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一井 亮治
参加者

     第十七話
     
     VRの準備中、私達はプレイ内容について詳細なレクチャーを受けた。どうやら脳波に直接働きかけるタイプで、痛覚も再現できる没入感たっぷりな代物らしい。
     期待が膨らむ私達は、準備完了の報告が入るや否や我先にヘッドセットを装着し、脳波と連動させた。
     たちまち目の前に仮想空間が広がる。まさに先住民族が縦横無尽に駆け抜けた古代アメリカの荒野と森だ。
     見ると自身の服装が原住民のそれになっており、手にはステッキが握られている。そこへどこからともなくボールが飛んできた。つい、いつもの癖でボールをステッキで取った私だが、突如、ワラワラとネイティブアメリカンが現れた。
    「ちょっ……どういうことよ!?」
     困惑を隠せない私達だが、どうやら試合開始ということらしい。まずは走った。コートなんてない。強いて言えば森や荒野がそれだ。
     互いにパスを出し合い、味方と思しきネイティブアメリカンを巻き込んで、一帯を駆け抜けていく。
     対する敵側は、阻止を目論むべく激しいボディーアタックを仕掛けて来た。体当たりにタックル、足払いとその激しさは、まさに格闘競技だ。
     ──何て荒々しいの!?
     私達は驚きを覚えつつ、必死に戦った。それこそあらゆるアプローチで迫られるものの、何とかこれらをかわしていく。
     やがて、ゴールと思しきものを見つけたところで、ミアが私にパスを送る。
    「ナツ!」
     叫ぶミアに私はうなずき、ダイナミックなショットをゴールに叩き込んだ。ステッキから投じられたボールは、見事にゴールへと突き刺さる。
     たちまち歓声が上がり、味方と思しき部族が小躍りで喜びを表現した。それはスポーツ化を辿る前の、元来から存在するありのままの姿である。その醍醐味を感じた私達の中に、何かが芽生えた。
     ──これがラクロスが目指す真の姿。
     はじめこそ荒々しさに面食らったものの、そこには現在まで色濃く残る何かがあった。
     ちなみに私は伝統的なものに否定的だ。古き良き神秘せず、頭が高く足が鈍臭い──そんなイメージを抱いていたのだが、真髄を知るにあたり考えがガラリと覆った。
     それほどまでにラクロスの原型には、プレイヤーを魅了してやまない何かがあった。 
     やがて、ネイティブアメリカン達は私達を部族が集結する場所へ案内する。焚き火の席へ促された私達は、その前に佇む一人の少年に思わず声を上げた。
    「アレックス!?」
    「やぁ、待っていたよ。と言ってもここの僕はプログラムだけどね」
    「それにしては随分なご挨拶じゃん。私達をこんな荒々しい試合の中に突然、放り込むなんてさ」
     いきり立つミアにアレックスは、何ら悪びれることなく言った。
    「百聞は一見にしかずさ。確かにここはWiFiもGPSもない。だからこそ感じられるデータじゃ測れない熱さがある。魂ってやつだ」 
    「意外ね。データを重視するリアリストのアンタがそんなことを言うなんて」
     率直な感想をぶつける私にアレックスは、切り返す。
    「勝利至上主義のナツだって同じだろう。根底にあるのは、実は勝利とは程遠い何かだったりする」
    「何よそれ?」
    「自分は何者かって問いさ。ラクロスは戦いであると同時に語り合いでもある。相手と、祖先と、自分自身のね。僕が金融市場で敗北したのも、数値にとらわれるあまり、己を見失ったからだろう」
    「でもその敗北からしか学べないものもある、でしょ?」
     さり気なく諭す私にアレックスは、黙ったままうなずく。しばし間を置いてアレックスが、再び口を開いた。 
    「ナツ、ミア。僕は長くない。心に炎を宿しても、それを燃焼させる肉体が限界なんだ。でもその炎は、君達の胸の中にちゃんと灯っている。頼みだ。僕に取ってかわるゼロツー(アレックス02)からこの国を、世界を救ってくれ。僕に言える筋合いはないかもしれないが」
     ──そうか。アレックスって、こういう奴だったんだ。
     私は改めて、この十三余りの少年に目を向ける。確かに荒療治だったかもしれないが、日本はこのアレックスに敗北し、変わった。否応なく現実を直視させられ、闘いから逃げない姿勢を思い出させてくれた。
     憎まれ役でも引き受ける──そんなアレックスの姿勢に感服しつつも、分からないことを問うた。
    「アレックス。なぜ、アンタはそこまで日本にこだわるの?」
    「ナツ、君がいる国だからだ。これまで君を母親に重ねていた。でも今は違う。市場での対決を通じ、色々なことを教えてくれた恩人だ。僕はもどかしいんだ。この国はまだまだ変われる。世界だって獲れるのに心が死んでいる。その負け犬根性を払拭したい」
     訴えかけるアレックスの目には、勝負したくても、それが許されない無念さに満ちている。悔し涙すら浮かべるその姿に私の心は大いに打たれた。
    「分かった。そこまでこの国を思ってくれるなんて本望よ。ゼロツーの思い通りにはさせない。アンタの思いは私が受け継ぐから」
    「ありがとう……」
     アレックスは、私に礼を述べる。その顔には、安堵と若干の淋しさが残っていた。
     やがて、プログラムが終了し、私とミアの意識は現実世界へと戻っていく。おもむろにヘッドセットを取り外すと、目の前に顔色を変えた鬼塚社長がいた。
    「ナツ。今、さっき君の先輩の成瀬さんから連絡があった。アレックスが息を引き取ったそうだ」
    「アレックスが……」
     確かに覚悟はしていたものの、いざその現実を前にして、私の心はアレックスに対する思いでいっぱいだ。
     ──アンタ、バカよ。そんな歳で生き急いで退場なんて……。
     私は肩を震わせ嗚咽しながら、短い生涯を終えたアレックスに哀悼の意を表した。
     
     
     
     アレックスの死からしばらく経過した頃、私は簿記二級を取った。だが、その意味合いは大きく違っている。
     三級は憚りながらも、アレックスに対抗するための第一歩として取った。一方、二級はアレックスの意志を継ぐべく救国の目的を含んでいる。
    「いよいよだな」
     士郎兄の言葉に私はうなずく。いくつかの受験資格は必要であるものの、前提として税理士試験に挑む準備が整った形だ。
     ──私は税理士になって、この国のあり方を中小零細の現場から変えていく。アレックス、アンタが目指した国の形、私が受け継ぐから。
     密かに私は誓いを立てた。

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