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一井 亮治
参加者

     第八話
     
     成瀬先輩の一件は、少なからぬ影響を私に及ぼした。たった一人の天才少年アレックスに対し、日本はなすがままで取るべき有効打がない。
     ──情けない。
     国の未来に絶望する中、一つのニュースが日本を騒がせた。
    「何これ!?」
     私は思わずネットニュースを二度見する。なんとアレックス少年が搭乗するプライベートジェットが墜落したらしい。先日の日本売りの一件もあり、テロの可能性も考えられるとのことだった。
     このニュースを受け、SNSは大いに沸いている。
    〈本当に死んだのか?〉
    〈日本は助かった。神風だ〉
    〈因果応報だ〉
     様々な声が上がり、もはやお祭り騒ぎだ。ポストアレックスに向け、政官財のあらゆる層が動きを見せていく中、私は一つの結果を出している。
     簿記三級に合格したのだ。
    「まずは、おめでとう!」
    「コングラチュレーション!」
     冬月とケインから受けた祝福に、私は照れ笑いを浮かべる。成瀬先輩の一件で、座学の大切さを知った私が初めて出した結果なのだが、まだまだ先は長い。
     とはいえ、まずはスタートラインに立ててことに、喜びを感じている。そんな私に冬月とケインは、合格祝いのプレゼントを差し出してきた。
    「ナツ、俺達の気持ちだ。受け取ってくれ」
     喜ぶ私はリボンを解き、封を開ける。だが、中から出てきたのは、真っ赤なチャイナドレスだった。私は、首をかしげる。
    「一体、どういうこと!?」 
    「こう言うことさ」
     冬月が指を鳴らすと、たちまち部屋に黒服のボディーガードらしき男達が雪崩れ込んできた。屈強な肉体で迫られ、私は訳が分からない。
    「夏目さん。ソーリーです」
    「悪いな。ナツ」
     白々しい顔で謝罪の言葉を述べる二人に、私は顔色を変え罵った。
    「冬月、ケイン。アンタら私を売ったわね!」
    「や、まぁそうなんだが、まんざら悪い話でもないんだ。な、ケイン」
    「はい。ウィンウィンです」
     しれっと謝って見せるものの、私は納得がいかない。
     ──一体、何をさせるつもり!?
     訝る私だが、どうやらこのチャイナドレスを着させて何かをさせたいらしい。黒服の男達は更衣室を用意したと、私を手招きする。
     私はやむなく指示に従い、中で着替えを済ませた。その後、促されるまま寝室へと向かうと、思わぬ人物が待ち構えている。
    「アレックスっ!?」
    「ハ〜イ、ナツ。ナイストゥミーチュー」
     笑顔で応じるアレックスに私は吠える。
    「アンタ、一体、どう言うつもりよ! 死んだんじゃなかったの?」
    「この僕があんな見え透いたトラップに引っかかる訳ないじゃん。ピンピンしているよ。僕がいなくなったら、この国はどんな反応を見せるかにも興味があったしね」
    「それはまた、策士なこと。で、私に何をさせたいの?」
     呆れる私にアレックスは、あろうことか体を求めてきた。ベッドに誘うや、真っ赤なチャイナドレス姿の私に抱きつく。
     とは言えまだ十二、三の少年だ。肉体関係に及ぶには、幼すぎる。何より求めるものが違うらしい。
    「ナツ、僕は君が欲しい」
    「つまり、この日本の縮図に見立ててって話?」
    「違う。本当に君が欲しいんだ。そばに置きたい。何もかも思うがままだ。悪い話じゃないだろう?」
    「お断りよ」
     拒絶して見せるものの、アレックは「嫌よ嫌よも好きのうち」とまるで意に介さない。ベッド上のチャイナドレスに扮する私にしがみつき、甘えながらも耳元で囁く。
    「僕はね。君だけじゃない。この日本の全てにゾッコンなんだ」
    「よく言うわ。この国を市場で売り浴びせておいて、いけしゃあしゃあと」
    「ナツ、いずれ日本はこうなったんだ。だったら僕がやる。少子高齢化に天文学的な財政赤字、その全てを解決してみせるさ」
     強気な笑みを浮かべるアレックスに、私は思うところを述べた。こんな強引なやり方でなく、もっと方法はなかったのか、と。
     対するアレックスの返答がなかなか秀逸だ。
    「あのねナツ。皆、同じことを誓う。やれ改革だ。緊縮財政だって。でも無理なんだ。結局、皆、自分からは変われない。強引に変えさせられる。好き好んでじゃない。いやいや強くなっていくんだ」
    「そうやって時代が流転していくってこと?」
    「そうさ。僕はそれこそチェーンソーの如く、無駄を省いていく。ついていけない者は、市場から退場頂く。有能な人からカネを奪い無能な人に与えるなんてバカバカしい。ゆく河の流れは絶えずして、方丈記さ」
    「だからって国を奪ってまで……」
    「ナツ、これまで国そのものがなくなったり、消えてしまった民族もある。だが、それでも人類は存続してきた。どんな環境に置かれても、耐え忍び生き延びていく力が人類にはあるんだ。それは大自然の如くたくましい」
     持論を展開するアレックスに私は聞き役に徹している。と、そこへアレックスのスマホに着信が入る。
     どうやら日本の中枢で何か動きがあったらしい。
    「来た来た。案の定、僕の死をキッカケに魑魅魍魎なゾンビどもが動き出したね。飛んで火に入る夏の虫、と」
     アレックスはベッドから跳ね起きスマホ片手に次々と指示を下していく。やがて、私にこう言い残した。
    「ナツ、今日はここまで。僕の携帯の連絡先を教えるよ。プロポーズの答えを待っているから。じゃあね」
     私がアレックスの去っていく後ろ姿を見送っていると、今回の諸悪の根源たる二人がやってきた。冬月とケインだ、
    「アンタら、よくもぬけぬけと……」
    「まぁまぁ、そう怒んなよナツ。アレックスもあぁ見えて結構、子供なんだ」
     冬月は徐ろに一枚の画像をスマホに表示させる。そこには、チャイナドレス姿の女性が写っていた。ケインが言う。
    「似てますでショー。アレックスのマザーです」
    「じゃ何? あいつは私を母親に見立てているってこと?」
    「イエス」
    「実の母親は?」
    「亡くなっている」
     即答するケインに私は唸った。言うことは大人ながらも見た目は子供なアレックスのギャップに私の心中は複雑だった。

     季節は本格的な夏を迎えようとしている。うだるような暑さの中、私は一本のレポートに目を通している。あのアレックスがまとめた曰く付きの『ミネルヴァノート』だ。
     数々のタックスヘイブンやクリエイティブアカウンティング、節税スキームの源泉となったこのレポートの難解さは折り紙つきで、高等数学に基づく高度な金融工学から派生している。
     とてもではないが、素人の手に負えるようなものではない。ただ幸い、私にはこの手に長けた士郎兄がいる。その助けを得てあのマセガキが理想とする世界の理解を試みている。
    「まぁ一言で表せば天才だよ。時代の間隙を突くね」
     士郎兄の言葉に私も二言はない。実に複雑怪奇なロジックを用いてまとめられている。
     もっともそこは要領のよさでなる私だ。冒頭と結論、章立ての流し読みで朧げながらもアレックスの目指す理想郷らしきものは見出した。
     ──一件複雑そうに見えて、実は凄くシンプル。結論に至るまで一切の無駄がなく守備一貫している。本当にピュアね。
     試しに士郎兄にその旨を述べると、同感らしい。大いにうなずき、こう言った。
    「理論は完成している。あとは実証だが、それを奴はこの日本に対してやった」
    「実はそれなんだけどさ、こう言うのを考えているんだけど……」
     私は思うところを述べた。初めこそ黙って聞いていた士郎兄だが、話が佳境に差し掛かるところで大いに身を乗り出し、結論に至る頃には夢中になっていた。
    「葵。つまり、前のVRだけでなく、ミネルヴァノートの理論そのものをスポーツ工学にも落とし込もうって話か」
    「そう。経済も競技も行きつくところは競争原理、血の流れない戦争でしょ。税法も然り、なら原理の転用も可能だと思う」
    「面白いじゃないか。いずれアレックスとも勝負せねばならない。奴の定理をラクロスに応用出来れば、大いに世界が開けよう。協力するよ」
     士郎兄は鋭い視線で応援を約束してくれた。ただそこからが大変だ。試合記録を全てコンピューターにインプットせねばならない。
     ここは士郎兄を頼った。手分けして入力作業を施したのだが、そこで得た分析結果は実に興味深いものとなった。正確に試合結果を的中させているのである。
    「士郎兄……」
    「あぁ、コイツはダイヤの原石だ。俺達で磨いていこう」

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