返信先: 【新企画】桜志会×スポ根学園モノな挿絵小説
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第十話
「ほぉ、次は中国かい!?」
興味深げに注視するのは、玄蔵爺さんだ。帰りに寄った事務所で記帳業務をこなしながら、私は返答する。
「なんかアレックスが暗躍してるみたいで……一応、冬月とケインには、対戦相手のデータを集めさせているんですけど」
「ふむ。大いにやればいい。二十一世紀は中国を抜きに語れない時代となる。今から慣れておくのも大切だ。うちの顧問先も然り。皆、中国の動向には目を光らせている」
──中国ねぇ……。
私はこの異形の大国についても調べを進めている。国の体制に対する賛否はあるものの、米国と覇を競う姿勢は一目に値する。
世界が獲れるか否か、伸るか反るかの勝負所──そんな隣国との親善試合を前に、私の好奇心は大いに膨らんでいる。
とそこへタイミングよく冬月とケインが現れた。
「おいナツ、対戦相手のデータが取れたぜ。ケインがうまく見つけてくれた」
「イエッス。夏目さん、どうぞデス」
二人が差し出すUSBに私は「サンキュー」と笑みを浮かべ、記帳業務を中断する。PCにデータを取り込み、三人で確認していくのだがその内容に絶句した。
──何これ……。
「な、笑うだろ。ナツ」
意味深な笑みを浮かべる冬月に私は、言葉が出ない。何でも最近まで鳴かず飛ばずだったチームなのだが、突如、現れた一年生がミネルヴァノートをもとにチームを改革し、たちまち強豪校へと押し上げてしまったらしい。
──これ、要するにうちと同じじゃない!?
ちなみにその一年生だが、王成麗と名乗る日系中国人でチーム改革に際し、かなり陰湿なイジメを受けたようだ。その心中や察してあまりある。
似たもの同士、シンパシーを覚えつつ、妙な違和感も感じている。どうやら私はアレックスにうまく担がれているようだ。
──癪な奴ね。
私は憤慨しつつ、来るべき闘いに向けて準備を整えていった。
数日後、私達は中国・上海への空路についた。機内でヤキモキするのは、同輩でアタックをポジションとする恵だ。
「中国チームとやるのはいいけどさ、本当に勝てるの?」
さらにディフェンスの水谷先輩も「心配だわ」と不安を露わにする。
無理もない。今や私達のラクロスは、一見変わりばえしないものの、その実態は完全に別物となっている。恵が言う。
「ナツ、このポートフォリオ最適化ってやつだけどさ」
「ヘッジ・ポジショニング戦術ね」
「まぁ、名前なんて何でもいいけど、要するにリスクをバラして得点を確実に拾っていこうって話よね。その上でボラティリティブレイク? 試合中の流れやテンポ、ボール支配率から速攻を仕掛け、相手守備の感情変動を突くと」
「えぇ、これまではそれを勘でやっていたけど、金融理論に照らしデータで可視化していこうって話」
「言いたいことは分かるけど、アンタ、ラクロスをこんなに難しくしてどうするつもりなのよ?」
恵の指摘に鈴谷先輩も続く。
「同感。空売り型ディフェンス? 相手の攻撃が破綻する地点を見抜き事前に売るって、言い換えれば相手の得意プレイをバブルとみなし、その攻撃に対し逆張りを仕掛けて崩壊させるってことよね」
「そうです。敢えてスペースを空けて誘導し、読み切ったタイミングで攻撃を仕掛ける暴落売りです」
「それは、分かるんだけど……こういったアプローチって、一体、どっから持って来てるの?」
「ま、それは色々、ね……」
流石に日本を暴落に追い込んだアレックス肝入りのミネルヴァノートが基礎になっているとは言いかねるだけに、私は言葉を濁す。
そこへ水を差すのが、谷先輩だ。
「ミネルヴァノート、でしょ」
「……まぁ、そうです」
私は指摘を認めつつ、谷先輩を流し見する。
──この人も大概、尻尾を出さないよね。
谷先輩が私を不倶戴天の敵とみなしているのは、間違いない。だが、それをおくびにも出さないタヌキっぷりには感服だ。
もっとも不満を出しようがないのが、実態かもしれない。現にそれで勝っている訳だからね。
──やっぱり勝ち続けることでしか、道は開けない、か。
私は何げに視線を窓の外へと向ける。頭をよぎるのは、アレックスの生き様である。あまりに優秀で、その傍若無人ぶりを誰も止められない。
調べたところ、謎の組織によって、かなり複雑な遺伝子操作を施されて生まれた一種のクローンのようだ。ただそれ以上の詳細は、不明である。
何かと生き急いでいる感が否めないアレクスだが、そう思われる要因の一つに彼のオープン戦略がある。ミネルヴァノートを通じ、自身の理論や技術、特許をすべて無償提供しているのだ。
無論、それ自体はインテルやトヨタもやっており不思議はない。ただそれはクローズ戦略と組み合わせて行うのが定石であるのに、アレックスは全てを開放し切っているのである。
──どうやら事情がありそうね。
私の疑惑はさらに先日のメールでのやり取りに及ぶ。脱税の指摘をした私にアレックスは、課税という概念そのものを否定してきた。それも日進月歩の著しいデジタルテクノロジーをフル活用して、だ。
この辺は私の知識では及ばないのだが、玄蔵爺さんの話によると、様々なスキームを用いて複雑処理をさせているらしい。
以下は、その時の会話だ。
◆
「所得や資産を二つ以上の仮想人格に分割し、それぞれを独立した所有者として振る舞わせているようだ」
玄蔵爺さんの分析に私は、その意義を問う。しばし考慮の後、玄蔵爺さんが返答した。
「おそらく国家による一元監視を困難にさせているのだろう。その上で仮想資産を秒単位で異国のサーバーに移動させ、常に異なる司法領域に存在する状態を維持させている」
「えーと……つまり、結果的にどの国家からも今ここにあると特定させなくさせているってこと?」
まとめる私に玄蔵爺さんはうなずき、続けた。
「厄介なのは監視対象とされた瞬間に匿名性のアルゴリズムを強化している点だ。追跡を自己遮断し、特定の法律基準を検知すると、仮想人格ごと死亡処理を実行する。実に厄介だ」
◆
まぁ、詳しくは分からないものの、アレックスは色々よろしくやっているらしい。玄蔵爺さんも桜志会の仲間と一緒になって研究しているものの、皆、その悪質な脱税の手口に顔を顰めているという。
──当面は、あのマセガキの意のままに振る舞うしかなさそうね。
私はアレックスの背後に蠢く闇の深さを感じつつ、機内で今後の予定を振り返っていた。

