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一井 亮治
参加者

     第十八話
     
    「簿記二級合格、おめでとう!」
    「コングラチュレーション!」
     冬月とケインから受けた祝福に、私は苦笑いを浮かべる。
    「いよいよナツも税務の世界に足を踏み入れるかぁ」
    「クール!」
     はしゃぐ二人に私は「まだスタートラインに立っただけだから」と謙遜しては見せたが、それでも喜びを隠せない。そんな私に冬月とケインは、合格祝いのプレゼントを差し出してきた。
    「ナツ、俺達の気持ちだ。受け取ってくれ」
     私はリボンを解き、封を開ける。だが、中から出てきたのは、メイドドレスだ。前回のチャイナドレスに続き、今回のこれ──流石の私もキレた。
    「アンタら、また私を売ったの?! 今度は一体、何をさせる気!」
    「そうイキがるなって。これはちゃんとした交渉なんだ。だろケイン」
    「イエース。ウィンウィンです」
     なんだか知らないものの二人にいいように説得され、私はメイドドレスへと着替える。そこで促されるまま、指定されたメイド喫茶へと入った。
     待っていたのは、アレックスそっくりさんだ。どうやらクローンで複製された個体らしい。
    「アンタ、アレックスシリーズの〈ゼロツー〉ね」
     あたりをつける私だが、どうも様子がおかしい。生前の初代アレックスが持っていた覇気が全く感じられない。妙に弱気なオーラを醸し出しながら、その個体は言った。
    「残念ながら、僕はゼロツーではないんです。いわばクローン生成の過程で生まれた劣化品種、要するに不良品です」
    「何それ?!」
     愕然とする私にその個体は、説明を続けた。なんでも一個体のクローンを作る過程でどうせいても自分のような劣化タイプが出るらしい。
     これら劣化品種は、ひたすら優良品種の生命維持に用いられ、以降は産業廃棄物として破棄処分されるという。倫理を犯した科学の暴走とも取れる惨状に私は、憤りを隠せない。
    「名前はどうしてるの?」
    「不良品に名前なんてありません。ただ優良品種の永続のためだけに存在するスペアですから。今は個人がSNSでメディアをもてますから。つまり、才能の時代なんです」
     淡々と語る劣化クローンに私は、声が出ない。その個体(少年)曰く、世界中がこの研究に対し裏で通じ、倫理の先にある神の世界へと踏み込んでいるらしい。
    「そんな冒涜、許されるの!?」
    「ビジネスですから。ゼロツーの肉体維持のためのスペアとして臓器の提供を含め、あらゆるサポートが求められます。私自身も一週間後には肉体の提供を求められ、そこで短い命を終えるでしょう」
     少年の話に私はめまいを覚えている。頭を混乱させつつも、問うた。
    「で、私に何用?」
    「どうか、これを」
     少年は私に一本のレポートを差し出した。それは、ミネルヴァノートには書かれていなかった闇の側面をも記した裏ミネルヴァノートだった。
    「これで対抗しろってこと? こんな私に……」
    「皆、言ってますよ。先日亡くなったアレックス同様、ナツさんに看取ってもらえるなら本望だって」
     ──何よそれ……。
     私はあまりの内容に言葉を失っている。やがて、声を絞り出すように言った。
    「そのプロジェクトの出資者は?」
    「残念ながら、それは……僕に出来ることは、そのレポートをナツさんに流すことが精一杯で」
    「なるほど、スパイに通じる黒幕がいる、と。分かった。あとは任せて」
     私はそのレポートを大切に鞄へと仕舞い込むと、憤慨気味に立ち上がり少年に言った。
    「このプロジェクト、私が潰してみせるから」
     少年はただ一言、「ありがとう」と述べ、メイド喫茶を出て行った。代わりに戻って来たのは、冬月とケインのコンビである。
    「アンタら、よくもいけしゃあしゃあと」
    「ま、そう怒るなって。実際、このプロジェクトを止められるのは、ナツだけなんだ」
    「何それ、どう言うことよ!?」
    「こう言うことさ」
     ケインを傍らに冬月が身を乗り出して話し出す。
     アレックスシリーズの背後に蠢く闇の勢力はあまりに強大で謎に満ちている。ここは一つ、B級品の劣化クローンを抱き込んで、その出資者を暴く作戦で挑むべきだ、と。
     うまく担がれた感がしないでもないが、一応、筋は通っているだけに私も責める言葉が見つからない。
     ──まぁ、いいわ。取り敢えず今のところは、この二人に乗せられておくわ。
     私は不本意ながらも二人に同意した。
     
     
     
     その夜、私は士郎兄と共に入手したばかりの裏ミネルヴァノートを読み込んでいく。ざっと目を通した私達の感想はこうだ。
     ──何よ、この闇の深さは……。
     とびきりの闇は〈ミネルヴァ・ラクロス育成法人〉なるNPOの存在だ。完全なペーパーカンパニーで、大手企業が寄付金として資金を流し、税額控除の恩恵とCSR(企業の社会的責任)のアピールに悪用されている。
    「資金がグループ企業の運営する海外ファンドに投資されている。金融市場を経由し高リスク商品となってリターンを得る租税回避と資産増殖の温床だ」
     士郎兄の指摘に私は、愕然としながら問うた。
    「じゃ何、資金で囲い込まれたラクロス選手は、海外遠征を通じて知らぬ間に免税の証拠に悪用されてるってこと!?」
    「そう言う事だ。知らず知らずのうちにマネーロンダリングの媒体とされている。スポーツ支援は税務署も手を出しづらいからな。若者の夢を人質にするあたり、政治的にセンシティブだ」
     ──冗談じゃないわ。
     憤る私に士郎兄が茶化す。
    「ボールを運ぶのは選手、金を運ぶのは帳簿、真実を運ぶのは、敗者ってとこさ」
     ラクロスを税務捜査の隠れ蓑に国家の監視をすり抜ける手口の巧妙さと悪質さは、私達を呆れさせた。
     一方で謎も残る。なぜラクロスが選ばれたかだ。確かにアレックスが持つイロコイ族の血筋が影響している事実は外せないが、もっと他の側面にも要因がありそうだ。
    「とにかく闇が深い。全てを衆目に晒すには、あまりにも危険だ。この件は当面、極秘だ。分かるな葵」
    「えぇ、分かってる」
     うなずく私だがこの後、事態は急転直下の展開を見せる。なんとこの闇が何者かによって白日の下に暴かれたのだ。悪質なのは、そこに私達のラクロス部が記されている点にある。
    「何よこれ……」
     あたかも自分達が不正に関わったが如く訴えられている。どうやら内通者が関係しているようだ。いくら事実無根を叫ぼうとも、世間は聞く耳を持たずバッシングを浴びせてくる。
     やがて、事態は最悪の方向へと転がる。部が活動停止に追い込まれたのだ。私は愕然とする気持ちを隠せない。受けたショックは、大きかった。

     
     
     何かと切り替えの早い私だが、流石に今回ばかりはへこんだ。それほどまでに世間の反響は凄まじく、私達に対しダークな印象を刷り込んでくる。
     あまりにも理不尽な仕打ちを受け、すっかり嫌気がさした私だが、ミアの一言が私を変えた。
    「いい機会だし、ここらでラクロスの起源に真髄から迫ってみたら? 裏ミネルヴァノートも闇ばかりじゃないみたいだし」
     ──確かにそれは、アリかもしれない。
     私は思わず唸った。事実、裏ミネルヴァノートには、ラクロスの成り立ちやスポーツ化に至るまでの経緯が事細かにプログラムされている。
     極め付けはVRだ。以前のバージョンでも根源となった神事や鍛錬、部族間の争いの解決手段であった旨は書かれていたし、擬似体験もした。
     だが今度のそれは、はるかに以前を上回っている。部として活動が出来ないだけに、座学の面からこれを支えるアプローチは、大いにそそられた。
     ──そうと決まれば、前進あるのみよ。
     すっかり覇気を取り戻した私は、ミアと同輩の恵を誘ってネオサイバー社へと乗り込む。鬼塚社長の了解の下、再びその起源に迫るべくVRへと挑むこととした。

    • この返信は1ヶ月前に一井 亮治が編集しました。
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