物が俺に接触を求めてきた。キッカケは、ミスターDからのチャットだ。
〈ジョン黒田がお前と話をしたいらしい〉
「どうせ偽者だろう」
取り合わない俺を見たミスターDは、より具体的な情報を出してきた。その詳細に目を走らせた俺は考えを改めていく。
――どうやら本物らしいな。
わざわざミスターDを通じ、ネット上に秘密会談の場所を設定するあたり、ジョン黒田の本気度を感じた。
俺は慎重に身元を隠した上で、その秘密回線に応じた。数秒後、チャット画面に文字が流れた。
〈国境なき税務団のジョン黒田だ。優斗。君とは一度、腹を割って話したかった。その機会を設ける事が出来て光栄だ〉
通り一辺倒の挨拶で切り出すジョン黒田に、俺は眉を顰めつつメッセージを打ち込んだ。
〈ジョン黒田、アンタはどこまで国境なき税務団を続けるつもりなんだ?〉
〈決まっているだろう。ユートピアを生み出すまでだ。君の母さんとも合意している〉
即答するジョン黒田に、俺も即答でお応じた。
〈ジョン黒田、ネット社会っていうのは視神経剥き出しだ。すぐ炎上する。感情が先行するこの世界でアンタは急ぎ過ぎなんだ。多くの犠牲が出ているんだぞ〉
〈タイム・イズ・マネーさ。世界は待ってはくれないからな〉
〈その終着駅がユートピアとは限らない。ディストピアだったとき、アンタに責任が取れるのか〉
問い詰める俺だが、ジョン黒田からの返事はない。俺はさらに畳み掛ける。
〈ジョン黒田。アンタは最終的にこの世界をテフラグ(最適化)するつもりなのだろう〉
〈いかにも。その通りだ〉
ジョン黒田は、わが意を得たりとばかりに続けてきた。
〈我々は一旦、地上のリアルを全てデジタルにしてクラウドに上げる。民族、組織、国籍といった物理的制約を伴わないサイバー空間で世界を再編成するのだ。その過程で和のアイデンティティを構築し、我々日本人社会の根底にある〈間合い〉や〈場〉といった潜在意識を拡散する〉
〈情報戦だな。サイバー空間で和の概念を建国し、世界を制すって訳だ〉
〈ふむ。その通りだが優斗、我々はさらに先をいく。和の概念で染めたサイバー空間を、今度はリアルの現実世界にダウンロードするのだ。つまり、これは世界征服の無血クーデターなのだ〉
高らかに宣言するジョン黒田に俺は、頭を痛めている。
確かに理にはかなっている。世界は国家の拠り所を領土等とは異なる概念に求め始めている。エストニアの場合はデータ、かつてのイスラム国ならイスラム法の経典となろう。
だが国境なき税務団は、人々の潜在意識下にある価値観に求めようとしている。その選別をするのはAIだ。
ユーザーの趣味嗜好、信条など重きを置く価値観を細分化し、争点となり得る要因を徹底的に分離して再配置する。これにより争点の発生確率を減らし世界平和の最適解を目指すというのだろう。
〈優斗、君に見せたいものがある〉
ジョン黒田は日本地図を画面に表示させ、これを変形して見せた。その意図を見抜いた俺は書き込んだ。
〈『距離』でなく『移動時間』を尺度に表示させた地図だな〉
つまり、新幹線で一時間かかる場所とローカル線で一時間かかる場所を同じ距離と捉え、既存の地図を変形し可視化したのだ。
その上でジョン黒田は、画面を世界地図に切り替えた。それをさらに別の尺度で変形させた。
〈なるほど。今度は『価値観』を加味させたのか〉
俺は思わず唸った。そもそもネットにはそういう側面がある。今や画面はレコメンドアルゴリズムにより、各ユーザに合わせたおすすめ商品で埋め尽くされている。
これをさらに進め、近隣国家を同じ価値観で固め直さんとするジョン黒田の構想には説得力があった。
〈ジョン黒田、お前は一見、国境をなくす無政府主義に見えるが、その実、国境の書き換えを目論んでいる。これはデジタル的価値観によるアナログ的価値観への侵略だ〉
〈そうだ。悪いか?〉
〈見解次第だが、俺に言わせれば急ぎ過ぎだ。お前は人類のためなら人をも殺すが、現実はもっと時間をかけて変わっていく。人っていうのは、そう簡単には変われないんだ〉
〈それを変えるのが、我々国境なき税務団だ〉
断言するジョン黒田に俺は、はからずしも感銘を受けている。だが、それでも賛同しかねる部分が残った。その最たるが税制だ。
〈ジョン黒田、仮に百歩譲ってデジタル国家ジャパンを建国出来たとして、徴税はどうするんだ。税なくして国家なし。徴税は国家統治の基本だぜ〉
〈優斗、私を失望させないでくれ。税理士の家系ゆえに仕方がないのかもしれないが、国家というものは、税がなくとも国家たり得るんだ〉
〈財源もないのにどうやって統治するんだよ〉
〈統治はしない。経営をするんだ。つまり、無税国家だ〉
――無税国家だってぇ!?
思わず心の中で叫ぶ俺にジョン黒田は、敢えて詳細を語ることなく、討論を打ち切った。
〈優斗、国境なき税務団への参加を待っている〉
その言葉を最後にチャットは閉じられた。

