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一井 亮治
参加者

     第三話

     次の日、学校を早めに切り上げた私は士郎兄の勧めに従い、祖父の夏目玄蔵事務所を訪ねた。
    「やぁ、葵ちゃん。久しいじゃないか」
     すっかり好々爺になった玄蔵爺さんは、見事なつるっ禿げの頭をさすりながら、目尻を下げる。
    「士郎君から話は聞いている。実は今、厄介な案件を抱えていてね。一度、ついてきてくれ」
    「いつですか?」
    「今だ」
    「え、や……」
    「さ、行こう行こう」
     玄蔵爺さんは、戸惑う私に構うことなく席を立つ。この辺、いつも通り強引だ。日常業務を事務員に託すや、私を引き連れ車を走らせて行った。
     さて、この玄蔵爺さんによれば、今、一つの案件を追っているらしい。それは、世間一般では表沙汰にはならないものの、明らかに税務行政に影響を及ぼすもので、所属する税務団体〈桜志会〉からも、さり気なく顧問先をあたってくれとの依頼である。
    「一体、どんな案件なんですか?」
     それとなしに問うものの「あー」だの「うーん」だの歯切れが悪い。そうこうするうちに目的の顧問先に到着してしまった。
     ネオサイバー社と名乗る今、流行りのオンラインゲーム市場で小規模ながらも世界有数のシステムを運用する会社だ。
     バイトの見習いとして玄蔵爺さんの後ろに続く私だが、そこへ三十代半ばと思しき大柄なちょんまげ社長〈鬼塚剛三〉が現れ、開口一番、こう言った。
    「うちは透明会計がモットーだ。そのつもりで記帳を頼みますよ」
     鋭い視線で圧をかけるや、面倒くさげに私達を手で払い去ってしまった。
     ──随分と失礼な社長さんね。
     私は呆れつつ、会議室で玄蔵爺さんと書類の束に目を通していく。そこから約一時間程、言われるがままに記帳業務をこなした私だが、頃合いをはかったように玄蔵爺さんが小声で囁いてきた。
    「どうだ。税理事務もなかなか細かいだろう。何か妙な点はないかい?」
     ──妙な点……。
     ここで私の勘ピューターが働く。どうやら玄蔵爺さんに試されているらしい。私はしばし考慮の後、言った。
    「あの、ここの鬼塚社長って、もしかして結構、山師だったりします?」
    「ほぉ、なぜそう思うんだ?」
    「なんというか……私、税務はサッパリですが、オンラインゲーム内で流通する通貨? ポイントの付与が不自然な気がして」
    「どこかだね?」
     問いを重ねる玄蔵爺さんに私は、持ち前の山張りで勘を働かせていく。拙いながらも、学校で馴染みのある試験絡みの数値に例え説明した。
    「仮に二つの科目でともに得点と平均点が同じだったとして、偏差値まで同じになるのは、おかしいじゃないですか。だって皆の得点が平均点近くに集中している場合と、全般的に散らばっている場合とでは、一点の重みや価値が違ってくるでしょ。それが帳簿でも確認出来る」
    「ふむ。続けて」
    「数値の誤差が9で割れてしまうのもおかしいです。明らかに桁違いなのに全体で見れば矛盾なく整ってしまっている。それってつまり、誰かが帳尻合わせを……」
    「何だよ。バレたのか?」
     突如、割り込む声に振り返ると、いつの間にか現れた鬼塚社長が降参だとばかりに両手を上げ、茶目っ気に溢れた表情で立っている。
     玄蔵爺さんが笑いを堪えながら、言った。
    「葵ちゃん。この鬼塚社長は、ちょっとばかし山っ気が強くてね。社長、透明会計でお願いしますよ」
    「分かった分かった。言われた通りに訂正しよう。言い訳させていただくとちょっと一つ、厄介な案件を抱えていてね。その絡みで無理をした」
    「それは、例の〈ミネルヴァノート〉ですな?」
     念押し気味に問う玄蔵爺さんに、私は首を傾げる。
     ──ミネルヴァノート? 何それ?
     疑問符を浮かべる私だが、玄蔵爺さん曰くに今、日本の会計、経済、税務の現場を裏からかき乱している存在らしい。さらに驚くべきは、その提唱者だ。
     鬼塚社長は、スマホをかざし一枚の画像を表示させた。そこには、金髪青眼の十歳程と思しき少年が写っている。
    「あの……この可愛い男の子が何か?」
    「案件に絡む渦中の中心人物にして、ミネルヴァノートのスキームを開発した首謀者、アレックス・チャン少年さ」
    「え……や、でもこの子、見た感じまだ幼少の子供ですよ」
    「だが飛び級で既にアメリカの名門大学を出て修士も取ってる。いわゆる天才ってやつさ」
     鬼塚社長の説明に、私は言葉が出ない。なんでもこの子供が複雑なスキームを組んで社会を裏側からコントロールしているらしい。とてもではないが、信じられない私だが、玄蔵爺さんは格言を交え説明した。
    「〈ミネルヴァの梟は夜に飛ぶ〉。昼、世の中で起こったことが、夜になって初めて知恵となる。法、学問、ビジネスモデル、これらは一見、正しく見えるが、実は以前に起きた現象の後追いに過ぎない。常に現実に遅れてしまう」
    「ヘーゲルの『法の哲学』だな。私達のような日進月歩の業界なら尚更だ。この盲点を突いてこの世の王とならんとしているのが、アレックス少年というわけだ。その若過ぎる柔軟な発想で、パズルの如く次々とクリエイティブアカウンティングを可能にしていく。怪物さ」
     鬼塚社長も続く中、私の中で何かが芽生えた。
    「鬼塚社長さん、玄蔵爺さん、これってそのうち大事件に発展するんじゃないですか」
    「いかにも」
    「そこでだ葵ちゃん。このアレックス少年に土をつけてやってはくれないか」
     二人からの思わぬ提案に、私は困惑しつつも心の中に宿る炎を感じている。気がつけば、声を大にして賛同していた。
    「私、やってみます」
    「うむ。それでこそ我が孫だ」
    「我が社も及ばずながら、協力しよう」
     玄蔵爺さんと鬼塚社長は、実に頼もしげに私を見ている。うまく担がれた気はするものの、その一方で今まで何かモノ足りなく感じていた正体を見つけた喜びを感じている。
     ──多分、私はこのアレックスを通じ、何かを変えていく。そんな気がしてならない。
     もっともそれが胸騒ぎなのか、武者震いなのかは分からない。まさか生涯を懸けたライバルになろうなどとは、つゆにも思わなかった。
     
     
     
     玄蔵爺さんらと別れた私は、帰路の電車でアレックス少年にまつわる資料に目を走らせていく。どうやら中国系アメリカ人らしい。
     太平洋を股にかけ、二大大国たる米中のグローバル企業を相手に金融兵器や脱税スレスレのスキームを考案し、暴利を貪る輩だ。
     一番、興味を惹かれたのは、アレックス少年が提示するミネルヴァノートの一節である。
    〈今、世界は米中がスカートの下で足を蹴り合う「G2のワルツ」状態にある。これをうまく踊り切れるかが、二十一世紀における企業経営の覇権を分けるだろう〉
    「随分とおませさんな事で」
     達観気味に苦笑する私。土をつけようなどおこがましいにも程があるのだが、その能力差が私の心に火をつけた。
     救いを求める相手は、やはり士郎兄だ。帰宅するや否や事情を説明し意見を乞う。
    「士郎兄、どこから始めたらいい?」
    「そうだなぁ。うーん……会計と税務に関する書籍はあるか?」
    「一応、父さんから貰ったヤツがそれなりに」
     私は士郎兄を自身の部屋に誘い、本棚の書籍を見せた。士郎兄はサラサラと目を走らせるや驚くなかれ、次々に破り捨てゴミ箱に放り込んでいく。
     唖然とする私だが、士郎兄は構うことなく数冊を残し、これに自身が手持ちの書籍を加えて、私の前に並べた。
    「葵、この順番で読んでいけ。それがアレックス少年に近づく最短距離だ」
    「そうなの?」
    「解説書にも当たり外れはあるんだよ。騙されたと思って試してくれ。お前ならすんなり理解できるはずだ」
     アドバイスを受けた私は、早速、目を通していく。痛感したのは、チョイスの独特さである。まず入り口として漫画類のエンタメから入るのだ。
     さらに雑誌類で世間と関連付け、地慣らしした上で、無理なく本論へと繋げていくスタイルである。
     指導もよかったのだろう。見事にハマった。通常なら一ヶ月はかかろうところを、数日で読破してしまったのだ。
    「もう読んだのか!?」
     士郎兄が呆れる中、私は座学を実践へと移していく。玄蔵爺さんの事務所でのオン・ザ・ジョブを通じ、簿記の勉強へと繋げるのだ。
     まるで乾いた大地が水を吸収するが如く、理解を深めていった。

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