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一井 亮治
参加者

     第十二話

     試合は第一クオーターが終了し、第二クオーターへ突入している。ここで私は仕掛けた。
     ──いくよ。
     私は恵と鈴谷先輩にアイコンタクトを送るや、例の作戦へと入った。これまでの躍進の原動力となっていたミネルヴァノートを捨てたのだ。
     士郎兄の受け売りだが、野球には〈クセを操る〉という表現があるらしい。ピッチャーが元々持っている悪い癖が、かえって変則的で効果を生み、結果、間違った投げ方なのに勝ち星がついてしまうのだ。
     厄介なのは、その不思議な勝ちを続けていくうちに、投げ方が上手くなって癖が消え、平凡になって打たれ出すという皮肉な現象である。
     ──早い話が、使い分けよ。
     私はクスっと笑みを浮かべる。元々持っていた悪い投げ方である癖球も、基本とされる原則的な投げ方も、使い分けが出来て、はじめて癖は意味をなすのだ。
     ある意味、将棋などで素人がなぜか実力者のプロに勝ってしまう現象に似ている。知らないが故に勝ってしまう効果なのだが、これを私は今、仕掛けようとしている。
     ──いくよ。
     目で合図した私達は、ガラリと戦い方を変えた。これには、流石の王成麗らも動揺を隠せない。
     ──無理もないわ。これって元の悪い戦い方だからね。
     苦肉の策として変則的な作戦を繰り出す私だが、これが意外な程に上手くいった。完全にボールの支配権を確立した私達は、怒涛の反転攻勢をかけていく。
     いつしか点差は逆転し、一気に引き離しにかかった。ここで第二クオーターが終わり、ハーフタイムへと突入する。
    「七点差、か……」
     ベンチでスコアーボードを確認する私に恵が語りかける。
    「微妙ね。逃げ切れるか否か」
    「分かってる。何とか凌ぎましょう」
     私は恵と鈴谷さんと、今後の展望を話し合った後、第三クオーターへと突入する。そこではたと上海ドラゴンズのメンバーがガラリと変わっていることに気付いた。
     何かを企んでいることは、一目瞭然だ。身構える私だが、その意図をまざまざと痛感することとなる。
     ──何、このスピード!?
     生まれ変わった上海ドラゴンズは恐るべき速度でダッシュするや、コートを縦横無尽に掻き乱し始めた。そのあまりに速さに今度は私達が面食らうこととなった。
     ──まずい……。
     思わず舌打ちする私だが、矢継ぎ早の速攻攻勢にまるでついていけない。気がつけば七点あった差は二点まで、縮まってしまった。
     何とか第三クオーターを乗り切った私達だが、すでに体力が残っていない上に、完全にスコアを肉薄されている。
    「残り一クオーターね」「どうすんのよ?」
     鈴谷先輩と恵に問われるも、もう打つ手がない。ただ、それは上海ドラゴンズも同様らしい。
    「ここまでくれば、最後に頼るべきは根性よ。何としてもこの点差で逃げ切るの。いい?」
     覚悟を固める私に皆も息を切らせながら黙ってうなずく。体力と知力が限界を迎える中、運命の第四クォータへと入った。
     ──何としてもここで決める。
     誓いを立てた私だが、始まったのは壮絶なシーソーゲームだ。
     ついに点差がゼロとなり、試合が拮抗する中、攻守ともども抜きつ抜かれつの泥試合を繰り広げていく。
     ここで思わぬ展開が訪れる。あろうことか、谷先輩がキャッチをミスったのだ。それも明らかにわざとである。これを受け上海ドラゴンズが最後の速攻を仕掛けた。
     ──しまった。やられる!
     覚悟を固めた私達だが、これを鈴谷先輩が阻止に動く。バランスを崩したアタッカーが、強引にシュートを放つ。
     ──万事休すか。
     心で祈りを捧げる私だが、どうやら救われたらしい。アタッカーのシュートは僅かにゴールを外した。
     ここで試合終了のホイッスルが鳴り響く。結果は15対15のドローである。
     ──助かった。
     私はほっと安堵のため息とともに、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。他の皆も同様で、あまりの激しさゆえ試合終了とともに緊張の糸が切れ、涙を流すメンバーまで現れた程だ。
     かくして親善試合は、引き分けという形で決着を見る。整列の後、皆が握手を交わし、互いの健闘をたたえ合った。

     今回の試合は様々な教訓を与えてくれた。
     ──何よりあのスピードね。何とかして私達もそれを手に入れる必要がある。
     宿泊先のホテルに帰った私は、部屋で今後の課題をノートにまとめていく。とそこへ一本の着信が入った。画面を見ると、アレックスの名前が表示されている。
     ──アイツ……一体、何用!?
     訝る私はおもむろに通話に応じた。
    「ニーハオ〜」
     能天気なアレックスの声に私は、苛立ちを交え返答する。
    「アレックス、あんたは私に何をさせたいの!?」
    「もちろん、決まってるじゃないか。ミネルヴァノートがスポーツ工学に与える影響の把握だよ。君達の戦いは研究材料として素晴らしいデータを提供してくれた。感謝に堪えない」
    「それは結構なこと。でもなんでラクロスなのよ」
    「球技の中でも有数の激しさを競う格闘競技だからださ。サンプルとして情報を取りやすいんだ」
    「他にももっとあるでしょう。アメフトとか……」
    「女子部門がないじゃないか。前にも言ったろう。僕は国の縮図を女ではかるって」
     当然の事のように話すアレックスに私は、苛立ちを隠せない。一番許せないのは、自分は全く手を汚さず人を使って研究の果実を貪ろうとする点だ。
    「アレックス。どうせ今回の結果も自身の研究に反映させて、以前みたいに空売りでも仕掛けるつもりなんでしょう。言っとくけど私はあんたのサンプルじゃないから」
    「もちろんさ。ナツ、君はサンプルなんかじゃない。僕のワイフさ。病める時も健やかなる時も妻として敬い、生涯違わぬ愛の誓いを……」
    「アホ!」
     有無を言わせず通話を切った私は、ふんっと鼻を鳴らし、再びノートのまとめへと入っていった。
     
     
     
     翌日、帰国までの時間をそれぞれが思い思いに過ごす中、私は昨日の試合会場へと足を運んだ。競技場のベンチに腰掛け、目の前の公式戦を眺め続けていると、一人の人影が現れる。
    「必ず来ると思ったわ。あなたとは一度、じっくり話したかったのよ」
     笑みを浮かべる私の目の前に立つのは、王成麗だ。隣のベンチへと促す私に、王成麗は腰を下ろす。肩を並べ競技を眺め続ける私達だが、何気に王成麗が切り出した。
    「昨日の試合、運がよかったわね」
     実力では勝っていたとばかりに強気を振る舞う王成麗に、私も切り返す。
    「それは、お互い様でしょ」
    「さぁ、どうかしらね。夏目葵さん」
    「敬称はいらない。ナツでいい。王成麗、はっきり聞くわ。アレックスとはどういう関係なのよ?」
    「多分、ナツと一緒よ。訳の分からないプロポーズをふっかけられ困惑する様を眺めながら、その国の潜在力を見定められていく感じ。はっきり言って気に入らない」
     率直な胸の内を晒す王成麗に私も異論はない。その上で改めて王成麗と向き合う。
     いかにも勝ち気な表情を浮かべる王成麗に、自身と似た何かを感じた私は本題を切り出した。
    「ミネルヴァノートだけどさ、王成麗はどう思ってる?」
    「市場や競技、戦いを制す手段としては、大いにありでしょう。ただ設計思想はいただけない。国家という枠をはみ出すアレックスは、十分に危険分子よ。私は距離を取っている。ナツは違うの?」
    「まぁ、付かず離れずってところ。ただアレックスで感じるのは、妙な焦りね。多分……」
    「でしょうね」
     皆まで言わず王成麗がうなずく。どうやら同じことを感じているらしい。
     アレックスは先が長くない──そうとしか思えないのだ。あれだけの才能を有しながら、寿命に恵まれない。なら出来る限りのことをこの世に残したい。その先兵が私達なのだ。
    「自身が心血を注いだミネルヴァノートを実証させ、限られた時間内でこの世に生きた証を残したい。その為なら国を滅ぼすことも厭わない、ってところでしょ」
     王成麗の総括に私は、言葉が続かない。重い空気が漂う中、王成麗が思わぬ話題を切り出した。
    「ところでナツ、アンタの事は色々、調べさせてもらったけどさ。冬月にケインだっけ? モテモテらしいじゃない」
    「冗談じゃないわ。モテモテどころか大迷惑よ」
     率直な胸の内を晒す私に王成麗は、笑みを浮かべながら手を差し伸べる。
    「まぁ、男には気をつけることね。どうせロクな奴はいないからさ」
    「もちろんよ」
     私も同意しつつ王成麗と手を取り、固い握手を交わした。

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