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一井 亮治
参加者

     第二十話

     メタバース・ワンは、華やかな開会セレモニーを終え予選リーグへと突入した。初戦を任されるのは、知名度で鳴るセイコ02だ。
    「優斗、健闘を祈る」
     部屋を去る親父を見送った俺は、満を持してセイコ02をサイバー・スタジアムに投入した。その途端、割れんがばかりの大歓声が沸き起こった。
     ――凄い人気だな……。
     あまりの反響に俺は、やや面食らい気味だ。確かにその名が広く認知されているとはいえ、この反応は想像をはるかに上回るものがあった。
    〈さぁ、数々の戦士を葬っていたデジタル生命体に死角はないのか。注目の一戦だ!〉
     MCがさらに観客を煽っていく。会場のボルテージが最高潮に達する中、対面ステージに初戦の相手が現れた。それは、セイコ02の同様のデジタルファイターである。
     俺は呆れながら、そのナリを見渡した。
     ――確かに同じデジタル生命体だが、ファイターとして肝心の魂が入っていない。しかもこの中途半端なパクリ方……間違いない。ミスターDだ。
     俺はセイコ02に命じた。
    「作戦はお前に託す。一つ、格の違いを見せてやれ」
     セイコ02は了解の仕草とともに、自律戦闘モードに入った。選んだモードはスピード系の赤とノーマル系の白を七対三でブレンドした、やや速さ重視の紅ピンクだ。
     対するミスターDは、流石にボディーアーマーを変幻自在にパラメータさせられる機能までは及ばなかったらしく、白一色である。
     そんな中、二体のデジタルファイターは対峙した。
     まさにゴングが鳴ろうかという寸分の一秒前――ミスターDのデジタルファイターが仕掛けた。セイコ02への姑息な奇襲である。
     ――少しでも有利に勝負を運ぼうって訳か、見え透いた魂胆だな。
     呆れる俺だが、ここで不可解なことが起きる。襲撃側であるミスターDのデジタルファイターが、糸が切れた操り人形の如く、くたくたとマットに崩れ落ちたのだ。
     その傍らには、ほとんど動きを見せていないセイコ02が立っている。
    〈何だ。何が起きた?〉〈一体、どうしたのだ?〉
     皆がキョトンとする中、会場に設営された電光ビジョンに、勝負の瞬間が映し出された。
     そこには、ほんの一瞬の隙を突いたセイコ02の見事なカウンター技が確認できた。驚くべきはその速さだ。誰も気づくことすら出来ないほどの、凄まじい瞬殺ぶりだった。
    〈凄い!〉〈これが真のデジタルファイターの威力なのか!〉
     真相を目の当たりにした観客の盛り上がりたるや、主催者の想像をはるかに超えた。あまりの熱量にサーバーがダウンする始末である。
     開始早々にしてミスターDのデジタルファイターに黒星がつく中、セイコ02はヘルメットを収納する。
     表に晒されたその冷徹な表情を眺めつつ、俺は心の中でつぶやいた。
     ――悪いなミスターD。だが、もし俺がパクるならもっと徹底的にやる。それこそ設計思想までしゃぶり尽くすぜ。
     

     
     初日を終了させたメタバース・ワンだが、思わぬ波乱もあった。優勝候補筆頭であるエストニアのアネリさんが、謎の青いファイターに敗れたのだ。
     無論、予選リーグであるため即敗退とはならないが、それでも黒星には違いない。アネリさんに土をつけたその相手こそ〈アイスキッド〉である。
     青いヘルメットで面を隠してはいるものの、その戦いぶりをチェックした俺は、確信した。
     ――間違いない。聖子だ。
     問題は、なぜナリを偽ってエントリーしたのかだ。その謎を敗れたアネリさんに電話でぶつけてみると、同じような答えが返ってきた。
    「多分、国境なき税務団絡みですね」
    「でも理由が。何が目的で俺達の元を去り謎のファイターでエントリーを?」
    「洗脳されているのか、もしくは別の事情を抱えているのか。とにかく要注意プレイヤーです。優斗も目を離さないで」
     アネリさんは、そう言い残し通話を切った。俺は、改めて録画を眺めている。
     ちなみにアイス・キッドのボディーアーマーの青は、変幻自在さに長けた機能のモードだ。イメージは〈水〉である。
    〈型を捨て形をなくせ。容器に注げば容器に、ポットに注げばボットに。まさに水は自在に動き、ときに破壊的な力をも持つ〉
     ジークンドーを創設したブルース・リーの言葉だが、まさにこれを体現したファイターのエッセンスを凝縮させたような戦いぶりだった。 
     さらに気になるのは、母の情報だ。Jのサポートについていることは、疑いようもない。様々な痕跡データがそれを裏付けている。
     ただ、俺はそこに何か迷いのようなものを感じた。
     ――案外、母さんは国境なき税務団を抜けたがっているんじゃないか。
     そんな疑念すら覚えるのだ。もしそれが事実なら、必ず何らかのサインを送るはずである。それをいかに見抜き、母を国境なき税務団から脱退させるか、俺は頭を痛めていると、まさにその件について着信が入った。
     相手は、あの桜志会会長の片桐先生だ。
    「やぁ、優斗くん。初戦の圧勝劇、実に見事だった」
    「ありがとうございます。あの……もしかして母の件ですか?」
    「ほぉ、よく分かったな。防衛省と国税徴収部のタッグがJに敗退した。これは間違いなく君の母さんの仕事だ。税務当局はいかに彼女を日本に亡命させるか、頭を痛めている」
    「片桐先生。それなんですが、一つ手があります」
     俺は思うところを述べた。はじめこそ疑いを持って聞いていた片桐先生だが、話が佳境に差し掛かるにつれ非常に興味を示し、最後に至っては声をあげて笑って見せた。
    「優斗君、なかなかの策士ぶりじゃないか。分かった。あくまで水面下ではあるが、我が桜志会も大いに協力しよう。必要なものを言ってくれ」
    「助かります。では……」
     俺は幾つかの依頼を投げたところ、片桐先生は全てを即答で了承してくれた。
    「片桐先生、感謝します」
    「それには及ばない。おそらく今が変わるべきタイミングなのだ。これを新たな時代に即した税務業務や支援体制を整える機としたい。今後も協力は惜しまない。君の健闘を祈っている」
     片桐先生は頼もしげに語り通話を切った。

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