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一井 亮治
参加者

     第十七話

     暦が二月を刻んでいる。世間が迫る確定申告に備えつつある中、俺は以前、偶然公園で鉢合わせた桜志会会長の片桐先生の事務所を単身で訪れている。
    「わざわざのご足労、すまないね」
    「や、別に構いませんが、一体、何用で? 確定申告を前にお急ぎのご用件とか」
    「ふむ。実は税務当局から水面下で協力の打診があってね。国境なき税務団がこの確申期に何かを企んでいるらしい。その動きを追って欲しいんだ。すでに君のお父さんには了解を得ている」
    「なるほど。協力することにやぶさかではありませんが、一体、税務当局はどこからのその情報を?」
    「無論、信憑性はあるのだが、その情報源は……うーん、なんと言ったらいいか……」
     口を濁す片桐先生に俺は、頭を働かせる。そこまで悩ませるとは一体、何者なのか。その正体に想像力を膨らませる俺に、片桐先は意外な人物の名をあげた。
    「優斗君、君のお母さんだ」
    「え、うちの母ですか?! でも母は国境なき税務団にくだって以降、顔も合わせていません。一体、なぜ自ら不利になるような情報のリークを?」
    「うむ。これは私の憶測に過ぎないのだ、多分、君のお母さんは嫉妬しているんだと思う」
    「誰に?」
    「君に」
     俺は思わず絶句した。あろうことか息子に嫉妬するとは何事か、疑問に頭を悩ませる俺に片桐先生は自らの見解を述べた。
    「君のお母さん、つまり優子さんのことは私も知っている。一言で評すれば天才になり切れない秀才タイプだな。才に長けつつも、それを活かし切れない。そこへ君が労せず、次々に新規軸を打ち立てるものだから内心、焦っているのだろう」
    「や、仮にそうだとしてですよ。なぜリークを?」
    「挑戦状さ。同じ土俵に立ちサシで息子の君と勝負したいのだ」
     鋭く分析してみせる片桐先生に俺は、大いに苦悩した。その上でさらに頭を働かせる。
    「片桐先生。この話、リークしたのが母として、おそらくその間を取りもった人物がいますよね?」
    「ほぉ、鋭いな。残念ながら一税理士に過ぎない私に、その名は言えない。だから、君が判断してくれ。誰だ。ズバリ言ってみろ」
    「ジェイソン黒田」
     即答する俺に片桐先生は、黙ったまま微笑で応じた。どうやらビンゴらしい。
     ――アイツ。一体、どう言うつもりだ。母とどんな関係があるんだ。
     俺の疑問は尽きることがない。そんな中、不意に片桐先生が立ち上がった。何事かと顔を伺う俺にこう述べた。
    「トイレ」
     部屋から出ていった片桐先生だが、ふと前を見るとノートが開かれている。表紙にトップシークレットと刻まれたノートだ。
     その意図を察した俺は、思わず苦笑した。
    「要するに見て見ぬふりをしてやるから、さっさと知りたい情報を探れってことか。あの先生、政治家かよ」
     片桐先生の腹芸に感服しつつ、俺はそのノートを取るや目を走らせていく。そこからかなり時間が経ったところで、ノックとともに片桐先生が何食わぬ顔で戻ってきた。
     その意味深な笑みに俺は黙って頭を下げ、片桐先生も阿吽の呼吸で黙ったままうなずき返した。

     

    「つまり、果し状を受ける訳ね?」
     谷口エンタープライズで、詳細を語る俺に聖子が問う。俺はうなずき思いを述べた。
    「セイコ02に出来る限りの経験をさせたい。デジタル生命体にとって良質な実戦データは、深層学習の品質を左右する。無論、単体でも活動は出来るが、当面は聖子に入ってもらいたい」
    「えぇ、そうね……」
     聖子は同意しつつも鎮痛な表情を見せている。その脳裏にジェイソンの敗北があることは明らかだ。完全にトラウマとなり、苦手意識を払拭できないらしい。
     見かねた俺は隼人さんとともに言った。
    「聖子、大丈夫だ。作戦は俺が立てる。サイバ戦用防護アーマーも含め全力でカバーするから」
    「優斗君の言うとおりだ。責任はこの僕が持とう」
     二人がかりで説得を試みるものの、聖子の表情は固い。
    「分かってる。私もファイターの端くれ。アイツへの借りは、きっちり返すつもりだから。でも本当にこの作戦で大丈夫なの?」
    「あぁ、そこは俺を信じてくれ」
     胸を叩く俺に聖子は黙ってうなずくや、重い手つきでヘッドセットを装着する。セイコ02とシンクロし、サイバー空間へとダイブした。
     目的地は、国境なき税務団の活動が目撃されたネットの海の底だ。俺は片桐先生のノートから転記したメモ書きを片手に指示を下していく。
    「どうだ聖子? 何か兆候はあるか?」
    「今のところは特に……ただ、得体の知れない何かを感じる」
     端末越しに返答する聖子に、俺は隼人さんとPC画面を睨み頭を捻っている。
     ――きっと母さんは俺を試すはずだ。リークによれば、それがこの海域……別ステージへのワープポイントがある。
     この予感は見事に的中した。聖子の目前に国境なき税務団のものと思しきワームウィルスが現れ、まるで誘うように一定方向へと潜っていったのだ。
    「聖子!」
    「了解よ」
     後を追う聖子に対し、ワームウィルスは付かず離れずの絶妙な距離を維持しながら、逃げていく。聖子を誘導しようとしていることは、明らかだ。
     ――ここは一つ、母さんに従うか。
     俺は聖子にそのまま追跡をさせた。やがて、追っていたワームウィルスが姿を消す。代わりに現れたのは、ワープポイントと思しき光のカケラだ。
     それを手にした途端、聖子の体は海底から別のステージへと飛ばされた。広がったのは、白を基調としたエリアだ。
     幾何学的な文様がどこまでも続くそのだだっ広い世界に、異様な殺気を覚えた俺は聖子に言った。 
    「聖子、来るぞ」
    「オーケー」
     聖子はボディーアーマーのスイッチを押し、ヘルメットを作動させた。
     たちまち白の幾何学文様から次々とワームウィルスが現れ、聖子を取り囲む。
    「来たわね」
     聖子は間髪入れずにワームウィルスの懐に潜り込むや、目にも止まらぬ早業で手玉に取っていく。まさに飛んで火に入る夏の虫。気が付けば、あっという間に全てを撃退してしまった。
     恐るべきサイバー戦用ボディーアーマーの威力だ。何より聖子は、これを完全にものしている。
    「流石だな」
     舌を巻く俺だが、もっともこれは前哨戦に過ぎない。本命は後ろでしっかり待機していた。

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