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一井 亮治
参加者

     第十九話

     圧倒的なスピードで聖子は、最終ステージまで駆け上がる。待っていたのは、このエリアを統括する集中コンピューターだ。国境なき税務団の中枢とも言える最深部を前に、聖子は気を昂らせている。
    「いよいよラスボスの登場ってとこかしら」
     警戒しつつ、内部へと進んだ先に待っていたのは、宙に浮かぶ一枚の鏡だった。その鏡面に聖子がうつった瞬間、表面にヒビが走る。凄まじい破裂音とともにその鏡は木っ端微塵に砕け散った。
     問題は、その中から現れた人影だ。俺達は、我が目を疑った。そこには、寸分変わらぬ聖子の姿があった。
    「何これ、どう言うことよ!?」
     戸惑いの声を上げる聖子に、俺は舌打ちする。
     ――母さん、そこまでやるのか……。
     俺はインカムを取るや、モニター越しに吠えた。
    「聖子、そいつはドッペルゲンガーだ」
    「何それ?!」 
    「自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種で、自己像幻視現象……つまり、早い話が自分とそっくりの姿をした分身だ。厄介な事に、攻撃が出来ない。与えたダメージがそのまま聖子にも跳ね返ってくる」
    「えぇ!? じゃぁ、どうすりゃいいのよ」
     モニターの聖子が困惑する中、俺は隼人さんに意見を乞うた。流石の隼人さんもこれは、想定外だったらしい。苦悩の挙句、こう言った。
    「優斗君、三十六計逃げるに如かず。君子危うきに近寄らずだ。ここは……」
    「脱出ですね」
     念を押す俺に隼人さんがうなずく。俺は再びインカムを取った。
    「聖子。ここらが引き際だ。これから脱出路のデータを送る。うまく逃げてくれ」
    「随分、簡単に言ってくれるわね」
     聖子は愚痴りつつも、俺達の指示に従い逃避を図る。何とか白い仮想空間からの脱出には成功したものの、分身の追跡は終わらない。退却を図る聖子を執拗に追い続けてくる。
    「さて、どうするか……」
     俺は頭を大いに捻った。目下、物陰に隠れやり過ごしている聖子だが、分身は一帯を周回中し完全に逃してはくれない。
     打開策を待つ聖子に、俺と隼人さんは書類の山をひっくり返し、マニュアルに目を走らせた。だが、これといった打開策は見当たらない。
     ――参った……。
     頭を痛める俺だが、ふとひっくり返した鞄から溢れた書類が目に入る。見ると、たまたま親父から持たされていた税務書類である。そこには、こう書かれていた。
    〈贈与税は、相続税の補完税である〉
     ――補完税かぁ……。
     俺は全く無関係の分野に思わぬ活路を見出した。ドッペルゲンガーが分身だとすれば、贈与税と相続税のように似て非なる共通関係があるのではないかと考えたのだ。
     そこからは早かった。俺は閃きと着想をもとに、突貫でプログラミングを施して行く。隼人さんと確認作業を終えるや、インカムを取る。
    「聖子、付け焼き刃だが修正パッチを送る。確認してくれ」
    「了解……って、ちょっと何よこれ!?」
     思わず声を上げる聖子に、俺は苦笑しながら言った。
    「ちょっとした分身対策さ。いいか聖子、奴はファイターであってファイターでない。戦ったら負けなんだ」
    「ふーん……よく分からないけど、軍師殿に従うわ。私の命、アンタの策に預けたからね」
     こうと決めたら迷いを完全に断ち切るのが聖子だ。意を決し物陰から飛び出すや、ドッペルゲンガーとの間合い一気に詰めた。
     無論、ドッペルゲンガーもこちらに気付いたが、その対処がままならないうちに、聖子は見事なタックルを決めた。
     さらにマウントを取り、ドッペルゲンガーから体の自由を奪った上で、額を手で押さえ、俺が送ったばかりのプログラムを一気に流し込んだ。
    「いい? アンタは私の補完体。本体と分身の関係なんだから仲良くやりましょう」
     うそぶく聖子にはじめこそ抵抗を見せていたドッペルゲンガーだが、全てのダウンロードが終了するや否や、まるで電源が落ちたように静かになった。
    「どうやら成功のようよ。軍師殿」
     笑みを浮かべる聖子に、俺はほっと安堵の溜息とともに胸を撫で下ろす。額の汗を拭うや、傍らの隼人さんとハイタッチを交わした。
     かくして任務は終了した。可能な限りの情報収集に成功した俺達は、サイバー空間から戻ってきた聖子を交えデータ解析を進めていく。
     そこで明らかになったのは、国境なき税務団が目論む壮大な計画だった。
    「どうやら彼らは、この確申期に本気で国を乗っ取るつもりだったらしい」
     隼人さんは内容を精査しながら、唸った。俺は税務当局を中心に広大なテロを目論んでいた事実を一本のレポートにまとめ、依頼人である片桐先生へ報告メールとして送信した。
     

     
     世間は確定申告期へと突入している。事務所も繁忙期でてんやわんやだが、俺のレポートもあってか、税務当局に目立った混乱は見られない。
     片桐先生によると、国境なき税務団にはかなりのダメージとなったらしい。再起不能とまではいかないものの、当面サイバー空間での作戦行動は控えざるを得ないだろうとの事だった。
     ただ、それでも分からないことはある。まさに今、この教室で泰然自若に振る舞うジェイソンの神経だ。
    「ジェイソン。お前、よくのこのことここに出てこれるよな」
     しみじみと疑問を投げかける俺に、ジェイソンはこれまた涼しげな笑みを浮かべながら、いけしゃあしゃあと言った。
    「それはそれ、これはこれ。大体、僕自身が国境なき税務団の方針の全てに賛成しているわけではないですしね」
    「つまり、何か。このままサイバー空間での影響力を失っても構わない、と?」
    「えぇ、サイバーはサイバー、リアルはリアル、ですよ」
     何を企んでいるのか皆目、見当がつかない俺だが、それでも分かる。
     ――どうやら、コイツには先日の敗戦をものともしない十分な余裕があるみたいだ。
     非常に癪だが、それは認めざるを得ない。その自信の根源がどこにあるのか、首を傾げる俺だが、思えばこの時、その疑念をはっきりさせるべきだった。実は裏でそれ相応の準備が着々と進みつつあったのだ。
     だが、この時の俺にはその疑念に対する答えを見つけることが出来なかった。全てが好転していただけに、油断があったのだろう。その際たるが、聖子である。
    「おい聖子、飛ばし過ぎだ!」
     放課後、谷口エンタープライズへ向かった俺は、サイバー空間でダイブ中の聖子にペースを咎めたものの、まるで聞く耳を持たない。
    「大丈夫よ優斗、ここの勝手は十分に分かったから。それより次の指示を頂戴」
    「分かったよ。ただ油断はするな」
     俺は聖子に指示を下していく。完全にサイバー戦用ボディーアーマーをものにした聖子は、次々に任務をコンプリートしていく。
     ――聖子の奴、面白くて仕方がないらしい。
     咎めようにも声がまるで届かない事に頭を痛める俺に、隼人さんは諦めモードで言った。
    「こうなったら、聖子ちゃんには好きにさせよう」
    「えぇ、そうしかないみたいですね」
     俺も呆れつつ、サイバー空間を制圧していく聖子をPC画面越しに見守り続けた。
     事実、バーチャル世界は聖子の庭と化し、谷口エンタープライズの業績もうなぎ登りだ。全てがうまくいき、感覚が麻痺していた。
     やがて、サイバー空間から戻ってきた聖子を交え、俺達は今度の計画を立てていく。
    「聖子ちゃん、どうやら君の夢が叶いそうだよ」
     隼人さんが見せたのは、一本の企画書だ。そこには、聖子が夢見た世界を舞台にサイバー空間で開催する電脳格闘大会がプロジェクトとして上がっていた。
     聖子の喜びようたるや尋常ではない。聖子の人生は今、まさに絶頂を迎えようとしていた。
     その後、谷口エンタープライズを出た俺達は、ともに帰路に着く。
    「私、今がサイコーに幸せ」
     そう語る聖子の瞳には、輝かしい未来に向けた生命力が爛々とみなぎっている。無論、俺も同様だ。
     そんな中、不意に空が暗くなった。見ると分厚い雲とともに雨が降り始めている。聖子が舌打ちした。
    「あちゃー雨だよ。私、今日、傘忘れちゃった」
    「俺が差すよ」
     折り畳み傘を取り出す俺だが、軽装の聖子はそれを断り荷物を背負って走り出した。
    「ジョギングも兼ねてジムまで走る。じゃぁね優斗」
     聖子は手を振るや、小雨の中を走っていく。その背中を見送った俺の気分は、夢見心地だ。
     ――このまま聖子を軸に夢を叶えていこう。
     俺はフッと笑みをこぼし、雨の中を自宅へと向かった。
     思えば、ここが運命の分岐点だった。好事魔多し――全てが順調な今こそ、俺は初心に戻るべきだったのだが、そこに気付かない。
     翌日、俺はその代償を知ることとなる。この雨の日を境に聖子は、忽然と姿を消した。

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