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一井 亮治
参加者

     第九話

     士郎兄と始めたミネルヴァノートのラクロス化プロジェクトだが、冬月やケイン、さらには玄蔵爺さんの桜志会や鬼塚社長のネオサイバー社も巻き込んでミネルヴァノートの解析とラクロスへの転用を進めていく。
     痛感するのは、アレックスの凄みだ。
     ──やっぱり天才だ。アイツには十年後の未来がしっかり見えている。
     そもそもミネルヴァノートは、アレックスが独自に打ち立てた理論〈構造的収束とポジショナル崩壊の法則〉に基づいている。
     日経平均を読み切る新たなツールとして、一部のヘッジファンドで密かに用いられていたのだが、これを直接用い日本市場で空売りを仕掛け東証は壊滅、世論を分裂させたことは、記憶に新しい。
     私はこの金融派生兵器をスポーツの中でも格闘競技と名高いラクロスに転用させようとしている。
     心の中のアレックスは、冷笑する。
    〈なぜ勝てないか? 相場と一緒だ。『市場構造』を知らずにエントリーしてるからだ〉
     アレックスの理論は、データと確率の駆使により、次々に試合の『市場性』を解き明かしていく。
     各選手のポジショニングを流動性の高い銘柄に例え、攻撃パターンをボラティリティと流動圧力に基づき設計し、防御はヘッジ戦略と信用リスク回避に置き換えるのだが、案の定、部員は吠えた。
    「ラクロスにそんなものが関係あるの!?」
     だがアレックスの理論──つまり、ミネルヴァノートはこう続ける。
    〈投資は情報戦であり、スポーツも同じだ。誰がいつどこで動くか、それを制する者が、勝つ〉
     これを受け、私はラクロス部に常識外れの〈プレイ・ブック〉を持ち込んでいく。全試合の映像を数理解析し、選手ごとの期待値と損益ラインを数値化、プレイヤーの交代や陣形変更を「ポジションのリバランス」と呼び、リアルタイムで分析する。
     セオリー無視のショートスティック二人攻撃から始まって、パス成功率を極限まで上げる流動性選択論に続き、トラップ守備による流動性クランチへと展開させる私に、当初こそ混乱した部員達だったが、その真意に気づいていく。
    「このプレイ、まるで株価チャートの中で動いてるみたいだ……!」
     やがて、その威力が発揮されるときが来た。訪れた地方大会初戦──相手は全国ランカーの強豪・栄東学院。周囲が「百点ゲーム」と揶揄する中、私は相手の戦術を過剰評価されたバブル型資産と見抜き、カウンターの「空売り戦術」で徹底的に崩しにかかる。
    「相手のスタープレイヤーは“過熱銘柄”。過信されるほど、暴落時の落差は大きい」
     守備の要に“ボラティリティ耐性”の高い選手を配置し、攻撃は需給ギャップを突いたパスで切り崩す。結果は、まさかの9ー8での勝利だ。
     いよいよ確信を持った私は、さらにミネルヴァノートをラクロスへと取り込んでいく。不要と判断すれば平然と先輩でもレギュラーから外したし、必要となればあらゆる努力も惜しまない。
     当然、軋轢は生じた。
    〈何様のつもり!?〉
    〈うちの伝統を軽んじている!〉
    〈大っ嫌い!〉
     等々、陰口は叩かれたし、陰湿ないじめも受けた。下靴をゴミ箱に捨てられてたりとかね。
     ただいざ試合となると、この遠心力が求心力へと変わっていく。てんでバラバラだったメンバーが一気に団結へと転じるのだ。気が付けばいならぶ強豪のほとんどを駆逐するまでになっていた。
     まさに、勝って和すってやつよ(ま、ラクロスの競技人口の少なさも影響しているのだけど)。
     そんな中、一つの転機が訪れる。なんと中国の上海チームから親善試合の申し出が舞い込んだのだ。
    「どういうことですか?」
     職員室で知らせを受けた私は問い返すものの、清原監督は「分からない」と首を傾げている。さらに不可解なのは、この情報がネット上に拡散されたことだ。
     ──限られたメンバーしか知り得ない情報がネットに流れている。これは多分、あれね。
     私の脳裏に二人の人影がよぎる。一人は言わずもがな、反夏目の急先鋒たる谷先輩だ。中国の名門チームに叩かせて、この私に恥をかかせようという腹なのだ。
     それはいい。狂った女の嫉妬など一向に構わないのだが、問題はもう一人の方だ。
     ──間違いない。アレックス・チャン。アンタね。
     私は職員室を出るや、アレックスのアドレスにメールを送った。
    〈今回のラクロスの国際親善試合、黒幕はアンタね?〉
     しばらくたたないうちに返答が来た。
    〈ナツ、僕はね。君を愛しているんだ〉
     ──この十三のマセガキが……。
     私は呆れを通り越し、諦めの境地で返事を送る。
    〈アレックス、茶化しはなしよ。アンタは一体、私に何をさせたいの?〉
    〈させるも何も、もう十二分だ。ナツは僕の理論、ミネルヴァノートをしっかり、スポーツに転用してくれているじゃないか。格闘競技と名高いラクロスにね〉
    〈つまり、これも計算のうちってこと? 相変わらずの策士ぶりだこと。金融派生兵器を格闘競技のラクロスに転用させ軍事にも広げるつもり? 最終的な狙いは何よ?〉
    〈それは、ナツが僕のプロポーズに応じてくれたら、教えてあげる〉
     ──またこれだ。
     のらりくらりと追求をかわすアレックスに私は、ズバリと指摘する。
    〈日銀の予測モデルを沈黙させたアンタのことよ。最終的な狙いは脱税ね〉
    〈フフッ。ナツ、そろそろ課税という幻想を壊すべきだと思うんだ〉
    〈はぁ!? 納税しない社会ってこと?〉
    〈正確には、“国家が課税不能となる構造”さ〉
     アレックスは、グラフ化された画像データを送ってきた。そこには“脱税率ゼロ%”から“税収ゼロ%”へのシミュレーション曲線が描かれている。
    〈アレックス、何よこれ? 税率?〉
    〈いや、課税可能性の指数さ。国民の所得を国家が“把握できる確率”。それが今、テクノロジーと資産分散によって限りなくゼロに近づいている〉
    〈悪いけど、もっと分かりやすくお願いできるかしら〉
    〈いいよ。つまり、分割流動資産という概念を基礎に、所得や所有権を複数ブロックチェーン上に散布し、かつ瞬時に匿名化/解体できるアルゴリズムを構築するってこと〉
     ──かえって難しくなってない?
     そんなことを感じつつ、私はアレックスの理論にあたりをつける。
    〈要するにこういうこと? 国家が「これは誰の資産か?」と確認した瞬間には、資産自体が別の名前に切り替わる。資産を透明化させ、国家そのものも透明化させると?〉
    〈ナツ、理解が早くて助かるよ。そもそも国家が国民の内部を覗く課税というシステムにに、倫理的欠陥があるのさ〉
     何でもないことのように説くアレックスに私は返答した。
    〈あのねぇアレックス、国家は税金で成り立っているのよ〉
    〈違う。課税とは国家の所有権を許すという合意にすぎない。その合意は一人一人が撤回できる時代になる。国民が税を払うというのは幻想が崩れれば、制度は壊れる。僕は、その“崩し方”を知っている〉
     ──結構な自信家だこと。
     私は自分なら何でも出来ると思い込んでいるらしいアレックスに呆れつつ、聞き耳を立てる。
    〈ナツ、僕は国家の監視下に置かれず、全額所得を隠せる構造=ゼロ税圏を設計する。新興国の仮想通貨と、無限に分割される二重実体資産を組み合わせて、金融の透明性を逆手に取ったスキームを立ち上げる〉
    〈よく分からないけど、こう? 世界中に点在するノードを通じ、資産の存在を消すネットワークを使う。そうやって税法の網をすり抜け、課税当局と脱税のイタチごっこを繰り返すと。どこまでやれるか見ものね〉
    〈心配には及ばない。僕は天才だからね。僕はミネルヴァノートで世界を獲る。不可視の帝国をこの時代に築く。誰にも搾取されない理想郷さ。興奮するだろう?〉
     自慢げに大風呂敷を広げるアレックスに私は、ずっと感じていた違和感をぶつけた。
    〈アレックス、あんたなんでそんなに生き急いでるのよ〉
     しばらく待ったものの返事はない。何か続けようとした矢先、返信がきた。それはこれまでの饒舌を打ち消すような素っ気なさだった。
    〈別に〉
     アレックスからそれ以上の反応はなかった。

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