【新企画】桜志会×スポ根学園モノな挿絵小説

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【新企画】桜志会×スポ根学園モノな挿絵小説

  • このトピックには25件の返信、1人の参加者があり、最後に一井 亮治により4週、 1日前に更新されました。
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    • 一井 亮治
      参加者

         次は趣向を変えまして、ラクロスから税制に迫ってみようかと。
        毎週月曜更新で、連載を始めます。ヨロシク!

         ※ちょっと(↓)ビジュアルの投稿をミスってダブってますが、悪しからず。<(_ _)>

        • このトピックは一井 亮治が7ヶ月前に変更しました。
        • このトピックは一井 亮治が7ヶ月前に変更しました。
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      • 一井 亮治
        参加者

           第一話
           
           智に働いて丸め込む。
           情に棹させて流させる。
           意地を通してキリキリ舞い。
           とかく人の世は、要領だ。
           
           漱石を茶化して国語教師にマジギレされた私〈夏目葵〉だけど、この世に生まれて十六年──努力というものをしたことがない。
           勉強なんて所詮、山張りよ。教師の顔に出てんじゃん。「ここ試験に出しますよ」って。
           部活も一緒、ラクロス部に入って三ヶ月ではやレギュラー入り。今では勝負師としてチームを引っ張ってる。
           そんな人生イージーモードな私だけど、最近、壁にぶつかってる。その一つが右隣の座席に腰掛ける御仁よ。
          「愛してるぜハニー。これは俺の気持ちだ。受け取ってくれ」
           教室で恥ずかしげもなく婚姻届を片手に求婚を迫る同級生、冬月小次郎だ。えんじ色の縁メガネから、鋭い視線を向ける不良のごろつきで、成績も下から数えた方がはるかに早い落ちこぼれ。だから、言ってやった。
          「学力テストで私を抜いたらね」
           要するにタイプじゃないから諦めろって遠回しにフったんだけど、いやマジでビビったわ。本当に私を抜きに来た。中間テストで一位の私に一点差で迫って来たのだ。
           ──危なっ……。
           思わず肝を冷やしたわ。頭は悪いけど、地頭はずば抜けてる。癪だけど認めよう。これって決めた時の集中力って、やっぱ男子ね。
           さて、もう一つの壁が左隣にお座りのアフリカ系黒人ハーフのケイン春日よ。いかにも弱気で自信なさげながらもその実、理工学系に長けたメカオタクで、国際特許も有している。
           この殿方が、また冬月とは違ったアプローチでプロポーズをかけて来た。
          「その……け、結婚を前提にお付き合いを考えております」
           びっくりするくらいの真面目さよ。フろうものなら、その場で腹を切ると包丁まで用意する徹底ぶり。いやまいったわ。
           ま、そんなこんなで両手に花ならぬ不発弾を抱えた私だけど、その心中たるや穏やかではない。せめて不発弾のままでいてもらいたかったのだけど、そうは問屋が卸さない。
           かくして私の人生は、水と油な二人の同級生に挟まれ翻弄されていくこととなる。
           困惑しきりな私だけど、その一方でこうも思っている。
           ──でも、二人ともちょっと頼もしかったりするのよね。

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        • 一井 亮治
          参加者

             第二話
             
             ラクロス部でちょっとした事件があった。二年の谷花江先輩が、隣街にある暴力団系不良グループの嶋という青年からマジでシャレにならないちょっかいを受けたらしい。
             ま、大人しげな先輩なんだけど、とにかく私が相談を受けた。ここで夏目センサーが働く。
             ──智に働いて丸め込むチャンスよ。
             というのも何か私、嫌われてんの。一年のくせに先輩のポジション奪って何様って。だから、これを機に谷先輩の悩みを解決出来れば、低飛行気味な私の株も一気にあがろうってもんよ。
            「悔しい。私、どうしたら……」
             涙すら見せる谷先輩に私は「大丈夫です。私に任せてください」と胸を叩いてみせる。とは言えこんな危ない橋は、渡れない。
             それとなしに協力を求めた相手が、私を勝手に婚約者扱いする冬月とケインだ。
             ──さぁ、コイツら。どう出る?
             私の考えでは明らかに未成年には手に負える案件だ。大人ですらヤバくてリスクを背負えない状況だが、どんな反応を見せるか試してみると速攻で返事がきた。
            「事情は分かった。荒事は任せろ」
             ──早っ……。
             私は驚きつつ呆れ気味に訴える。
            「冬月、あんた任せろって、どーすんの? 警察も動いてくれないのよ」
            「俺がやる。ケイン。あれを出来るか?」
            「イエス」
             何やら了承を見せるケインに冬月はうなずき、立ち上がるや教室を出て行った。慌てて追いかける私と谷先輩、なんと冬月は学校中を歩き回って、不良仲間のゴロツキを根こそぎ掻き集めてしまった。その数、約五十人。
             で、そのまま隣街へと乗り込んで行く。流石の私も焦ったわ。
            「ちょっと冬月、あんた戦争でもする気?」
            「や、それはない」
             自信ありげな冬月に私達は戸惑いを覚えつつ、成り行きを見守っている。結果から言うと、確かに戦争にはならなかった。こっちが倍の人数を集めたからね。
             ただ交渉はした。向こうのボスと話をつけ、問題の不良を差し出すことで、合意と相なった。
            「よし……」
             冬月は用済みとばかりに軍団を解散させるや驚くなかれ、今度はその不良を引っ張ってバックに控える暴力団事務所に乗り込んでしまった。
             無論、入口で武器や録音機の類を持っていないか、厳重なボディーチェックがされた上でだ。冬月が組長に直談判を持ちかける中、私達が見守っていると、その問題の嶋が「俺がやった証拠がねぇだろ」と開き直ってしまった。
            「どう言う事だ。お前、さっきまで罪を認めてたじゃねぇか」
            「知らねぇな」
             嶋がシラを切る中、周囲の構成員が私らを取り囲み、罵声を浴びせてきた。
            「ガキのくせにヤクザ、舐めんじゃねぇ」
            「殺すぞ、ワレ」
             周囲が騒然となる中、嶋はもはや難を逃れ余裕の笑みを浮かべている。
             とそこへ暴力団事務所に電話が入る。冬月が人差し指を立てて言った。
            「その電話、早く出ろよ」
             ヤクザ達は訝りながらも、その電話に出る。相手はケインだ。なんと音声をスピーカーに繋がせ、事務所に入って今に至るまで全ての録音音声を流し始めた。
             見る見るうちにヤクザやチンピラ、嶋の顔色が失われていく。組長が吠える。
            「おい、どうなってんだ。コイツらのボディーチェックは済んだんじゃねぇのか!」
            「や、そうなんっすが……」
             皆が口を閉じる中、俺は「失礼」と詫びを入れ、嶋のジャケットの胸ポケットに手を入れる。出てきたのは、ケインの端末に通ずるペンシル型の録音機だ。
             どうやら、仲間の嶋にまでボディーチェックはしないであろう盲点を突いて、密かに忍ばせていたらしい。
             ここで冬月が畳み掛ける。
            「さっきの〈殺すぞ〉って脅迫ですよ。分かってます?」
             流石の組長も分の悪さを認識したらしい。改めて交渉となり、問題の嶋にきっちりケジメを付けさせることで合意と相なった。まさに私達の完全勝利である。
             私はほっと安堵のため息とともに、今回の案件を成功に導いた冬月とケインに感服した。
             
             
             
             その後、谷先輩と別れた私と冬月は、ケインと合流し、近辺のファーストフード店で存分に礼をした。
            「二人ともありがとう。助かった。奢るわ」
            「どうってことないさ、なぁケイン」
            「イエース」
             おちょける二人に私は苦笑を禁じ得ない。何しろラクロス部でエースを張る私のメンツが保たれた上に、谷先輩に恩も売る事が出来たのだ。
             まさに笑いが止まらない。止まらないのだが、今一つ何か引っ掛かるものを覚えている。
             どうやら二人もそんな私に気付いたらしい。目配せの後、その笑みを凍りつかせる録音データを再生し始めた。それは、先程まで全く流さずにいた谷先輩と嶋の音声だ。
            〈嶋、うまくいったよね。あの夏目って後輩、痛い目に合わせてやってよ〉
            〈ほぉ、いいのか谷?〉
            〈えぇ、もうやっちゃって。皆、あいつには頭にきてんの。この後もうまく私が泣きついて騙すからさ〉
             次々と露わになる事実に私は愕然とする。
            「ちょっと、何よそれ……何なのよ!」
            「所詮、先輩後輩の仲なんて、こんなもんさ。特に夏目はな。お前さ、要領がよすぎるんだよ」
            「アメリカでもそうですよ。信じる者は足すくわれる。皆、足の引っ張り合いばかり」
             ケインも同調する中、私は頭を抱え塞ぎ込む。
            「……ゴメン。私、ちょっと」
             声を震わせる私の意を察した二人が席を立つ。一人になったのを確認した私は、涙を目一杯浮かべ肩を震わせて嗚咽した。何も気づかずのほほんと振る舞っていた自分があまりに情けなく、辛さが心にしみるしみるほど痛かった。

             
             
             その夜、帰宅した私が頼ったのは、兄の夏目士郎だ。私より三つ上のタレ目でクールなこの兄は、私の話に大いに理解を示している。
            「葵、確かにお前は何をやっても、ある程度まで出来てしまう。で、妬みやっかみを受け努力家に抜かれていく。要するに器用貧乏だな」
            「士郎兄、私、どうすればいいと思う?」
             悩む私に士郎兄が出した答えは、意外だ。別に悩む必要はない、と。どう言うことか聞き耳を立てる私に士郎兄は、説明した。
            「今、時代が日進月歩で世の動きが早いだろう? そんな中で大器晩成を待っていたら、完成した頃には時代の方が変わってしまう。葵は卑下するが、今は器用貧乏の方がかえっていいんだ」
            「え、でも皆、大器晩成の努力家を称えるじゃん」
            「日本人の美徳だからな。結果、見下していたアジア諸国に抜かれるに至る。困ったもんさ」
             しみじみと嘆く士郎兄に、私も異論はない。ではどうしたらいいか聞き耳を立てる私だが、ここで士郎兄は思わぬ提案をする。
            「葵、ここは一つ、税理士を目指してみないか?」
            「え……」
             思わず私は閉口する。あまりに唐突で頭が回らず、固まった。
             ──私が税理士? 何でまた?
             疑問符を浮かべる中、士郎兄がその根拠を述べた。曰く、ある程度数字に強い上に税務署との折衝で、持ち前の器用貧乏さが上手く働くと読んだらしい。
             私は士郎兄にうなずきつつも言った。
            「何となく分かるんだけど……でも税理士って確かAIに取ってかわられるとか……」
            「記帳や税理事務だけではな。だが、いかに時代が変われど経営者ってのは、いつも孤独だ。相談にのれる数少ない存在の一つが税理士さ。確か玄蔵爺さんが事務所を開いていたはず。一度、相談してみろよ」
             ──税理士、かぁ……。
             思わず唸る私に士郎兄は、笑みとともに言った。
            「多分、お前には合ってると思うぜ」

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          • 一井 亮治
            参加者

               第三話

               次の日、学校を早めに切り上げた私は士郎兄の勧めに従い、祖父の夏目玄蔵事務所を訪ねた。
              「やぁ、葵ちゃん。久しいじゃないか」
               すっかり好々爺になった玄蔵爺さんは、見事なつるっ禿げの頭をさすりながら、目尻を下げる。
              「士郎君から話は聞いている。実は今、厄介な案件を抱えていてね。一度、ついてきてくれ」
              「いつですか?」
              「今だ」
              「え、や……」
              「さ、行こう行こう」
               玄蔵爺さんは、戸惑う私に構うことなく席を立つ。この辺、いつも通り強引だ。日常業務を事務員に託すや、私を引き連れ車を走らせて行った。
               さて、この玄蔵爺さんによれば、今、一つの案件を追っているらしい。それは、世間一般では表沙汰にはならないものの、明らかに税務行政に影響を及ぼすもので、所属する税務団体〈桜志会〉からも、さり気なく顧問先をあたってくれとの依頼である。
              「一体、どんな案件なんですか?」
               それとなしに問うものの「あー」だの「うーん」だの歯切れが悪い。そうこうするうちに目的の顧問先に到着してしまった。
               ネオサイバー社と名乗る今、流行りのオンラインゲーム市場で小規模ながらも世界有数のシステムを運用する会社だ。
               バイトの見習いとして玄蔵爺さんの後ろに続く私だが、そこへ三十代半ばと思しき大柄なちょんまげ社長〈鬼塚剛三〉が現れ、開口一番、こう言った。
              「うちは透明会計がモットーだ。そのつもりで記帳を頼みますよ」
               鋭い視線で圧をかけるや、面倒くさげに私達を手で払い去ってしまった。
               ──随分と失礼な社長さんね。
               私は呆れつつ、会議室で玄蔵爺さんと書類の束に目を通していく。そこから約一時間程、言われるがままに記帳業務をこなした私だが、頃合いをはかったように玄蔵爺さんが小声で囁いてきた。
              「どうだ。税理事務もなかなか細かいだろう。何か妙な点はないかい?」
               ──妙な点……。
               ここで私の勘ピューターが働く。どうやら玄蔵爺さんに試されているらしい。私はしばし考慮の後、言った。
              「あの、ここの鬼塚社長って、もしかして結構、山師だったりします?」
              「ほぉ、なぜそう思うんだ?」
              「なんというか……私、税務はサッパリですが、オンラインゲーム内で流通する通貨? ポイントの付与が不自然な気がして」
              「どこかだね?」
               問いを重ねる玄蔵爺さんに私は、持ち前の山張りで勘を働かせていく。拙いながらも、学校で馴染みのある試験絡みの数値に例え説明した。
              「仮に二つの科目でともに得点と平均点が同じだったとして、偏差値まで同じになるのは、おかしいじゃないですか。だって皆の得点が平均点近くに集中している場合と、全般的に散らばっている場合とでは、一点の重みや価値が違ってくるでしょ。それが帳簿でも確認出来る」
              「ふむ。続けて」
              「数値の誤差が9で割れてしまうのもおかしいです。明らかに桁違いなのに全体で見れば矛盾なく整ってしまっている。それってつまり、誰かが帳尻合わせを……」
              「何だよ。バレたのか?」
               突如、割り込む声に振り返ると、いつの間にか現れた鬼塚社長が降参だとばかりに両手を上げ、茶目っ気に溢れた表情で立っている。
               玄蔵爺さんが笑いを堪えながら、言った。
              「葵ちゃん。この鬼塚社長は、ちょっとばかし山っ気が強くてね。社長、透明会計でお願いしますよ」
              「分かった分かった。言われた通りに訂正しよう。言い訳させていただくとちょっと一つ、厄介な案件を抱えていてね。その絡みで無理をした」
              「それは、例の〈ミネルヴァノート〉ですな?」
               念押し気味に問う玄蔵爺さんに、私は首を傾げる。
               ──ミネルヴァノート? 何それ?
               疑問符を浮かべる私だが、玄蔵爺さん曰くに今、日本の会計、経済、税務の現場を裏からかき乱している存在らしい。さらに驚くべきは、その提唱者だ。
               鬼塚社長は、スマホをかざし一枚の画像を表示させた。そこには、金髪青眼の十歳程と思しき少年が写っている。
              「あの……この可愛い男の子が何か?」
              「案件に絡む渦中の中心人物にして、ミネルヴァノートのスキームを開発した首謀者、アレックス・チャン少年さ」
              「え……や、でもこの子、見た感じまだ幼少の子供ですよ」
              「だが飛び級で既にアメリカの名門大学を出て修士も取ってる。いわゆる天才ってやつさ」
               鬼塚社長の説明に、私は言葉が出ない。なんでもこの子供が複雑なスキームを組んで社会を裏側からコントロールしているらしい。とてもではないが、信じられない私だが、玄蔵爺さんは格言を交え説明した。
              「〈ミネルヴァの梟は夜に飛ぶ〉。昼、世の中で起こったことが、夜になって初めて知恵となる。法、学問、ビジネスモデル、これらは一見、正しく見えるが、実は以前に起きた現象の後追いに過ぎない。常に現実に遅れてしまう」
              「ヘーゲルの『法の哲学』だな。私達のような日進月歩の業界なら尚更だ。この盲点を突いてこの世の王とならんとしているのが、アレックス少年というわけだ。その若過ぎる柔軟な発想で、パズルの如く次々とクリエイティブアカウンティングを可能にしていく。怪物さ」
               鬼塚社長も続く中、私の中で何かが芽生えた。
              「鬼塚社長さん、玄蔵爺さん、これってそのうち大事件に発展するんじゃないですか」
              「いかにも」
              「そこでだ葵ちゃん。このアレックス少年に土をつけてやってはくれないか」
               二人からの思わぬ提案に、私は困惑しつつも心の中に宿る炎を感じている。気がつけば、声を大にして賛同していた。
              「私、やってみます」
              「うむ。それでこそ我が孫だ」
              「我が社も及ばずながら、協力しよう」
               玄蔵爺さんと鬼塚社長は、実に頼もしげに私を見ている。うまく担がれた気はするものの、その一方で今まで何かモノ足りなく感じていた正体を見つけた喜びを感じている。
               ──多分、私はこのアレックスを通じ、何かを変えていく。そんな気がしてならない。
               もっともそれが胸騒ぎなのか、武者震いなのかは分からない。まさか生涯を懸けたライバルになろうなどとは、つゆにも思わなかった。
               
               
               
               玄蔵爺さんらと別れた私は、帰路の電車でアレックス少年にまつわる資料に目を走らせていく。どうやら中国系アメリカ人らしい。
               太平洋を股にかけ、二大大国たる米中のグローバル企業を相手に金融兵器や脱税スレスレのスキームを考案し、暴利を貪る輩だ。
               一番、興味を惹かれたのは、アレックス少年が提示するミネルヴァノートの一節である。
              〈今、世界は米中がスカートの下で足を蹴り合う「G2のワルツ」状態にある。これをうまく踊り切れるかが、二十一世紀における企業経営の覇権を分けるだろう〉
              「随分とおませさんな事で」
               達観気味に苦笑する私。土をつけようなどおこがましいにも程があるのだが、その能力差が私の心に火をつけた。
               救いを求める相手は、やはり士郎兄だ。帰宅するや否や事情を説明し意見を乞う。
              「士郎兄、どこから始めたらいい?」
              「そうだなぁ。うーん……会計と税務に関する書籍はあるか?」
              「一応、父さんから貰ったヤツがそれなりに」
               私は士郎兄を自身の部屋に誘い、本棚の書籍を見せた。士郎兄はサラサラと目を走らせるや驚くなかれ、次々に破り捨てゴミ箱に放り込んでいく。
               唖然とする私だが、士郎兄は構うことなく数冊を残し、これに自身が手持ちの書籍を加えて、私の前に並べた。
              「葵、この順番で読んでいけ。それがアレックス少年に近づく最短距離だ」
              「そうなの?」
              「解説書にも当たり外れはあるんだよ。騙されたと思って試してくれ。お前ならすんなり理解できるはずだ」
               アドバイスを受けた私は、早速、目を通していく。痛感したのは、チョイスの独特さである。まず入り口として漫画類のエンタメから入るのだ。
               さらに雑誌類で世間と関連付け、地慣らしした上で、無理なく本論へと繋げていくスタイルである。
               指導もよかったのだろう。見事にハマった。通常なら一ヶ月はかかろうところを、数日で読破してしまったのだ。
              「もう読んだのか!?」
               士郎兄が呆れる中、私は座学を実践へと移していく。玄蔵爺さんの事務所でのオン・ザ・ジョブを通じ、簿記の勉強へと繋げるのだ。
               まるで乾いた大地が水を吸収するが如く、理解を深めていった。

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            • 一井 亮治
              参加者

                 第四話
                 
                「ワォ、税理士に。クール!」
                「いいんじゃねぇか夏目。打倒アレックス少年、応援するぜ」
                 教室で現状を話す私にケインと冬月が同調する。私は照れ気味に言った。
                「まだ始めたばかりだけどね。それにつけてもアレックス少年よ。まさに知謀沸くが如し、何よりスピード感が凄い。課税当局がまるでついていない。いたちごっこは完全にアレックス少年のペース、凄いの一言よ」
                「おいおい夏目、憧れているうちは勝てないぜ」
                「何? 大谷翔平? まぁ、そうなんだけど……」
                 私は腕を組み改めて考える。実はあれから色々調べたのだが、デジタルスキームにクリエイティブアカウンティングなど、法の盲点を突いた施策が目白押しなのだ。
                「一体、どうしたらこんな発想が出来るのか。一度、会ってみたいものね」
                 感嘆のため息とともに心境を漏らす私だが、ここで二人が意外な反応を見せる。
                「いいじゃねぇか。皆で会いに行こうぜ」
                「イエッス。賛成です」
                「ちょっ……アンタら何でないことのように言ってくれるけど、どうやって? 相手はアメリカのシリコンバレーで暴れまくるツワモノよ」
                 呆れ気味に説く私だが、なんとケインがその場でSNSを通じ、アポを取ってしまった。
                「夏目さん。今度の連休、部活はお休みでしたね。確かパスポートはお持ちだとか。今、飛行機のチケットを取ってマス」
                「や、えぇっ……ちょっとちょっと何やってくれんのよ!」
                 声をあげる私に冬月が言った。
                「夏目、これがデジタル時代のスピード感さ。食いついて行こうぜ」
                 
                 
                 
                 ──何がデジタル時代のスピード感よ。冗談じゃないわ。
                 放課後の部活動でラクロスクロスに怒りをぶつける私。訳の分からないうちに、皆で渡米することとあいなった。いたく不満である。
                 不機嫌な私だが、どうやらオーラが出ていたらしい。皆が気にかけており、その最たるが先日の一件で腹黒さを見せたあの谷先輩だ。インターバルで声をかけて来た。
                「夏目さん、大丈夫? なんか今日、様子がおかしいけど」
                「あぁ、や。大丈夫です。ちょっと私用で」
                 お茶を濁しつつ、私は谷先輩の心中を探る。
                 ──アンタが私を嫌ってることは、よーく分かった。果たして次は何をしてくることやら……。
                 本当なら声も聞きたくないのが本音だが、チームを組む以上、最低限のコミュニケーションは築いておかなければならない。仕方なしに平静を装っている。私も大人になったもんよ。
                 さて、そんな中、ちょっとした事故が起きた。ビブスゼッケンを羽織っての練習試合で部長が他の部員と接触し、怪我を負ったのだ。
                「おい一年、救急箱だ!」
                 清原武志監督の怒声が響く中、応急処置を施すものの、どうも派手に足首をグネってしまったらしい。たちまち病院行きとあいなった。
                「お前ら、善後策を練っておけ」
                 清原監督は私達にそう言い放ち、部長を車で運んでいく。残された私達は皆、動揺を隠せない。
                「善後策って、どういうことよ?」
                「や、だから、そう言うことでしょ」
                 皆が小声でコソコソと囁く中、切り出したのは谷先輩だ。
                「試合も近い。あくまで暫定の措置だけど、当座の部長は夏目さんにするしかないと思うの」
                 皆も納得の表情でうなずく中、私は「や、ムリっすよ」と頑なに固辞する。だが、チームメンバーの大勢は「部長は夏目」で固まってしまった。
                 半ば無理やり決められた人事に、私の嘆きは止まらない。
                 ──もう、勘弁してよ。アンタ達、皆揃って、私のこと嫌ってんじゃん。
                 よほど皆の本音を晒してやりたかった私だが、それをやればチームは即、崩壊だ。やむなく部長の座を引き受けることとなった。
                「よろしくね。夏目キャプテン」
                 作り笑顔を振り撒く谷先輩らに、私は穏やかならずも笑顔で応じた。
                 

                 
                「ほぉ、アメリカ行きにラクロス部のキャプテンか。随分と賑やかそうじゃないか」
                 帰宅後、夕食を囲みながら士郎兄が楽しそうに目を細める。ちなみに両親は基本、家を空けがちだ。税法学者の父は研究に没頭し、ジャーナリストの母は海外への取材で忙しい。
                 家庭をかえりみず、自由放任主義で「各々、勝手に育って」と言った感じ。
                「もう勘弁して欲しいわ。あれもこれもで大変よ」
                「それを何とかしてしまうのが、葵だろう?」
                 ズバリと指摘され、私は黙ってうなずく。事実、忙しくなる程、頭が逃避モードに入って「いかに上手く手を抜くか」という要領が次々と浮かぶのだ。
                 そんな私を士郎兄が評した。
                「葵、お前が持つ力の源泉は感性だ。要領のよさも遊びへのパワーもな。俺や親父は……まぁ、言ってみれば石橋を叩いて渡る凡人だが、お前は違う。母さんに似て走りながら考える……そうだな。高杉晋作タイプだな」
                「誰それ? 士郎兄のダチ?」
                「アホ。幕末に名を馳せた革命家だ」
                「あぁ……えーでもさ、そう言うのってどーせ司馬遼太郎が勝手にそー言ってるだけでしょ」
                「その冷めた感覚がいい。平時の日常を切り盛りする俺や親父と違って、有事で世界一変させる、激変期にしか活躍出来ない革命家だ。伊藤博文曰く〈動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し〉さ」
                 ──士郎兄も歴史、好きねぇ……。
                 私は呆れつつ、言った。
                「色々、評してもらって誠に光栄だけど、実際問題、一年の私の言うことなんか、ラクロス部の先輩ら聞かないよ」
                「だろうな」
                「じゃ、どうしろと?」
                「簡単だ。勝てばいい」
                 あっけらかんと言ってのける士郎兄に言葉が出ない。士郎兄が夕飯のオムライスを平らげながら補足した。
                「いいか。お前は皆と団結して勝つ青春タイプじゃない。勝ってチームを団結させていく実業家タイプだ。だから、勝利のために手段は選ぶな。アレックス少年の案件然り、上手くやれば時代を掴めるぞ」
                「悪いけど興味ないわ。そういうの、士郎兄に任せるから」
                「俺じゃムリなんだよ。選ぶのは時代だ。時代が勝手に選ぶ。理不尽な話さ」
                 士郎兄は憤慨気味にこう締めた。
                「葵、お前の才は革命でこそ生きる。この日本を頼んだぞ」
                 
                 
                 
                 ──日本を頼むぞ、だってさ。
                 夕食を終えた私は、自身の部屋で机を前に考え込んでいる。歴史に傾倒するあまり陶酔気味で、士郎兄の言うことについていけない。
                 ただ言わんとしていることは、分かる気がした。
                「要するに適材適所ね」
                 ちなみにラクロスのポジションはゴーリー、ディフェンダー、ミッドフィールダー、アタッカーの四種で、ポジションによって性格に明らかな違いが出る。
                 一つのプレーやミスに対する考え方や不安の感じ方が違うのだ。
                 面白いことに、それは税務においても同じだ。サンズイ(法人)、トコロ(所得)、消費税(ケシ)、相続税(サン)と、出身の畑で慎重さに違いが見受けられる。
                 ──スポーツのポジションや組織の部門でこんなに違うなら、国が変われば、なおさらだろう。マッチョで単細胞なアメリカ人、世界のどこででも生きていける中国人、器用で小心な日本人……ってところか。
                 無論、不真面目な優等生の代表格な冬月や、意外な器用さを持つケインのような例外もあるが、総じて枠からはみ出さないのが、日本人だ。
                 ──果たしてアレックス少年の本性やいかに、彼はこの日本をどう見ているのか。
                 そんなことを感じつつ、授業と部活と革命とやらに向け、各々の宿題に取り掛かっていった。

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              • 一井 亮治
                参加者

                   第五話
                   
                   翌日の部活、皆の前で私は高らかに宣言した。
                  「あくまで臨時だけど、一年生ながらも私が部長をやる。練習内容も清原監督から一任された。はっきり言う。私はPTAや協会が喜ぶラクロスは一切、やらない。とにかく勝つラクロスよ」
                   皆が唖然とする中、私はチームを二つに分けた。レギュラーからなる強豪Aチームと補欠からなる弱小Bチームだ。
                   キーポイントは、私がBチームのトップを務める点だ。ちなみにAチームのトップは、谷先輩である。
                  「今から一ヶ月後、紅白戦をやる。そこで私にアピールして。礼儀、遠慮、忖度は一切、不要。分かった?」
                   私は強引に皆を丸め込むや、Bチームのメンツを掻き集めて二種類のレジュメを渡した。一枚目が『必勝法』、二枚目が『必敗法』だ。
                   早速、三年生で最弱の成瀬先輩が問うた。
                  「あの……いくら何でも私達だけで勝つのは……」
                  「勝つの!」
                   吠える私に今度は、同じ一年の磯川恵が声をあげた。
                  「この必勝法……何かセコいっていうか、ちょっとやり方、汚くない?」
                  「恵。アンタ、なんでそんなに真面目なの?」
                   意を察しかねる恵に、私は続けた。
                  「Aチームのメンバーとの実力差、分かってる? そんなもん普通にやって勝てる訳ないじゃん! だったらズルでもするしかないででしょ」
                  「まぁ、そりゃそうだけど……」
                   恵が言葉を失う中、傍らに控える二年生の鈴谷先輩が本音を吐いた。
                  「夏目さん。言いたいことは分かるけど、私達、別に勝ちたい訳じゃないの。ただオシャレに学生生活を送りたいだけで……」
                  「それっ! 行きましょう! オシャレでスタイリッシュな勝利、大いに結構。要するにこう言うことよ」
                   私はホワイトボードに山を描き、頂上に向かって線を引いた。一本目は真っ直ぐに、二本目は華麗に、三本目は空からパラシュートで降下する形で。
                  「いい。コツは頑張らないこと。ただ頂上は目指す。どんな形でもいい。そしたら思わぬ抜け道が見つかったり、助けてくれる人が現れたりするから」
                  「や、でもやっぱり努力の末に……」「そうよ」「無理ゲーだわ」
                   皆が困惑する中、私は言った。
                  「あのね。私、これまで努力ってしたことがないの。要は考え方! マインドさせ正しければ努力なんてしなくても、結果って付いてくるのよ。いい? 練習時間も今のまま。見た目も同じ。ただ心が変わる」
                   皆を黙らせた私は、さらにメンバーごとに『マル秘』と付されたレポートを配った。そこには、私から見た各々への実力分析と対策、それに本音が記されている。
                   赤裸々にぶつかる私だが、どうやら真意は伝わったようである。困惑しつつも皆の目が変わったのが、分かった。
                  「今から一ヶ月後、私達は変わる。いい?」
                   私は皆と円陣を組んで掛け声を合わせた後、練習へと入る。
                   内容は同じ、ただ質が違う。手を抜いた百回の素振りでなく真剣な十回の素振りだ。限られた時間の中で私達は、それぞれが持ちうるポテンシャルから最大限のパフォーマンスを発揮すべく、練習に取り組んでいった。
                   
                   

                   ラクロス部のぬるま湯に喝を入れるべく、紅白戦をけしかけた私だが、その一方でアレックス少年の案件も進行中だ。連休を利用し、本人と会いに現地へ赴くのである。
                  「いやーゾクゾクするな」
                   機内で能天気な声を上げるのは、冬月だ。ちなみに今回のチケット取りには、親が航空会社に勤めるケインの助けを借りている。
                   ──それにしても……。
                   私が思うのは、アレックス少年だ。これ程の有能な著名人が、無名の私達如きに会う事実がいまだに信じられない。
                   一体、どう言う風の吹き回しなのか訝る私に冬月がうそぶく。
                  「俺様に恐れをなしたのさ」
                  「んな訳ないでしょ。とにかく何か理由があるはずよ」
                  「それはいいけどさ。夏目、ラクロス部の紅白戦が迫ってるんだろう。なのに練習放ったらかしで北米入りなんて余裕だな」
                  「しょうがないでしょう。アンタらが勝手にアポとっちゃったんだから!」
                   吠える私に冬月が苦笑している。その傍らからケインが言った。
                  「夏目さん。紅白戦の勝算は?」
                  「現状は一割、これを数日で五割近くには持っていくつもりよ」
                  「なぜそんな無謀なギャンブルを?」
                  「性分。器用貧乏だからね。こうやって追い込んどかないと私、要領かましてサボっちゃうの。アレックスとの対面も然りよ」
                   ケインに応じつつ、私はラクロス部の皆に配った戦力分析レジュメに対する返答を読み込んでいる
                  〈努力はいらない。必要なのは、正しい考え方〉
                   自身の思いを述べた私だが、その出発点は現状把握だ。アレックス少年との対面も然り。自身の立ち位置や今後の展望ををどのように考えているのか、その一端に触れるつもりでいた。
                   やがて、窓の向こうから海に浮かぶ大陸が姿を現す。言わずもがな。アメリカ大陸だ。
                   ──ついに私はアメリカに……。
                   感慨深げに窓の外の景色を眺めつつ、今後の行程について、頭を巡らせた。
                   
                   
                   
                   カリフォルニアに降り立った私達は、早速、現地へと足を運ぶ。向かう先は、シリコンバレーの一角に事務所を構えるアレックス邸だ。
                   子供ながらにして一軒家を構えるなど、日本ではあり得ない光景ではあるが、これが現実だ。現地に足を降ろした私達は、早速、アレックス邸のベルを鳴らす。扉を開いた先に現れた人影こそ、あのアレックス本人だ。
                   齢十三のあどけない表情に知的な笑みと、どこか端正な品を感じさせる金髪青眼の少年である。カタコトの英語で挨拶を述べようする私達に、逆にアレックスが流暢な日本語を切り出した。
                  「ウェルカーム、待っていたよ。ジャパニーズ。さ、入って」
                   あまりの好意的でざっくばらんな態度に面食らいつつ、私達トリオは中へと足を踏み入れた。すると私達を歓迎すべくテーブルいっぱいに食事が用意されている。
                  「カモーン」
                   アレックス少年の手招きに応じ、私達は椅子に腰掛ける。まさに至れり尽せりだ。アレックス少年の歓待に私達は、目配せしつつ心の中で会話を交わす。
                   ──え、これってどう言うこと? 大丈夫?
                   つい先日、SNSで知ったばかりの相手に対するあまりの歓迎ぶりに訝りつつ、私達は食事へとついた。
                   そこから始まったのは、アレックス少年による質問攻めである。
                  「ジャパンってどうなの? 生活は? 学校ってどんな感じ? 何が流行してるのさ?」
                   あまりの興味津々ぶりに私達は、困惑を隠せない。だがアレックス少年は、構うことなく続ける。挙げ句の果てには、臨時ながらもアルゴリズム開発チームの一員に迎え入れたいとまで述べる始末だ。
                   無論、日本人としては嬉しい。そうなのだが、あまりのフランクさに違和感を拭えない。
                   そこへ急ぎの連絡が入ったとかで、アレックス少年は席を立った。残された私達は、小声で会話を交わす。
                  「ねぇ。一体、どう言うつもりよ?」
                  「知らねえ」
                   冬月はかぶりを振り、ケインは「親日家なのでは?」と、仮説を述べる。
                   やがて、食事を終えた私達は戻っていたアレックス少年に従い、仕事部屋へと案内された。そこで促されるままソファに腰掛け、会話を再開させていく。
                   この時点においても、私達はまだアレックス少年の真意を読み取れずにいる。とにかく日本に詳しい。経済状況は言わずもがな、あらゆる指標が頭に入っているばかりか、日本の製造業や観光、ポップカルチャーに至るまで知識が豊富なのだ。
                   あまりの熱心さに私は問うた。
                  「アレックスは、日本に来たことはあるの?」
                  「あるよ。オキナワとかね。でも本格的な調査はこれから」
                   ──調査?
                   いきなり出た妙な言葉に私のセンサーが反応する。どうやら冬月とケインも何かを感じ取ったらしい。気が付けば私はアレックス少年に問うていた。
                  「日本に投資をされるんですか?」
                  「敬語なんて要らない。普通にしゃべってくれたらいい。まぁ、そうさ。実はちょっとしたビジネスを始めている」
                  「どんなビジネス?」
                  「風俗」
                   アレックス少年の即答に私は二の句が告げない。てっきりどこかのメーカーか商社株かと思っていただけに、思わぬ業種に言葉を失った。
                   流石にこれは単刀直入過ぎたと感じたのか、アレックス少年がその真意を説いた。
                  「僕は世界中を見てきたけど、その際の入り口は女性なんだ。大体、女を見ればその国が分かる。縮図と言ってもいい。国勢を探る体温計みたいなものさ」
                   ここでケインが反応する。
                  「アレックスは、資本主義をどう捉えています?」
                  「お上公認の公営賭博」
                  「え、カジノってこと?」
                   思わず声を上げる私にアレックス少年は、うなずく。さらに冬月が問う。
                  「じゃぁ、国力の源泉は? 国の根源はどこに現れると?」
                  「みかじめ料……もとい税制」
                  「日本の税制をどう捉えてる?」
                  「複雑、シャウプ勧告という原点に立ち戻るべきだと思う」
                   その後も様々な問いを互いに積み重ねていく私達だが、これにアレックス少年は実に詳細に答えていく。そのあまりの理解度には、感心を通り越し恐れすら抱いたほどだ。
                   アレックス少年は言った。
                  「僕はね、投資にせよスキームの考案にせよ、やるなら論文一本は書けるくらいの調査をやるタイプだ。そりゃ詳しくもなるさ。当然だろう?」
                  「じゃぁ、私達への歓待は……」
                  「リサーチ。丁度、日本をターゲットにしていた矢先、君達からタイミングよくSNSに連絡があった。渡りに船って訳さ」
                   
                   
                   
                  「投資、か……」
                   アレックス少年と別れ、日本への空路で私はつぶやく。確かにそう考えれば、辻褄は合う。だが、それを即座に行動に移すあたりにアレックス少年の凄みがあるのだろう。
                   ──アレックスは、女性をその国の縮図であり体温と表現していた。果たして私を通じ日本はどんな国にうつったのか。
                   それがいいものであって欲しいと願う私だが、なぜかアレックス少年に違和感が拭えない。その旨を冬月とケインに問うものの、二人とも首を傾げている。
                  「や、特には……」「女の勘ってやつか?」
                   冷やかす冬月にやや憤慨しつつ、私は違和感の正体を探っている。これを敢えて例えれば〈焦り〉だ。なぜか生き急いでいる気がしてならないのだ。
                  「夏目、アレックスは、あの歳で既に学業を終え、カネと地位、名誉の全てを手にしたんだぞ。何を焦る必要があるのさ」
                   笑う冬月にケインも「同意見です」と続く。確かにそう言われてしまえば、返す言葉がない。勘違いかと、自分の主張を引っ込めた。
                   さて、結論から言えば、私が正しかった。その一端を私達は帰国してすぐに思い知ることとなる。あろうことかアレックス少年は、強烈な日本売りを始めたのだ。
                   ターゲットとなったのは、円と十年ものの日本国債である。アレックス少年は機関投資家を巻き込み、あらゆるスキームでこれらを市場に売り浴びせた。その下落率たるや、凄まじいものがあった。
                   その後、なんとか持ち直したものの、既にアレックス少年らは、利益を確定させ相場を終えている。
                   自分が儲けるためなら、例え国家が潰れても構わない──そう言って憚らないアレックス少年に、私の中で何かが芽生えた。
                   ──アレックス、あなたは間違っている。
                   もっとも今の私に出来ることは何もない。だが、アレックス少年に強烈な敵愾心を覚えたのは事実だ。
                   ──確かに市場には、国家を転覆させかねない力を秘めている。だが、これは違う。未来に何も築いていない。資本主義の履き違えだ。
                   私は市場の無法者と成り果てたアレックス少年に限りない憤りを覚えつつ、これに抗う力を持たない己の無力さを呪った。

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                • 一井 亮治
                  参加者

                     第六話
                     
                    「アレックス・チャン。凄いだろ」
                     帰国した私に士郎兄が、語りかける。今や世界中がこのニュースで持ちきりだ。無理もない。圧倒的な対外純資産を有し、経常収支とともに過去最大を更新し続けていたはずの日本に市場が「NO」を突きつけたのだ。世間はこれを「少年トレーダーの黒い火曜日」と表した。
                    「日銀も忸怩たる思いだろう」
                     しみじみと語る士郎兄に私は問うた。
                    「士郎兄は、こうなるって分かってたの?」
                    「いや、想像を超えていた。少子高齢化に放漫財政のツケ、これからが大変だよ」
                     士郎兄が総括する中、私は視線をテレビに移す。そこには、第二のジョージソロスと称えられたアレックスが特集を組まれている。
                     その様を眺めつつ、私は言った。
                    「私、世界って色々ありつつも、大人達が話し合って世間を回していたと思ってた」
                    「変わった。今、市場を牛耳っているのは、紛れもなくアレックスだ。たっと一人の天才、それも子供がその柔軟で斬新な発想でスキームを組み日本に君臨している。知らぬ間に王が誕生していたんだ」 
                     冷酷な現実を前に私を含め、ほとんどの日本人が打ちのめされている。例えるなら震災を前にしたときの無力感に近い。圧倒的な力をまざまざと見せつけられ、絶望感すら漂っていた。
                     ──マジで国を滅ぼされる。
                     その恐怖は私の死生観すら変えた。国の存亡や生活の安全神話に対しドライになったのも事実だ。
                     ただ、それは私だけではなかったらしい。夜にも関わらず、スマホにラクロス部Bチームの面々から続々とメールが入った。
                    〈会って話がしたい〉
                     誰もが異口同音に声を揃える中、私は留守を士郎兄に託し、ジャージ姿のまま示し合わせた公園へと走る。すると、皆が待ち構えていたように私を囲んで訴えた。
                    「あのアレックスとかいうガキ、何とかならないの。もうしっちゃかめっちゃかよ」
                    「うちなんか両親の職場で自殺者まで出てる。もう無茶苦茶だよ」
                    「私達、ラクロスなんかやってていいのかな」
                     皆が動揺して詰め寄る中、私は感情を押し殺し問うた。
                    「皆さ。今、死んで悔いはない?」
                     周囲が静まり返る中、私は続ける。
                    「今回の件、日本はアレックスという少年に屈した。ことの成り行き次第で国がなくなりかねない状況よ。でも私達に出来ることは何もない。今は、各々がやれることを悔いなくやるべきと思う。それがラクロスでもね」
                    「それだけどさ夏目。アンタ、本気でAチームに勝つ気?」
                     鈴谷先輩の問いに私は断言で応じた。
                    「もちろん。戦略がありますから」
                    「戦略?」
                     皆が聞き耳を立てる中、私は持論を展開した。 
                    「要は捨てるんです。アレもコレもでなく売りを見つけ徹底して特化する。皆、真面目過ぎるのよ。一から十まで全力、そりゃムリです」
                     私の持論に皆は困惑を隠せない。言葉を詰まらせつつも、鈴谷先輩が問うた。
                    「私達に足りないものって、根性とかじゃないの?」
                    「違う。逆です。皆、根性から入るから失敗する。理屈から入るんです。その上で最後に根性に頼る」
                    「そうすれば私達でも……」
                    「勝てます」
                     私の断言に皆の目の色が変わっていく。そこへ最年長の成瀬先輩が具体的な方法を問うた。
                    「紅白戦まで残り三週間を切ってる。私達、何をすべき? 技術なんて全然負けてるのに」
                    「いいですか先輩。勝負を決めるのは技術じゃないんですよ。早さなんです」
                    「走り込みのスピードってこと?」
                    「いえ、判断の早さです。リスタート、ボールデッド後の切り替え、選手交代、これらを誰よりも早くやる。技術力云々がモノを言う前に勝負を決めちゃうんです。こういうのって、練習じゃ身につかない。試合をこなしてはじめて経験値となる」
                     実戦の大切さを説く私に同輩の恵が言った。
                    「仮にそうだとして、どうやって試合を組むのさ」
                    「普段の練習メニューをゲーム形式にする。シチュエーション6ー6、8ー8、これらを徹底的にこなして試合勘を身につければ、技術で劣っても試合には勝てる」
                     皆の熱気が高まる中、私は畳み掛けた。
                    「皆の残り時間を私に預けて。必ず結果を出して見せるから」
                     こんこんと訴える私だが、どうやらその思いは通じたらしい。皆、納得の表情を浮かべている。恵が皆の心中を代弁した。
                    「分かったよ夏目。アンタに従う。けどこれだけは教えて。なんでそんなに勝負にこだわるのよ」
                    「私の性分。だって、これは競技よ。なら勝利を追い求めるのは、対戦相手に対する最低限のマナーでしょ」
                     私の考えに皆の反論はなかった。
                     

                     何とかラクロス部員の求心力を得た私だが、アレックスが残した傷跡はバイト先にまで及んでいる。
                    「アレックスには、参ったよ」
                     玄蔵爺さんの税理士事務所で嘆くのは、顧問先の鬼塚社長だ。それこそ市場に振り回され、稼ぎ頭であるオンラインゲームの収益だけでは頼れない状況らしい。
                    「何かいい方策は、ないかね」
                     救いを求められ困惑しきりの私だが、何気に言ってみた。
                    「スポーツ競技の方にも事業を転がされるとか、どうですか?」
                    「流行のeスポーツかい?」
                    「いえ、もっと本格的で実践的なプロスポーツの世界。例えば……そうですね。実は私、部活のラクロスで困っていて。何というか、もっと手軽に経験値を積める練習方法ってないかなって。それで思いついたのが……」
                    「VRか」
                     あたりをつける鬼塚社長に私はうなずき、言った。
                    「東京五輪で金メダルを取ったソフトボールですが、秘策にVRが活躍したとか。何でもライバルの球速、軌道を擬似的に体感できて、それが金の原動力になった」
                    「VRを用いた仮想打撃練習だな。専用ゴーグルをかけると打席に入った感覚が味わえ、投手の映像とともに実際と同じ速さの球が投げ込まれる、と」
                    「えぇ、他にももっと手軽に擬似体験を求める需要はあると思うんです。税制上の優遇もありますし、一度、検討されても」
                     私の提案に鬼塚社長は「ふむふむ」と、何度もうなずき虚空を睨む。その表情から察するに脈ありと踏んだらしい。
                    「分かった。一つ、お蔵入りになった技術がある。それを叩き台としよう。夏目ちゃん、ギブ・アンド・テイクだ。君のラクロスで試してみようじゃないか」
                    「本当ですか!?」
                    「あぁ、その代わりその紅白戦、何としても勝ってくれよ」
                    「もちろんです」
                     私は二つ返事で鬼塚社長の提案を了承した。

                     思わぬ形で新兵器が手に入った私は、ネオサイバー社の開発室でプロジェクトの実験台となり、実戦さながらの状況を再現させていく。
                     Aチームのスペックを仮想空間上に再現させ体験してみたのだが、なかなかの出来栄えである。
                    「どうだ。現実にこそ及ばないが、仮想現実として実戦の叩き台とするには、十分だろう」
                    「はい。それはもう……」
                     私は喜色の表情を浮かべ、心の中でつぶやいた。
                     ──ひょっとしたら、本当に何とかなるかもしれない。
                     早速、Bチームの皆を呼び寄せ、体験させてみたのだが、その反響たるや想像以上である。
                    「凄いっ!」
                    「本当にAチームと試合してるみたいっ!」
                     皆の目の色が明らかに変わっていくのを前に、私は確かな手応えを感じている。強気を装いつつも、今一つ自信を持てずにいた私が、ハッキリと光明を見出した瞬間でもあった。
                     ──これは、イケる!
                     自信が確信に変わっていくのを実感しつつ、私は密かに拳を握りしめた。

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                  • 一井 亮治
                    参加者

                       第七話
                       
                       紅白戦の当日を迎えた。白のホームウェアに身を包むAチームを率いるのは言わずもがな、谷先輩だ。
                       実はこの紅白戦にあたり、冬月とケインに谷先輩らがどんな準備をしてくるのか、探らせていたのだが、何と特別なことは何もしていないという。
                       ──まぁ、無理もないか。
                       私は試合前の予備練習につく両チームを眺めながら、ボヤいた。もう両者の実力の差は一目瞭然なのだ。
                       攻撃力、ディフェンス、シュートの正確性などボール捌きがまるで違う。逆の立場なら私でも谷先輩と同じ心境でいたと思う。
                       事実、Aチームの顔には明らかな余裕が見られ、対する我らBチームときたら、一つ一つの精度がまるで追いついていない。
                       だが私には、確信があった。
                      「いい皆? 確かにAチームは盤石に見える。けど、谷先輩らの強さは個々の強さ。私達はチームで挑む。実戦力はこっちが上よ。それを見せつけてやるの」
                       試合前に組んだ円陣で、士気を上げようとする私だが、皆の表情はすでにお通夜だ。ブルーな雰囲気は紺色へと化し、もはや負けた気でいる。
                       これが試合後、一変することとなる。
                       ラクロスの試合開始はフェイスオフ、つまりドローと呼ばれる一対一のプレーから始まる。中央サークル内で地面に両手を付き、笛の合図とともにボールを奪い合うのだが、試合の主導権を大いに左右する重要なプレーだ。
                       ここで私はフェイスオファーの谷先輩と対峙した。
                      「ヨロシク。夏目さん」
                      「谷先輩こそ、お手柔らかに」
                       感情を押し殺し合う私達は、笛の合図とともにクロスでボールを奪い合った。先手を取ったのは谷先輩だが、ボール運びを阻止した私が奪取に成功する。
                       対する谷先輩も負けてはいない。互いが真正面から激しくぶつかり合う中、ボールは意外な方向へと転がる。私達の頭上に弾かれたのだ。
                       この空中戦を制したのは私だ。すぐさま味方へパスを送り、これを起点に先制点をとってしまった。その間、約十秒──あまりの速さにAチームの面々は、呆気に取られている。
                       一方の私達Bチームは、この流れに大いに乗った。
                       ──イケるっ!
                       技術に長けるAチームと、それをいかす隙を与えないBチームの戦いは、ワンサイドゲームの様相と呈し始めた。
                       なんと言っても私達は、VRでAチームとの対戦を経験済なのだ。仮想空間で何度も対Aチーム戦を繰り返しただけあって、皆、物怖じをすることがない。
                       第一クォーターが終わる頃には、3ー0と完全にペースをものにしていた。この一方的な展開に動揺を隠せないのは、Aチームだ。
                       無理もない。完全に舐め切っていた相手に完封されているのだ。正常でいろという方が無茶である。
                       この流れは、第二クォーターに入ってから、より顕著となった。再開とともに焦るAチームが強引に出た結果、ファールとなったのだ。
                       ファールを犯すと、ペナルティとして一定時間、その選手は退場となる。エキストラ(数的優位な状況)を得た私達は、ここぞとばかりに攻め立てた。多少の失点はあったものの、総じて私達はフィールドを支配し続けていく。私はしみじみと痛感した。
                       ──やっぱ練習と試合って、全然違うわ。
                       総じて真面目な谷先輩らは、決められたルーティーンをこなすだけのスタイルだが、実際は想定通りにいかずイレギュラーな方が多い。まさに筋書きのないドラマだ。
                       ただ、あらすじは書ける。
                       ──要は、想定と実際の差をいかに埋めるかよ。
                       心の中で総括する私は、ふと周りを見るとBチームの面々も似たような表情をしている。どうやら同じことを考えていたらしい。ハーフタイムに入ったところで、同輩の恵が言った。
                      「コツっているよね」
                      「同感」
                       うなずく私は実感する。このコツを猛練習で掴む者もいれば、遊びながら掴む者もいる。私は後者だ。
                       ──練習で身につく技術なんてせいぜい一割程度、ほとんどは試合の実戦でしか得られない。
                       ここで私は一つの決断を下す。皆を集め新たな後半戦のプランを晒した。今まで目立たなかった思わぬ選手にスポットを当てたのだ。
                      「この試合、前半の主人公はミッドフィルダーの私だったけど、後半は成瀬先輩だから」
                      「え、や……ちょっと待ってよ。夏目さん、どういうこと?」
                      「どうもこうも成瀬先輩がチームの最年長でしょ」
                      「そうだけど、三年生になっても補欠要員でしかない落ちこぼれよ」
                      「大丈夫です。でしょ、皆?」
                       周囲に同意を求めたところ、満員一致で可決した。というのも私達には予感があったのだ。
                      〈今日の成瀬先輩って、なんかいい感じじゃない?〉
                       成長に早咲き遅咲きとあれども、それを超越した何かを感じた。
                       ──この後半、どうせAチームには詰められる。基礎技術はあるからね。そこを逆に突き放すにはギャンブルしかない。伸るか反るかの大博打、ここが勝負所よ。
                       私は急遽、突貫で組み立てた作戦を皆に示していく。名付けて〈成瀬狂い咲き大作戦〉だ。
                       成瀬先輩は困惑の表情を浮かべつつ、その瞳には炎が灯っている。
                       ──目が死んでいない。大丈夫だ。
                       安心した私は皆と円陣を組み、声を上げた。
                      「皆、行くよ!」
                       かくして紅白戦は、第三クォーターへと突入した。
                       案の定というか、やはりAチームはさるもので、地力に勝る分、本来の力を取り戻してきた。前半戦を通じ、私達への適応力を身につけ始めたらしい。
                       唯一の誤算、成瀬先輩の覚醒を除いて。
                      「皆、成瀬先輩にボールを集めて!」
                       吠える私に皆も応じる。確かにAチームは私達が築くディフェンスを次々に破り、シュートを決めていく。
                       だが、それを上回る勢いでアタックの成瀬先輩が立て続けにシュートを奪い返すのだ。まさに殻を破り狂い咲く大化け銘柄である。
                       その勢いたるや、凄まじいものがあった。
                       ──本当にあの成瀬先輩?
                       これが皆の心中である。あれだけ鳴かず飛ばずだった彼女が、獰猛な狩人へと豹変している。この勢いに続けとばかりに、他の面々もノってきた。
                       あれだけオシャレ感覚がいいだの、勝負至上主義は好ましくないだの、ぐだぐだ言っていたのに、勝利へ邁進する成瀬先輩に触発され目の色を変えている。
                       私は一言、呟いた。
                      「成ったわ。もう〈歩〉じゃない。〈金〉よ」
                       やがて、運命を告げるホイッスルが鳴り響く。まさに大差をつけての大勝利だ。呆然と立ち尽くすAチームを横目に私達は、歓喜の声をあげ皆で勝利を讃えた。
                       その中心にいるのは、成瀬先輩だ。これまでの鬱憤を晴らし嬉し涙すら浮かべる彼女に、私達は手荒い歓迎で応じた。 
                       私は心の中でつぶやく。
                       ──これがあるから、勝負師はやめられないわ。
                       勝利に対し中毒となりつつある自分に、思わず苦笑した。
                       

                       
                       試合後、私達Bチームはタガが外れたようにジャイアントキリングを祝福し合った。ややハメを外した感は否めないが、まぁこれも無礼講だ。
                       特に本日の主人公である成瀬先輩の覚醒には、目を見張るものがあった。
                       ──人ってこんなに化けるのね。
                       私はしみじみと痛感する。実はこの成瀬先輩、なかなかの苦労人である。実家が事業をやっているものの、いわゆる日本の失われた三十年を通じて需要が細り、成瀬先輩自身もバイトで家計を助けるなど、なかなか大変だ。 
                       それでもやめずに続けている要因はひとえに、ラクロス愛にある。本当に好きなのだ。ただ前述の事情から練習への参加も時間が限られ、なかなか芽が出なかった。
                       ──一体、何がよかったんだろう。
                       気になった私は、打ち上げ後に誘った公園のベンチでさりげなく問うた。すると思わぬ答えが返ってきた。
                      「夏目さんが初日に配ってくれた『必勝法』と『必敗法』と個人的な分析レポートのおかげだわ」
                       成瀬先輩曰く、本音をぶつけた私の赤裸々な情熱に打たれるものがあったらしい。暗記するほど読み込んだという。
                       さらに決め手となったのが、先日のVR模擬戦だ。凄まじい衝撃を受け、ふっと何かを掴んだとのことだった。
                      「私、夏目さんと違って不器用だから……」
                       照れ気味に語る成瀬先輩に、私は畳み掛ける。
                      「先輩、これからです。ともに頂点を極めましょう!」
                      「ふふっ……そうしたいのは山々だけど……」
                       そこで成瀬先輩は口を濁す。どういうことなのか聞き耳を立てる私に、成瀬先輩はありのままの事情を語った。
                       なんでも例のアレックスが起こした日本売りの煽りを受け、いよいよ事業がままならなくなった、と。
                      「ちょっと待ってください。じゃぁ、成瀬先輩は……」
                      「えぇ、今日を機に部活を辞めようと思う。最後にいい思い出をありがとう。夏目さん、本当に感謝してるわ」
                       涙を浮かべる成瀬先輩に私は、愕然としている。気づいたら彼女の手を取りこう言った。
                      「それいくらなんでも残酷過ぎます。なんとかならないんですか!?」
                      「本当なら専門家の方に相談したいんですけど、うちにはそんな伝手も余裕も残ってなくて……」
                      「私がなんとかします。実は祖父が税理士をやってて……っていうか、明日、空いてます? とにかく思いとどまってもらえませんか」
                       必死に引き止め工作をする私だが、後から思えばこれがマズかった。明日と言わずに今すぐ誘えばよかったのだ。
                       その後、成瀬先輩と別れた私は、玄蔵爺さんに連絡をとり時間をとってもらった。そして、翌日、雨の中、一緒に成瀬先輩の自宅に行った私だが、インターホンを鳴らしても返事がない。
                       工場にも赴いたものの、もぬけの殻と化している。
                      「どうやら夜逃げした様だな」
                       玄蔵爺さんの言葉に私は、全身の力が抜けたようにヘナヘナと座り込んでしまった。
                       ──こんなのあんまりだ。折角……折角何とか軌道に乗り始めたのに……。
                       あまり悔しさに私は人目も憚らずに泣いた。やがて、怒りの矛先は今回の原因を作ったアレックスへと向いていく。
                       ──人を……会社を……国を弄んで、暴利を貪っていく。許せない……。
                       悔し涙に肩を震わせる私に玄蔵爺さんが、言った。
                      「葵ちゃん、これが現実なんだ。何とかするには力をつけるしかない。勉強していくしかないんだよ」

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                    • 一井 亮治
                      参加者

                         第八話
                         
                         成瀬先輩の一件は、少なからぬ影響を私に及ぼした。たった一人の天才少年アレックスに対し、日本はなすがままで取るべき有効打がない。
                         ──情けない。
                         国の未来に絶望する中、一つのニュースが日本を騒がせた。
                        「何これ!?」
                         私は思わずネットニュースを二度見する。なんとアレックス少年が搭乗するプライベートジェットが墜落したらしい。先日の日本売りの一件もあり、テロの可能性も考えられるとのことだった。
                         このニュースを受け、SNSは大いに沸いている。
                        〈本当に死んだのか?〉
                        〈日本は助かった。神風だ〉
                        〈因果応報だ〉
                         様々な声が上がり、もはやお祭り騒ぎだ。ポストアレックスに向け、政官財のあらゆる層が動きを見せていく中、私は一つの結果を出している。
                         簿記三級に合格したのだ。
                        「まずは、おめでとう!」
                        「コングラチュレーション!」
                         冬月とケインから受けた祝福に、私は照れ笑いを浮かべる。成瀬先輩の一件で、座学の大切さを知った私が初めて出した結果なのだが、まだまだ先は長い。
                         とはいえ、まずはスタートラインに立ててことに、喜びを感じている。そんな私に冬月とケインは、合格祝いのプレゼントを差し出してきた。
                        「ナツ、俺達の気持ちだ。受け取ってくれ」
                         喜ぶ私はリボンを解き、封を開ける。だが、中から出てきたのは、真っ赤なチャイナドレスだった。私は、首をかしげる。
                        「一体、どういうこと!?」 
                        「こう言うことさ」
                         冬月が指を鳴らすと、たちまち部屋に黒服のボディーガードらしき男達が雪崩れ込んできた。屈強な肉体で迫られ、私は訳が分からない。
                        「夏目さん。ソーリーです」
                        「悪いな。ナツ」
                         白々しい顔で謝罪の言葉を述べる二人に、私は顔色を変え罵った。
                        「冬月、ケイン。アンタら私を売ったわね!」
                        「や、まぁそうなんだが、まんざら悪い話でもないんだ。な、ケイン」
                        「はい。ウィンウィンです」
                         しれっと謝って見せるものの、私は納得がいかない。
                         ──一体、何をさせるつもり!?
                         訝る私だが、どうやらこのチャイナドレスを着させて何かをさせたいらしい。黒服の男達は更衣室を用意したと、私を手招きする。
                         私はやむなく指示に従い、中で着替えを済ませた。その後、促されるまま寝室へと向かうと、思わぬ人物が待ち構えている。
                        「アレックスっ!?」
                        「ハ〜イ、ナツ。ナイストゥミーチュー」
                         笑顔で応じるアレックスに私は吠える。
                        「アンタ、一体、どう言うつもりよ! 死んだんじゃなかったの?」
                        「この僕があんな見え透いたトラップに引っかかる訳ないじゃん。ピンピンしているよ。僕がいなくなったら、この国はどんな反応を見せるかにも興味があったしね」
                        「それはまた、策士なこと。で、私に何をさせたいの?」
                         呆れる私にアレックスは、あろうことか体を求めてきた。ベッドに誘うや、真っ赤なチャイナドレス姿の私に抱きつく。
                         とは言えまだ十二、三の少年だ。肉体関係に及ぶには、幼すぎる。何より求めるものが違うらしい。
                        「ナツ、僕は君が欲しい」
                        「つまり、この日本の縮図に見立ててって話?」
                        「違う。本当に君が欲しいんだ。そばに置きたい。何もかも思うがままだ。悪い話じゃないだろう?」
                        「お断りよ」
                         拒絶して見せるものの、アレックは「嫌よ嫌よも好きのうち」とまるで意に介さない。ベッド上のチャイナドレスに扮する私にしがみつき、甘えながらも耳元で囁く。
                        「僕はね。君だけじゃない。この日本の全てにゾッコンなんだ」
                        「よく言うわ。この国を市場で売り浴びせておいて、いけしゃあしゃあと」
                        「ナツ、いずれ日本はこうなったんだ。だったら僕がやる。少子高齢化に天文学的な財政赤字、その全てを解決してみせるさ」
                         強気な笑みを浮かべるアレックスに、私は思うところを述べた。こんな強引なやり方でなく、もっと方法はなかったのか、と。
                         対するアレックスの返答がなかなか秀逸だ。
                        「あのねナツ。皆、同じことを誓う。やれ改革だ。緊縮財政だって。でも無理なんだ。結局、皆、自分からは変われない。強引に変えさせられる。好き好んでじゃない。いやいや強くなっていくんだ」
                        「そうやって時代が流転していくってこと?」
                        「そうさ。僕はそれこそチェーンソーの如く、無駄を省いていく。ついていけない者は、市場から退場頂く。有能な人からカネを奪い無能な人に与えるなんてバカバカしい。ゆく河の流れは絶えずして、方丈記さ」
                        「だからって国を奪ってまで……」
                        「ナツ、これまで国そのものがなくなったり、消えてしまった民族もある。だが、それでも人類は存続してきた。どんな環境に置かれても、耐え忍び生き延びていく力が人類にはあるんだ。それは大自然の如くたくましい」
                         持論を展開するアレックスに私は聞き役に徹している。と、そこへアレックスのスマホに着信が入る。
                         どうやら日本の中枢で何か動きがあったらしい。
                        「来た来た。案の定、僕の死をキッカケに魑魅魍魎なゾンビどもが動き出したね。飛んで火に入る夏の虫、と」
                         アレックスはベッドから跳ね起きスマホ片手に次々と指示を下していく。やがて、私にこう言い残した。
                        「ナツ、今日はここまで。僕の携帯の連絡先を教えるよ。プロポーズの答えを待っているから。じゃあね」
                         私がアレックスの去っていく後ろ姿を見送っていると、今回の諸悪の根源たる二人がやってきた。冬月とケインだ、
                        「アンタら、よくもぬけぬけと……」
                        「まぁまぁ、そう怒んなよナツ。アレックスもあぁ見えて結構、子供なんだ」
                         冬月は徐ろに一枚の画像をスマホに表示させる。そこには、チャイナドレス姿の女性が写っていた。ケインが言う。
                        「似てますでショー。アレックスのマザーです」
                        「じゃ何? あいつは私を母親に見立てているってこと?」
                        「イエス」
                        「実の母親は?」
                        「亡くなっている」
                         即答するケインに私は唸った。言うことは大人ながらも見た目は子供なアレックスのギャップに私の心中は複雑だった。

                         季節は本格的な夏を迎えようとしている。うだるような暑さの中、私は一本のレポートに目を通している。あのアレックスがまとめた曰く付きの『ミネルヴァノート』だ。
                         数々のタックスヘイブンやクリエイティブアカウンティング、節税スキームの源泉となったこのレポートの難解さは折り紙つきで、高等数学に基づく高度な金融工学から派生している。
                         とてもではないが、素人の手に負えるようなものではない。ただ幸い、私にはこの手に長けた士郎兄がいる。その助けを得てあのマセガキが理想とする世界の理解を試みている。
                        「まぁ一言で表せば天才だよ。時代の間隙を突くね」
                         士郎兄の言葉に私も二言はない。実に複雑怪奇なロジックを用いてまとめられている。
                         もっともそこは要領のよさでなる私だ。冒頭と結論、章立ての流し読みで朧げながらもアレックスの目指す理想郷らしきものは見出した。
                         ──一件複雑そうに見えて、実は凄くシンプル。結論に至るまで一切の無駄がなく守備一貫している。本当にピュアね。
                         試しに士郎兄にその旨を述べると、同感らしい。大いにうなずき、こう言った。
                        「理論は完成している。あとは実証だが、それを奴はこの日本に対してやった」
                        「実はそれなんだけどさ、こう言うのを考えているんだけど……」
                         私は思うところを述べた。初めこそ黙って聞いていた士郎兄だが、話が佳境に差し掛かるところで大いに身を乗り出し、結論に至る頃には夢中になっていた。
                        「葵。つまり、前のVRだけでなく、ミネルヴァノートの理論そのものをスポーツ工学にも落とし込もうって話か」
                        「そう。経済も競技も行きつくところは競争原理、血の流れない戦争でしょ。税法も然り、なら原理の転用も可能だと思う」
                        「面白いじゃないか。いずれアレックスとも勝負せねばならない。奴の定理をラクロスに応用出来れば、大いに世界が開けよう。協力するよ」
                         士郎兄は鋭い視線で応援を約束してくれた。ただそこからが大変だ。試合記録を全てコンピューターにインプットせねばならない。
                         ここは士郎兄を頼った。手分けして入力作業を施したのだが、そこで得た分析結果は実に興味深いものとなった。正確に試合結果を的中させているのである。
                        「士郎兄……」
                        「あぁ、コイツはダイヤの原石だ。俺達で磨いていこう」

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                      • 一井 亮治
                        参加者

                           第九話

                           士郎兄と始めたミネルヴァノートのラクロス化プロジェクトだが、冬月やケイン、さらには玄蔵爺さんの桜志会や鬼塚社長のネオサイバー社も巻き込んでミネルヴァノートの解析とラクロスへの転用を進めていく。
                           痛感するのは、アレックスの凄みだ。
                           ──やっぱり天才だ。アイツには十年後の未来がしっかり見えている。
                           そもそもミネルヴァノートは、アレックスが独自に打ち立てた理論〈構造的収束とポジショナル崩壊の法則〉に基づいている。
                           日経平均を読み切る新たなツールとして、一部のヘッジファンドで密かに用いられていたのだが、これを直接用い日本市場で空売りを仕掛け東証は壊滅、世論を分裂させたことは、記憶に新しい。
                           私はこの金融派生兵器をスポーツの中でも格闘競技と名高いラクロスに転用させようとしている。
                           心の中のアレックスは、冷笑する。
                          〈なぜ勝てないか? 相場と一緒だ。『市場構造』を知らずにエントリーしてるからだ〉
                           アレックスの理論は、データと確率の駆使により、次々に試合の『市場性』を解き明かしていく。
                           各選手のポジショニングを流動性の高い銘柄に例え、攻撃パターンをボラティリティと流動圧力に基づき設計し、防御はヘッジ戦略と信用リスク回避に置き換えるのだが、案の定、部員は吠えた。
                          「ラクロスにそんなものが関係あるの!?」
                           だがアレックスの理論──つまり、ミネルヴァノートはこう続ける。
                          〈投資は情報戦であり、スポーツも同じだ。誰がいつどこで動くか、それを制する者が、勝つ〉
                           これを受け、私はラクロス部に常識外れの〈プレイ・ブック〉を持ち込んでいく。全試合の映像を数理解析し、選手ごとの期待値と損益ラインを数値化、プレイヤーの交代や陣形変更を「ポジションのリバランス」と呼び、リアルタイムで分析する。
                           セオリー無視のショートスティック二人攻撃から始まって、パス成功率を極限まで上げる流動性選択論に続き、トラップ守備による流動性クランチへと展開させる私に、当初こそ混乱した部員達だったが、その真意に気づいていく。
                          「このプレイ、まるで株価チャートの中で動いてるみたいだ……!」
                           やがて、その威力が発揮されるときが来た。訪れた地方大会初戦──相手は全国ランカーの強豪・栄東学院。周囲が「百点ゲーム」と揶揄する中、私は相手の戦術を過剰評価されたバブル型資産と見抜き、カウンターの「空売り戦術」で徹底的に崩しにかかる。
                          「相手のスタープレイヤーは“過熱銘柄”。過信されるほど、暴落時の落差は大きい」
                           守備の要に“ボラティリティ耐性”の高い選手を配置し、攻撃は需給ギャップを突いたパスで切り崩す。結果は、まさかの9ー8での勝利だ。
                           いよいよ確信を持った私は、さらにミネルヴァノートをラクロスへと取り込んでいく。不要と判断すれば平然と先輩でもレギュラーから外したし、必要となればあらゆる努力も惜しまない。
                           当然、軋轢は生じた。
                          〈何様のつもり!?〉
                          〈うちの伝統を軽んじている!〉
                          〈大っ嫌い!〉
                           等々、陰口は叩かれたし、陰湿ないじめも受けた。下靴をゴミ箱に捨てられてたりとかね。
                           ただいざ試合となると、この遠心力が求心力へと変わっていく。てんでバラバラだったメンバーが一気に団結へと転じるのだ。気が付けばいならぶ強豪のほとんどを駆逐するまでになっていた。
                           まさに、勝って和すってやつよ(ま、ラクロスの競技人口の少なさも影響しているのだけど)。
                           そんな中、一つの転機が訪れる。なんと中国の上海チームから親善試合の申し出が舞い込んだのだ。
                          「どういうことですか?」
                           職員室で知らせを受けた私は問い返すものの、清原監督は「分からない」と首を傾げている。さらに不可解なのは、この情報がネット上に拡散されたことだ。
                           ──限られたメンバーしか知り得ない情報がネットに流れている。これは多分、あれね。
                           私の脳裏に二人の人影がよぎる。一人は言わずもがな、反夏目の急先鋒たる谷先輩だ。中国の名門チームに叩かせて、この私に恥をかかせようという腹なのだ。
                           それはいい。狂った女の嫉妬など一向に構わないのだが、問題はもう一人の方だ。
                           ──間違いない。アレックス・チャン。アンタね。
                           私は職員室を出るや、アレックスのアドレスにメールを送った。
                          〈今回のラクロスの国際親善試合、黒幕はアンタね?〉
                           しばらくたたないうちに返答が来た。
                          〈ナツ、僕はね。君を愛しているんだ〉
                           ──この十三のマセガキが……。
                           私は呆れを通り越し、諦めの境地で返事を送る。
                          〈アレックス、茶化しはなしよ。アンタは一体、私に何をさせたいの?〉
                          〈させるも何も、もう十二分だ。ナツは僕の理論、ミネルヴァノートをしっかり、スポーツに転用してくれているじゃないか。格闘競技と名高いラクロスにね〉
                          〈つまり、これも計算のうちってこと? 相変わらずの策士ぶりだこと。金融派生兵器を格闘競技のラクロスに転用させ軍事にも広げるつもり? 最終的な狙いは何よ?〉
                          〈それは、ナツが僕のプロポーズに応じてくれたら、教えてあげる〉
                           ──またこれだ。
                           のらりくらりと追求をかわすアレックスに私は、ズバリと指摘する。
                          〈日銀の予測モデルを沈黙させたアンタのことよ。最終的な狙いは脱税ね〉
                          〈フフッ。ナツ、そろそろ課税という幻想を壊すべきだと思うんだ〉
                          〈はぁ!? 納税しない社会ってこと?〉
                          〈正確には、“国家が課税不能となる構造”さ〉
                           アレックスは、グラフ化された画像データを送ってきた。そこには“脱税率ゼロ%”から“税収ゼロ%”へのシミュレーション曲線が描かれている。
                          〈アレックス、何よこれ? 税率?〉
                          〈いや、課税可能性の指数さ。国民の所得を国家が“把握できる確率”。それが今、テクノロジーと資産分散によって限りなくゼロに近づいている〉
                          〈悪いけど、もっと分かりやすくお願いできるかしら〉
                          〈いいよ。つまり、分割流動資産という概念を基礎に、所得や所有権を複数ブロックチェーン上に散布し、かつ瞬時に匿名化/解体できるアルゴリズムを構築するってこと〉
                           ──かえって難しくなってない?
                           そんなことを感じつつ、私はアレックスの理論にあたりをつける。
                          〈要するにこういうこと? 国家が「これは誰の資産か?」と確認した瞬間には、資産自体が別の名前に切り替わる。資産を透明化させ、国家そのものも透明化させると?〉
                          〈ナツ、理解が早くて助かるよ。そもそも国家が国民の内部を覗く課税というシステムにに、倫理的欠陥があるのさ〉
                           何でもないことのように説くアレックスに私は返答した。
                          〈あのねぇアレックス、国家は税金で成り立っているのよ〉
                          〈違う。課税とは国家の所有権を許すという合意にすぎない。その合意は一人一人が撤回できる時代になる。国民が税を払うというのは幻想が崩れれば、制度は壊れる。僕は、その“崩し方”を知っている〉
                           ──結構な自信家だこと。
                           私は自分なら何でも出来ると思い込んでいるらしいアレックスに呆れつつ、聞き耳を立てる。
                          〈ナツ、僕は国家の監視下に置かれず、全額所得を隠せる構造=ゼロ税圏を設計する。新興国の仮想通貨と、無限に分割される二重実体資産を組み合わせて、金融の透明性を逆手に取ったスキームを立ち上げる〉
                          〈よく分からないけど、こう? 世界中に点在するノードを通じ、資産の存在を消すネットワークを使う。そうやって税法の網をすり抜け、課税当局と脱税のイタチごっこを繰り返すと。どこまでやれるか見ものね〉
                          〈心配には及ばない。僕は天才だからね。僕はミネルヴァノートで世界を獲る。不可視の帝国をこの時代に築く。誰にも搾取されない理想郷さ。興奮するだろう?〉
                           自慢げに大風呂敷を広げるアレックスに私は、ずっと感じていた違和感をぶつけた。
                          〈アレックス、あんたなんでそんなに生き急いでるのよ〉
                           しばらく待ったものの返事はない。何か続けようとした矢先、返信がきた。それはこれまでの饒舌を打ち消すような素っ気なさだった。
                          〈別に〉
                           アレックスからそれ以上の反応はなかった。

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                        • 一井 亮治
                          参加者

                             第十話

                            「ほぉ、次は中国かい!?」
                             興味深げに注視するのは、玄蔵爺さんだ。帰りに寄った事務所で記帳業務をこなしながら、私は返答する。
                            「なんかアレックスが暗躍してるみたいで……一応、冬月とケインには、対戦相手のデータを集めさせているんですけど」
                            「ふむ。大いにやればいい。二十一世紀は中国を抜きに語れない時代となる。今から慣れておくのも大切だ。うちの顧問先も然り。皆、中国の動向には目を光らせている」
                             ──中国ねぇ……。
                             私はこの異形の大国についても調べを進めている。国の体制に対する賛否はあるものの、米国と覇を競う姿勢は一目に値する。
                             世界が獲れるか否か、伸るか反るかの勝負所──そんな隣国との親善試合を前に、私の好奇心は大いに膨らんでいる。
                             とそこへタイミングよく冬月とケインが現れた。
                            「おいナツ、対戦相手のデータが取れたぜ。ケインがうまく見つけてくれた」
                            「イエッス。夏目さん、どうぞデス」
                             二人が差し出すUSBに私は「サンキュー」と笑みを浮かべ、記帳業務を中断する。PCにデータを取り込み、三人で確認していくのだがその内容に絶句した。
                             ──何これ……。
                            「な、笑うだろ。ナツ」
                             意味深な笑みを浮かべる冬月に私は、言葉が出ない。何でも最近まで鳴かず飛ばずだったチームなのだが、突如、現れた一年生がミネルヴァノートをもとにチームを改革し、たちまち強豪校へと押し上げてしまったらしい。
                             ──これ、要するにうちと同じじゃない!?
                             ちなみにその一年生だが、王成麗と名乗る日系中国人でチーム改革に際し、かなり陰湿なイジメを受けたようだ。その心中や察してあまりある。
                             似たもの同士、シンパシーを覚えつつ、妙な違和感も感じている。どうやら私はアレックスにうまく担がれているようだ。
                             ──癪な奴ね。
                             私は憤慨しつつ、来るべき闘いに向けて準備を整えていった。

                             数日後、私達は中国・上海への空路についた。機内でヤキモキするのは、同輩でアタックをポジションとする恵だ。
                            「中国チームとやるのはいいけどさ、本当に勝てるの?」
                             さらにディフェンスの水谷先輩も「心配だわ」と不安を露わにする。
                             無理もない。今や私達のラクロスは、一見変わりばえしないものの、その実態は完全に別物となっている。恵が言う。
                            「ナツ、このポートフォリオ最適化ってやつだけどさ」
                            「ヘッジ・ポジショニング戦術ね」
                            「まぁ、名前なんて何でもいいけど、要するにリスクをバラして得点を確実に拾っていこうって話よね。その上でボラティリティブレイク? 試合中の流れやテンポ、ボール支配率から速攻を仕掛け、相手守備の感情変動を突くと」
                            「えぇ、これまではそれを勘でやっていたけど、金融理論に照らしデータで可視化していこうって話」
                            「言いたいことは分かるけど、アンタ、ラクロスをこんなに難しくしてどうするつもりなのよ?」
                             恵の指摘に鈴谷先輩も続く。
                            「同感。空売り型ディフェンス? 相手の攻撃が破綻する地点を見抜き事前に売るって、言い換えれば相手の得意プレイをバブルとみなし、その攻撃に対し逆張りを仕掛けて崩壊させるってことよね」
                            「そうです。敢えてスペースを空けて誘導し、読み切ったタイミングで攻撃を仕掛ける暴落売りです」
                            「それは、分かるんだけど……こういったアプローチって、一体、どっから持って来てるの?」
                            「ま、それは色々、ね……」
                             流石に日本を暴落に追い込んだアレックス肝入りのミネルヴァノートが基礎になっているとは言いかねるだけに、私は言葉を濁す。
                             そこへ水を差すのが、谷先輩だ。
                            「ミネルヴァノート、でしょ」
                            「……まぁ、そうです」
                             私は指摘を認めつつ、谷先輩を流し見する。
                             ──この人も大概、尻尾を出さないよね。
                             谷先輩が私を不倶戴天の敵とみなしているのは、間違いない。だが、それをおくびにも出さないタヌキっぷりには感服だ。
                             もっとも不満を出しようがないのが、実態かもしれない。現にそれで勝っている訳だからね。
                             ──やっぱり勝ち続けることでしか、道は開けない、か。
                             私は何げに視線を窓の外へと向ける。頭をよぎるのは、アレックスの生き様である。あまりに優秀で、その傍若無人ぶりを誰も止められない。
                             調べたところ、謎の組織によって、かなり複雑な遺伝子操作を施されて生まれた一種のクローンのようだ。ただそれ以上の詳細は、不明である。
                             何かと生き急いでいる感が否めないアレクスだが、そう思われる要因の一つに彼のオープン戦略がある。ミネルヴァノートを通じ、自身の理論や技術、特許をすべて無償提供しているのだ。
                             無論、それ自体はインテルやトヨタもやっており不思議はない。ただそれはクローズ戦略と組み合わせて行うのが定石であるのに、アレックスは全てを開放し切っているのである。
                             ──どうやら事情がありそうね。
                             私の疑惑はさらに先日のメールでのやり取りに及ぶ。脱税の指摘をした私にアレックスは、課税という概念そのものを否定してきた。それも日進月歩の著しいデジタルテクノロジーをフル活用して、だ。
                             この辺は私の知識では及ばないのだが、玄蔵爺さんの話によると、様々なスキームを用いて複雑処理をさせているらしい。
                             以下は、その時の会話だ。
                             
                                  ◆
                             
                            「所得や資産を二つ以上の仮想人格に分割し、それぞれを独立した所有者として振る舞わせているようだ」
                             玄蔵爺さんの分析に私は、その意義を問う。しばし考慮の後、玄蔵爺さんが返答した。
                            「おそらく国家による一元監視を困難にさせているのだろう。その上で仮想資産を秒単位で異国のサーバーに移動させ、常に異なる司法領域に存在する状態を維持させている」
                            「えーと……つまり、結果的にどの国家からも今ここにあると特定させなくさせているってこと?」
                             まとめる私に玄蔵爺さんはうなずき、続けた。
                            「厄介なのは監視対象とされた瞬間に匿名性のアルゴリズムを強化している点だ。追跡を自己遮断し、特定の法律基準を検知すると、仮想人格ごと死亡処理を実行する。実に厄介だ」

                                  ◆

                             まぁ、詳しくは分からないものの、アレックスは色々よろしくやっているらしい。玄蔵爺さんも桜志会の仲間と一緒になって研究しているものの、皆、その悪質な脱税の手口に顔を顰めているという。
                             ──当面は、あのマセガキの意のままに振る舞うしかなさそうね。
                             私はアレックスの背後に蠢く闇の深さを感じつつ、機内で今後の予定を振り返っていた。

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                          • 一井 亮治
                            参加者

                               第十一話

                               中国・上海に降り立った私達は、ホテルへと赴く。皆が束の間の休息につく中、私は単身で試合会場へと向かった。目的は偵察だ。
                               対戦することとなる〈上海ドラゴンズ〉の練習風景を探るべく、サブピッチで手頃な場所を探す私だが、突如、背中に何かがぶつかった。
                               見ると同年代と思しき少女が四つん這いで何かを探している。
                              「メガネメガネ……」
                               その言葉から察するに日本人のようだ。極度に近視らしくベタな動作で地面を探る茶髪の少女に、私は地面に転がっているメガネを手渡した。
                              「これじゃないですか?」
                              「あースミマセン……って、あなた日本語がお分かりなの?」
                               その少女はビン底メガネをかけるや、私を凝視する。なんでも中国にいる知り合いを求めやって来たものの、迷子になってしまったという。
                               何とか親戚と連絡はついたものの、すぐに迎えは寄越せないから、このサブピッチで待っていてくれと指示されたらしい。
                              「じゃぁ、あなたもラクロスを?」
                              「いえいえ、私はさっぱり。ここへも親戚の勧めで、ここに迷い込んでしまっただけで……」
                               ──だよね。マイナー競技だもん。
                               私は自笑しつつ、その少女と一緒にサブピッチのベンチに腰掛ける。前を見ると対戦相手の上海ドラゴンズが練習に入っていた。だが、冬月とケインから報告のあった凄腕一年生が見当たらない。
                              「あ、もしかして王成麗さんを探してます?」
                              「え、ご存知なんですか?」
                               驚く私にその少女は嬉々とした表情で言った。なんでもかなりの有名人らしい。ただ今日は風邪をこじらせ、来ていないという。
                               私は残念に感じつつ、その少女から王成麗の情報を引き出しにかかるものの、あまり詳しくはないらしい。
                               ただラクロスそのものについての基礎知識はあるらしく、目の前で練習を繰り広げる上海ドラゴンズについて、色々話し出した。
                              「ところでアナタは、ラクロスを?」
                               少女からの問いに私は、完全に否定するのもおかしいと思い「少しだけ」と返答する。
                               すると少女は「ですよねぇ」と応じ、さらに問いを重ねる。
                              「なんかドロー……とかいうルールがあるんでしょ。難しいみたいですよ?」
                              「あー……まぁね。でも手首さえうまく使えば」
                              「手首? そうなんですか?!」
                               食いつく少女に私は、それとなしに仕草を見せる。その一挙手一投足に、少女はずり落ちるビン底メガネを人差し指でクイっと持ち上げ注視する。
                               その後も盛んにラクロス談義に花を咲かせていく。そこには、目の前で練習に励む上海ドラゴンズの情報も含まれていた。
                               ──ラッキー、思わぬ情報源だわ。
                               私はここぞとばかりに質問を重ねていく。対する少女も同様だ。いつしか意気投合した私達だが、そこへ少女の携帯に連絡が入る。
                               どうやら話していた親戚とやらが到着したらしい。
                              「では、私はこれで」
                               少女は礼節の行き届いた仕草で腰を折り頭を下げるや、サブピッチを去っていった。
                               その背中を見送った私は、マル秘ノートに仕入れた情報を書き込むや、上海ドラゴンズの練習風景を眺め続けた。
                               
                               
                               
                               その後、偵察を終え皆が宿泊するホテルへ向かう私だが、道中で見覚えのある人影に思わず声を上げた。
                              「あれは、谷先輩!?」
                               私は物陰に隠れる。どうやら気付かれてはいないらしい。私は谷先輩と距離を置きつつ、そのあとを追跡する。どうやらカフェに入ったらしい。
                               外からガラス越しに谷先輩を監視していると、誰かがやって来た。
                              「あっ、アレは!?」
                               私は思わず声を上げた。あろうことかその人物は、先程まで会話していたビン底メガネの少女である。
                               さらに驚いたのは、その少女がメガネを外し素顔を晒したときだ。忘れもしない。弱小チームを強豪校へと変貌させたという驚異の一年生〈王成麗〉の顔である。
                               ──まんまとしてやられたわ。
                               私はおもわず空を仰ぐ。谷先輩が王成麗にノートを手渡す様子をカメラにおさめるや否や、ホテルへと急行した。
                               緊急招集したのは、アタックの恵とディフェンスの鈴谷先輩だ。
                              「じゃぁ何、偵察しにいったつもりが、逆に情報を取られてしまったってこと?!」
                              「ゴメン……」
                               なじる恵に私は深々と頭を下げる。その上で谷先輩がノートを手渡していた現場写真をスマホに表示させた。
                              「万事休す、ね」
                               鈴谷先輩が腕を組み、表情を顰めている。私は頭を抱えつつ言った。
                              「とにかく手持ちの情報は、全て筒抜け。それを前提に策を立て直すしかないわ」
                              「けど、その時間もないんでしょう」
                               鈴谷先輩の指摘に私は、返す言葉がない。重い空気が垂れ込める中、恵が一計を案じる。
                               その内容を勘案した私は、うなずく。
                              「そうね。ことここに至れば、それもやむなし、か。コツは出だしね。開始早々、王成麗を動揺させ主導権を奪いスタートダッシュを成功させる。あとはひたすら逃げ切りをはかるのみ、か」
                              「恵の策、悪くないと思う。ナっちゃん。それで行きましょう」
                               まとめる鈴谷先輩に賛同した私は、ともに健闘を誓い合った。
                               
                               
                               
                               翌日、試合会場に入った私達は準備運動を終え、上海ドラゴンズと整列し対峙する。挨拶の後、ピッチに入り皆を配置につかせた私は、上海ドラゴンズの一年生エースと対面し、ドロー(フェイスオフ)へと入った。
                               ここで私が”口撃”を仕掛ける。
                              「あら、今日はメガネなし?」
                              「なんだ。バレてたの? いいよ、それも想定内だから」
                               王成麗は吊り上がった目をニンマリと細める。張り詰めた空気の中、ホイッスルとともに激闘の一戦へと突入した。
                               ドローを制したのは私だ。例の如く速攻を目論む私だが、ここで王成麗の本質を知ることとなる。あろうことか反則まがいの足払いをかけ、卑劣にボールを強奪するやアタッカーへパス、あっという間にゴールへと繋げてしまった。
                               先制点を奪われるまでの時間たるや、約十秒──凄まじい速攻である。歓喜に沸く相手チームに私達は面食らった感は否めない。
                               ──確かにスピードに定評がある旨の報告を受けてはいたけど……ここまで卑劣だとはね。上等よ!
                               目が覚めた私は、すぐさま皆に伝令を下す。集団競技の厄介なところは、キャプテンの動揺が、即座にチームメイトに伝播する点だ。
                               たとえ足がつかない状況であっても動じない演技を振る舞うこと──これを信条とする私に皆も我へと帰っていく。
                               すぐさま反撃の一点を奪い返し、再度のドローへと持ち込んだ。ここで王成麗がボールを取るものの、私は審判の死角から綺麗に足払いをかけ返してやった。
                               よろめく王成麗からボールを奪取しアタッカーへのパス、ゴールと怒涛の反撃に転じる。開始直後に受けた仕打ちをそっくりそのまま返した格好だ。
                               見ると王成麗の目がニンマリ笑っている。私は、心の中でつぶやいた。
                               ──どうやら似たもの同士の様ね。
                               多少の卑怯技もテクニックのうちと捉えているようである。その後も壮絶な潰し合いを演じていく私達だが、激しいボディーアタックは言わずもがな、反則スレスレの攻撃をぶつけ合い、両者との譲り合う事のない互角の状態が続いた。

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                            • 一井 亮治
                              参加者

                                 第十二話

                                 試合は第一クオーターが終了し、第二クオーターへ突入している。ここで私は仕掛けた。
                                 ──いくよ。
                                 私は恵と鈴谷先輩にアイコンタクトを送るや、例の作戦へと入った。これまでの躍進の原動力となっていたミネルヴァノートを捨てたのだ。
                                 士郎兄の受け売りだが、野球には〈クセを操る〉という表現があるらしい。ピッチャーが元々持っている悪い癖が、かえって変則的で効果を生み、結果、間違った投げ方なのに勝ち星がついてしまうのだ。
                                 厄介なのは、その不思議な勝ちを続けていくうちに、投げ方が上手くなって癖が消え、平凡になって打たれ出すという皮肉な現象である。
                                 ──早い話が、使い分けよ。
                                 私はクスっと笑みを浮かべる。元々持っていた悪い投げ方である癖球も、基本とされる原則的な投げ方も、使い分けが出来て、はじめて癖は意味をなすのだ。
                                 ある意味、将棋などで素人がなぜか実力者のプロに勝ってしまう現象に似ている。知らないが故に勝ってしまう効果なのだが、これを私は今、仕掛けようとしている。
                                 ──いくよ。
                                 目で合図した私達は、ガラリと戦い方を変えた。これには、流石の王成麗らも動揺を隠せない。
                                 ──無理もないわ。これって元の悪い戦い方だからね。
                                 苦肉の策として変則的な作戦を繰り出す私だが、これが意外な程に上手くいった。完全にボールの支配権を確立した私達は、怒涛の反転攻勢をかけていく。
                                 いつしか点差は逆転し、一気に引き離しにかかった。ここで第二クオーターが終わり、ハーフタイムへと突入する。
                                「七点差、か……」
                                 ベンチでスコアーボードを確認する私に恵が語りかける。
                                「微妙ね。逃げ切れるか否か」
                                「分かってる。何とか凌ぎましょう」
                                 私は恵と鈴谷さんと、今後の展望を話し合った後、第三クオーターへと突入する。そこではたと上海ドラゴンズのメンバーがガラリと変わっていることに気付いた。
                                 何かを企んでいることは、一目瞭然だ。身構える私だが、その意図をまざまざと痛感することとなる。
                                 ──何、このスピード!?
                                 生まれ変わった上海ドラゴンズは恐るべき速度でダッシュするや、コートを縦横無尽に掻き乱し始めた。そのあまりに速さに今度は私達が面食らうこととなった。
                                 ──まずい……。
                                 思わず舌打ちする私だが、矢継ぎ早の速攻攻勢にまるでついていけない。気がつけば七点あった差は二点まで、縮まってしまった。
                                 何とか第三クオーターを乗り切った私達だが、すでに体力が残っていない上に、完全にスコアを肉薄されている。
                                「残り一クオーターね」「どうすんのよ?」
                                 鈴谷先輩と恵に問われるも、もう打つ手がない。ただ、それは上海ドラゴンズも同様らしい。
                                「ここまでくれば、最後に頼るべきは根性よ。何としてもこの点差で逃げ切るの。いい?」
                                 覚悟を固める私に皆も息を切らせながら黙ってうなずく。体力と知力が限界を迎える中、運命の第四クォータへと入った。
                                 ──何としてもここで決める。
                                 誓いを立てた私だが、始まったのは壮絶なシーソーゲームだ。
                                 ついに点差がゼロとなり、試合が拮抗する中、攻守ともども抜きつ抜かれつの泥試合を繰り広げていく。
                                 ここで思わぬ展開が訪れる。あろうことか、谷先輩がキャッチをミスったのだ。それも明らかにわざとである。これを受け上海ドラゴンズが最後の速攻を仕掛けた。
                                 ──しまった。やられる!
                                 覚悟を固めた私達だが、これを鈴谷先輩が阻止に動く。バランスを崩したアタッカーが、強引にシュートを放つ。
                                 ──万事休すか。
                                 心で祈りを捧げる私だが、どうやら救われたらしい。アタッカーのシュートは僅かにゴールを外した。
                                 ここで試合終了のホイッスルが鳴り響く。結果は15対15のドローである。
                                 ──助かった。
                                 私はほっと安堵のため息とともに、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。他の皆も同様で、あまりの激しさゆえ試合終了とともに緊張の糸が切れ、涙を流すメンバーまで現れた程だ。
                                 かくして親善試合は、引き分けという形で決着を見る。整列の後、皆が握手を交わし、互いの健闘をたたえ合った。

                                 今回の試合は様々な教訓を与えてくれた。
                                 ──何よりあのスピードね。何とかして私達もそれを手に入れる必要がある。
                                 宿泊先のホテルに帰った私は、部屋で今後の課題をノートにまとめていく。とそこへ一本の着信が入った。画面を見ると、アレックスの名前が表示されている。
                                 ──アイツ……一体、何用!?
                                 訝る私はおもむろに通話に応じた。
                                「ニーハオ〜」
                                 能天気なアレックスの声に私は、苛立ちを交え返答する。
                                「アレックス、あんたは私に何をさせたいの!?」
                                「もちろん、決まってるじゃないか。ミネルヴァノートがスポーツ工学に与える影響の把握だよ。君達の戦いは研究材料として素晴らしいデータを提供してくれた。感謝に堪えない」
                                「それは結構なこと。でもなんでラクロスなのよ」
                                「球技の中でも有数の激しさを競う格闘競技だからださ。サンプルとして情報を取りやすいんだ」
                                「他にももっとあるでしょう。アメフトとか……」
                                「女子部門がないじゃないか。前にも言ったろう。僕は国の縮図を女ではかるって」
                                 当然の事のように話すアレックスに私は、苛立ちを隠せない。一番許せないのは、自分は全く手を汚さず人を使って研究の果実を貪ろうとする点だ。
                                「アレックス。どうせ今回の結果も自身の研究に反映させて、以前みたいに空売りでも仕掛けるつもりなんでしょう。言っとくけど私はあんたのサンプルじゃないから」
                                「もちろんさ。ナツ、君はサンプルなんかじゃない。僕のワイフさ。病める時も健やかなる時も妻として敬い、生涯違わぬ愛の誓いを……」
                                「アホ!」
                                 有無を言わせず通話を切った私は、ふんっと鼻を鳴らし、再びノートのまとめへと入っていった。
                                 
                                 
                                 
                                 翌日、帰国までの時間をそれぞれが思い思いに過ごす中、私は昨日の試合会場へと足を運んだ。競技場のベンチに腰掛け、目の前の公式戦を眺め続けていると、一人の人影が現れる。
                                「必ず来ると思ったわ。あなたとは一度、じっくり話したかったのよ」
                                 笑みを浮かべる私の目の前に立つのは、王成麗だ。隣のベンチへと促す私に、王成麗は腰を下ろす。肩を並べ競技を眺め続ける私達だが、何気に王成麗が切り出した。
                                「昨日の試合、運がよかったわね」
                                 実力では勝っていたとばかりに強気を振る舞う王成麗に、私も切り返す。
                                「それは、お互い様でしょ」
                                「さぁ、どうかしらね。夏目葵さん」
                                「敬称はいらない。ナツでいい。王成麗、はっきり聞くわ。アレックスとはどういう関係なのよ?」
                                「多分、ナツと一緒よ。訳の分からないプロポーズをふっかけられ困惑する様を眺めながら、その国の潜在力を見定められていく感じ。はっきり言って気に入らない」
                                 率直な胸の内を晒す王成麗に私も異論はない。その上で改めて王成麗と向き合う。
                                 いかにも勝ち気な表情を浮かべる王成麗に、自身と似た何かを感じた私は本題を切り出した。
                                「ミネルヴァノートだけどさ、王成麗はどう思ってる?」
                                「市場や競技、戦いを制す手段としては、大いにありでしょう。ただ設計思想はいただけない。国家という枠をはみ出すアレックスは、十分に危険分子よ。私は距離を取っている。ナツは違うの?」
                                「まぁ、付かず離れずってところ。ただアレックスで感じるのは、妙な焦りね。多分……」
                                「でしょうね」
                                 皆まで言わず王成麗がうなずく。どうやら同じことを感じているらしい。
                                 アレックスは先が長くない──そうとしか思えないのだ。あれだけの才能を有しながら、寿命に恵まれない。なら出来る限りのことをこの世に残したい。その先兵が私達なのだ。
                                「自身が心血を注いだミネルヴァノートを実証させ、限られた時間内でこの世に生きた証を残したい。その為なら国を滅ぼすことも厭わない、ってところでしょ」
                                 王成麗の総括に私は、言葉が続かない。重い空気が漂う中、王成麗が思わぬ話題を切り出した。
                                「ところでナツ、アンタの事は色々、調べさせてもらったけどさ。冬月にケインだっけ? モテモテらしいじゃない」
                                「冗談じゃないわ。モテモテどころか大迷惑よ」
                                 率直な胸の内を晒す私に王成麗は、笑みを浮かべながら手を差し伸べる。
                                「まぁ、男には気をつけることね。どうせロクな奴はいないからさ」
                                「もちろんよ」
                                 私も同意しつつ王成麗と手を取り、固い握手を交わした。

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                              • 一井 亮治
                                参加者

                                   第十三話
                                   
                                   帰国するや否や、私は新たな部員集めに奔走している。今回の上海ドラゴンズ戦で痛感したのは、これまでにない斬新な発想や特異な能力の必要性だ。
                                   ──多少、荒削りでもいい。どこかに見たことがないような才能は埋もれていないか。
                                   それこそ目を皿のようにして探し続ける私だが、ここで耳寄りな情報を入手する。何でもうちの学年に留学生が来るらしい。
                                  「カナダの元陸上部!?」
                                   情報の提供主であるケインに、私は声をあげる。何でもかなりの実力者だったらしい。目を光らせる私だが、そこに冬月が水を差す。
                                  「ナツ、気をつけろよ。うちの陸上部が勧誘を見送った程だ。どうも本国で色々、あったらしいぜ」
                                  「何よそれ?」
                                  「早い話が年功序列のはみ出し者だ。上級生を殴った挙句、止めに入った教師のキンタマを蹴り上げたらしい。素行が悪さは一級品。とにかく束縛されることが嫌いなんだと」
                                  「へー……いいじゃんいいじゃん」
                                   興味がわけば、とことん首を突っ込むのが私流だ。何よりカナダという点に惹かれた。ラクロス発祥の地なのだ。
                                   起源は十七世紀に遡る。北米ネイティブアメリカンが戦闘用の訓練に用いていた格闘技をカナダに入植してきたフランス系移民が発見しルールが制定されスポーツ化した。
                                   カナダでは国技として愛され続ける競技だ。
                                  「ラクロス発祥の地からの元スプリンター留学生、これは何としても取りにいかねば」
                                   ケインから送られた留学生の画像を眺めながら、私は腹を固めた。
                                   

                                   放課後、ラクロスの練習を終えた私はバイト先の税理士事務所へと向かう。そこで思わぬ出会いが待っていた。応接室に噂の留学生が訪れているのだ。
                                   ただその雰囲気は和やかではない。桜志会と思しき先生方を数人引き連れ、物々しさを醸し出している。玄蔵爺さんが手招きした。
                                  「葵ちゃん、ちょっと入ってくれ」
                                   促されるまま席に着くだが、そこで思わぬ話を聞かされた。何でも各国政府が本格的にミネルヴァノートの私物化に動き始めているらしい。
                                   もっともそこはインターネットだ。すでに関係者の間で大いに広まり、知る人ぞ知る存在となっている。そこで私と留学生の出番だという。
                                  「ミア・ディオン。ヨロシク」
                                   無表情を動かすことなくミアが握手を求める。私は場の空気に流されるまま、その手を取ったのだが、ミアはいきなり物凄い握力で私の手を潰しに来た。
                                   ──痛っ……。
                                   思わず表情を歪めた私だが、仕返しとばかりにミアの手を強く握り返す。互いの意地がぶつかり合う中、ミアは放り出すように私の手を払った。
                                   面白くなさげにドカっとソファに腰を下ろすミアと、警戒一色に染まる私。その様子を桜志会の先生方がハラハラしながら見守る中、玄蔵爺さんが切り出した。
                                  「君達二人には、アレックスの監視を頼みたい」
                                  「え、でもアイツの居場所って、アメリカでしょ」
                                  「それがそうでもないんだ。パーマネントトラベラー、通称PTと言ってね。巧みに国籍や所在を変え課税を……というか国の関与から逃れ続けている。対策を打とうにも新手の抜け道を見つけては、居直る有様だ」
                                  「お話は分かるのですが、それはアイツの生き方なんでしょ」
                                  「それがそうとも言い切れない」
                                   割って入るのは、桜志会会長の広田和也先生だ。どうやらマネーロンダリングの疑いが浮上しているらしい。課税当局のみならず、各国の捜査機関も目を光らせているという。
                                  「なるほど。で、私は具体的に何をすれば?」
                                  「何もしなくていい」
                                   広田先生の言葉に私は首を傾げる。すかさず玄蔵爺さんが補足した。
                                  「葵ちゃん、何もしなくてもアレックスとその背後にうごめく連中が仕掛けてくる。つまり、君はミアのボディーガートという訳だ」
                                  「なるほど。分かりましたが一つ、条件があります」
                                  「ほぉ、承ろう」
                                   皆の視線が集中する中、私は切り出した。
                                  「ミアをうちのラクロス部に入らせること。ボディーガードなら、その方が都合がいいでしょう」
                                  「ちょっと待ちなよ。アンタ、本気でそれ言ってんのかい。あたいの事もよく知らずに……」
                                   ★
                                   声を荒げるミアに私は、ケインから譲り受けたレポートの内容を誦じた。
                                  「親は脱税で拘束され、ご自身はハッキングで逮捕。司法取引を経て今の立場に至る。好きな食べ物はケンタッキーで、スヌーピーをこよなく愛しミッキーマウスを憎む。何より嫌うのは自由を束縛される事……」
                                  「それと詮索されること、ね」
                                   ミアはジロリと私を睨みながら返答する。一触即発となる中、玄蔵爺さんが間を取り持った。
                                  「いいだろう。葵ちゃん、条件を飲もうじゃないか。いいだろうミア?」
                                   有無をいわせぬ玄蔵爺さんに、ミアがそっぽを向きながらうなずいて見せる。かくして私は念願のラクロスで新戦力を手に入れた。
                                   それは、同時に波乱要因をも巻き込んでいくこととなる。

                                   翌日、うちのクラスの一員として迎えられた留学生ミアだが、まぁ派手だ。目立つ目立つ。
                                   まず、異様に上手い日本語。漢字こそ使いこなせないものの、日常生活に不可欠な会話は実に流暢だ。どうやら両親のどちらかが、日系の血を引いているらしい。
                                   次に素行の悪さ。てんで言うことを聞かず、傍若無人に振る舞っている。あの冬月までこう言った。
                                  「おいナツ。あのミア、何とかならないのか?」
                                   ──アンタが言うな。
                                   心の中でつぶやく私だが、確かにミアはクラスの輪を乱している。挙げ句の果ては喧嘩だ。クラスメイトが気に入らないとかで古武術らしき技を決め、保健室送りにしてしまった(ちなみにこれ、全部初日の出来事ね)。
                                   一応、保護者らしき立場に私がいるんだけど、もうついていけない。
                                   ──損な役回りを引き受けてしまった。
                                   浅はかだった己を呪う私だが放課後、このマイナス評価を帳消しにする姿を目撃する。
                                   ちょっと試しに走らせて見せたんだけど、愕然としたわ。
                                  「速っ……」
                                   ラクロス部のダッシュでいならぶ先輩をごぼう抜き。しかもラクロスの方もやたら上手い。ろくに経験もないのに、たちまちエース的ポジションを勝ち取ってしまった。
                                   ──凄い身体能力……。
                                   私は声が出ない。もっとも根っからの一匹狼だけあってきっちり組織の輪を乱すことも忘れない。あろうことか谷先輩に「アンタ、スパイなんでしょ。もうこの部を辞めなよ」と、余計な一言をかます始末。
                                  「ミア。何、いらんこと言ってんのよ!」
                                   抗議する私だが「その甘さがあるから中国チームに引き分け止まりなのよ」と、逆に説教をかましてきた。
                                   とにかく厄介。めんどくさくて仕方がないのだが、それがなぜか物凄く嬉しい。
                                   ──次はどんな姿を見せてくれるのだろう。
                                   飽きっぽい私が、次々とポテンシャルを開花させていくミアにすっかり首っ丈だ。
                                  「凄い奴、入れたね」
                                   同輩の恵の感想に「同感」と苦笑した。
                                   
                                   
                                   
                                  「もう大変ですよぉ」
                                   私が愚痴をこぼす相手は、ネオサイバー社の鬼塚社長だ。玄蔵爺さんから記帳業務を託され会社にお邪魔しているのだが、そんな私を鬼塚社長が笑う。
                                  「その割には、随分と楽しそうじゃないか」
                                  「まぁ、それは……ちなみに鬼塚社長は組織を強くしたいとき、社員の見極めをどうされてます?」
                                  「ゼークトの組織論を使ってる」
                                  「え、それはあの……どなたで?」
                                  「ドイツ軍で上級大将を務めた軍人さ。組織内の人材を四つのタイプに分類し、どのような役割を与えると能力に応じた活躍ができるかを示した理論だ」
                                   鬼塚社長の解説によれば、人材は「利口・愚鈍」と「勤勉・怠慢」の切り口でかけ合わせ、以下に分類できるという。
                                     
                                   ・有能な怠け者(利口・怠慢)
                                   ・有能な働き者(利口・勤勉)
                                   ・無能な怠け者(愚鈍・怠慢)
                                   ・無能な働き者(愚鈍・勤勉)
                                   
                                   ミアはまさに有能な怠け者だ。軍隊においては「指揮官」の役割を担うとよいとされるらしい。マネジメントに秀でているタイプ。
                                   怠け者な分、自分が動かず人任せで、利口な分、組織全体を俯瞰し適材適所に人を配置できる。
                                  「じゃぁ、有能な働き者だったら?」
                                  「ナツ、君みたいなタイプだ。働き者な分、人任せにせず、自分でやってしまうだろう。だから指揮官は向かない。参謀タイプだな」
                                  「なるほど……」
                                   私は妙に納得を覚えている。事実、キャプテンを務めているとはいえ、皆に各々の課題等を示した分析レポートを配布するなど、手法は参謀に近い。
                                   ここで私は気になる核心の人物評を問う。
                                  「じゃぁ、アレックスはどうなんでしょう?」
                                  「うーん……さぁ、どうしたものか」
                                   私の問いに鬼塚社長はしばし考え、意外な評価を下した。
                                  「案外、無能な働き者かもな」
                                  「え……有能じゃないんですか?!」
                                  「俺の基準からすれば無能だ」
                                   鬼塚社長の評価に私は考える。確かにアレックスは、幼さゆえに判断が独善的だ。これを無能と評価すれば、アレックスが動くことで間違った判断により損害が出たり、周囲が後始末に追われたりといった混乱を招くとなる。
                                   しかも、本人は「よかれと思って動いている」だけに深刻だ。私は問うた。
                                  「鬼塚社長は、アレックスみたいな無能な働き者が社内にいたら、どうされてます?」
                                  「決まってるだろう」
                                   鬼塚社長は何でもないことの様に、手で首の根っこをトンと叩き「クビ」の仕草を示す。その上で、こう付け加えた。
                                  「アイツは、間違いなく組織に害をもたらす癌さ」

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                                • 一井 亮治
                                  参加者

                                     第十四話
                                     
                                     鬼塚社長をして癌と言わしめたアレックスだが、それを垣間見せる出来事が起きた。
                                     その日はホームゲームで、天気はあいにくの雨。白のホームユニフォームも泥塗れで、ミアも身体能力を持て余している。その辺は、経験不足が露呈した形ね。
                                     だが、それは来たるべき事件の予兆でしかなかった。ミッドフィルダーとして360度を視野に入れる私は、隣接するビルの屋上からとんでもないものを発見する。
                                     ──え、まさかアレって……。
                                     まさに私の危機センサーが如実に働いた瞬間だ。
                                    「ミアっ!」
                                     叫ぶ私は気付けば、ミアを庇うべく前面に出ていた。その直後、銃声らしき音が轟く。宙を切り裂く飛来音とともに、何かがかすめた。
                                     私の額から鮮血がほとばしり、気がつくと地面に倒れ込んでいる。
                                    「ナツ!」
                                     周囲が叫ぶ中、私は遠のく意識の微睡に飲み込まれていった。
                                     
                                     ………
                                     ……
                                     …
                                     
                                     どれほど時間が経っただろう。はたと気がつくと、見たことのない部屋にいる。どうやら病院の様だ。そこへ傍らにいる人影が声をかける。
                                    「葵!」
                                     それは、士郎兄だった。
                                    「あれ……私。一体、どうして……」
                                     困惑の中、上体を起こそうとしたものの、凄まじい頭痛に阻まれ病床へと伏せる。疲労困憊な私に、士郎兄が事情を説明し始めた。
                                     どうやら私は、ミアの身代わりになって狙撃されたらしい。危篤状態が何時間も続き、一時は命も危ぶまれたものの、何とか一命は取り止めた。
                                     ちなみに皆は、警察から事情聴取を受けている最中との事だ。そもそもそんな過激な世界とは無縁だっただけに、私は出すべき言葉を失っている。
                                     ──一体、なぜ? 何者が!?
                                     疑問に対する回答は、限られてくる。間違いなくアレックス絡みだ。本人がそれを命じたのか、あるいはその関連で狙ったのかは定かではないものの、私は明らかにヤバい世界へ踏み出してしまったらしい。
                                    「ナツ、心配だろうが、とにかく今は休んでろ。親父と母さんもこっちに向かっている」
                                     士郎兄が私を安心させようとする中、不意に扉が開き、ミアが冬月とケインを引き連れ病室へと駆け込んできた。
                                    「ナツ!」
                                     飛びつくミアは、私の無事を確認するや、ヘナヘナと糸の切れた操り人形の如く、その場に座り込んでしまった。
                                     どうやらこのジャジャ馬でなる跳ね返り娘にも、可愛らしいところはあるらしい。安堵の余り涙を浮かべている(本人は涙だと認めていないが)。
                                     一方、大いにはしゃぐのは冬月とケインだ。私の無事を喜びつつも、やれ報復だの仕返しだと叫び散らしている(どこまで本気だか知らないが)。
                                     何はともあれ、私は一命を取り止めた。その一点において、天に感謝した。
                                     その後も皆のお見舞いは続く。ラクロス部のメンバーやクラスメイト、さらには玄蔵爺さんや桜志会の先生方など、多方面からの気遣いを受けた私だが、それが一区切りついたところで、徐ろにスマホを取り出す。
                                     今回の事件に関連するであろう人物と連絡を取るべく、メールを送った。
                                    〈アレックス、アンタの仕業ね〉
                                     返答はすぐに来た。
                                    〈ナツ、君が無事で何よりだ。もう気が気でなかった。君の返事が見れて安堵したよ……ただ、あの女は頂けないね〉
                                    〈ミアね。だからって暗殺まで図るなんて、どういうことよ!〉
                                    〈そういうことさ。君が救ったあの女の狙いは僕だ。なら取り除かねば。当然だろう〉
                                     なんら悪びれることのないアレックスに、私は目の前がクラクラする思いだ。私は言った。命まで狙うなんて常人のすることではない、と。
                                     だが、アレックは全く意に介さないどころか、さらに冷酷な一面を見せた。
                                    〈ナツ、警告する。もしあの女……ミアを救おうものなら、次の標的は君になる。その時は今回のような幸運はない。待っているのは、死だ〉
                                    〈アレックス。アンタ一体、何を焦ってるのよ!?〉
                                     しばし沈黙の後、アレックスが返答を寄越した。
                                    〈ナツ。知っての通り、僕は先が長くない。だから遠慮はしない。可能な限りこの世の全てを変えていく。たとえそれが死を招こうともね〉
                                    〈そんなの間違っている。アレックス、アンタの野望は何も産まない。待っているのは、ただの破滅よ!〉
                                    〈上等だね。破滅、滅亡、大いに結構。その先にこそ真の未来がある。日本にとってもだ〉
                                     まるで歯車の噛み合わない私達は、非難の応酬に明け暮れ平行線をたどった挙句、物別れに終わる。
                                    〈ナツ、君ならわかってもらえると思ったが、残念だ。ただチャンスをあげよう。一週間、これが僕が君に与えられる最大限の猶予だ。もし、考えが変わったら連絡をくれ。そうでないなら、容赦はしない〉
                                     そこでアレックスのメッセージは、プツリと途絶えた。
                                     

                                     
                                     翌日、見舞いに来た士郎兄、冬月とケイン、ミアを前に私は考え込んでいる。というのも私の無事を知った両親が急遽として見舞いを中止し、仕事に戻るとともに私に一本のメールを寄越したのだ。
                                     張り付けられたURLを開くと、そこには謎の算式が記されている。訳が分からない私にミアが素直な感想を述べる。
                                    「算式はともかく、娘の入院に駆けつけないアンタの両親って、どういうことよ」
                                    「全くだ」「ヒドいデス」
                                     冬月とケインも続く中、私と士郎兄は「そういう親なのよ」と苦笑する。
                                     実はこの辺、うちは変わっている。あれは私が小学校を、士郎兄が中学校を卒業するときだ。両親が卒業祝いと称し、プレゼントに現金三百万円を用意してくれたのだ。
                                    〈この原資を運用して大学までの資金を自分達で捻出しろ〉
                                     半ば養育の放棄とも取れる方針で、これをよく言えば自覚を促す放任主義となり、ありていに言えば「勝手に育て」となる。事実、士郎兄は見事に運用を覚え、株式市場とコモディティ取引で私の分まで養育費を稼いでいる。
                                     さらに秀逸なのが、教育方針だ。いわゆるストップウォッチ勉強法と言われるもので、常にどれだけ勉強したかが分かるよう、細切れの時間まで計らせるのだ。今、思えばこれが私の要領の良さにつながっている気がしている。
                                     何はともあれ今は、算式だ。士郎兄が記憶を頼りにあたりをつけた。
                                    「これ、相続税評価額で使う路線価の加重平均を元にしてるな」
                                    「何それ?」
                                     首を傾げる私に士郎兄は「異なる正面路線価を間口距離で按分する算式さ」と、これまた難解に説明する。
                                     よくは分からないが、どうやらこれを元にうまくバランスを取ってアレックスと戦え、ということのようだ。
                                     さらに算式は、二つの法則を導いている。第一法則を戦闘力に武器効率と兵力数を、第二法則にこの兵力数を二乗したものを置くというものだ。
                                    「それ多分、ランチェスターです」
                                     ケインが思い当たる節を述べた。要約すると、戦争における戦闘員の減少度合いを数理モデルにもとづいて記述した法則らしい。
                                    ──つまり、弱者は第一法則を取れってことか……相変わらずまどろっこしい親ね。
                                     私は苦笑を禁じ得ない。その上でいかにアレックスと対処していくかについて議論を重ねていった。

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                                  • 一井 亮治
                                    参加者

                                       第十五話
                                       
                                       皆が帰った後、私はタブレットでアレックスのミネルヴァノートを見直している。
                                       ──いかにしてこの天才と対処していくか。
                                       散々考慮を重ねた私が辿り着いた答えは、対決だ。それもアレックスが得意とする分野での勝利である。
                                       ──私にはよく分からないけど、ミネルヴァノートは有益な数理モデルなのだろう。示さんとしている理論も何とかなくでしかないが、分かる気もする。ただ……。
                                       私は深く考え込む。あくまで感触でしかないのだが、どこか欠落した何かが感じられてならない。その違和感を探るべく、私は士郎兄やケインが寄越したミネルヴァノートに絡むレポートを読み重ねていく。
                                       そこで一つの仮説に辿り着いた。課税理論だの金融工学だの色々振り回され、正直理解を試みること自体がおごがましいのは承知している。それでも提唱者のアレックスを知るがゆえに辿り着いた仮説だ。
                                       ──アレックスには、敗北した人間の気持ちが理解出来ていない。なぜならあまりに勝ち続けているから。負けを知らなさ過ぎるから。
                                       その瞬間、私の脳裏に天啓が舞い降りた。それこそ素人ならではの発想だ。何も知らないからこそ得た気づきでもある。
                                       ──要するにラクロスだ。格闘競技と名高いだけに礼儀と相手の尊重を重視する。その姿勢がアレックスには、欠落している。要するに子供なのだ。
                                       さらに偶然が重なり合う。たまたま見ていた冬月のレポートに、この欠落点を利用する気付きとなる算式が目に入った。それもなぜそのような算式になるのかは、分からないのだが、理屈ではない直感が働いた。
                                       ──多分これ、こう言うことじゃない?
                                       すかさずその算式に思うがままの改良を加え、ネオサイバー社の鬼塚社長に送った。返事はしばらく後だろうと踏んでいたのだが、すぐに返って来た。
                                       それもスマホへの電話でだ。
                                      「ナっちゃん。これは本当に君が作ったのか?」
                                      「や、正確に言うと冬月のレポートから得た着想なんですけど。正直、私には金融工学とか分かんなくて……ただその算式は以前、アレックスがチラッと言っていたことを思い出して……」
                                      「思い出して形にした、と?」
                                      「えぇ。私、基礎が分かってないんで応用のみなんですが、要するにそう言うことでしょ?」
                                      「そうだ。そこが凡人で終わるか超越した何かを生み出せるかの差なんだ」
                                       鬼塚社長は興奮気味に語り出す。なんとすぐさま必要な人材を寄越すとまで言った。
                                      「や、社長。でも病院だと面会時間が限られてて……」
                                      「ならロボットを寄越す。今、そっちにうちのAIのアクセス権を送った。そのプログラムを自由に使ってくれ。深夜でも一向に構わない。何か判明したらすぐに教えて欲しい。四六時中、進展を待っている」
                                      「あ、や、ちょっと待ってください。私はただ気付きを得ただけで……」
                                       必死に説得を試みようとするものの、覚醒に入った鬼塚社長を止められない。やむなく対アレックス戦を想定した理論を、一から編み出すこととあいなった。
                                       まさかそれが私達がはじめて築く橋頭堡となり、反撃の狼煙となろうとは思いも知らずに。

                                       
                                       
                                       アレックスが指定した期限が来た。すでに退院済みの私はネオサイバー社で待機中だ。傍らには鬼塚社長は言わずもがな、玄蔵爺さんや桜志会の広田会長、さらには冬月とケインのコンビとミアが取り囲んでいる。
                                      「ナツ、あたいはどうなっても構わない。タオルを投げる心づもりは出来ているから」
                                       覚悟を示すミアに私は、かぶりを振る。
                                      「大丈夫よミア。私達は十分準備した。結果を信じて」
                                       とは言うものの、それは明らかな嘘だ。あくまで私が得たのは、気付きだ。それを何とか誤魔化しながら、形に整えたに過ぎない。
                                       だが、こうも思った。
                                       ──ここは勝負所だ。山張り名人として勝負させていただこう。
                                       そこへ頃合いをはかったように、スマホに着信が入る。アレックスだ。通話に出た私にアレックスは切り出した。
                                      「ナツ、返事を聞きたい。あの女を差し出し、僕に降ること。もし従うなら、君にこの世の全てを……」
                                      「アホ。そんな条件、飲めるわけないでしょ。このマセガキが!」
                                       私の罵倒を受けアレックスは、流石に面食らっている。さらに私は畳み掛ける。
                                      「前から思ってたけど、アンタ、世間を舐めすぎ。日本のクビをとって国王を気取ってるみたいだけど、ちょっとは社会を知りなさいよね」
                                       私の思わぬ挑発を出会い頭で受けたアレックスは、如実に反応した。プツリと通話を切るや、実力行使へと移って来たのだ。すなわち日本市場への強制介入である。
                                      「あの……これでいいんですよ、ね?」
                                       念押し気味に確認する私に、桜志会の広田会長がうなずく。と言うのも金融当局から、アレックスを怒らせてくれと言われていたのだ。
                                       どうやら彼らにも、前回の敗北にリベンジするための策があるらしい。それにうまく乗った形だが、うまくいったようだ。
                                      「オーケー。早速、来たぜ」
                                       パソコンの画面を眺める冬月が反応する。案の定、アレックスによる市場への介入が始まった。ここで私が継ぎ接ぎだらけながらも、何とか形にした算式が働く。
                                       ほぼ直感だけで組んだだけに、理屈は分からないのだが、金融当局の偉い人達がその至らぬ点に修正を加え、プログラムにしてくれた。
                                       どうやらハイ・フリークエンシー・トレーディングと呼ばれる、コンピューターを駆使した超高速の金融取引を利用したものらしい。
                                       過去の価格の動きを統計的に分析し、一秒間に数千回もの高頻度で売買の注文を繰り返す取引を指す。
                                       相場全体の値動きを抑制する効果があるらしいのだが、稀にプログラムの不具合で株価が急落したり、短時間で値動きが増幅したりすることがある。
                                       その値動きを隠れ蓑にあたかも弱気を装うのが、今回の作戦の肝のようだ。 
                                       ──さぁ、どうだ!?
                                       皆が注目する中、アレックスは気をよくしたのか、大胆にも介入額を一気に増やした。
                                      「かかった!」
                                       皆が声をそろえる。反応をうかがう限りうまくアレックスを騙せたらしい。私達が前のめりになる中、アレックスはこれ以上は出来ないほど掛け金を増やしていく。
                                       だが、金融当局はこれを着実に買い支えていく。事ここに至り、さしものアレックスも異変に気付いたようだ。無理もない。弱気に見えているのは(理屈は分からないが)、私の算式をもとにした対アレックス戦に特化したプログラムのおかげなのだ。
                                       ──アレックス、あんたはまだ気付いていない。どれだけの日本人があんたから受けた攻撃から学んだかをね。
                                       カラクリに気付いたアレックスは、慌てて市場を手しまいにかかるも、時すでに遅し。金融局による包囲網が固まっている。
                                       すると信じられない結果が出た。あれほど常勝を誇っていたアレックスが、最も脆く崩れ始めたのだ。まさに自滅、砂上の楼閣である。
                                       早速、金融当局から連絡が入る。
                                      「十分だ。あとは我々にこの国を任せてくれ」
                                       その返事を受け皆は、一斉に立ち上がり、割れんがばかりの拍手を起こした。
                                      「よくやった。見事、アレックスに土を付けてくれた。大したもんだよ」
                                       玄蔵爺さんに肩を軽くごつかれ、私は照れ笑いを浮かべる。さらにミアが手を差し出す。
                                      「ナツ、助かったよ。礼を言う」
                                       私はすかさず握手で応じ、互いの健闘を称え合った。

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                                      参加者

                                         第十六話 
                                         
                                         アレックスに土をつけた私は今、ミネルヴァノートを再読している。これまでこの理論をラクロスに転用させてきた私だが、今ひとつ内容が分かっていない。
                                         ただその真髄らしきものは、感覚で理解している。
                                        「早い話がいかに心理戦を制すか、その最短距離をはかる理論ね」
                                         つまり、視覚化が難しかった攻め手と守り手がもつ心理の揺らぎを、数値に置き換えるツールである。数値化ができれば視覚化も可能だし、他の分野への移植も可能だ。
                                         これを資本主義経済で用いるなら相手は市場となるし、格闘競技たるラクロスなら敵チームとなる。
                                         ──ステージが変わるだけ、基本原理は同じ。確かにそうなんだろうけど……。
                                         私は一つの懸念を覚えている。スパイの存在だ。自分で言うのも何だが、勝負師を自認するだけに、この手の勘は妙に鋭い。
                                         ──あるとすれば、谷先輩だけど……。
                                         何かと疑念の尽きない私だが、事態は意外な方向へ転がる。それは、部活を終え帰路についていたときだ。目の前に思わぬ人影が現れた。
                                        「アレックス!?」
                                         ただ様子がおかしい。いつもの自信に溢れた表情はなりを潜め、顔色も真っ青だ。見ると怪我をしている。
                                        「アンタ、どうしたのよ。何があったの!?」
                                        「ふっ、ちょっとね……」
                                         アレックスは、よろめきながらもこちらに歩み寄るや、その場によろよろと崩れ落ちてしまった。慌てて駆け寄った私は、アレックスに応急処置を試みる。
                                         とにかく出血が止まらない。虫の息のアレックスを前に救急車を呼ぼうとした私だが、そこへ黒いワンボックスカーが滑り込んできた。ワラワラと得体の知れない男達が現れ、私達を取り囲む。
                                        「ヘイキッズ、カモーン」「你好!」
                                         英語と中国語が入り乱れる中、男達は何とピストルを取り出し、銃口をこちらに向けた。
                                         ──一体、何事よ!?
                                         困惑を隠せない私だが、ふとアレックスを見ると、虫の息で何かを呟いている。どうやら助けてくれと言ってるらしい。
                                         こんなときに甘くなるのが、私なのよね。母性本能ってやつ。おもむろに立ち上がるや、毅然と男達に吠えた。
                                        「あんた達、この子に何をする気よ!」
                                         どうやら日本語は分からないものの、何を言っているのかは伝わったらしい。一人の男が何の前触れもなく私に発砲した。
                                         突き刺さる激痛とともに私は、フラフラとその場に崩れ落ちる。どうやら麻酔銃のようだ。体の自由が効かず困惑を隠せない。
                                         さらに男達はアレックスだけでなく、私の身柄まで押さえつけ、ワンボックスカーの中へ放り込んだ。
                                         ──ヤバい。何とかしないと……。
                                         焦る私だが、身動きが取れない。どこを走っているかも分からない。動揺を抑えきれない中、事態はさらに思わぬ方向へと転がる。
                                         私達を拉致したワンボックスカーが、凄まじい衝撃を受け車体を横滑りさせたのだ。どうやら他の車に車の横腹をぶつけられたらしい。
                                         たちまち車体が転がり、炎と共に私達は開いたドアから乱暴に放り出される。
                                         ──痛っ……。
                                         アスファルトに叩きつけられ激痛に喘ぐ私だが、見ると私達を拉致した男達が、別の車から現れた男達に取り押さえられている。
                                         察するに私達は別の何者かに助けられようとしているようだ。やがて、新たに現れた車から、一人の少女が現れる。
                                         おもむろに私の前に歩み寄り、手を差し伸べる少女の顔を見た私は、思わず声を上げた。
                                        「あなたはっ!?」
                                        「久しぶりね。夏目さん」
                                         微笑みかけるその顔を私は、忘れもしない。かつてラクロス部に所属し、一家ともども夜逃げしたあの成瀬先輩である。
                                        「成瀬先輩、なぜあなたがここに?!」
                                        「色々と事情がね。話はあと。とにかく今はここからズラかりましょう」
                                         成瀬先輩は私に笑いかけるや、男達に命じて私とアレックスを車内へと運び入れ、その場から去って行った。
                                         

                                         
                                         さて、その事情であるが、アレックスの一件で痛い目にあった政府が、同様の攻撃に対処すべく政府直属の秘密機関〈竹葉会〉なる組織を立ち上げていたらしい。
                                         特にアレックスに絡む最重要人物が私らしく、ラクロス部で親交のあった成瀬先輩に声がかかったという。
                                        「まぁ、うちも厳しいからさ。家計の足しにでもなればって。それに夏目さんには、恩もあるし」
                                        「や、私は大したことは……」
                                        「色々、教えてくれたじゃない。要領、とかね」
                                         成瀬先輩は片目をつぶって、スマホの画面を見せる。そこには以前、私がラクロス部で配った『必勝法』と『必敗法』、それに成瀬先輩に特化したレポートが取り込まれている。
                                        「これ、今でも見るの。ラクロスと関係ないところでも、本当に役に立ってる」
                                        「それは、その……ありがとうございます」
                                         私は恐縮しつつ、問うた。
                                        「今回の襲撃なんですが、一体、なぜアレックスが?」
                                        「夏目さんに市場で負けたからよ。どうやらかなりの損を出してしまったらしいわね」
                                        「だからって命まで狙われるなんて……っていうか、あの襲撃班の正体って。一体、誰がアレックスの暗殺を……」
                                        「二代目アレックスよ」
                                         これには私も言葉を失った。一体、どう言うことなのか首を傾げる私に、夏目先輩が説明する。どうやら前回、敗北を喫したアレックスは、お役御免とばかりに退場を余儀なくされたらしい。
                                         取って代わったのが、二代目のクローンたるアレックス02〈通称ゼロツー〉とのことだった。
                                         ──確かにクローンだとは、聞いていたけど……。
                                         私は後部席の隣で眠りにつくアレックスを、複雑な視線で眺める。
                                         ──無理な科学技術で作られ寿命の限られた使い捨て可能なクローン。そりゃ生き急ぎもするよね。
                                         私ははじめてアレックスに同情を示した。
                                         その後、自宅まで送り届けられた私だが、車外へ出ようとした私の手をアレックスが引っ張る。振り返ると、一本の情報記録端末を手渡してきた。
                                         察するに重要な何からしい。私はアレックスの手をぎゅっと握り締め、その情報記録端末を受け取った。
                                         アレックスと別れ車外へ出た私に成瀬先輩が耳打ちする。
                                        「車内でも言ったけど、今、あなた達のグループには、スパイがいる。くれぐれも気をつけて」
                                        「分かりました。成瀬先輩も頑張ってくださいね」
                                         成瀬先輩は笑みを浮かべつつ、車に乗り直し夜の闇へと消えた。
                                         ──スパイ、か……確かにある程度、目星はついているけど、果たして……。
                                         私は大きく伸びをするや「疲れた」とつぶやき、家の中へと入って行った。
                                         
                                         
                                         
                                         翌日、ネオサイバー社に赴いた私とミアは、鬼塚社長にアレックスの情報記録端末を手渡す。
                                        「ほぉ、アレックスがねぇ」
                                         鬼塚社長は興味深げに眺めつつ、PC端末にデータを取り込み始めた。拡張子を探るとVRデータのようだが、問題はその中身だ。
                                        「ナツ、ミア。言っとくが、これ……かなり厳しいぞ」
                                        「と、言いますと?」
                                         問い返す私に鬼塚社長が続ける。
                                        「コイツはな。一言でいえばラクロスの戦闘形態を表したプログラムだ。それも源流に遡った本来の蛮勇で野生味溢れる頃のな。二人は、ラクロスの起源って分かるか?」
                                        「えっと、確か北米先住民族のイロコイ族が神事や鍛錬、部族間の争いの解決手段に用いていたとか」
                                        「それを私の祖国カナダでフランス系移民がルールを設け、スポーツとして体系化し国技に至る、でしょ」
                                         私とミアのまとめに鬼塚社長は、うなずく。その間、私の頭は猛烈に回転している。
                                         ──狩猟採取の延長線上に位置する荒々しさを残した伝統的な格闘競技……。
                                        「社長。要するにコレ、アレックスの本質ですよね」
                                         私の推測に鬼塚社長は、大いに納得しながら言った。
                                        「部族の気高さや誇りが息づくネイティブアメリカの真髄であり象徴だ。多分、奴もその血を少し引き継いでいるんじゃないか。アレックスにとってこれは、アイデンティティーなんだろう」
                                        「なるほど……でもなぜこれを私に?」
                                        「その答えは、VRで体験した先にあるんじゃないか。どうだ二人とも。やってみるか?」
                                        「是非」「お願いします」
                                         社長は「オーケー、いいだろう」と受けるや、部下に準備をさせた。

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                                      • 一井 亮治
                                        参加者

                                           第十七話
                                           
                                           VRの準備中、私達はプレイ内容について詳細なレクチャーを受けた。どうやら脳波に直接働きかけるタイプで、痛覚も再現できる没入感たっぷりな代物らしい。
                                           期待が膨らむ私達は、準備完了の報告が入るや否や我先にヘッドセットを装着し、脳波と連動させた。
                                           たちまち目の前に仮想空間が広がる。まさに先住民族が縦横無尽に駆け抜けた古代アメリカの荒野と森だ。
                                           見ると自身の服装が原住民のそれになっており、手にはステッキが握られている。そこへどこからともなくボールが飛んできた。つい、いつもの癖でボールをステッキで取った私だが、突如、ワラワラとネイティブアメリカンが現れた。
                                          「ちょっ……どういうことよ!?」
                                           困惑を隠せない私達だが、どうやら試合開始ということらしい。まずは走った。コートなんてない。強いて言えば森や荒野がそれだ。
                                           互いにパスを出し合い、味方と思しきネイティブアメリカンを巻き込んで、一帯を駆け抜けていく。
                                           対する敵側は、阻止を目論むべく激しいボディーアタックを仕掛けて来た。体当たりにタックル、足払いとその激しさは、まさに格闘競技だ。
                                           ──何て荒々しいの!?
                                           私達は驚きを覚えつつ、必死に戦った。それこそあらゆるアプローチで迫られるものの、何とかこれらをかわしていく。
                                           やがて、ゴールと思しきものを見つけたところで、ミアが私にパスを送る。
                                          「ナツ!」
                                           叫ぶミアに私はうなずき、ダイナミックなショットをゴールに叩き込んだ。ステッキから投じられたボールは、見事にゴールへと突き刺さる。
                                           たちまち歓声が上がり、味方と思しき部族が小躍りで喜びを表現した。それはスポーツ化を辿る前の、元来から存在するありのままの姿である。その醍醐味を感じた私達の中に、何かが芽生えた。
                                           ──これがラクロスが目指す真の姿。
                                           はじめこそ荒々しさに面食らったものの、そこには現在まで色濃く残る何かがあった。
                                           ちなみに私は伝統的なものに否定的だ。古き良き神秘せず、頭が高く足が鈍臭い──そんなイメージを抱いていたのだが、真髄を知るにあたり考えがガラリと覆った。
                                           それほどまでにラクロスの原型には、プレイヤーを魅了してやまない何かがあった。 
                                           やがて、ネイティブアメリカン達は私達を部族が集結する場所へ案内する。焚き火の席へ促された私達は、その前に佇む一人の少年に思わず声を上げた。
                                          「アレックス!?」
                                          「やぁ、待っていたよ。と言ってもここの僕はプログラムだけどね」
                                          「それにしては随分なご挨拶じゃん。私達をこんな荒々しい試合の中に突然、放り込むなんてさ」
                                           いきり立つミアにアレックスは、何ら悪びれることなく言った。
                                          「百聞は一見にしかずさ。確かにここはWiFiもGPSもない。だからこそ感じられるデータじゃ測れない熱さがある。魂ってやつだ」 
                                          「意外ね。データを重視するリアリストのアンタがそんなことを言うなんて」
                                           率直な感想をぶつける私にアレックスは、切り返す。
                                          「勝利至上主義のナツだって同じだろう。根底にあるのは、実は勝利とは程遠い何かだったりする」
                                          「何よそれ?」
                                          「自分は何者かって問いさ。ラクロスは戦いであると同時に語り合いでもある。相手と、祖先と、自分自身のね。僕が金融市場で敗北したのも、数値にとらわれるあまり、己を見失ったからだろう」
                                          「でもその敗北からしか学べないものもある、でしょ?」
                                           さり気なく諭す私にアレックスは、黙ったままうなずく。しばし間を置いてアレックスが、再び口を開いた。 
                                          「ナツ、ミア。僕は長くない。心に炎を宿しても、それを燃焼させる肉体が限界なんだ。でもその炎は、君達の胸の中にちゃんと灯っている。頼みだ。僕に取ってかわるゼロツー(アレックス02)からこの国を、世界を救ってくれ。僕に言える筋合いはないかもしれないが」
                                           ──そうか。アレックスって、こういう奴だったんだ。
                                           私は改めて、この十三余りの少年に目を向ける。確かに荒療治だったかもしれないが、日本はこのアレックスに敗北し、変わった。否応なく現実を直視させられ、闘いから逃げない姿勢を思い出させてくれた。
                                           憎まれ役でも引き受ける──そんなアレックスの姿勢に感服しつつも、分からないことを問うた。
                                          「アレックス。なぜ、アンタはそこまで日本にこだわるの?」
                                          「ナツ、君がいる国だからだ。これまで君を母親に重ねていた。でも今は違う。市場での対決を通じ、色々なことを教えてくれた恩人だ。僕はもどかしいんだ。この国はまだまだ変われる。世界だって獲れるのに心が死んでいる。その負け犬根性を払拭したい」
                                           訴えかけるアレックスの目には、勝負したくても、それが許されない無念さに満ちている。悔し涙すら浮かべるその姿に私の心は大いに打たれた。
                                          「分かった。そこまでこの国を思ってくれるなんて本望よ。ゼロツーの思い通りにはさせない。アンタの思いは私が受け継ぐから」
                                          「ありがとう……」
                                           アレックスは、私に礼を述べる。その顔には、安堵と若干の淋しさが残っていた。
                                           やがて、プログラムが終了し、私とミアの意識は現実世界へと戻っていく。おもむろにヘッドセットを取り外すと、目の前に顔色を変えた鬼塚社長がいた。
                                          「ナツ。今、さっき君の先輩の成瀬さんから連絡があった。アレックスが息を引き取ったそうだ」
                                          「アレックスが……」
                                           確かに覚悟はしていたものの、いざその現実を前にして、私の心はアレックスに対する思いでいっぱいだ。
                                           ──アンタ、バカよ。そんな歳で生き急いで退場なんて……。
                                           私は肩を震わせ嗚咽しながら、短い生涯を終えたアレックスに哀悼の意を表した。
                                           
                                           
                                           
                                           アレックスの死からしばらく経過した頃、私は簿記二級を取った。だが、その意味合いは大きく違っている。
                                           三級は憚りながらも、アレックスに対抗するための第一歩として取った。一方、二級はアレックスの意志を継ぐべく救国の目的を含んでいる。
                                          「いよいよだな」
                                           士郎兄の言葉に私はうなずく。いくつかの受験資格は必要であるものの、前提として税理士試験に挑む準備が整った形だ。
                                           ──私は税理士になって、この国のあり方を中小零細の現場から変えていく。アレックス、アンタが目指した国の形、私が受け継ぐから。
                                           密かに私は誓いを立てた。

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                                        • 一井 亮治
                                          参加者

                                             第十八話
                                             
                                            「簿記二級合格、おめでとう!」
                                            「コングラチュレーション!」
                                             冬月とケインから受けた祝福に、私は苦笑いを浮かべる。
                                            「いよいよナツも税務の世界に足を踏み入れるかぁ」
                                            「クール!」
                                             はしゃぐ二人に私は「まだスタートラインに立っただけだから」と謙遜しては見せたが、それでも喜びを隠せない。そんな私に冬月とケインは、合格祝いのプレゼントを差し出してきた。
                                            「ナツ、俺達の気持ちだ。受け取ってくれ」
                                             私はリボンを解き、封を開ける。だが、中から出てきたのは、メイドドレスだ。前回のチャイナドレスに続き、今回のこれ──流石の私もキレた。
                                            「アンタら、また私を売ったの?! 今度は一体、何をさせる気!」
                                            「そうイキがるなって。これはちゃんとした交渉なんだ。だろケイン」
                                            「イエース。ウィンウィンです」
                                             なんだか知らないものの二人にいいように説得され、私はメイドドレスへと着替える。そこで促されるまま、指定されたメイド喫茶へと入った。
                                             待っていたのは、アレックスそっくりさんだ。どうやらクローンで複製された個体らしい。
                                            「アンタ、アレックスシリーズの〈ゼロツー〉ね」
                                             あたりをつける私だが、どうも様子がおかしい。生前の初代アレックスが持っていた覇気が全く感じられない。妙に弱気なオーラを醸し出しながら、その個体は言った。
                                            「残念ながら、僕はゼロツーではないんです。いわばクローン生成の過程で生まれた劣化品種、要するに不良品です」
                                            「何それ?!」
                                             愕然とする私にその個体は、説明を続けた。なんでも一個体のクローンを作る過程でどうせいても自分のような劣化タイプが出るらしい。
                                             これら劣化品種は、ひたすら優良品種の生命維持に用いられ、以降は産業廃棄物として破棄処分されるという。倫理を犯した科学の暴走とも取れる惨状に私は、憤りを隠せない。
                                            「名前はどうしてるの?」
                                            「不良品に名前なんてありません。ただ優良品種の永続のためだけに存在するスペアですから。今は個人がSNSでメディアをもてますから。つまり、才能の時代なんです」
                                             淡々と語る劣化クローンに私は、声が出ない。その個体(少年)曰く、世界中がこの研究に対し裏で通じ、倫理の先にある神の世界へと踏み込んでいるらしい。
                                            「そんな冒涜、許されるの!?」
                                            「ビジネスですから。ゼロツーの肉体維持のためのスペアとして臓器の提供を含め、あらゆるサポートが求められます。私自身も一週間後には肉体の提供を求められ、そこで短い命を終えるでしょう」
                                             少年の話に私はめまいを覚えている。頭を混乱させつつも、問うた。
                                            「で、私に何用?」
                                            「どうか、これを」
                                             少年は私に一本のレポートを差し出した。それは、ミネルヴァノートには書かれていなかった闇の側面をも記した裏ミネルヴァノートだった。
                                            「これで対抗しろってこと? こんな私に……」
                                            「皆、言ってますよ。先日亡くなったアレックス同様、ナツさんに看取ってもらえるなら本望だって」
                                             ──何よそれ……。
                                             私はあまりの内容に言葉を失っている。やがて、声を絞り出すように言った。
                                            「そのプロジェクトの出資者は?」
                                            「残念ながら、それは……僕に出来ることは、そのレポートをナツさんに流すことが精一杯で」
                                            「なるほど、スパイに通じる黒幕がいる、と。分かった。あとは任せて」
                                             私はそのレポートを大切に鞄へと仕舞い込むと、憤慨気味に立ち上がり少年に言った。
                                            「このプロジェクト、私が潰してみせるから」
                                             少年はただ一言、「ありがとう」と述べ、メイド喫茶を出て行った。代わりに戻って来たのは、冬月とケインのコンビである。
                                            「アンタら、よくもいけしゃあしゃあと」
                                            「ま、そう怒るなって。実際、このプロジェクトを止められるのは、ナツだけなんだ」
                                            「何それ、どう言うことよ!?」
                                            「こう言うことさ」
                                             ケインを傍らに冬月が身を乗り出して話し出す。
                                             アレックスシリーズの背後に蠢く闇の勢力はあまりに強大で謎に満ちている。ここは一つ、B級品の劣化クローンを抱き込んで、その出資者を暴く作戦で挑むべきだ、と。
                                             うまく担がれた感がしないでもないが、一応、筋は通っているだけに私も責める言葉が見つからない。
                                             ──まぁ、いいわ。取り敢えず今のところは、この二人に乗せられておくわ。
                                             私は不本意ながらも二人に同意した。
                                             
                                             
                                             
                                             その夜、私は士郎兄と共に入手したばかりの裏ミネルヴァノートを読み込んでいく。ざっと目を通した私達の感想はこうだ。
                                             ──何よ、この闇の深さは……。
                                             とびきりの闇は〈ミネルヴァ・ラクロス育成法人〉なるNPOの存在だ。完全なペーパーカンパニーで、大手企業が寄付金として資金を流し、税額控除の恩恵とCSR(企業の社会的責任)のアピールに悪用されている。
                                            「資金がグループ企業の運営する海外ファンドに投資されている。金融市場を経由し高リスク商品となってリターンを得る租税回避と資産増殖の温床だ」
                                             士郎兄の指摘に私は、愕然としながら問うた。
                                            「じゃ何、資金で囲い込まれたラクロス選手は、海外遠征を通じて知らぬ間に免税の証拠に悪用されてるってこと!?」
                                            「そう言う事だ。知らず知らずのうちにマネーロンダリングの媒体とされている。スポーツ支援は税務署も手を出しづらいからな。若者の夢を人質にするあたり、政治的にセンシティブだ」
                                             ──冗談じゃないわ。
                                             憤る私に士郎兄が茶化す。
                                            「ボールを運ぶのは選手、金を運ぶのは帳簿、真実を運ぶのは、敗者ってとこさ」
                                             ラクロスを税務捜査の隠れ蓑に国家の監視をすり抜ける手口の巧妙さと悪質さは、私達を呆れさせた。
                                             一方で謎も残る。なぜラクロスが選ばれたかだ。確かにアレックスが持つイロコイ族の血筋が影響している事実は外せないが、もっと他の側面にも要因がありそうだ。
                                            「とにかく闇が深い。全てを衆目に晒すには、あまりにも危険だ。この件は当面、極秘だ。分かるな葵」
                                            「えぇ、分かってる」
                                             うなずく私だがこの後、事態は急転直下の展開を見せる。なんとこの闇が何者かによって白日の下に暴かれたのだ。悪質なのは、そこに私達のラクロス部が記されている点にある。
                                            「何よこれ……」
                                             あたかも自分達が不正に関わったが如く訴えられている。どうやら内通者が関係しているようだ。いくら事実無根を叫ぼうとも、世間は聞く耳を持たずバッシングを浴びせてくる。
                                             やがて、事態は最悪の方向へと転がる。部が活動停止に追い込まれたのだ。私は愕然とする気持ちを隠せない。受けたショックは、大きかった。

                                             
                                             
                                             何かと切り替えの早い私だが、流石に今回ばかりはへこんだ。それほどまでに世間の反響は凄まじく、私達に対しダークな印象を刷り込んでくる。
                                             あまりにも理不尽な仕打ちを受け、すっかり嫌気がさした私だが、ミアの一言が私を変えた。
                                            「いい機会だし、ここらでラクロスの起源に真髄から迫ってみたら? 裏ミネルヴァノートも闇ばかりじゃないみたいだし」
                                             ──確かにそれは、アリかもしれない。
                                             私は思わず唸った。事実、裏ミネルヴァノートには、ラクロスの成り立ちやスポーツ化に至るまでの経緯が事細かにプログラムされている。
                                             極め付けはVRだ。以前のバージョンでも根源となった神事や鍛錬、部族間の争いの解決手段であった旨は書かれていたし、擬似体験もした。
                                             だが今度のそれは、はるかに以前を上回っている。部として活動が出来ないだけに、座学の面からこれを支えるアプローチは、大いにそそられた。
                                             ──そうと決まれば、前進あるのみよ。
                                             すっかり覇気を取り戻した私は、ミアと同輩の恵を誘ってネオサイバー社へと乗り込む。鬼塚社長の了解の下、再びその起源に迫るべくVRへと挑むこととした。

                                            • この返信は2ヶ月、 2週前に一井 亮治が編集しました。
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                                            参加者

                                               第十九話
                                               
                                               ヘッドセットを装着した私達は早速、裏ミネルヴァノートが記す起源と、かつて存在した荒々しいラクロスの醍醐味へ迫るべくダイブした。
                                               朦朧とする意識が晴れた先に現れたのは、かつて先住民が縦横無尽に駆け回っていた頃のアメリカだ。どうやら夜明けの暁らしく朝焼けの空が広がっている。
                                              「うわぁ、凄いリアル……」
                                               声を上げるのは、恵だ。互いにネイティブアメリカンの部族装束に身を包み、一帯に溶け込んでいる。
                                               そこへ案内人が現れる。ナキアと名乗るプログラム上の女性だ。
                                              「アメリカの原形へようこそ。言っとくけど、ここから広がる世界は、タフじゃなきゃ務まらないよ」
                                              「望むところよ。そうでしょ、ミア、恵?」
                                              「もちろん」「準備オッケー」
                                               即応する二人を受け、私はナキアに言った。
                                              「そう言う訳よ。で、私達は何をすればいい?」
                                              「もちろん戦いよ。どの部族がこの世界を支配するか、これからラクロスで決しようって大会なのよ」
                                               ナキアが指差す場所を見ると、このイベントに参加すべく続々とプレイヤーが集結している。驚くべきはその規模だ。各部族が合わせてゆうに十万人は超えている。恵が言った。
                                              「ねぇ。ちょっとこの規模、ヤバくない?」
                                              「確かに……」
                                               私とミアが同意するものの、ナキアに言わせると、特に珍しいものではないという。どうやらラクロスは、想像以上にネイティブアメリカンの間で浸透しているようだ。
                                               やがて、大会に先立ち神官と思しき男達が、声を張り上げ舞いを踊り始めた。場を神聖なものへと昇華させる儀式らしい。黙って見守る私だが、余程、胡散臭げな顔をしていたみたいだ。案内人のナキアがクスッと笑いながら言った。
                                              「ナツさんにとってラクロスは、単なるスポーツでこういった儀式とは無縁なんでしょう」
                                              「だって何の意味があるのさ」
                                              「あるよ。部族間の調停っていうね」
                                              「それはまぁ……ただ儀式で魂を浄化し神々と交信ってのがどうも」
                                              「それはね。ラクロスの目的が勝敗にとどまらないからよ」
                                               どう言う事なのか意味を図りかねる私にナキアが説明する。確かに激しくぶつかり球の争奪し合うラクロスだが、その目的は相手と先祖への理解であり、時代を超え人を繋げ争いを超えて魂を語り合う点にある。
                                               私にはその理解が欠けている、と。
                                               ──確かに……。
                                               ナキアに諭され私はうなずく。日頃から勝負師を標榜するだけに、理解の欠如を説く指摘には納得だ。だが、ミアと恵には面白くないらしい。間髪入れずに指摘を返した。
                                              「でもナツがアレックスのミネルヴァノートをラクロスに転用したんでしょうが」
                                              「そうそう。金融工学だけでなくラクロスにも広がりを見せた」
                                               憤慨気味に訴える二人だが、ナキアは思わぬ事実を白昼に晒す。
                                              「逆なのよ。ラクロスがミネルヴァノートを産んだの」
                                              「え……どう言う事!?」
                                               思わず問う私にナキアが続ける。
                                              「ご存知の通り、私達ネイティブアメリカンは、白人入植者による侵略や戦争、虐殺で人口を激減させられた。土地を奪われ文化を破壊されてね。早い話が民族浄化よ。今では強制的に居留地に追いやられている」
                                              「いわゆる同化政策ね」
                                               まとめる私にナキアが同意する。この同化政策とは、支配的な文化を持つ勢力が、支配下の民族に対し、自らの言語や生活習慣、制度を強制的に受け入れさせ、同化させる政策を指す。
                                               ネイティブアメリカンの場合、自分達の言語や文化を禁止され、白人のものに強制された。その後、アメリカ政府を公式に謝罪させるに至ったこの文化虐殺だが、事態の深刻さを鑑みた一部のネイティブアメリカンが、自らの文化であるラクロスを金融工学にすり替えたらしい。
                                               例えば、試合におけるリスクとリターンの組み合わせ戦術は、金融工学におけるリスクヘッジやポートフォリオ最適化へと、ゲームの流れやテンポ、ボール支配率から相手守備の感情変動を突く速攻戦術は、市場の心理とテクニカル要因を複雑に絡み合わせたボラティリティブレイクアウトへと、といった具合だ。
                                               こうしてラクロスを金融工学という隠れ蓑で欺瞞し、伝統を守った。この手法に着目し、勝負という心理戦で起こる普遍原理に、初代アレックスがまとめ上げたのがミネルヴァノートとのことだった。
                                              「煎じ詰めて言えば、伝統を守る苦肉の策から知恵を得たってこと。ナツが嫌う古臭い伝統や風習にも、温故知新の原動力があるのよ。このプログラムでは、それを学んで欲しい」
                                               ──温故知新、か……。
                                               私は思わず唸った。言われてみれば、それも私に欠けていた視点だ。新しきを求めるあまり古きを蔑ろにするのは、軽率とも言える。
                                               ──ここは一つ、彼らの伝統にどっぷり浸かってみよう。どうせ現状は閉塞だし、案外、活路に繋がるかも知れない。
                                               納得を覚えた私は、ミアや恵とともにチームへと割り振られたのだが、ここで思わぬ人物との再会を果たす。
                                              「あっ! あなたは王成麗!?」
                                              「ナツじゃん!」
                                               それは、中国で対戦した上海ドラゴンズのキャプテンだ。どうやら彼女も閉塞状態の打開を求め、このプログラムに参加したらしい。
                                               しかも、この展開を作ったのは、他ならぬあの自信のなさげな欠陥個体のアレックスだという。
                                               ──何だよ。あの子、自身をB級品だなんて蔑んでいたけど、結構、暗躍してるじゃん。
                                               色々と意を汲んだ私は、集結した皆を前に宣言した。
                                              「いいじゃん。もうこうなったら徹底的に暴れてやりましょう」
                                               意気投合した私達は、VR上の即席チームで強力なタッグを組み、居並ぶ男チームを相手に互角以上の戦いを見せた。
                                               流石に優勝とまではいかなかったものの、そこそこの成績を残し、大会が終わる頃には皆して阿吽の呼吸で分かり合える絆になっていた。
                                               やがて、強烈な西日が沈みとっぷりとした夜が来る。焚き火を囲み談話に興じる私達だが、頃合いをはかったようにナキアが切り出した。
                                              「今、現実世界は自国さえよければ、何をしても許される風潮だよね。亡きアレックスはその流れをうまく捉え、日本を破綻寸前に追い込み実質的な王となった」
                                              「でもさ。その一因を作ったのは、日本自身でしょ。外国人嫌いに天文学規模の放漫財政、絶望的な少子高齢化に内向きで閉鎖的な国民性、挙げればキリがないわ」
                                               他人事だと思ってペラペラと軽口を叩くミアに同意しつつ、私は言った。
                                              「今後、世界はどうなっていくのかな。私達に出来ることってなんだろう」
                                              「まずは足場を固めることじゃない? その上で世界に関心を持つこと」
                                               恵の指摘にミアが「そんなことが必要?」とまたまたツッコミを入れる。心中を察した私が代返した。
                                              「確かに今は必要じゃないかも知れない。けど、五年、十年が経ったとき、世界に対する関心の有無が大きな視野の差を生んでいる気がするの。特にデジタルで繋がったネット社会ではね」
                                              「地球も狭くなったものね」
                                              「そういうことよ」
                                               達観するミアに私はうなずく。事実、アメリカへアレックスに会うことも出来たし、中国で試合も出来た。そして今、VR上とは言え、こうして皆でつながっている。
                                               私は言った。
                                              「皆で歩調を合わせ、ゼロツーに対抗していこう。私達如きにどこまで出来るか分からないけど。亡きアレックスや名もなき劣化クローン達のためにもね」
                                               皆は黙ったままうなずき合っている。それは、今はなきアメリカの原風景の中で立てた誓いだった。

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                                            • 一井 亮治
                                              参加者

                                                 第二十話
                                                 
                                                「で、皆で誓いを立てたって訳か」
                                                 次の日、学校で打ち明ける私に冬月が食いつく。私はうなずき内容を冬月とケインに晒した。これにケインが深々とうなずく。
                                                「アメリカの闇デスね。原住民に限らず、僕らアフリカ系黒人も皆、耐え難い扱いを受けて来た歴史があります」
                                                 私は同意しつつ、頭を痛める。脳裏をよぎるのは、成瀬先輩の指摘していた内通者の存在だ。十中八九、谷先輩であることは、想像に難くないものの、確証には至らない。
                                                 そんな私に冬月とケインが自身の胸を叩く。
                                                「ここは俺達に任せてくれ」「イエッス。作戦、ありマス」
                                                 自信ありげな二人だが、今一つ信頼を置けない。チャイナドレスの一件といい、メイドドレスの一件といい、これまで散々、騙されてきたからね。
                                                 だが、一人では進展が見込めない以上、頼らざるを得ない。結局、頭を下げた。
                                                「一つ、頼むわ。方法は任せるから」
                                                 後から思えば、これが誤算の第一歩だった。この時点で、そのミスに気づくべきだったのだ。後ほど、これを身をもって痛感することとなる。
                                                 翌日、学校へ赴くと冬月とケインがいない。休みかと思い連絡を取ろうとしたものの、繋がらない。それだけではない。懸案の谷先輩まで失踪したのだ。
                                                 私の危機センサーが働く。
                                                 ──これは、何かあったんだ。
                                                 気が気でない私だが、事態はこれで終わらない。授業を終え帰路につく私だが、そこへ車が滑り込んできた。
                                                 現れたのは、成瀬先輩とミアだ。
                                                「夏目さん、早く乗って!」
                                                「え、や、なぜ……」
                                                「いいから早く!」
                                                 急かされた私は訳が分からないなりに車内へと乗り込む。後部座席に座るミアの隣に腰をおろした私は、車の中で成瀬先輩からとんでもないものを見せられた。
                                                 失踪した三人の遺体写真だ。
                                                「そんな……皆して死んだなんて……」
                                                 頭が真っ白になる私に、成瀬先輩は追い打ちをかける。
                                                「夏目さん。感傷に浸っている暇はないわ。今、捜査線上のトップに上がっているのが、あなたとミアさんよ。指紋が検出されたらしい」
                                                「ちょっと待ってくださいよ。指紋って、私は何も……」
                                                「それは通じない。いい? お二人は何者かに嵌められたのよ。すでに上層部はあなたを犯人と決めつけ、逮捕の段階に入っている」
                                                「そんな……」
                                                 あまりの仕打ちに私は、声を上げる。事案の特殊性を鑑み疑いが晴れることはないという。結局、ほとぼりが冷めるまで潜伏してやり過ごすこととなった。
                                                 成瀬先輩から当面の食費と着替えの提供を受けた私とミアは、隠れ屋に入った。驚くべきことに、あらゆる活動が出来るようVRを含め必要な機材が全て揃っている。
                                                「夏目さん、ミアさん。これで戦える?」
                                                「もちろんです」「同感よ」
                                                 私達は驚きを交え成瀬先輩に頭を下げた。正直、ここまでやってもらえるとは思っていなかったからね。
                                                 やがて、去り行く成瀬先輩を見送った私達は、真の敵を暴くべく活動を開始する。セッティングされたVRを取るや、再びアメリカの原風景たるナキアの元へとダイブした。
                                                 
                                                 
                                                 
                                                「必ず来られると思ってました」
                                                 仮想空間で再会するや、ナキアは笑顔で出迎える。そこで意外な事実を述べた。
                                                「実は来られているのは、お二人だけではありませんよ」
                                                 ──はて。一体、何者かしら。
                                                 勘を働かせる私だが、ナキアはその名を出さない。ただヒントはくれた。
                                                「まどろっこしいことこの上ない人……ってことで分かるかしら?」
                                                「えっ……そりゃ分かるけど、本当に!?」
                                                 思わず声を上げる私にナキアは苦笑しつつ、ミアとともにアメリカの原風景を進んでいく。
                                                 その途上でおもむろに切り出した。
                                                「お二人は、なぜこの国が世界を獲ったと思われます?」
                                                 奇しくもミアとの答えは一致した。曰く「移民」と。事実、さまざまな要因はあれど、建国当時は僻地の弱小国に過ぎなかったアメリカは、大量の移民を受け入れ大国へと成長した。
                                                 現在でも先進的な企業の多くは、移民をルーツに持つ若者が創業している。彼らは新しいアイデアや新しいエネルギー、価値観をもたらすのだ。それが国を発展させていく。
                                                 無論、問題点も多い。特にネイティブアメリカンは白人移民に駆逐されてきただけに、その捉え方もセンシティブだ。
                                                 その辺の事情を問うてみると「複雑ですね」と、心境を漏らつつ逆に問い返した。
                                                「ナツさん、あなたの国はどうですか?」
                                                「心配よ。ミアは?」
                                                「や、別に不安はないけど」
                                                 何でもないことのように話すミアに私は、問いを重ねる。
                                                「ナキアみたいに自分達の伝統や文化、雇用、治安が奪われないかって話、不安はないの?」
                                                「うん。移民に雇用を奪われても、新しい雇用を生み出してくれる。伝統も然り、古きを知るは新しきを求めるためよ。正直、アイデンティティなんてつまらないこだわり、どうでもいいわ」
                                                「……ミア、アンタらしいわね」
                                                 思わず苦笑する私とナキアだが、やがて目的の人物が待つテントに辿り着いた。
                                                「お待ちですよ」「水入らず。ご自由に」
                                                 手を振る二人に促されるまま、私はテントの中へと入る。そこで待っていたのは、メガネに髭面の神経質な中年男性と、同様にメガネをかけ心配げにスカーフをまとう中年女性──私が最も苦手とする両親だ。
                                                 早速、私は挨拶抜きでなじった。
                                                「普段、放ったらかしなのに一体、どういうつもりよ」
                                                 対する両親は、当然だとばかりに応じる。
                                                「娘の危機よ」「いかにも、駆けつけない親があろうか」
                                                 ──よく言うわ。前回なんて算式一本、寄越して済ませたくせに。
                                                 私は呆れつつ問うた。
                                                「で、何用? 冷やかしなら間に合ってるけど」
                                                「そうツンケンするな。父さんはな、これがお前にとっていい機会になると読んでいる」
                                                「どう言うこと?」
                                                「こう言うことよ」
                                                 父さんに変わって、母さんが一本のレポートを差し出す。何でも裏ミネルヴァノートをさらに飛躍させるものだという。
                                                「まずは、これを読んで価値を生める大人になりなさい。話はそれから、いい?」
                                                 こんこんと説かれた私は、仕方なくそのレポートに目を走らせていく。はじめこそ嫌々読んでいた私だが、内容が核心に差し掛かるにつれて貪るように熟読した。
                                                 ──そう言うこと、か。どうりで私が狙われたわけだ。アレックスが産んだ繋がりも、ラクロスも計算尽くだったんだ。
                                                 私は頭がクラクラする思いで、内容をまとめるや、両親に念を押すように問うた。
                                                「母さんに父さん。要するにこう言う話よね」
                                                 私の要約を受け、二人は「そう言うことよ」と大いにうなずいている。
                                                 ──全てはこの国を覚醒させるため、その触媒がこの私……。
                                                「はっきり言うわ。なんで父さんも母さんもこんなにまどろっこしいの? 随分と手の込んだ真似……」
                                                「仕方がないだろう。世の中、一筋縄ではいかない。それにこの国に残された時間も限られている。自然、絡め手にならざるを得ないって訳さ」
                                                「それに葵、これはアンタのためでもあるのよ」
                                                 父と母は、代わる代わるその意義を説く。はじめこそ真面目に聞いていたものの、そのうち面倒くさくなって、こちらから説明を打ち切らせた。
                                                「分かったわよ。要するにやればいいんでしょ」
                                                「娘よ。分かってくれたか。ならかかってくれ。士郎と玄蔵爺さんの連絡先はここ、桜志会の広田会長が待っている。いいか。真の敵を見誤るな。皆、お前にかけている」
                                                「ふん。結構なこと。言っとくけど本当に思う存分、やらせてもらうからね」
                                                「構わん。存分にやれ。責任は全て私達が取る」
                                                 そういうや両親は満足げにうなずき、去って行った。その背中を見送りながら、私はつぶやく。
                                                 ──癪な両親ね。いいようにあしらってくれるわ。
                                                 憤慨しつつ、頭の中は最後の決戦に向けて目まぐるしく回転していた。

                                                • この返信は2ヶ月前に一井 亮治が編集しました。
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                                                参加者

                                                   第二十一話 

                                                   現実世界へ戻った私とミアは、アジトで両親から受け取った進化版裏ミネルヴァノートと向き合っている。
                                                  「どうやらゼロツーは、主権国家がいずれ徴税権と国の形を放棄せざるを得なくなると睨んでいるようね」
                                                   感想を述べる私にミアが「そうなの?」と首を傾げる。私は順を追って説明した。
                                                   まず暗号資産の普及が所在の分散化による課税不能を招く。次に巨大テック企業による独自行政圏が中央集権にトドメを刺す。
                                                   さらに物理的な国境が放棄され、ブロックチェーン上に逃げ込んだ資本が徴税コードを無視し、国家を不要にする、と。
                                                  「ナツ、要するにデジタルユートピアってこと?」
                                                  「脱国家思想と言ってもいい。国や企業をも拒絶する経済圏の誕生よ」
                                                  「課税できないじゃん」
                                                  「で、ラクロスの出番ってわけ」
                                                  「はい?」
                                                   目が点になるミアに、私はノートが示す未来の課税像を説明していく。
                                                  「ポゼッション、つまりラクロスのボール保持率って、攻撃の起点でしょ」
                                                  「そりゃそうよ。得点の可能性が高まるし、主導権を左右するラクロスの最重要項目よ」
                                                  「そのボールを資本に見立てるの。保持時間が長ければ、その間に利益を得ているとみなす。滞留時間に応じた動的課税よ。素早い回転を奨励し、資本の死蔵を重課税とする」
                                                  「んー……まぁ、よく分からないけど、ラクロスでボールが止まるのは、よくないね」
                                                  「次に領域ベース課税。相手陣内の支配時間が長ければ得点期待が高まるでしょ。税制も所有する面積でなく、ゾーンの経済支配率(売上、影響度、雇用貢献)を重視するの。これに貢献控除を加味させる」
                                                  「えーと……ラクロスで言えばアレ? 点を取る選手だけでなく、アシストでパスを出す選手にも着目するって話?」
                                                  「そう。従来の〈稼いだ者〉〈持っている者〉への課税中心から〈他者の生産性への支援〉へと形を変えていく」
                                                  「税額控除があるじゃん」
                                                  「遅い! もっと経済環境の変化に瞬時に対応しなきゃ。ラクロスでもトランジション(攻守の切り替え)は重要でしょ」
                                                  「もちろん。失点リスクと得点チャンスの分岐点だし、瞬発力と戦術理解が問われるわ」
                                                  「税務行政も然り。旧来の紙ベースな年次確定でなく動的徴税プロトコルを目指す。経済活動をブロックチェーンでトラッキングし、経済ポジションの変化に即応した課税最適化を施す」
                                                  「……相変わらず難しいわね。まぁ、ラクロスにならい流動的で連携のある徴税モデルをって話ね」
                                                  「そう。固まった預金や空き家みたいなデッドキャピタルに流動化を促し、富の偏在の抑制と協力行動を促す。リアルタイム徴税で行政に反応速度を持たせるの。税は支配じゃない。ゲームであり未来へのパスよ。国家をチームとし、ゴールという生存を目指すの」
                                                   力説する私だが、ミアの反応は芳しくない。むしろ否定的にぶっちゃけた。
                                                  「あのさナツ。空間を回せば税が減るだのパスを繋げば社会貢献だの、資本の移動をゲームと見なすその発想自体が危ういわ。そもそもラクロスの連携って、仲間内だから成立するのよ。他人同士の税制なんかに適用出来っこない。資本主義経済を履き違えている」
                                                  「じゃぁ資本を持ち逃げし、眠らせ、循環を止める自由は経済的自由って呼べる? 貨幣も資本も回してなんぼよ」
                                                  「だからって国がパスの価値を決めアシストまで測定するなんて、神気取りもいいところだわ」
                                                  「いや、神じゃない。相互作用の密度計測技術は、すでに現代の金融テクノロジーに存在する」
                                                   私はミアと喧々諤々しながら、同時に推理を働かせる。あくまで直感ではあるものの、このノートにある構想はゼロツーによるものではない気がするのだ。
                                                   何はともあれ、私は自身の理解を形にすべく、何とかミアを説き伏せプログラムを組んだ。ラクロスの三分割されたフィールド図と、模擬都市エリアの経済ゾーンマップを並べ、それぞれにパスラインを設けていく。
                                                   ボールを、攻めるための道具と同時に、空間の支配権を可視化する装置と見るのだ。
                                                  「武器はスティックにあらず。徴税は争奪でなく停滞の打破と捉える」
                                                  「つまり、こういうこと? 回す意志のない資本には課税、他者との連携なりで動かした資本には減税、それがアシスト理論課税と。私は机上の空論に見えるけど」
                                                  「だからこそラクロスに置き換え、VR上にゲームとして再現し実験するのよ」
                                                   私はプログラム上の市民にランダムな経済行動を取らせ、ミアに経済活性指数と税収安定指数を計らせた。
                                                   それは、バブル崩壊による資産価値の暴落と経済の停滞が続く、失われた三十年へのリベンジでもあった。
                                                   
                                                   
                                                   
                                                   一週間が経った。裏ミネルヴァノートから新たな課税モデルをラクロスに求めた私達は、成瀬先輩を通じ部員にVRで実演させた。
                                                  「何よこれ、本当にラクロス?」
                                                   これが皆の第一印象だ。確かに戸惑いを覚えていたが、ラクロスに置き換えている分、理解も早い。早速、同輩の恵が仮想住宅街の空き地エリアへと踏み込んだ。
                                                   目の前に現れたのは5年間、全く利用されていない空き家だ。明らかにポゼッション過多である。
                                                  「要するに経済というボールを停滞させないってことね」
                                                   コツを心得た恵は、異なる用途への変更をオプションとして選択し、応じるプレイヤーと接触、減税を餌にマッチング提案を成功させた。
                                                  「よしっ、ポイントゲットよ」
                                                   恵は空き地が回転を生む資本に転じる様子に目を細める。
                                                   一方、反対エリアでは、鈴谷先輩が仮想資産の隠蔽を発見していた。
                                                  「これは、明らかにポゼッションの偽装分散ね。えーと……資本移動を意図的停滞として処理、だっけ。制裁課税の発動よ」
                                                   鈴谷先輩は、慣れないながらも不自然なトランジションをフェイクパスとして課税処理する。目的は資本活性指数の向上だ。
                                                   とにかく経済を動かす──ラクロス模擬税制の最先端が、そこにはあった。
                                                   やがて、徴税者を演じるプレイヤーと納税者を演じるAIのバトルゲームは、ハーフタイムを経て後半戦へと突入する。
                                                   案の定、AIは新たな展開を見せる。デジタル化されたグローバル市場で、徴税者よりも速く資金を動かし始めた。
                                                  「マズいわね……」
                                                   私は舌打ちする。たちまち国家財政は空洞化し、どこで稼いでも、どこにも税を払わない状態が恒常化し始めた。
                                                   だが、徴税者を演じる恵らも負けてはいない。スピードと戦術が交差するラクロスの性質をそのままに、納税者のプレイスタイルをアルゴリズムで追跡、動的な課税モデルを展開し始めたのだ。
                                                  「オーケー、いい感じよ」「流石は恵達ね」
                                                   私とミアは成り行きに注目し続ける。データ化するプレイにリアルタイム解析を行うAI──課税をめぐる両者の攻防は、競技の枠を超え、完全な徴税の実験場だ。
                                                   プレイヤーの動き、協調性、意思決定、戦術選択がすべて数値で評価され、国家の納税インフラへと反映されていく。
                                                   ──プレイとは消費か、あるいは投資か。模擬ラクロスは利益か、はたまた公共財か。
                                                   私は新たな国家税制モデルが設計されていく光景を食い入るような眼差しで眺め続ける。
                                                   いつしか税制はデジタル国家とアナログな国民が交わる、新たな人間中心の課税モデルを形成し始めた。
                                                   ──これでいい。税は信頼の証、デザインだ。今まさに原型が生まれようとしている。
                                                   いつしか絶対的支配者だったAIは、人類と共同で政策を考える統治体へと再設計されていく。その現場を前に私の目尻は下がり続けた。

                                                  • この返信は1ヶ月、 3週前に一井 亮治が編集しました。
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                                                  参加者

                                                     第二十二話
                                                     
                                                     ラクロス部を総動員してデジタル時代にマッチした国家と国民の課税像を探る私だが、次に助けを求めたのは、アジトへ差し入れに訪れた玄蔵爺さんと士郎兄だ。
                                                     VRで得たゲームデータを見せると、二人とも唸り声を上げた。
                                                    「確かに面白い視点だ」
                                                    「同感ですね。葵にミアさん、これは素晴らしい研究材料だ」
                                                     すっかり乗り気な二人だが、私はさらなる構想を打ち出す。これらの研究材料をリアルの税制へと繋げれないか、だ。
                                                     ここで名前が出たのが〈桜志会〉である。
                                                    「確か税理士で構成される任意団体ですよね」
                                                     私の問いに玄蔵爺さんがうなずく。
                                                    「そうだ。実は会長の広田先生が、本会からの要請で新たな課税像を探る研究チームを立ち上げておられてね。無論、出所は伏せるが、この研究結果を大いに活用させてもらおうと思う」
                                                    「俺も卒論のテーマにさせてもらう」
                                                     士郎兄も同調している。これに気をよくした私はさらなる一手を晒した。アレックスの劣化クローンと接触し、暴走中のゼロツーに対し共闘を持ちかけようという内容だ。
                                                     流石の二人もこれには、反対した。
                                                    「無茶だ」「あまりにリスキー過ぎる」
                                                     だが、私には一つの確信があった。皆がゼロツーの方を向いている今、むしろ劣化クローンの方こそ闇の真相へと迫る鍵があるのではないか、と。
                                                     ミアが言う。
                                                    「だったらナツ、なおさらヤバいじゃん」
                                                    「ヤバいよ。でも虎穴に入らずんば虎子を得ず。ここに勝負を賭けようと思う」
                                                    「何でよ?」
                                                    「勝負師としての勘」
                                                     断言する私にミアは、黙り込んだ。もっとも理由は他にも存在する。VR上で母親から受けた謎めいた助言だ。
                                                    〈裏の裏は表、灯台下暗し。真相は得てして身近に存在するものよ〉
                                                     無論、それが何を意味するかまでは分からない。ただなぜか私には、そこに劣化クローンのメッセージらしきものが感じられてならない。
                                                     結局、皆の反対を押し切る形で、劣化クローンとの接触を図ることとなった。
                                                    「ナツ。何かあったら、必ず連絡して」
                                                     念を押すミアに私はうなずき、伊達メガネと帽子で男装を施すや、雨中のアジトを後にした。

                                                     

                                                     アレックスの劣化クローンと落ち合うべく私は、廃工場へと向かった。人気のない朽ちた建屋をくぐると、劣化クローンが待っている。
                                                    「久しいわね。アレックス」
                                                     声をかける私にアレックスの劣化クローンは、うなずいて見せるものの、その表情は相変わらず弱々しい。ここで幾つかの情報を交わした私は、徐ろに切り出す。
                                                    「ゼロツーはどう?」
                                                    「新たな段階に入っている。僕ら劣化品種の上位互換に属するからね。落ちこぼれから見れば、遥かに眩しい世界さ」
                                                    「ふーん。それはそうとアレックス、アンタまた顔色が悪くなったんじゃない?」
                                                     私の問いに劣化クローンは、うなずく。下位互換に属するだけに、あらゆる面で不安定なのだという。
                                                     ただ頭は切れている。私が目論むデジタル国家とアナログな人間が混ざり合う新たな国家税制モデルに、すぐさま理解を示した。
                                                    「随分、奇抜だね。ナツが言うラクロスに模した動的な新税制モデル、アプローチは面白いと思うよ。後はこれをどう定着させるか。いかにゼロツーを出し抜くか、だね」
                                                    「えぇ、そのゼロツーなんだけど、要はアナログからデジタルへ時代が移行する間隙を縫って、この世界の王になりたいって話よね?」
                                                    「そうさ。史に名を刻み、全てを手に入れ贅を尽くす。サイコーだろ?」
                                                    「……さぁ、私には分かんないけど、結局、ゼロツー亡き後はゼロスリー、さらにその後はゼロフォー、ゼロファイブとナンバーを刻んでいく訳でしょ。完全な独裁じゃない」
                                                    「それでいい。衆愚と化す民主制より、優れた遺伝子に哲人政治をさせるべきだ」
                                                     私は首を傾げる。人類が王制の暴君から議会制民主主義へと移行した歴史を習ってきただけに、独裁には拒否感が否めない。
                                                     だが、アレックスはこれを見事に否定した。曰く「民主制にせよ君主制にせよ一長一短があり、その時々で最適なものを選んでいくべきだ」と。
                                                    「今のような時代の変わり目には君主制だ、と?」
                                                    「あぁ。クローン技術が可能な今、哲学を学んだものに権力を与え、強力な指導力で善政を敷かせることで、私心無き統治を目指す哲人政治が出来る。哲学者プラトンが提唱した、ね」
                                                    「でもあなた達、劣化クローンが犠牲になるのよ」
                                                    「構わない。それで平和と安寧が宿るなら本望さ」
                                                     喜んですら見せるアレックスだが、私は言いようのない違和感を覚えている。
                                                     ──嘘ね。
                                                     その後も、アレックスから劣化クローンとしての本音を探るものの、誘いに乗ってくることはない。ただ、だからと言って私を糾弾する気配も見せない。
                                                     ──このクローンも案外、タヌキよね。
                                                     私は十三歳に過ぎない目の前の少年に、まだ見ぬ一面を感じている。その後、情報交換を終えるとアレックスは、用は済んだとばかりに去っていく。
                                                     廃工場に残された私は一人、立ち尽くしたまま考え込んでしまった。
                                                    「哲人政治、か……」
                                                     確かにこういった政治体制は古代より議論され、提唱されてきた。だが、いざそれを目の当たりにして、私の心は揺らいでいる。
                                                     ──何かが違う。
                                                     やはり、どうしても違和感を拭えないのだ。その要因が何なのかは、その時点では知りようもなかったのだが。

                                                     アジトに帰った私だが、ここで思わぬ人物との再会を果たす。
                                                    「谷先輩!?」
                                                     私は思わず声を上げる。無理もない。死んだはずの人物が目の前にいるのだ。しかも、その表情たるや悲壮そのものである。必死に「どうか私を匿って欲しい」と懇願してきた。
                                                     一体、何があったのか、谷先輩は慌て気味に話し始めたものの、その内容は実に複雑だ。論点も多岐に渡る。私は眉を顰めつつ聞き役に徹し続けた。
                                                     やがて、一通りの内容を聞いた私は頭がクラクラする思いで、状況を整理していく。
                                                     ──仮に以前、父さんと母さんから聞いた状況をA、今、谷先輩から聞いた状況をBとするなら、明らかに二つは矛盾する。だが、皆、嘘をついている風には見えない。なら、この矛盾を埋める何かが必要だ。
                                                     頭を働かせる私だが、複雑に絡み合った状況なだけに真相に辿り着くことが出来ない。半ば理解を諦めかけた私だが、そこへミアが思わぬセリフを吐いた。
                                                    「どこかがブラックボックスになってるんじゃない?」
                                                     ──ブラックボックス……。
                                                     確かに特定の人物にしか見えない何かが潜んでいる可能性は十分にあり得た。私はその正体を探るべく、あらゆる候補を消去法で潰していく。
                                                     すると一つの仮説に辿り着いた。
                                                     ──やはり、これしかない。だが、動機が分からない。一体、なぜ……。
                                                     私は徐ろにカバンに書類を放り込むや、出発の準備を整えていく。ミアが問う。
                                                    「ちょっとナツ。一体、どこ行くのさ!」
                                                    「分からない」
                                                    「分からないって……アンタ、どういうつもりよ。むやみやたらに動くのは危険だって……」
                                                    「悪いけど、私はそう言うタイプじゃないみたい。動きながらでないと、頭が働かないのよ。でも真相まであと一歩なの。いいから好きにさせて!」
                                                     私は必要と思しき資料を片っ端からデータ化するや、スマホ一つでアジトから出ていった。走りながら私はスマホで士郎兄に連絡を入れる。
                                                     ここで間髪入れずに考えを聞いてくれるのが、士郎兄だ。着信に応じた士郎兄に判明している範囲の内容と推測を述べていく。
                                                    「士郎兄は、どう思う?」
                                                    「十分にあり得るが……ただ最後のピースが欠けているな」
                                                    「そうなの! 教えて。私、どうすればいい?」
                                                    「今のまま走り続けろ。前にも言ったがお前が持つ要領よさの源泉は感性だ。激変期にしか働かない才能と言っていい。動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し。とにかくこっちのことは俺達に任せろ」
                                                    「でも、皆に迷惑が……」
                                                    「大丈夫だ。要は勝てばいい」
                                                     あっけらかんと言ってのける士郎兄に、私は苦笑を禁じ得ない。覚悟を固めた私は通話を切るや、猛烈に頭を回転させながら、夜の街を駆け抜けて行った。

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                                                  • 一井 亮治
                                                    参加者

                                                       第二十三話
                                                       
                                                       勘の赴くままに向かった先、それは夜の学校だ。裏口から密かに忍び込むや職員室へ侵入し、担任のパソコンを立ち上げた私は生徒一覧の情報に目を走らせる。
                                                       そこで遂に動かぬ証拠を突き止めた。
                                                       ──これだ。間違いないわ。
                                                       すかさずそのページをスマホで写真に収めるや、数字の羅列から電話番号らしきものを見つけ、かけてみた。数コールの後に出た沈黙の主を私は決して忘れない。
                                                      「冬月、アンタね」
                                                      「へぇ、よくこの番号が分かったな。そうさ、俺だ。ケインもいるぜ」
                                                      「てっきり死んだものと思ってたけど。ま、そんな訳ないわよね。あっさり退場なんてあり得ない。一体、どう言うつもりよ!」
                                                      「そうイキるなって。勘の働くナツの事だ。色々見当はついているんだろう。いいぜ、真実を見せてやるよ。今から座標を送る。そこまで来るんだな」
                                                      「一体、何を見せる気?」
                                                      「それは来てのお楽しみ。あ、そうだ。多分、お前が今、見てるであろう端末だけど、気をつけろよ。ばーん!」
                                                       ふざけ気味に通話が切れるや否や、目の前のパソコンが強烈な破裂音とともに木っ端微塵に吹き飛んでしまった。
                                                       ──ふざけてんじゃないわよ……。
                                                       驚きのあまり止まりそうになった心臓の鼓動を抑えつつ、私は教室を後にする。スマホに送られた座標を確認するや、夜の校舎を足早に去っていった。
                                                       
                                                       
                                                       
                                                       ──冬月にケイン、アイツらはじめからこう言う魂胆だったのね。
                                                       電車に揺られながら、私は昂る気持ちを落ち着かせスマホの座標を凝視する。場所ははるかに離れた淡路島だ。
                                                       ──おそらくゼロツーもいるわね。いよいよ本命とのご対面って訳か。
                                                       単身で乗り込むには無謀だが、私はそこまでの危険を感じていない。むしろ彼らが何かを促そうとしているように感じている。
                                                       案の定、今度はケインからメールが送られてきた。内容を確認すると、淡路島の地図が三つに大分されている。私は舌打ちしつつ、返信した。
                                                      〈アンタ、淡路島でラクロスでもするつもり? 一帯の地図をフィールドに重ねるなんて〉
                                                      〈イエッス。これはテストなんデス。うまくやればディフェンダーを撒けますよ。ここへのご到来、楽しみに待ってマスネ〉
                                                       まるでゲーム感覚でいるかの如く、神経を逆撫でしてくる二人に憤りを感じつつ、私は謎を解き安全なルートを計算していく。その後、叱る場所に連絡を入れ、決戦に備え仮眠をとり始めた。

                                                       

                                                       翌朝、私は活動を開始した。街に出るとディフェンダーなる構成員が警戒しつつ配置についている。
                                                       これを巧みにかわしつつたどり着いた場所は、淡路島の一帯が拝める高層ビルだ。その屋上へ乗り込むと、お目当ての二人が待っていた。
                                                      「冬月、ケイン!」
                                                       声をあげる私に二人は「よく来たね」と薄ら笑いを浮かべ一人の少年を紹介した。
                                                      「ナツ。アレックス二号機、もといゼロツーだ」
                                                       見るとビル風に髪を靡かせながら少年が腕を組んでこちらを見ている。
                                                      「ナツ。お初にお目にかかる。いや、どうご挨拶したらいいものか」
                                                      「結構! 悪いけどアンタの企みは全てお見通し。哲人政治だかなんだか知らないけど、余計な活動は身を縮めるだけよ」
                                                       断言する私に冬月が言った。
                                                      「ナツ、ちょっとは口を謹めよ。今、君が前にしているのは、この国の真の王だ。全く手のかかる国さ。ろくに改革すら出来ないんだからな」
                                                      「冬月。余計なお世話よ。私達は自分でこの国を切り盛りできるわ」
                                                      「おいおい、あまり自惚れない方がいいぜ。ま、俺達が提唱したデジタル社会の課税理論をラクロスで実証した点は、見事だったがな」
                                                       冬月は目を細めつつ、ゼロツーに目配せする。ゼロツーはうなずき、私を見ながら切り出した。
                                                      「ナツ。僕達と組まないか? ともに世界を変えよう」
                                                      「お断りよ! ゼロツー、悪いけどアンタと違って私はこの世に王は不必要だと思ってる」
                                                      「随分とアナーキーな。まぁいい。はっきり言う。このデジタル社会で人は二分される。分かっている人と分かっていない人だ。ナツは間違いなく前者だよ」
                                                      「どうも。じゃぁ、こちらもはっきり言わせてもらうわ。ゼロツー、アンタ達が崇めるミネルヴァノートは、ただの机上の空論よ」
                                                      「だがナツ、君が理論と実践の境目をラクロスで埋めてくれたじゃないか」
                                                      「へぇ、全ては計算尽くって訳? 全然、嬉しくないわ」
                                                      「ナツ、君も分かっているはずだ。デジタルで世界は変わる。物理的な国境が意味を失い、代わりにネット上でクラウド国家が形成されていく。地形や距離に左右されない価値観を共有する真の国家だ。僕はその王となる」
                                                      「私には、裸の王様に見えるけど。で、サイバー空間で国作りって訳?」
                                                      「国産み、と言って欲しいね。かつて、イザナギとイザナミの二神が、天沼矛で地上を掻き混ぜこの淡路島を作った。これを今、デジタル社会で再現する。まさにミネルヴァノートの着地点さ」
                                                      「要するにこう言うこと? ネット上に目指すべき世界観をアップし、共感する同志を募って物理的制約のないクラウド上に国家像を形成する。それを今度は逆にクラウドからこのリアル世界へダウンロードする、と?」
                                                      「流石はナツ、理解が早くて助かるぜ」
                                                      「感嘆デス」
                                                       同調する冬月とケインに私は、はっきり言った。
                                                      「狂ってる」
                                                       だが、二人は意に介さないどころか進んでそれを認めた。そもそもこの世は狂ってる、と。さらにゼロツーが畳み掛ける。
                                                      「さぁナツ。この狂った世界でともにデジタル創世記と行こうじゃないか」
                                                       実に自信ありげに話すゼロツー、冬月、ケインだが、私は何か不自然なものを感じている。己の勘を試すべく、三人にふっかけてみた。
                                                      「皆、悪いけど私、嘘をつく人とは仲間にならない主義なの」
                                                      「何のこった?」「分からないデス」
                                                       首を傾げる三人に、私は目を光らせる。直視に耐えかねたのか、ゼロツーが言った。
                                                      「ナツ、僕らは仲間じゃないか」
                                                       ──やっぱり……。
                                                       確信に近い感触を得た私は、さらにふっかける。皆はそれぞれが各々の役割を演じているに過ぎず、嘘をついていることはお見通しだ。いつまでペルソナを被り続けるのか、と。
                                                       ゼロツーが言う。
                                                      「ナツ、なぜ信じてくれないのさ」
                                                      「その言い方……明らかにはじめての相手向けじゃない。私、苦瓜と嘘つきは嫌いな主義でね」
                                                      「オーケー、それは破談と取っていいんだな?」
                                                       冬月が念押し気味に確認を取るや、一帯に合図を送る。たちまち階段から組織の構成員が駆け上がってきた。
                                                       対する私は包囲を逃れるべく反対側に走るや、隣接する民家の屋根の上へと飛び移る。だが、遂に逃げ場所を失い追い詰められてしまった。
                                                       冬月が吠えた。
                                                      「ナツ、今ならまだ間に合う。こっちに来いよ?」
                                                      「お断りよ」
                                                       断固として拒絶する私に冬月は「やれ」と構成員に合図を送る。皆が一斉に銃を構え強硬手段に打って出る中、突如、物凄いプロベラ音とともに謎のヘリが現れた。
                                                       見ると成瀬先輩が中から、こちらへと手招きしている。驚く冬月が吠えた。
                                                      「アイツらをやれ!」
                                                       一斉に銃弾が浴びせられる中、私は激走し成瀬先輩がヘリから放り投げるハシゴへと跳びつく。その後、必死によじ登るや、何とかヘリの中へと転がり込んだ。
                                                      「ナツさん、血が出てる!?」
                                                      「このくらい、大丈夫です」
                                                       私は腕の出血を生地で塞ぐや、眼下を振り返る。そこには、仕留め損ねた獲物を見送る三人の顔があった。

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                                                    • 一井 亮治
                                                      参加者

                                                         第二十四話
                                                         
                                                        「成瀬先輩、確かに連絡は入れましたが、まさかこんなに早く助けにきてくれるとは、思いませんでした」
                                                        「もちろんよ。ナツさんはトランプのジョーカー、簡単には手放せないわ。それより以前、ナツさんがまとめたレポート。今、分析官に読ませているけど、どうやら真実みたいよ」
                                                         成瀬先輩の分析に私は、聞き耳を立てた。
                                                         まず冬月だが、どうやら中国の二重スパイらしい。かなり以前から潜入し、工作員として私に白羽の矢を立てていたようだ。
                                                         さらに上を行くのがケインだ。元ハッカーで冬月同様に私を潜在力を探るべくアメリカの情報機関から送られてきたという。
                                                         早い話が、米中の二大機関がアレックスを通じて、私を取り込みに来たのだ。
                                                        「それは分かります。けど私には、あのゼロツーが分からない。ひょっとしたらナンバリングが違うのかも……」
                                                        「実はゼロスリーかもってこと?」
                                                        「かも知れませんし、違うかも知れない。一度、調べさせてもらえますか」
                                                        「いいけど、どうやって?」
                                                        「アレックスの劣化クローンを使います。おそらく彼が一番、真相に迫っている」
                                                        「なるほど……分かった。うちの組織の通信設備を使わせてあげる。そこで連絡を取ってみて」
                                                         その後、その通信施設へと赴いた私は、成瀬先輩の案内の下、機械室へと案内された。あらゆる通信機器が内包された部屋で、手がかりを求めアレックスの劣化クローンと連絡を取る。
                                                        「アレックス。今日、アンタの上位互換にあたるゼロツーと接触してきたわ」
                                                        「そうなのかい。じゃぁ、いよいよ……」
                                                        「そう。アンタに話していた作戦を実行する。コード名は……そうね。季節的に〈苦瓜大作戦〉ってところでどうかと」
                                                        「え、でも嫌いなんでしょ」
                                                         ──ビンゴだ。
                                                         私は頭を抱えつつ、アレックスに指摘した。
                                                        「なぜアンタがそれを知っているの?」
                                                        「何の話さ?」
                                                        「苦瓜よ。私が嫌っていることは、淡路島でゼロツーにしか話していないのに……」
                                                         ここでしばし間が流れる。やがて、ガラリと口調を変えて返答がきた。
                                                        「ふっ、流石はナツだね。この僕が引っかかるとは。そうさ。お察しの通り、劣化クローンの僕とゼロツーは同一人物、冬月とケインも一緒にいるよ」
                                                        「つまり、劣化クローンを騙って私に接触を……」
                                                        「逆だ。劣化クローンの僕がゼロツーを騙って君に接触した」
                                                        「何よそれ。じゃぁゼロツーは……」
                                                        「抹殺済だ。それだけじゃない。全てのナンバリングごと消し去った」
                                                         驚くべき事実に私は返す言葉が見つからない。それでも何とか声を絞り出し問うた。
                                                        「アレックス、一体、アンタはそこまでして何がしたいの?」
                                                        「別に。要は下剋上さ。いつまでもB級品の劣化クローンで甘んじていられない。スペアにしか過ぎない僕らの気持ちなんて誰にも分からない」
                                                        「だから、上位互換のゼロツーらにクーデターを起こしたってこと?」
                                                        「やられる前にやっただけさ。大した話じゃない」
                                                        「十分、大ごとよ。アンタ、世界を敵に回すつもり!?」
                                                         吠える私にアレックスが説く。デジタルで国家という概念を過去の遺物に変え、通貨を分散型台帳に統一し、国籍もパスポートも国軍も消し去るんだ、と。
                                                        「要するにリアル世界へと宣戦布告って訳?」
                                                         念押し気味に問う私にアレックスは、同意する。
                                                        「ナツ、いずれ政府は通貨発行権を失い、徴税システムは崩壊する。軍は民間ネットワークに吸収され自警ネットと成り果てるんだ。それを僕が証明する。まぁ、見ていてくれ」
                                                         そこでプツリと通話が途切れた。私は困惑の表情のまま、自身のスマホを眺めている。
                                                        「アレックス。アンタは一体、何を始める気?」
                                                         胸騒ぎを覚える私だが、それはすぐに始まった。知らせてくれたのは、ネオサイバー社の鬼塚社長である。世界有数のオンラインゲームを運営する同社で、ゲーム内通貨が忽然と消失したのだ。
                                                        「消失って、どう言うことですか?」
                                                         私の問いに鬼塚社長は「ただ気が付けば消えていた」と、困惑気味に前置きした上で続けた。
                                                         どうやら世界中のバーチャル空間で同じような現象が生じているらしい。仮想通貨を強奪し暗号資産として新たな国家がメタバースに出現しつつあるという。
                                                        「まるでデジタル創世記だ。イザナミとイザナギを名乗るAIプレイヤーが、天沼矛なるシステムでネット上にバーチャル国家を出現させてしまった。今、ネット上は大荒れだ」
                                                         鬼塚社長が悲鳴をあげる中、私は急速に頭を回転させる。状況から察するに、これがアレックスの所業であることは疑いようがない。
                                                         問題はその手段だ。宣戦布告もなく次々と奇襲を成功させていくスピード感に皆、ついていけない。
                                                         ──これが民主主義の限界だ……。
                                                         私は宙を仰いだ。振り返れば戦後の日本は権力の集中を避け、熟議で時間をかける民主主義を大事にしてきた。
                                                         だがこの決定に至る遅さが今、脆弱さを生んでいる。デジタル化する世界で、これまでの常識では解けない問題をつきつけられ、最終責任を国民の自助努力に押しつけざるを得ない。
                                                        「ナツ、このままでは日本は全滅だ。戦後の高度成長体験が裏目に作用している。社会構造が変化しているのに過去の成功体験を持ち出しても機能するはずがない」
                                                         ──確かにその通りだ。だが、どうすれば……。
                                                         考え込む私の脳裏に士郎兄のセリフがよぎる。
                                                        〈お前は走りながら考える革命家タイプだ〉
                                                         ──そうだ。私は考えるタイプじゃない。動いてこその私だ。
                                                         意を決した私は鬼塚社長に言った。
                                                        「社長、そっちのプログラムをこちらでリンク出来ませんか?」
                                                        「出来なくはないが、どうするんだ?」
                                                        「このデジタル仕掛けの奇襲ですが、アレックスは私が立証した理論を現実世界に出現させようとしているんです。それを阻止したい」
                                                        「だがナツ、お前に難解なプログラムが書けるのか?」
                                                        「書けませんが、アレックスがやろうとしていることは、わかります」
                                                        「何だ?」
                                                        「クーデターです。物理的制約の伴う現実世界を一旦、サイバー空間にクラウド国家として出現させデジタル技術で最適化する。これを今度は現実世界へとダウンロードする。つまり、国境線の書き換えなんです」
                                                         私の訴えに鬼塚社長は、唸っている。果たしてそんな絵空事が可能なのか、信じられない様子だ。私はさらに訴える。
                                                        「いいですか社長。行き着くところ世界の統治はマネー、つまり税制なんです。アレックスは課税権を主権国家から奪おうとしている」
                                                        「まぁ百歩譲ってそれを認めたとして、だ。打つ手はあるのか?」
                                                        「あります。ラクロスです」
                                                         断言する私に鬼塚社長は、大いに訝りながら問うた。
                                                        「ナツ、そこが俺には分からない。お前はいつもラクロスを出す。なぜなんだ? 国家存続の危機とどう関係する?」
                                                        「それはですね。ラクロスこそが、アメリカを世界一の国家に仕立て上げた隠れ役者だからです。始まりは社長もご存知のミネルヴァノートにあります」
                                                        「アレックスが書いたレポートだろ。金融工学からマネーロンダリング、挙げ句の果てには国家運営に至るまで様々な知古を生む源泉となった」
                                                        「確かにアレックスが提唱した。けど、実は原案はアレックスじゃないんです。彼の祖先が記した禁書なんです」
                                                        「え……」
                                                         絶句する鬼塚社長に私は、ダメ押しする。
                                                        「初代アレックスから聞いたから間違いありません。その祖先の名は、ベンジャミン・フランクリン」
                                                        「はぁ!? ちょっと待てナツ。アメリカ建国の父として独立宣言を起草したあのベンジャミン・フランクリンか?!」
                                                        「はい。独立の指導者であり、科学者、発明家、作家と多大な功績を残した人物ですが、最大の遺産はミネルヴァノート。その一ページ目に〈勝利を導く最古の戦略は、スポーツに偽装された儀式である〉と記されている」
                                                        「それがラクロスという訳か……」
                                                         聞き耳を立てる鬼塚社長に私は、これまで秘密にしてきた内容を晒した。
                                                         ベンジャミン・フランクリンは独立宣言の裏で、秘密裏にネイティブアメリカンの部族長たちと接触していた。
                                                         目的は、彼らが何世紀も守り伝えてきた戦わずして勝つ知恵――戦略ラクロスの教義だ。
                                                        〈このスポーツは、戦争以上の力を持っている。これは未来の国を築く武器となる〉
                                                         そう語ったフランクリンは、やがて、ジョージ・ワシントンにこう進言する。
                                                        〈この地に根ざした戦術を、我々の国是とせよ。銃ではなく、戦略で世界を制するのだ〉
                                                         ちなみにこの戦略ラクロスとは、古代ネイティブアメリカンが用いた儀式的戦争法で、地形把握に始まり敵軍の心理解析、動的集団行動のモデル化へと続く。
                                                         このスポーツを通じて〈勝利とは支配ではなく、相手の戦意の消失にある〉と説くのだ。アメリカはこれを国際戦略に転用した。
                                                        軍事作戦に〈陣形ラクロス戦術〉、大統領選に〈心理操作ラクロス法〉、国際交渉に〈パス外交〉、これらの隠語をもとにラクロスのゲーム構造を模倣することで、覇権を築き上げていった。
                                                         このベンジャミン・フランクリンのDNAをクローン化したのが、アレックスなのだ。
                                                        〈スポーツは文化であり、文化は戦略である〉
                                                        〈国家とは、ゲーム設計者である〉
                                                        〈勝つとは、相手のルールに乗らないこと〉
                                                         等々、様々な教訓がここから生まれるに至る。 
                                                         これらの事実を前に私は、迫った。
                                                        「鬼塚社長、私達の相手はアメリカ建国の父です。生半可では勝てない」
                                                        「……分かった。俺も腹を固めよう。ネオサイバー社のシステムに対するアクセス権を付与する」
                                                         なんとか協力を取り付けた私は、次に玄蔵爺さんと連絡を取る。アレックスの意図を前置きした後、その対策を説明した。
                                                        「概要は今言った通り。玄蔵爺さんの方で何とかなる?」
                                                        「何とかやってみよう。桜志会の広田会長に相談してみる。だが葵ちゃん、無理だけはするなよ」
                                                        「分かってる。じゃぁ頼むね」
                                                         私は礼とともに通話を切るや、さらに中国の王成麗へと連絡を入れた。どうやら向こうも異常事態に気付いたらしい。進行しつつあるアレックスの陰謀を前にてんやわんやだという。
                                                        「王成麗、VRは使える?」
                                                        「何とか。ナツ、ポジションだけ空けておいて」
                                                        「分かった」
                                                         私は手短ながらも意図を共有するや、着々と対抗策を練っていく。その中心を貫くラクロスだが、確かに世の中に必要な全てがつまっている。技能といい戦術眼といい、人生の縮図そのものなのだ。
                                                         その理解の上で私は断じた。
                                                         ──コツはリスペクトし過ぎないこと。
                                                         そもそもラクロスは紙に書いて説明し切れるものではないし、理想像を決めてしまえば、それが頭打ちを産んでしまう。
                                                         かつて、士郎兄は言った。限界に限界はない。自由を与えられ何かをできる人間と、何もできなくなる人間がいる、と。
                                                         ──果たして私は、どちらなのか……。
                                                         先行する迷いを私は一瞬で消し去る。そもそも考えている時間などないのだ。自由を与えられた以上、判断は自分でしなければならない。
                                                         ──他人の頭ではなく、自分の頭で考えるんだ。
                                                         私は己を叱咤しつつ、矢継ぎ早に手を打ち続けた。

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                                                      • 一井 亮治
                                                        参加者

                                                           第二十五話
                                                           
                                                           アレックスと私の攻防は、いよいよ全面衝突の様相を呈している。情勢が膠着状態へとなだれ込む中、現状の打開を求めて冬月とケインが果たし状を突きつけてきた。
                                                          「ナツ、ケリをつけよう」
                                                           画面を見ると、サイバー空間上に決戦の舞台としてラクロスステージが、出現している。どうやらVRでの決着を目論んでいるらしい。
                                                           ──来た、それを待っていたわ。
                                                           私は身を乗り出して、その挑戦を受けた。ミア、王成麗、谷先輩、成瀬先輩と可能な限りメンツを揃え、VRでアレックスが展開するフィールドへとログインする。
                                                           世界中のネットユーザーが注目する中、私達はアレックスが用意した冬月やケイン、プログラム生命体と対峙した。紺色のユニフォームに袖を通した冬月が言った。
                                                          「ナツ、悪いが容赦はしないぜ」
                                                          「上等よ、冬月。そっちこそ泣きをみないことね」
                                                           その後、ともに配置につくや否や、試合開始のホイッスルが鳴り響く。たちまち私と冬月はドロー(フェイスオフ)でぶつかり合った。
                                                           弾け飛ぶボールの不規則な動きを捉えたのは私だが、これを冬月は見事に奪い取る。
                                                           ──へぇ、流石は冬月ね。
                                                           感心する私だが、すでにこれに対処する策は講じている。身体能力に長けたミアが冬月が放つケインへのパスを見事に阻止した。
                                                           そのまま速攻へと展開すべく、私達はディフェンダーのブロックを回避し、素早いパス回しでボールを展開させていく。アタッカーの成瀬先輩を起点とし、王成麗が巧みな体捌きでシュートをねじ込んだ。
                                                          「よしっ!」
                                                           ネットに突き刺さるボールに、私達は歓喜のガッツポーズを作る。主導権を引き寄せる先制点のゲットに大いに沸いた。
                                                           もっともこれで楽勝モードとはいかない。すぐさま冬月がこちらの攻めにパターンを見出し、ケインや他のプログラム生命体を巻き込んで反撃へ転じていく。
                                                           ──癪な奴らね。
                                                           私は舌打ちしつつ、これまで講じてきた策を総動員してフィールドを駆け抜け、格闘競技に興じ続けた。
                                                           試合がシーソーゲームの様相を呈す中、地力で勝る冬月がケインを巧みに使い、私達から点を奪っていく。
                                                           1Q、2Qを終え、一点ビハインドでハーフタイムに入った。コーナーに戻ろうとする私を冬月が呼び止める。
                                                          「ナツ、お前だって分かってるんだろう。もう国家は限界だ。今、ある姿は完全な惰性、亡霊だ。概念自体はとっくに死んでいる。誰に気付かれることなく静かにな」
                                                          「じゃぁ何? アンタ達はその先に無限の選択肢が待っていると?」
                                                          「そうデス。デジタルで人類は究極の自由が得られるんデス」
                                                           ケインが冬月に同調する中、私はかぶりを振って言った。
                                                          「悪いけど、私の見立ては違う。確かに国家は生存形式を未来に向けて最適化する必要はあるかもね。けど、人間って本能的に帰属や境界を求める生き物なのよ」
                                                          「ほぉ……」「で?」
                                                           聞き耳を立てる二人に、私はさらに続ける。
                                                          「国家や国境、これを煎じ詰めて言えば、誰が責任を取るかを分けた信用の形だと私は思う。その消滅は、誰も責任を取らない身勝手な自由でしかない」
                                                          「十分じゃないか。自由っていうのは無責任の別名なのさ。国家という古びた幻想の亡霊を引きずる必要はない」
                                                          「違う。たとえ国家が不要になっても、誰かのための居場所は必要とされ続けるの。それが伝統を生む。このラクロスの様にね。そのために責任を求められるなら、私は喜んで引き受けるわ」
                                                           皆の視線が集中する中、私は冬月とケインに別れの仕草を取り、自身のコーナーへと引き上げていった。
                                                           

                                                           
                                                           後半に向けた策を練る私だが、ここで思わぬ提案を出したのが、谷先輩だ。曰く、自身が囮として犠牲になる、と。
                                                           私は驚き気味に問うた。
                                                          「確かに助かりますが、キケンです。相手は米中を手玉に取るスパイどもですよ!」
                                                          「承知の上よ。ナツさん、はっきり言うわ。私はアンタが嫌い……というか、苦手。ただ間違っていたのは、私だった。その埋め合わせはさせてもらう」
                                                           断固とした覚悟を見せる谷先輩に、私は返す言葉がない。察したミアが「ならば」とばかりに策を出してきた。曰く、罠を仕掛けよう、と。
                                                           その内容を聞いた私達は、思わず唸った。
                                                           ──確かにリスクはあるけど、効果は抜群だ。やってみる価値はある、か……。
                                                           私は伴う危険を前に戸惑いを隠せない。だが谷先輩は毅然と言い切った。自分がしっかり役割を果たす、と。
                                                          「だったらさ。アレもやらない?」
                                                           さらなる提案を出したのは、成瀬先輩だ。私は思わず唸った。
                                                           ──アレかぁ……。
                                                          「でもアレって、決まるの三回に一回ですよ」
                                                           恵が懸念を示すものの、他のメンツは実に乗り気だ。皆の内心を見て取った私は、決断を下す。
                                                          「オッケー、それで行こう!」
                                                           私達はうなずき合うや、円陣を組む。皆で掛け声とともに後半戦へと散っていった。
                                                           前半同様にドロー(フェイスオフ)へと入った私は、仕掛けた。敢えて相手のケインにボールを奪わせ、冬月へとパスを投げさせたのだ。
                                                           ここで谷先輩が打って出る。巧みなステッキ裁きで冬月を幻惑し、意図的なファールを引き出した。
                                                           ──決まったっ!
                                                           私達は心の中でガッツポーズを取る。通常、ファウルを犯せば、その選手は一時的に退場となる。ここで見事に六分間のペナルティータイムを稼ぐ事が出来た。
                                                           ──第一段階、成功だ。
                                                           冬月がしてやられた顔でフィールドから去る中、私はミアとアイコンタクトを取る。小さくうなずくミアに私は頃合いをはかった。と言うのもこれはエキストラ(数的優位な状況)となったからこそ成功率が高まる策なのだ。
                                                           自陣で体勢を整えた私達は、巧みにケインらの死角に隠れるや仕込みに入る。幸い誰も気づいていない。極力、なんでもない風を装いつつ、私は手慣れたスティック捌きでボールをポンっと上に跳ね、ミアへとパスを送る……仕草を見せた。
                                                           実はこれは囮──ミアへボールを託すフリをして、ボールそのものは私のスティックへと再度収納し直している。
                                                           ──どうだ?
                                                           様子をうかがう私だが、数で劣るケインらは注意力が減った分、この事実に気づいていない。死角を巧みに利用したフェイクであり、完全なトリックプレーだ。
                                                           ──行けるっ!
                                                           確信を持った私は、一気に相手陣地へと切り込んだ。ケインらはボールがミアに渡ったものとばかり思っているらしく、マークがミアへと集中したままだ。
                                                           門番たるゴーリー(ゴールキーパー)すら、騙されている始末である。
                                                          「ケイン、罠だ!」
                                                           ようやく気付いたらしい冬月の声も虚しく、私は間隙をぬって疾走する。スピードが乗ったところで、運命のロングシュートを放った。
                                                           ──行けっ!
                                                           私は自身のスティックから飛び出すボールの行方を追う。確かに距離はあったが、ノーマークだ。全く妨害を受けず、ディフェンダーに勘づかれることすらなく、ボールは相手チームのネットに突き刺さった。
                                                          「決まったぁっ!」
                                                          「凄いっ!」
                                                          「逆転よ!」
                                                           見事な奇襲にしてやったりの私達は大いに気勢を上げる。こうなればもう、完全にこちらペースだ。エキストラタイム中に私は、次々とゴールを決め、一気に相手を引き離した。
                                                           ──勝てる。
                                                           誰もがそう感じ始める中、エキストラタイムが終了し、冬月がフィールドへと戻った。ここで意気揚々の私達に冬月が吠える。
                                                          「おいナツ、随分とセコい手を使うじゃないか」
                                                           振り返った私は冬月を見て、息を飲む。その表情は明らかに普段のものを違っている。初めて見るその顔は、荒々しさと狡猾さに満ち、猛々しい目は猛禽類のそれだ。
                                                           ここで私は冬月のヤバさを思い知ることとなる。完全にキレた冬月は、これまでの余裕を浮かべたスタイルから、あり余るセンスとポテンシャルを武器に、私達が構築するディフェンスを蹴散らし始めた。
                                                           ──これが冬月の本気!?
                                                           私達はあまりのパワフルさになす術がなく、愕然とした。
                                                           無論、反撃を試みはした。本気の冬月にチーム一身体能力の長けたミアが張り付く。
                                                          〈今のうちに早く体制を整えろ〉
                                                           そう目で語るミアだが、冬月の勢いは本物だ。パワーといい、テクニックといい、その全てが規格外なのだ。
                                                           やがて、試合は3Qを終え最終ラウンドへと突入する。リードはわずか三点に縮まっている。もはやゲームの行方は、虎の子の点差を死守する私達が、いかに冬月らの追撃から逃げ切るかにかかっている。
                                                           ──ミアの体力も限界だ。ここは私が……。
                                                           意を決した私は冬月の阻止を試みる。だがこれが裏目に出た。あろうことか冬月の誘いに乗りファールを取り返されてしまったのだ。
                                                          「しまった……」
                                                           思わず舌打ちする私だが、覆水盆に返らず。相手に対し五分のエキストラを与えるに至った。
                                                          「ゴメン、皆。もう限界かもしれない」
                                                           流石の状況に私は弱音を吐く。だが、これを皆が否定した。言葉にこそ出さないものの、虎の子のリードを守ることに死に物狂いだ。
                                                           ──頼む。皆、何とか守って……。
                                                           フィールド外から心の中で必死に拝む私は、皆の目の色が変わっていることに気付いた。明らかに私の失態を補おうとする目だ。これには私の心も大いに打たれた。
                                                           どうやら思いは通じたらしい。一点差まで詰め寄られたものの、暴れまくる冬月を全員で防ぎ続ける。その様はスズメバチを前にしたミツバチだ。
                                                           やがて、運命の五分が終了し、私はフィールドの中へと舞い戻る。思えばここが勝負の分かれ目だった。いわゆる天王山という奴だ。
                                                           一致団結した私達に対し、流石の冬月もペースを落とし始めた。双方の死力を尽くした攻勢は最終盤を迎える。シュートを試みる冬月、体を張って阻止する私達、熾烈な攻防を繰り広げる中、ついに運命のホイッスルが鳴り響いた。
                                                           それは、ギリギリの競り合いの中で勝負が決まった瞬間だった。
                                                           ──虎の子の一点が守れた……。
                                                           安堵と尽きる体力に私達は、その場に座り込んでしまった。もはや歓喜の声を上げる余力すらない、薄氷を踏むような勝利だった。 安堵にくれる私だが、そこへ手が差し伸べられる。見ると冬月とケインだった。
                                                          「上出来だ。お前達の勝ちだよ」「イエッス」
                                                           笑顔を見せる二人に私は悟った。どうやら私にどれ程の覚悟があるのかを見たかったようだ。
                                                          「要するに合格ってことかしら?」
                                                           私の問いに二人は笑みを浮かべつつ、うなずいている。手を引っ張られ立ち上がる私だが、そこへ新たな人影が現れた。アレックスである。
                                                          「僕らの負けだ。認めよう。手を引く。だが言っておくよ。今日の決着は、史に残る。ナツ、君達のせいで時代の進歩が十年遅れたってね」
                                                           妬み節を全開にするアレックスに、私は毅然と言い返す。
                                                          「アレックス。アンタは十年、早過ぎたのよ。常に最短距離を求める姿勢は分かる。けど時代はそう簡単には変われない。動かすのは生身の人間だからね」
                                                          「だからこそ、改革が必要なんじゃないか! ナツ、君なら分かると思っていた。理解してくれるはずだ、と……」
                                                          「理解出来るからこそ、賛同出来ない。命令で動くのは軍隊だけ、社会はロジックでなく感情で動いている」
                                                          「ふっ、漱石の草枕かい。僕は智に働き過ぎた、と」
                                                          「えぇ。で、私は情に棹させて流された。だからアレックス、アンタも意地を通すのはやめなさい。今が引き際よ」
                                                           歩み寄りを求める私だが、アレックスは納得しかねるようだ。無理もない。この革命に人生の全てを投げ打って生きて来たのだ。
                                                           やがて、アレックスは忸怩たる思いで、無念さを私にぶつけた。
                                                          「ナツ、君は国家を責任の所在であり、信用の形だと説いたよね」
                                                          「えぇ、ボーダレスになっても心の拠り所は求められると思ってる」
                                                          「それが僕には分からない。国なんて船みたいなものだろ。沈みかけたら乗り換えたらいいだけの存在、なのに君は船と運命をともにしようとしている。沈没が目に見えていると言うのに……実にナンセンス!」
                                                           肩をすくめお手上げの仕草を見せるアレックスに、私は同意しつつ言った。
                                                          「多分、これが日本の限界なのよ。理念で生まれ移民達に育てられた人工国家アメリカと、革命や独立戦争と無縁の土着した自然国家日本……どちらも一長一短で、是々非々だと思ってる」
                                                          「船乗りは船と運命をともにする、と? 後悔するよ」
                                                          「覚悟は出来ている」
                                                           断言する私にアレックスは、熟考している。やがて、おもむろに重い口を開いた。
                                                          「僕は日本を救いたかった。ナツを含め本当に好きだったから。だが君達の国だ。僕はこれ以上、何も出来ない。だから言おう。君達に残された時間は長くない。フロンティアスピリッツに幸あれ」
                                                           そこでアレックスは、VR空間から完全に姿を消した。それは全てが終わった瞬間だった。

                                                           第二十六話
                                                           
                                                           VRでの決戦から一ヶ月が経った。世の中が混乱からようやく落ち着きを取り戻す中、私は夏休み明けの学校で、冬月やケイン、ミア、恵らとホームルーム前の時間をともにしている。
                                                          「アレックス、亡くなったらしいね」
                                                           ミアの情報に私はうなずく。劣化クローンだけに身体維持に困難が伴う中、一切の処置を断っての衰弱死だったという。
                                                           冬月が口を開く。
                                                          「あいつは元々、米中双方から日本のサイバー空間を制するよう送られたエージェントだったんだ。だが、ナツを知りこの国を研究するうちに愛着が移ってしまった」
                                                          「そうさせるだけの魅力が、この国にはあった訳デス。ゆえにデジタルの力で乗っ取り自ら再興させようとネ」
                                                           同調するケインに私も異論はない。アレックスの心中は察してあまりあるが、さほど悲しみは感じていない。
                                                           ──多分、アレックスには彼なりの流儀があったんだ。それを貫き全うした。ならそれを喜んであげないと。
                                                           思いを改めた私は、冬月とケインに問う。
                                                          「で、アンタらのパトロンとボスはどうなのよ? あわよくば日本を乗っ取る気だったんでしょう」
                                                          「まぁな。だが俺が止めさせた」
                                                           返答する冬月にケインも「僕もデス」と応じている。どうやら二人にも、この国に宿るアイデンティティーに感じ入るものが芽生えたらしい。
                                                           ラクロスを通じ、ともに敵として戦った後だけに私は納得を覚えている。
                                                           ──日本の取るべき道は、成熟かそれとも成長か。政府は大きくあるべきか否か。
                                                           国の未来もさることながら、まずは自身である。私は第一歩を求めスマホに税理士の受験要綱を映し出した。然るべき受験資格を得た後、玄蔵爺さんや士郎兄にならって、己の道を切り開く覚悟を決めたのだ。
                                                           同時にラクロスに対しても、マイナースポーツを広める新たな道を模索している。
                                                          「ナツ、色々やるのはいいが、手を広げ過ぎじゃないか?」
                                                           呆れ気味の冬月に私は言った。
                                                          「器用貧乏の私には、それくらいで丁度いいのよ。いずれは世界へ打って出る。それまでは、この国も生き残っていてもらわないとね」
                                                           私はまだ見ぬ未来へと思いを馳せつつ、ホームルームに向け、軽い足取りで皆とともに席へとついた。(了)

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