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一井 亮治
参加者

      四話
     
     上下もままならないまま時空を移動した二人は、見知らぬ空間へと乱暴に放り出された。
    「痛っ……」「何だよ、ここは!?」
     上体を起こした桜子と志郎だが、そこで一人の女性を下敷きにしているのを見つけ、慌てて場所を退いた。雛人形の如く重ね着をまとったその女性は、ぶつけた頭を押さえつつ声を上げた。
    「あなた達は一体、何ですか。いきなり!」
    「や、それが俺達もいきなりここに放り出されて……」
     戸惑いの声を上げる志郎だが、傍らの桜子が周囲を眺めつつ素早く頭を働かせた。
     ――この感じ。多分、平安時代ね。そこで日本の特徴や起源に行き着くとすれば……。
    「もしかしてあなたは、紫式部さん?」
    「おい桜子、お前何言ってんだよ」
     笑う志郎だが、その女性は乱れた身なりを整えつつ、返答した。
    「えぇ、紫式部ですが、なぜそれを?」
    「実は私達、未来から来たんです」
     これには紫式部は言わずもがな、傍らの志郎も驚きを隠せない。そんな二人に桜子は、事の顛末を手短に説明していく。
    「つまり、歴史のクリスタルとやらに呼ばれて、日本の起源を探るべく平安時代にタイムリープしたってことか?」
    「そうなの志郎兄。と言っても信じてもらえないだろうけど……」
    「いえ、私は信じますよ」
     声を上げるのは、紫式部である。
    「感じるんです。遣唐使の廃止に伴い国風文化とでも言いましょうか、この国……つまり、桜さんの仰る〈ニホン〉の根幹たる日本語が独自の形に作り変えられていくのを。でもね……」
     そこで紫式部は表情を曇らせ、その目に涙を滲ませた。驚く桜子と志郎に紫式部は「ごめんなさんね」と謝りつつ、説明した。曰く、夫の宣孝に先立たれ生きる希望を失いかけている、と。
    「もういっそのこと、この身ともども……」
    「や、ダメです紫式部さん。あなたにはやらねばならぬことがあるでしょう!」
     吠える桜子に紫式部は首を傾げている。やむなく桜子は、言った。
    「『源氏物語』ですよ! 世界最古の長編小説にして、日本が誇る萌え萌え宮廷ゴシップノベル! あなたは、その元祖なんです」
    「フフッ……確かに書き掛けの小説はあるのですが、とても人にお見せできるものでは。それに私如きがそんな大それたこと……」
     恥じらう紫式部に、前のめりになる桜子だが、それを志郎が手で制す。目配せの後、志郎は思わぬ角度から紫式部を刺激した。それはまさに寸鉄人を刺す一言だった。
    「そういえば、清少納言さんも有名ですね」
     これに紫式部はピタリと体を止める。ジロっと睨む紫式部に脈ありと見た志郎は、朗々と『枕草子』の一節を詠みあげた。
    「春は、あけぼの。ようよう白くなりゆく山ぎは、すこし明かりて、紫だちたる雲の、細くたなびきたる……」
    「志郎さん」
     紫式部は、咳払いの後、厳かに言った。
    「私の前であの女の話は、なさらないでくださるかしら」
    「や、しかし名文ですし……」
    「名文?! ちょっと漢文が読めるからって皆に煽られて得意げになって、実に浅ましい。よく読めばあの人の漢文は未熟だし「人と違うんですよ、私は」って思い込んでるだけでしょう。ふん、馬鹿らしい。こうしちゃいられないわ」
     紫式部は、いても立ってもいられなくなったのか、書き掛けの小説を机に広げ言った。
    「桜さんと志郎さん、悪いけど出ていってもらえるかしら。執筆の邪魔だから」
     人が変わったように己の世界に没頭する紫式部に二人は、笑顔でうなずき合う。そこで歴史のクリスタルが光を放った。
     たちまち二人は、その光に飲まれ平安時代から姿を消し、元いた現代へと舞い戻った。周囲が志郎の部屋であることを確認した桜子がしみじみと言った。
    「志郎兄。平安時代って、要するにヒキコモリの時代よね」
    「あぁ。ある時は繋がり、ある時は鎖ざす。そうやって大陸から多分に影響を受けつつ、島国としての独自性も構築した。それが現代日本さ」
     桜子はうなずきつつ、志郎に問うた。
    「ところで志郎兄は、開国派? 鎖国派?」
    「もちろん前者さ。鎖ざした国に待つのは没落のみ。未来はないね。桜子は違うのか?」
     問い返す志郎に桜子は、複雑な笑みを浮かべながら、輝きを増した歴史のクリスタルを眺め続けた。

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