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一井 亮治
参加者

     第十五話

     約束の東洋ジムに赴いた俺達だが、肝心のジェイソンが来ない。すでに約束の時間から一時間が経過したにもかかわらずだ。怒り心頭なのが聖子だ。
    「ジェイソン。アンタ一体、どういうつもりよ。逃げる気? はぁ? 電車が混んでて遅れる?! 車ならいざ知らず電車が混んでてどうやって遅れるのよ! アンタ、完全に私を馬鹿にしてるわね」
     戦闘モードから憤慨モードに入る聖子に、俺はおっかなびっくりだ。何を言っても焼け石に水である。そんな中、何の悪びれる素振りも見せずに、悠々とジェイソンが現れた。
    「ジェイソン、アンタ覚悟しなさいよね!」
     早速、噛み付く聖子にジェイソンは、涼しげな顔でこう言った。
    「聖子、もうお前は負けているんだよ」
    「はぁ!? どう言う意味よ?」
    「そう言う意味だよ。お前、本当に変わらないな」
     遅刻を悪びれるどころか、大胆にも勝利宣言をするジェイソンに、聖子の堪忍袋の尾がきれた。
    「上等よ! 叩きのめしてあげる。リングに上がりなさい」
    「言われなくても、そうするよ」
     ジェイソンは、実に冷めた目でうなずくや、着替えを済ませ、リングで聖子と対峙した。
     早速、スパーに入る二人だが、意外にも先制パンチを放ったのは、ジェイソンだった。どうやら聖子も意外だったらしい。冷めた態度から見て様子見に徹すると思っていたが、完全に裏切られた。
     面食らう聖子にさらにジェイソンは、意外な対応を見せた。なんとノーガードで聖子を挑発して見せたのだ。
     ――マズい。
     俺は思わず舌打ちする。確かに丁寧な言葉遣いだが、俺にはわかる。ジェイソンは完全に聖子のプライドと尊厳を全力で踏み躙ろうとしているのだ。
    「聖子、冷静になれ! 術中にハマるぞ!」
     セコンドの俺が吠えるものの、聖子の耳には届かない。
     ただでさえ熱くなっている上に度重なる挑発を受けた聖子は、完全に怒り心頭で周りが見えなくなっている。もはや誰も止めることが出来ない。憤慨のあまり前のめりになっていることにすら、気づいていないのだ。
     ――ジェイソンの奴、完全に計算済みって訳か。
     俺は改めてジェイソンの残酷なまでに冷徹な試合運びに舌を巻いた。対する聖子の力んだ蹴りとパンチは、完全に見切られ虚しく空を切り続ける。
     気が付けば完全にコーナーに追い詰められていた。トドメを決めにきたジェイソンだが、ここでゴングが鳴る。
    「ふっ、救われたね。聖子」
     ジェイソンは鼻で笑いながら、聖子の額を軽くゴツき自身のコーナーへと戻っていく。
     インターバルの間、俺は懇々と聖子にジェイソンの策に乗るなと説くものの、聖子の気は静まらない。完全に弄ばれ悔しさに涙すら滲ませている。
     ジェイソンのペースは、第二ラウンドに入ってさらに加速した。軌道の読めないトリッキーな蹴りを、聖子のボディーに的確に集中させていく。
     そのダメージの蓄積に、ついに聖子が膝から崩れ落ちた。息すらままならない地獄の苦しみに腹を抱え込み、背を丸めてうずくまった。
     口から唾液の糸を引かせマウスピースを吐き出す聖子の顔は、苦悶に歪んでいる。まさに悶絶の絶頂だ。それをジェイソンが涼しげに見下ろしながら、鼻で笑う。
    「聖子、やっぱり君はそうやって芋虫みたいにリングに転がっている姿がお似合いだよ」
    「ふざけるな……私は、まだ……」
     聖子はマットに腕を突き立て必死に立ちあがろうととするものの、上体が上がらない。結局、リングを去るジェイソンの冷笑をただ見送るしか出来なかった。
    「悔しい……」
     聖子は、マットに腰砕けに座り込むや人目も憚らず号泣した。屈辱に塗れた顔で感情を露わにする聖子に、俺はかける言葉を失っていた。

     
     
     一見、気丈に見えてその実、ナイーブなのが聖子だ。一度、折れると立ち直れない脆さがある。冷静さを取り戻す中、聖子はポツリポツリと心中を吐露した。
    「もう私はアイツに勝てない……」
    「何言ってるんだよ聖子。お前らしくないぜ」
     俺は諭すものの聖子は、かぶりを振って続けた。
    「今回が最後のチャンスだったの。悔しいしリベンジしたい。けど、ここから先はどうしても男女の差が出る。それは埋めようのない差なのよ」
    「だったら男女の差が出ない領域でやればいい。リアル世界では無理でも、バーチャル世界なら肉体の差を潰せる。世界を舞台にサイバー空間で電脳格闘大会を開催するのが夢なんだろ。俺も付き合うぜ。パートナーなんだから」
     俺は涙に濡れた聖子の拳に手を置く。どこまで伝わったかは分からないが、聖子は黙ったままうなずき一言、礼を述べた。
    「ありがとう。優斗」

     
     
     聖子と別れ帰宅した俺は、早速、夕飯のカップ麺をすすりながらパソコンに向き合っている。改めて感じたのが、ジェイソンの大胆不敵さだ。
    「あいつ、相当なやり手だな」
     平然と奇襲をかけておきながら自分は無関係だとうそぶき、リアルのガチバトルであの聖子を手玉にとるなど、おおよそ普通の神経の持ち主とは思えない。
     ――何より策士で勝負師だ。しかも奴には、国境なき税務団を率いるジョン黒田と俺の母がついている。このままでは奴らに勝つことは出来ない。
     俺は徐ろにチャット画面を開くやミスターDと連絡をとった。さすが情報屋なだけに既に今回の事態について色々通じているようだ。
     俺は早速、キーボードに指を走らせる。
    〈俺達がサイバー戦で奴らを制すには、武器がいる。何かないか?〉
     すると待ち構えていたかの如く、データが送られてきた。試しに開いてみた俺は、その中身に思わず唸った。
     ――サイバー戦用防護アーマーか……。
     ミスターDによると、既に国税局徴収部のサイバー部隊が防衛省とその開発を目論んでいるという。俺はミスターDに別れを告げた後、続け様に桜志会の岡本先生と連絡を取った。
     どうやら国も今回の事態を重く見ているらしく、国境なき税務団への対抗策を講じていると言う。試しにサイバー戦用防護アーマーについて問うと、明らかな反応があった。
    「ほぉ、そこまで知っているとは優斗君も隅に置けないな。確かにその構想には着手済みだ。ただ実証が追いつかない。新型機のテストパイロットがいないんだ」
    「と言いますと?」
    「脳波と直接リンクする関係で若い脳がいる」
    「それならセイコ02が……」
    「無論、それも考えたが安定性を欠く。まだ人間と代替するには早すぎるんだ」
     口を濁す岡本先生に、俺はズバリと断言した。
    「一人、候補がいます」

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