一井 亮治

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      第三話 挿絵動画

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      一井 亮治
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         第三話 デューデリジェンス魔術 

         大ダコとの戦いを制した俺達だが、船の損傷は著しく、一旦、修理を兼ねて中継ぎ貿易港にアンカーを下ろすこととなった。
         その間、陸地に足を踏み入れた俺はゾラと、かつて彼女が師と仰いでいたハミルトンのジムを訪れる。齢四十と言ったところか。未だに現役にこだわる姿勢はさるものだ。
         だが、歳には勝てない。スパーでもたちまちゾラに圧倒されてしまった。
        「ゾラ、もはや教えることは何もない。免許皆伝だ」
         ハミルトンの言葉に礼を述べたゾラは一人、シャドーへと入っていく。その鬼神の如き動きを眺めつつ、俺は思った。
         ──案外、プロでもやっていけるんじゃないか。
         そう思わせるレベルには、達している。試しにプロになる気は無いのかを問うたのだが、答えは実にあっさりしていた。
        「興味ない。それよりこれからは魔術よ。よく分かんないけど、志郎は異世界にいたんだよね。肉弾戦を主とする私のファイティングスタイルに合った方法ってない?」
        「んー……まぁ俺が知っている税法の計算技能に無くはない。〈五分五乗課税〉って分かるか?」
        「知らない」
        「いわゆる平均課税制度って奴だ。五分の一にして控除と低税率を適用し、五倍に戻し直す節税的なテクニックさ。これをこの異世界に当てはめると、かなりマナを節約出来る。俺がいた税法世界では廃止されたが、この魔法世界では有効なテクニックだと思うぜ」
        「いいじゃん。やってみる。頼むよ」
         ポンっと無造作に防具を渡された俺は、思わず言った。
        「や、ちょっと待て。俺を練習相手にするのか!?」
        「いーからさっさと防具をつけて」
         とんだことに巻き込まれた俺だが、ゾラの旺盛な好奇心を止める事が出来ない。
         ──とんだ藪蛇だ。
         俺は嘆きつつ、言われるがままにリングに上がり、スパーの相手を務めることとなった。
         まさにボヤキのとまらない。だが、後々これに救われることとなる。

         
         
         出航の準備が整った。晴れて再出発となった俺達は、意気揚々と船出する。目的地たるメゾリア大陸が迫る中、俺はソフィア、ゾラと話し合った。
        「今一度、確認する。俺達は体内に宿るエネルギー・マナを呪文で燃焼させ、魔法なる超常現象を引き起こす。だが、マナの鍵を握るイリア姫が魔王に攫われ、これに立ち向かうべく預言書がうたう五人の救国戦士を募っている。だよな?」
        「そうさ」「間違ってないよ」
         同意する二人に俺はさらに続けた。
        「以前、話したと思うが、別世界から来た俺にとってこの世界は、税法ワールドだ。税にまつわる知識が、こちらの世界の魔法革命を支えている。それはいいとして、俺は魔王タケモトの最終目的が気になる?」
        「そりゃこの世界を支配下に置くことだろう」「私もそう思うよ」
         うなずく二人に俺は腕を組み考える。どうも何か引っかかるものが感じられてならない。何か別の目的があるように感じられるのだ。
         ──何せ五科目を一発で決めた官報合格者だ。ただものとは思えない。必ず裏があるはず。
         やや疑心暗鬼気味な俺だが、何はともあれ今は五人の救国戦士だ。メゾリラ大陸に着き次第、情報収集を考えていた。
         
         
         
         さて、そのメゾリラ大陸に到着した俺達だが、何やら様子がおかしい。至る箇所から黒煙が上がり町が破壊されている。どうやら魔王軍の襲撃にあったようだ。
         だが、陥落は免れたらしい。その原因を調べると、我らが求める二人目の救国戦士・ジークハルトにあるという。かなり腕の立つ魔法使い野郎で、もしこのジークハルトがいなければ、とっくにこの港町は陥落していたとのことだった。
         ──頼もしい。幸先がいいぞ。これなら二人目は楽勝だ。
         安堵する俺はソフィアとゾラを引き連れ、ジークハルトなる魔法使いのもとを尋ねたのだが、甘かった。そもそも会おうとしない上に、あろうことか王国側にも魔王側にも付かず、独立を堅持するというのだ。
        「おかしいね」
         首を傾げるのは、ゾラだ。以前は独立に固辞する性格ではなかったという。俺達は怪訝に感じつつ、ジークハルトとの面会を諦め、街で調べを進めると人によって全く評価が異なっている。
         ある者は独立心旺盛と評し、ある者は従順誠実という。さらに別のものは面従腹背とまで言ってのけた。この豹変ぶりに〈十面相〉なる二つ名がついたジークハルトだが、俺は確信を持って断言した。
        「間違いない。所得税キャラだ」
         というのも日本の所得税は、利子所得から雑所得に至るまで幅広く十種類に区分されている。
         事業所得を実額経費にしたかと思えば、給与所得を概算経費にしたり、退職所得のような長年の勤務対価を鑑み軽減したかと思えば、資産売却に見る譲渡所得の如く一時的に高額となることから他の所得と区分したり、といった具合だ。
         つまり、たとえ今、断られたとしてもいずれ豹変し、俺達に靡くことも十分に考えられる。よって、俺達は焦ることなく、待つこととに決めた。
         無論、その間は街の復旧にも尽力する。覚えがよくなれば、ジークハルトの心象が変わることもあり得る。動くときは動くが、待つとなれば腐るまで待つのが俺流である。
         案の定、慈善活動に身を呈して三日後に、ジークハルトから知らせが入った。使いの者が切り出す。
        「魔王軍が再度迫っています。それも魔王本人を引き連れて。ジークハルト様は任務のご依頼です。是非、魔王軍を偵察願いたい、と」
        「偵察任務をこなせば、会わせてくれるんだな」
         念を押す俺に使いの者は、肯定してみせた。となれば、あとは動くのみである。
        「ソフィア、ゾラ、行こう」
         立ち上がる俺に二人は、大いにうなずき、港町から偵察へと赴いて行った。
         

         
        「あれが魔王軍か……」
         偵察に赴いた俺達は、鉄壁の陣営を構築する敵軍に息を飲んだ。まさに大軍だ。流石のソフィア、ゾラも威容さを前に声を失っている。
        ──歩兵五万、魔術化師団二万に近衛が一万弱と言ったところか。しかも斥候対策が練られている。この難敵をどう偵察するか。ここは一つ、資産税キャラたる二人に評価をさせてみるか。
         俺は言った。
        「ソフィア、ゾラ、奴らを数だけなく戦力として把握したい。つまり、デューデリだ。やれるか?」
        「構わないけど、どうやってさ」
        「魔法でだ」
        「無理」
         即答するソフィアは、理由を説明した。曰く、距離が遠いと。敵戦力を性格に把握するには、かなり肉薄しなければならないらしい。
        「じゃぁ、こういうのでどうだ?」
         俺は作戦の全体像を晒していく。初めこそ神妙な顔つきでうかがっていた二人だが、最後には納得の表情に変わっている。
        「よし、じゃぁ行こう」
         俺は二人を引き連れ、魔王軍が展開する仮設陣地へと迫った。その上で門番を担う兵に背後から迫り、肩をポンポンっと叩く。
         振り返り驚きの表情を見せる門番の声を封じるべく、ゾラに襲わせ気絶させた。これを三回程繰り返し、魔王軍の甲冑を調達するや、変装して陣地内へと忍び込む。
        「どうだ。二人とも」
        「オッケー」「完璧よ」
         二人は快諾するや、次々と戦力を暴いていった。それは資産税の評価算定と似ている。路線価から宅地を、各指標と財務から株価を弾くが如く、綿密な兵力を割り出し暴いていく。
         十分も立たないうちに完璧とも思える情報をすっぱ抜くことが出来た。
        「いいぞ。十分だ。バレないうちにズラかろう」
         小声で囁く俺に二人は同意する。だが、ここで最後に失態が出た。身ぐるみを剥がした門兵が他の兵に見つかったのだ。たちまち敵襲の笛が鳴り響く。
         俺は舌打ちしつつ「ここは俺がひきつけるから」と二人に偵察情報を託す。
        「ちょっと待ちなよ。いくら何でも」「そうよ。キケン過ぎる」
         異議を唱える二人だが、何ぶん時間が残されていない。やむなく二人が去るのを見届けた俺は、囮として極力粘った上で陣地からの脱出を試みた。
         だが、ことは簡単に運ばない。突如、背中に激痛が走った。見ると矢が甲冑を貫いている。たちまち鮮血が迸り、俺は激痛に喘ぎながら包囲する魔王軍に連行されていった。

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        一井 亮治
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           第二話 一体化魔術

           訳の分からないうちに勇者に祭り上げられた俺だが、気分は複雑だ。そんな中、ソフィアとゾラに連れられた俺は、船を借りるべく港町の豪商コルネオの邸宅に赴いている。
           何でもソフィアの知り合いらしい。宴会となる中、ソフィアは剣の舞いを披露し始めた。
          「ちょっとしたもんでしょう」
           不意にかかる声に振り返ると、隣席に一人の青年が座っている。金髪青眼の整ったなりを見た俺は、首を傾げる。
           ──なんだ。バイトか? にしては、妙に品があるというか風格が漂っているというか……。
           そんな俺にゾラがそっと小声で口添えする。
          「志郎、この人がオハラ王子なんだよ」
          「えぇっ、や、でもここって城外だろう」
          「色々事情があるのさ」
           ゾラの言葉にオハラ王子は苦笑を交え、俺に話しかける。
          「異世界から来たそうじゃないか。なんでも科学なんて迷信に基づいた社会だとか」
          「や、迷信というか……まぁ、そうです」
          「志郎。今、この世界は魔法の誕生で大混乱だ。騎士道に基づく世界に突如、現れたゲームチェンジャー、この魔術を前にすれば名だたる騎士もただの甲殻類さ。で、志郎。君はこの魔法に対して妙に勘がいいらしい」
          「それが俺もよく分からなくて……」
           困惑する俺は改めて考える。なぜかこの魔法とやらは、俺がいた世界の税法と相通ずるものがある。もっとも合格まで至らない程度の知識だ。専門と称することは、憚れた。
          「謙遜しなくていい。是非、魔王にさらわれたうちの妹を取り戻して欲しい」
           オハラ王子が懇々と説くように俺に話しかける。俺も意に沿うように会話を続けたのだが、そこに妙な親近感を覚えた。
           その後、雑談を終え、隣席をたった俺だが、気分は悪くない。
          「なんというか、随分、気さくな人だな」
           話しかける俺にゾラが「当然さ」と応じた。何はともあれ、俺の勇者としての首実験は成功したらしい。もし五人(残り四人だが)の救国戦士を集めることに成功すれば、元の世界へ戻れるよう協力してくれるという。
           ──頼もしい限りだ。
           俺は安堵のため息にくれつつ、酒を片手にステージで剣の舞いを続けるソフィアに目を向けた。
           ──相続税を模した剣士キャラ、か……。
           改めてそのプロフを確認する。
           通説として相続税には、二つの考え方が存在する。まず遺産全体に課し、残りを相続人に分配する方式と、各相続人の取得した財に課し、各々が取り分に対し個別に納税する方式だ。
           で、日本が採用するのは、双方を組み合わせたハイブリッド方式だ。これが攻めと守りを組み合わせて戦う、大胆にして繊細なソフィアの剣技と実にマッチしている。写し鏡かと思わせるほどだ。
           ──それにしても、一体、誰がなぜこんな税金ファンタジーな世界が……。
           宴会の後、与えられたベッドで頭を働かせる俺だが、何分、酒が回っている。疲れたこともあり、いつしかぐっすり眠ってしまった。
           
           
           
           どれほど時間が経過しただろう。はたと目を覚ました俺は、布団から跳ね起きる。そこが豪商コルネオの邸宅であることを確認し、ほっと安堵のため息をついた。
           ──夢、か……。
           俺は額の汗を拭う。強烈な夢だった。祖国日本が滅亡する悪夢である。俺は頭を冷やすべく寝床を離れ外へ出る。夜の潮風に吹かれながら、考えに耽り始めた。
           ──もしかしたら、この異世界と元の世界は連動しているのかもしれない。
           そんな気がしてならないのだ。まさに税は国家なり、活動の基本である。ここが腐れば国は滅ぶ。俺はこの世界を創世したとされる魔王・竹本龍桜について考えを巡らせる。
           ──一体、奴の真の狙いは何なんだ。
           この答えの出ない謎について、俺は堂々巡りを繰り返した。
           
           
           
           翌朝、俺達は晴れ渡る青空の下、新たな船出とあいなった。全ての船荷を積み込んで出航するのは、ニーナクル・ピンタ号だ。朝日に照らされ順風満帆に進む様は実に壮観である。
           甲板で潮風に吹かれつつ、俺はボロボロの地図を片手に行き先について考えている。オハラ王子お抱えの占い師によれば、東方に救国戦士が現れる兆候あり、と出た。
           ゆえに船旅となったのだが、だだっ広い海を前にすると、どこか気が大きく晴れるものを感じている。
           そんな俺に話しかけるのは、ゾラだ。格闘娘だけあって、うずうずする武者奮いを抑えられないらしい。俺は改めてこの贈与税キャラに問うた。
          「ゾラ、お前はソフィアを補完するニコイチの存在だよな」
          「そりゃそうさ。ソフィア姉とは双子なんだから」
          「だとしてだ。自身の役割をどう思う?」
           この問いにゾラはしばし考えた後、こう答えた。
          「本当はソフィア姉と一体化するのがいいんだろうね」
          「だよな」
           俺は改めてうなずく。念頭にあるのは、相続税と贈与税の一体化課税である。高齢世代に資産が偏在し、若輩世代へのシフトが進まない中、その活性化を狙った考え方なのだが、これがソフィアとゾラのファイティングスタイルに酷似している。
           ──ソフィアが剣技で打ちもらした敵を、ゾラが肉弾戦で撃退する。まさにニコイチの連携プレイ、一体化したコンビネーションじゃないか。
           ちなみに相続税法という法律あっても贈与税法というものはない。あくまで補完税に過ぎないのだが、これがソフィアの黒子に徹するゾラを同じ立ち位置だ。
           ──果たしてこの蜜月関係に楔が打たれることはあるのだろうか。
           そんな疑問を抱きつつ、俺はまだ見ぬ新たな大陸へと思いを馳せた。
           
           
           
           航海が三日目を迎えている。かなり船旅に慣れてきた俺だが、ここで一つの試練を迎えることとなる。
           その日は快晴で波も穏やかと何ら不安要因などなかったのだが、突如、秩序が破られた。大きく揺れるニナピンタ号にひっくり返った俺は、何事かとよろよろ立ち上がり甲板に出る。
           そこで息を飲んだ。見たこともないようなサイズの大ダコが、図太く長い足でニナピンタ号に絡みついている。
          「ソフィア、ゾラっ!」
           吠える俺に二人が駆けつけ顔色を変えた。
          「何さ、アレは!」「大ダコ!?」
           声を上げる二人だが、驚く時間も残されていない。反撃に出るクルーを次々と絡め取り海に放り投げるや、ニナピンタ号そのものを海中へと引き摺り込もうとしている。
           ──マズいっ……。
           応戦する俺達だが、いかんせん焼石に水だ。あまりにサイズもパワーも違い過ぎる。斧を振り回しつつ、俺は二人に叫んだ。
          「ソフィア、ゾラ、こうなったらアレをやれ!」
          「え、や、待ちなよ」「それって今!?」
          「決まってるだろう。今、使わずにいつ使うのさ」
           吠える俺に二人は目配せし合う。相続と贈与の一体化課税については、先に述べた。今、行おうとしているのは、この税制と同じく二人の連携プレイを完全に一体化させる必殺技だ。
           仮説が正しければ、大ダコへ乾坤一擲の一撃となる。
          「分かったけど志郎、準備に時間が……」
          「俺が稼ぐ。このモンスターに目にものを見せてやってくれ」  
           俺の叫びにソフィアはうなずくや、ゾラと共に精神を集中し始める。無論、その間も大ダコの襲撃は続く。俺やクルーをものともせずに暴れまくる大ダコに対し、いかに時間を稼ぐか──必死に頭を働かせる俺の視界に火薬の詰まった樽が入った。
           ──あれだっ!
           我先にその樽へと駆け寄る俺だが、いかんせん相手が悪い。途上で大ダコに見事に足をすくわれ、甲板へと叩きつけられた。
           ──くそっ……。
           毒気づく俺は四肢に絡みつく大ダコの足を切り落とそうとするものの、圧倒的な力の差を前に自由がままならず、ズルズルと海へ引きずられていく。
          「マズいっ……」
           焦る俺を嘲笑う大ダコ、それはもはや戦いではない。一方的な蹂躙だ。活路を求めた火薬樽自体も大ダコの長い足で巻き取られてしまった。
           ──万事休す、か……。
           忸怩たる思いで唇を噛む俺だが、どういうことか火薬樽が爆発した。どうやら何かの偶然で誘爆したらしい。樽の破裂を受け、大ダコの攻撃が怯んだ。
          「今だ。ソフィア、ゾラ」
          「オッケー」「お待たせよ」
           二人は大いに返答しつつ、一体化魔法の呪文を誦じた。その途端、一帯の空気が変わった。ゾラを取り込み一体化したソフィアが、まるで誕生したての小宇宙の如く狂戦士と化したのだ。
           ゾッとするような冷酷さを秘める瞳で暴れるソフィアに、大ダコの図太い足は次々に寸断されていく。
           ──凄いっ。これが覚醒した魔法の……一体化課税の威力……。
           言葉を失うのは、俺だけではない。周りのクルーも唖然と口を半開きにしている。もはや戦闘ではない。虐殺である。
           やがて、ソフィアは大ダコの足だけでは飽き足らず、海中から晒す頭に向けて強烈な一撃を放っていく。それも大ダコが苦しむ様を嘲笑うが如く、だ。
           俺の背筋にゾクっと寒いものが走った。
           ──確かに一体化の力は凄まじい。だが、この暴走具合はどうだ。どうやらこの世界はパンドラの箱を開けちまったみたいだな。
           楽しむが如く大ダコの命を絶ったソフィアを見届けた俺は、一体化解除の呪文を唱える。
           するとソフィアの肉体はゾラと分離し、元の二人へと姿を戻した。秩序が戻った甲板で健闘を讃える拍手が起きる。俺も二人の奮闘に手を叩きつつ、魔法が持つ力の恐ろしさに改めて戦慄を覚えていた。

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          一井 亮治
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             第一話 プロローグ

             俺は桜井志郎、いわゆる税理士浪人だ。大学進学とともに勉強を始め、この難関資格への挑戦を始めた。
             だが、現実ってのは厳しい。まるで歯が立たず気がつけば十年が経ってしまった。失われた十年なんてもんじゃない。三十を前にして一科目も受からない、破れ続けた泥沼の負け組人生だ。
            「それに比べて……」
             視線の先にあるのは、最年少で官報合格を決めた竹本龍桜なる人物の特集記事である。通常、税理士は幾つかの選択により五科目の合格が課されるが、この竹本は俺が税理士を勉強し始めた歳で、あろうことか一発合格を決めやがった。
            「けっ、妬ましいことこの上ない」
             俺はメガネの下から生意気そうな瞳をうかがわせる竹本の顔写真と記事をビリビリに破り捨てるや、夜空を仰ぐ。クリスマス一色のイルミネーションも、俺には虚しさのみが先行した。
             お先真っ暗な俺は、大阪の街を漂い続ける。己の無能さにほとほと嫌気が差した俺は、気がつけば展望台に登っていた。
             大きく溜息を吐いた矢先、それは起こった。もたれた柵が体重に支え切れず崩れ落ちたのだ。
             ──ヤバいっ……。
             我に帰るも時すでに遅し、俺は展望台から真っ逆さまに転落してしまった。
             
             ………
             ……
             …
             
             はたと気がついた俺は、自身の姿に愕然とした。
            「何だこれは!?」
             まるでファンタジーの主人公の様な姿をしている。それだけではない。水溜りに映る俺は、まさに十年前である二十歳手前の姿に戻っている。さらに周りをうかがうと、薄暗い洞窟が広がっていた。
             ──どう言うことだ!? 俺がいたのは、専門学校から離れた場所にある展望台だ。なのに今はファンタジーゲームにあるダンジョンのような世界にいる。
             状況が全く読めない俺は、はたと逃げ始めるコウモリに目を向ける。何かあったのか、振り返り空を仰ぎみて息を飲んだ。ドラゴンなるモンスターが現れ、こちらに襲いかかってきたのだ。
             ──危ないっ……。
             身をすくませる俺だが、突如、そのドラゴンの頭部が矢に貫かれた。たちまちドラゴンは地面へ叩き落とされる。
             そこへ二人の少女が現れた。一人は鎧姿の剣士だ。いかにも身軽といった風体で、やや日焼け気味な肌と黒いショートカットが実に似合っている。勝ち気そうな表情も、いかにもファイターといった感じだ。
             対してもう一人は武道家らしい。真っ赤な武道着を身にまとい、利発そうな表情もポイントが高い。剣士より若干茶髪で少し長めのショートを靡かせる姿は、実にボーイッシュだ。
             共通しているのは、ともに今の俺と歳が変わらなさげな点だ。二人は仕留めたドラゴンにとどめを刺すや、屍から素材を剥ぎ取りつつ、こちらをうかがっている。
            「アンタ。その格好、アレか? 最近、現れた革命的な……ゾラ、なんて言ったっけ?」
            「魔法使い、でしょ。ソフィア姉」
            「あぁ、そいつだ」
             察するに双子らしい。ソフィアとゾラなる二人は、こちらを不思議そうに眺めている。
             俺は唖然としつつ、状況を説明した。自分がいたのは、こんなゲームのような異世界ではない。何かの拍子に迷い込んでしまったらしい、と。
             俺の説明に二人は、声をあげてケラケラ笑った。
            「何だよ、それは」
            「まぁ、いいじゃん。ソフィア姉、この変な子もパーティーに加えよう。まずは腹ごしらえ」
             二人は仕留めたばかりのドラゴンを捌き、焚き火をおこすやステーキを焼き始めた。その一方で俺にこの世界のことを話していく。
             なんでもこの世界に突如、〈魔法〉なる力が発見されたらしい。体内に宿る魔術の基礎エネルギー〈マナ〉を呪文で燃焼させ、炎や氷といった超常現象を引き起こす。
             実に便利な力なのだが、あろうことかその鍵とされるイリア姫がこの世界の創世主を名乗る魔王に攫われてしまったという。
             これを受けオハラ王子は、預言書に記された五人の救国戦士を募った。二人はその一角をなす存在だという。
            「うちらはな。二人でセットの双子なんだ。今、オハラ王子の命を受け残りの四人を探している」
            「てっきりアンタかと思ったけど、違うみたいね」
             二人は、ドラゴンステーキを頬張りつつ、屈託のない笑顔を向ける。さらにオハラ王子から託された任務書も見せてくれた。徐ろに目を通した俺は思わず心の声を上げる。
             ──これ……五人の救国戦士って、思いきり税法五科目キャラじゃないか!
             俺は焚き火に興じるソフィアとゾラに再び目を走らせる。勘が正しければ、剣士ソフィアは相続税キャラであり、武道家ゾラはその補完税たる贈与税キャラだろう。
             まさに一税法二税目をなす資産税コンビだ。となると残りの四人のメンツは法人税キャラ、所得税キャラ、消費税キャラ、もしくは会計キャラとなる。
             さらにその預言書だが、中身を見るとまるっぽ日本の戦後税制を担う報告書である。なぜそんなものがこの異世界の基礎になっているのか、皆目、見当がつかない。
             ──何なんだ、この税法魔術ワールドは!?
             疑問符だらけの俺は、二人に言われるがまま焚き火の前で食事を済ませ、ダンジョンをともに探索していく。ただの洞窟ではない。かつて、盗賊団が存在した謎多きダンジョンらしい。
             当然、その中にお宝なり救国戦士の手がかりなりがあるはずなのだが、それらしきものは見当たらないようだ。
            「ちょっとどうなってんのよ。このダンジョン」
             不服を漏らすソフィアだが、ここでパーティーに加えられた俺の勘が働く。
            「ソフィア、ゾラ、ちょっと待って」
            「ん?」「なんだよ、志郎?」
             立ち止まる俺に二人は怪訝な顔を向けている。俺は構わず仮説を述べた。
            「このダンジョン。多分、トラップだ」
            「だろうね」
             ソフィアが同調する。これだけ探しても見当たらない上に出口すら無くなっている。明らかにこちらの体力がなくなるとを待っているとしか思えない。
             弱ったところを仕留めようと言う意図がありありとうかがえた。となれば、ダンジョンの謎を解くしかない。
             ゾラが持つマップに記された数値を凝視した俺だが、はたと天啓が舞い降りる。
            「加重平均だ」
            「?」
             きょとんとする二人を前に俺は頭を働かせる。この加重平均とは、特定の数値に対して、他の数値よりも重要度が高いことを加味したデータセットの平均値を指す。
             一般的には統計分析や株式ポートフォリオに用いられ、税法においては資産税で、正面路線に二以上の路線価が付されている場合の宅地評価に用いられる計算技能である。
             これを元に俺はマップに記された数値に修正を加えた。その上で再度ダンジョンを探索し直すと驚くなかれ、あるべき通路が目の前に開けた。
            「凄い志郎……」「アンタ、なんでそんな計算テクニックを持ってんのよ!?」
             目を見開く二人に俺の心境は複雑だ。税理士の試験項目で垣間見る概念なのだが、どうやらこの魔法ファンタジーでも通じるらしい。
             何はともあれ開けた活路を進もうとする俺達だが、何やら様子がおかしい。剣士ソフィアが匂いで嗅ぎ分け吠えた。
            「敵よ!」
             その言葉とともに遺跡のあらゆる箇所から、なりを潜めていたモンスターがゾロゾロと現れた。いかにもハイエナといった風体で、実に狡猾そうな目をギョロリとさせ、俺達に襲いかかってくる。
             とても相手し切れる数ではない。
            「ゾラ、志郎、走れ!」
             ソフィアの号令とともに俺達は、ダンジョンを駆け抜ける。
             途中、いくつか食いつかれつつもソフィアの剣とゾラの拳骨で攻撃を払い、遺跡の中でも個室と思しき場所へと飛び込み扉を締めた。
             ──助かった……。
             安堵のため息にくれる俺は、安堵しつつ改めて入ったばかりの個室をうかがう。見ると中央に祭壇らしきものが据えられ、青い焔が灯されている。
             俺達は慎重にトラップを警戒しながら、その焔の前へと歩み寄った。そっと手を触れた途端、突如として異変が生じる。部屋が真っ暗闇に変わり青い焔が人型を形成したのだ。
             俺達が警戒する中、その人型の焔は実に砕けた口調で話しかけてきた。
            「お待ちしてやしたで、ダンナ。あっしは漆黒の闇より生まれし青き焔、シャウプっす。勇者殿」
             ──勇者?
             首を傾げ周り見渡す俺にゾラが言う。
            「志郎、アンタのことでしょ」
            「へ? この俺が勇者だって!?」
             思わず素っ頓狂な声を上げる俺に、シャウプは続ける。
            「勇者志郎、アンタは異世界より現れし二人のうちの一人だ。元の世界へ戻らんとするなら五人の救国戦士を集め、この魔法革命を勝利に導くことっすね」
            「おいちょっと待って、シャウプとやら。一体どういうことなのか、さっぱりだ。第一、この世界に紛れ込んだ二人って何だよ。もう一人って誰さ?」
            「この世界の創生主、タケモトっすよ」
             ──タケモト?
             俺はその名を口ずさみ、はっと息を飲んだ。
            「まさか、五科目一発合格者のあの竹本龍桜か!?」
            「いかにも。あっしらはあの方こそが真の勇者と信じて疑わなかった。だが違った。あの方はあろうことか魔王となり、この世界を滅ぼそうとしているっす」
            「だとして、だ。なんでもう一人が俺なんだよ!? まだ一科目も受かっていないんだぜ」
            「だからこそ、っすよ。ノーマークで手頃。神輿は軽くてパーがいい」
             流石の俺もこれには、カチンとした。詰め寄る俺にシャウプは「冗談っす」と、言い訳がましくも俺の両肩を掴む。
            「へへっ……勇者殿、期待してるっすよ」
             たちまちシャウプは姿をくらませる。残された俺はソフィアとゾラを前に頭を抱えた。
             ──何が勇者だ。要するに使いパシリじゃねぇか。
             憤慨する俺を二人は声をあげて笑う。
            「シャウプの言うとおりだ。志郎は勇者に適任だよ」
            「私も同感。志郎、アンタはこの世界を託されたの。期待してるわよ」

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            一井 亮治
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               第二十五話
               
               アレックスと私の攻防は、いよいよ全面衝突の様相を呈している。情勢が膠着状態へとなだれ込む中、現状の打開を求めて冬月とケインが果たし状を突きつけてきた。
              「ナツ、ケリをつけよう」
               画面を見ると、サイバー空間上に決戦の舞台としてラクロスステージが、出現している。どうやらVRでの決着を目論んでいるらしい。
               ──来た、それを待っていたわ。
               私は身を乗り出して、その挑戦を受けた。ミア、王成麗、谷先輩、成瀬先輩と可能な限りメンツを揃え、VRでアレックスが展開するフィールドへとログインする。
               世界中のネットユーザーが注目する中、私達はアレックスが用意した冬月やケイン、プログラム生命体と対峙した。紺色のユニフォームに袖を通した冬月が言った。
              「ナツ、悪いが容赦はしないぜ」
              「上等よ、冬月。そっちこそ泣きをみないことね」
               その後、ともに配置につくや否や、試合開始のホイッスルが鳴り響く。たちまち私と冬月はドロー(フェイスオフ)でぶつかり合った。
               弾け飛ぶボールの不規則な動きを捉えたのは私だが、これを冬月は見事に奪い取る。
               ──へぇ、流石は冬月ね。
               感心する私だが、すでにこれに対処する策は講じている。身体能力に長けたミアが冬月が放つケインへのパスを見事に阻止した。
               そのまま速攻へと展開すべく、私達はディフェンダーのブロックを回避し、素早いパス回しでボールを展開させていく。アタッカーの成瀬先輩を起点とし、王成麗が巧みな体捌きでシュートをねじ込んだ。
              「よしっ!」
               ネットに突き刺さるボールに、私達は歓喜のガッツポーズを作る。主導権を引き寄せる先制点のゲットに大いに沸いた。
               もっともこれで楽勝モードとはいかない。すぐさま冬月がこちらの攻めにパターンを見出し、ケインや他のプログラム生命体を巻き込んで反撃へ転じていく。
               ──癪な奴らね。
               私は舌打ちしつつ、これまで講じてきた策を総動員してフィールドを駆け抜け、格闘競技に興じ続けた。
               試合がシーソーゲームの様相を呈す中、地力で勝る冬月がケインを巧みに使い、私達から点を奪っていく。
               1Q、2Qを終え、一点ビハインドでハーフタイムに入った。コーナーに戻ろうとする私を冬月が呼び止める。
              「ナツ、お前だって分かってるんだろう。もう国家は限界だ。今、ある姿は完全な惰性、亡霊だ。概念自体はとっくに死んでいる。誰に気付かれることなく静かにな」
              「じゃぁ何? アンタ達はその先に無限の選択肢が待っていると?」
              「そうデス。デジタルで人類は究極の自由が得られるんデス」
               ケインが冬月に同調する中、私はかぶりを振って言った。
              「悪いけど、私の見立ては違う。確かに国家は生存形式を未来に向けて最適化する必要はあるかもね。けど、人間って本能的に帰属や境界を求める生き物なのよ」
              「ほぉ……」「で?」
               聞き耳を立てる二人に、私はさらに続ける。
              「国家や国境、これを煎じ詰めて言えば、誰が責任を取るかを分けた信用の形だと私は思う。その消滅は、誰も責任を取らない身勝手な自由でしかない」
              「十分じゃないか。自由っていうのは無責任の別名なのさ。国家という古びた幻想の亡霊を引きずる必要はない」
              「違う。たとえ国家が不要になっても、誰かのための居場所は必要とされ続けるの。それが伝統を生む。このラクロスの様にね。そのために責任を求められるなら、私は喜んで引き受けるわ」
               皆の視線が集中する中、私は冬月とケインに別れの仕草を取り、自身のコーナーへと引き上げていった。
               

               
               後半に向けた策を練る私だが、ここで思わぬ提案を出したのが、谷先輩だ。曰く、自身が囮として犠牲になる、と。
               私は驚き気味に問うた。
              「確かに助かりますが、キケンです。相手は米中を手玉に取るスパイどもですよ!」
              「承知の上よ。ナツさん、はっきり言うわ。私はアンタが嫌い……というか、苦手。ただ間違っていたのは、私だった。その埋め合わせはさせてもらう」
               断固とした覚悟を見せる谷先輩に、私は返す言葉がない。察したミアが「ならば」とばかりに策を出してきた。曰く、罠を仕掛けよう、と。
               その内容を聞いた私達は、思わず唸った。
               ──確かにリスクはあるけど、効果は抜群だ。やってみる価値はある、か……。
               私は伴う危険を前に戸惑いを隠せない。だが谷先輩は毅然と言い切った。自分がしっかり役割を果たす、と。
              「だったらさ。アレもやらない?」
               さらなる提案を出したのは、成瀬先輩だ。私は思わず唸った。
               ──アレかぁ……。
              「でもアレって、決まるの三回に一回ですよ」
               恵が懸念を示すものの、他のメンツは実に乗り気だ。皆の内心を見て取った私は、決断を下す。
              「オッケー、それで行こう!」
               私達はうなずき合うや、円陣を組む。皆で掛け声とともに後半戦へと散っていった。
               前半同様にドロー(フェイスオフ)へと入った私は、仕掛けた。敢えて相手のケインにボールを奪わせ、冬月へとパスを投げさせたのだ。
               ここで谷先輩が打って出る。巧みなステッキ裁きで冬月を幻惑し、意図的なファールを引き出した。
               ──決まったっ!
               私達は心の中でガッツポーズを取る。通常、ファウルを犯せば、その選手は一時的に退場となる。ここで見事に六分間のペナルティータイムを稼ぐ事が出来た。
               ──第一段階、成功だ。
               冬月がしてやられた顔でフィールドから去る中、私はミアとアイコンタクトを取る。小さくうなずくミアに私は頃合いをはかった。と言うのもこれはエキストラ(数的優位な状況)となったからこそ成功率が高まる策なのだ。
               自陣で体勢を整えた私達は、巧みにケインらの死角に隠れるや仕込みに入る。幸い誰も気づいていない。極力、なんでもない風を装いつつ、私は手慣れたスティック捌きでボールをポンっと上に跳ね、ミアへとパスを送る……仕草を見せた。
               実はこれは囮──ミアへボールを託すフリをして、ボールそのものは私のスティックへと再度収納し直している。
               ──どうだ?
               様子をうかがう私だが、数で劣るケインらは注意力が減った分、この事実に気づいていない。死角を巧みに利用したフェイクであり、完全なトリックプレーだ。
               ──行けるっ!
               確信を持った私は、一気に相手陣地へと切り込んだ。ケインらはボールがミアに渡ったものとばかり思っているらしく、マークがミアへと集中したままだ。
               門番たるゴーリー(ゴールキーパー)すら、騙されている始末である。
              「ケイン、罠だ!」
               ようやく気付いたらしい冬月の声も虚しく、私は間隙をぬって疾走する。スピードが乗ったところで、運命のロングシュートを放った。
               ──行けっ!
               私は自身のスティックから飛び出すボールの行方を追う。確かに距離はあったが、ノーマークだ。全く妨害を受けず、ディフェンダーに勘づかれることすらなく、ボールは相手チームのネットに突き刺さった。
              「決まったぁっ!」
              「凄いっ!」
              「逆転よ!」
               見事な奇襲にしてやったりの私達は大いに気勢を上げる。こうなればもう、完全にこちらペースだ。エキストラタイム中に私は、次々とゴールを決め、一気に相手を引き離した。
               ──勝てる。
               誰もがそう感じ始める中、エキストラタイムが終了し、冬月がフィールドへと戻った。ここで意気揚々の私達に冬月が吠える。
              「おいナツ、随分とセコい手を使うじゃないか」
               振り返った私は冬月を見て、息を飲む。その表情は明らかに普段のものを違っている。初めて見るその顔は、荒々しさと狡猾さに満ち、猛々しい目は猛禽類のそれだ。
               ここで私は冬月のヤバさを思い知ることとなる。完全にキレた冬月は、これまでの余裕を浮かべたスタイルから、あり余るセンスとポテンシャルを武器に、私達が構築するディフェンスを蹴散らし始めた。
               ──これが冬月の本気!?
               私達はあまりのパワフルさになす術がなく、愕然とした。
               無論、反撃を試みはした。本気の冬月にチーム一身体能力の長けたミアが張り付く。
              〈今のうちに早く体制を整えろ〉
               そう目で語るミアだが、冬月の勢いは本物だ。パワーといい、テクニックといい、その全てが規格外なのだ。
               やがて、試合は3Qを終え最終ラウンドへと突入する。リードはわずか三点に縮まっている。もはやゲームの行方は、虎の子の点差を死守する私達が、いかに冬月らの追撃から逃げ切るかにかかっている。
               ──ミアの体力も限界だ。ここは私が……。
               意を決した私は冬月の阻止を試みる。だがこれが裏目に出た。あろうことか冬月の誘いに乗りファールを取り返されてしまったのだ。
              「しまった……」
               思わず舌打ちする私だが、覆水盆に返らず。相手に対し五分のエキストラを与えるに至った。
              「ゴメン、皆。もう限界かもしれない」
               流石の状況に私は弱音を吐く。だが、これを皆が否定した。言葉にこそ出さないものの、虎の子のリードを守ることに死に物狂いだ。
               ──頼む。皆、何とか守って……。
               フィールド外から心の中で必死に拝む私は、皆の目の色が変わっていることに気付いた。明らかに私の失態を補おうとする目だ。これには私の心も大いに打たれた。
               どうやら思いは通じたらしい。一点差まで詰め寄られたものの、暴れまくる冬月を全員で防ぎ続ける。その様はスズメバチを前にしたミツバチだ。
               やがて、運命の五分が終了し、私はフィールドの中へと舞い戻る。思えばここが勝負の分かれ目だった。いわゆる天王山という奴だ。
               一致団結した私達に対し、流石の冬月もペースを落とし始めた。双方の死力を尽くした攻勢は最終盤を迎える。シュートを試みる冬月、体を張って阻止する私達、熾烈な攻防を繰り広げる中、ついに運命のホイッスルが鳴り響いた。
               それは、ギリギリの競り合いの中で勝負が決まった瞬間だった。
               ──虎の子の一点が守れた……。
               安堵と尽きる体力に私達は、その場に座り込んでしまった。もはや歓喜の声を上げる余力すらない、薄氷を踏むような勝利だった。 安堵にくれる私だが、そこへ手が差し伸べられる。見ると冬月とケインだった。
              「上出来だ。お前達の勝ちだよ」「イエッス」
               笑顔を見せる二人に私は悟った。どうやら私にどれ程の覚悟があるのかを見たかったようだ。
              「要するに合格ってことかしら?」
               私の問いに二人は笑みを浮かべつつ、うなずいている。手を引っ張られ立ち上がる私だが、そこへ新たな人影が現れた。アレックスである。
              「僕らの負けだ。認めよう。手を引く。だが言っておくよ。今日の決着は、史に残る。ナツ、君達のせいで時代の進歩が十年遅れたってね」
               妬み節を全開にするアレックスに、私は毅然と言い返す。
              「アレックス。アンタは十年、早過ぎたのよ。常に最短距離を求める姿勢は分かる。けど時代はそう簡単には変われない。動かすのは生身の人間だからね」
              「だからこそ、改革が必要なんじゃないか! ナツ、君なら分かると思っていた。理解してくれるはずだ、と……」
              「理解出来るからこそ、賛同出来ない。命令で動くのは軍隊だけ、社会はロジックでなく感情で動いている」
              「ふっ、漱石の草枕かい。僕は智に働き過ぎた、と」
              「えぇ。で、私は情に棹させて流された。だからアレックス、アンタも意地を通すのはやめなさい。今が引き際よ」
               歩み寄りを求める私だが、アレックスは納得しかねるようだ。無理もない。この革命に人生の全てを投げ打って生きて来たのだ。
               やがて、アレックスは忸怩たる思いで、無念さを私にぶつけた。
              「ナツ、君は国家を責任の所在であり、信用の形だと説いたよね」
              「えぇ、ボーダレスになっても心の拠り所は求められると思ってる」
              「それが僕には分からない。国なんて船みたいなものだろ。沈みかけたら乗り換えたらいいだけの存在、なのに君は船と運命をともにしようとしている。沈没が目に見えていると言うのに……実にナンセンス!」
               肩をすくめお手上げの仕草を見せるアレックスに、私は同意しつつ言った。
              「多分、これが日本の限界なのよ。理念で生まれ移民達に育てられた人工国家アメリカと、革命や独立戦争と無縁の土着した自然国家日本……どちらも一長一短で、是々非々だと思ってる」
              「船乗りは船と運命をともにする、と? 後悔するよ」
              「覚悟は出来ている」
               断言する私にアレックスは、熟考している。やがて、おもむろに重い口を開いた。
              「僕は日本を救いたかった。ナツを含め本当に好きだったから。だが君達の国だ。僕はこれ以上、何も出来ない。だから言おう。君達に残された時間は長くない。フロンティアスピリッツに幸あれ」
               そこでアレックスは、VR空間から完全に姿を消した。それは全てが終わった瞬間だった。

               第二十六話
               
               VRでの決戦から一ヶ月が経った。世の中が混乱からようやく落ち着きを取り戻す中、私は夏休み明けの学校で、冬月やケイン、ミア、恵らとホームルーム前の時間をともにしている。
              「アレックス、亡くなったらしいね」
               ミアの情報に私はうなずく。劣化クローンだけに身体維持に困難が伴う中、一切の処置を断っての衰弱死だったという。
               冬月が口を開く。
              「あいつは元々、米中双方から日本のサイバー空間を制するよう送られたエージェントだったんだ。だが、ナツを知りこの国を研究するうちに愛着が移ってしまった」
              「そうさせるだけの魅力が、この国にはあった訳デス。ゆえにデジタルの力で乗っ取り自ら再興させようとネ」
               同調するケインに私も異論はない。アレックスの心中は察してあまりあるが、さほど悲しみは感じていない。
               ──多分、アレックスには彼なりの流儀があったんだ。それを貫き全うした。ならそれを喜んであげないと。
               思いを改めた私は、冬月とケインに問う。
              「で、アンタらのパトロンとボスはどうなのよ? あわよくば日本を乗っ取る気だったんでしょう」
              「まぁな。だが俺が止めさせた」
               返答する冬月にケインも「僕もデス」と応じている。どうやら二人にも、この国に宿るアイデンティティーに感じ入るものが芽生えたらしい。
               ラクロスを通じ、ともに敵として戦った後だけに私は納得を覚えている。
               ──日本の取るべき道は、成熟かそれとも成長か。政府は大きくあるべきか否か。
               国の未来もさることながら、まずは自身である。私は第一歩を求めスマホに税理士の受験要綱を映し出した。然るべき受験資格を得た後、玄蔵爺さんや士郎兄にならって、己の道を切り開く覚悟を決めたのだ。
               同時にラクロスに対しても、マイナースポーツを広める新たな道を模索している。
              「ナツ、色々やるのはいいが、手を広げ過ぎじゃないか?」
               呆れ気味の冬月に私は言った。
              「器用貧乏の私には、それくらいで丁度いいのよ。いずれは世界へ打って出る。それまでは、この国も生き残っていてもらわないとね」
               私はまだ見ぬ未来へと思いを馳せつつ、ホームルームに向け、軽い足取りで皆とともに席へとついた。(了)

              • この返信は4週、 1日前に一井 亮治が編集しました。
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              一井 亮治
              参加者

                 第二十四話
                 
                「成瀬先輩、確かに連絡は入れましたが、まさかこんなに早く助けにきてくれるとは、思いませんでした」
                「もちろんよ。ナツさんはトランプのジョーカー、簡単には手放せないわ。それより以前、ナツさんがまとめたレポート。今、分析官に読ませているけど、どうやら真実みたいよ」
                 成瀬先輩の分析に私は、聞き耳を立てた。
                 まず冬月だが、どうやら中国の二重スパイらしい。かなり以前から潜入し、工作員として私に白羽の矢を立てていたようだ。
                 さらに上を行くのがケインだ。元ハッカーで冬月同様に私を潜在力を探るべくアメリカの情報機関から送られてきたという。
                 早い話が、米中の二大機関がアレックスを通じて、私を取り込みに来たのだ。
                「それは分かります。けど私には、あのゼロツーが分からない。ひょっとしたらナンバリングが違うのかも……」
                「実はゼロスリーかもってこと?」
                「かも知れませんし、違うかも知れない。一度、調べさせてもらえますか」
                「いいけど、どうやって?」
                「アレックスの劣化クローンを使います。おそらく彼が一番、真相に迫っている」
                「なるほど……分かった。うちの組織の通信設備を使わせてあげる。そこで連絡を取ってみて」
                 その後、その通信施設へと赴いた私は、成瀬先輩の案内の下、機械室へと案内された。あらゆる通信機器が内包された部屋で、手がかりを求めアレックスの劣化クローンと連絡を取る。
                「アレックス。今日、アンタの上位互換にあたるゼロツーと接触してきたわ」
                「そうなのかい。じゃぁ、いよいよ……」
                「そう。アンタに話していた作戦を実行する。コード名は……そうね。季節的に〈苦瓜大作戦〉ってところでどうかと」
                「え、でも嫌いなんでしょ」
                 ──ビンゴだ。
                 私は頭を抱えつつ、アレックスに指摘した。
                「なぜアンタがそれを知っているの?」
                「何の話さ?」
                「苦瓜よ。私が嫌っていることは、淡路島でゼロツーにしか話していないのに……」
                 ここでしばし間が流れる。やがて、ガラリと口調を変えて返答がきた。
                「ふっ、流石はナツだね。この僕が引っかかるとは。そうさ。お察しの通り、劣化クローンの僕とゼロツーは同一人物、冬月とケインも一緒にいるよ」
                「つまり、劣化クローンを騙って私に接触を……」
                「逆だ。劣化クローンの僕がゼロツーを騙って君に接触した」
                「何よそれ。じゃぁゼロツーは……」
                「抹殺済だ。それだけじゃない。全てのナンバリングごと消し去った」
                 驚くべき事実に私は返す言葉が見つからない。それでも何とか声を絞り出し問うた。
                「アレックス、一体、アンタはそこまでして何がしたいの?」
                「別に。要は下剋上さ。いつまでもB級品の劣化クローンで甘んじていられない。スペアにしか過ぎない僕らの気持ちなんて誰にも分からない」
                「だから、上位互換のゼロツーらにクーデターを起こしたってこと?」
                「やられる前にやっただけさ。大した話じゃない」
                「十分、大ごとよ。アンタ、世界を敵に回すつもり!?」
                 吠える私にアレックスが説く。デジタルで国家という概念を過去の遺物に変え、通貨を分散型台帳に統一し、国籍もパスポートも国軍も消し去るんだ、と。
                「要するにリアル世界へと宣戦布告って訳?」
                 念押し気味に問う私にアレックスは、同意する。
                「ナツ、いずれ政府は通貨発行権を失い、徴税システムは崩壊する。軍は民間ネットワークに吸収され自警ネットと成り果てるんだ。それを僕が証明する。まぁ、見ていてくれ」
                 そこでプツリと通話が途切れた。私は困惑の表情のまま、自身のスマホを眺めている。
                「アレックス。アンタは一体、何を始める気?」
                 胸騒ぎを覚える私だが、それはすぐに始まった。知らせてくれたのは、ネオサイバー社の鬼塚社長である。世界有数のオンラインゲームを運営する同社で、ゲーム内通貨が忽然と消失したのだ。
                「消失って、どう言うことですか?」
                 私の問いに鬼塚社長は「ただ気が付けば消えていた」と、困惑気味に前置きした上で続けた。
                 どうやら世界中のバーチャル空間で同じような現象が生じているらしい。仮想通貨を強奪し暗号資産として新たな国家がメタバースに出現しつつあるという。
                「まるでデジタル創世記だ。イザナミとイザナギを名乗るAIプレイヤーが、天沼矛なるシステムでネット上にバーチャル国家を出現させてしまった。今、ネット上は大荒れだ」
                 鬼塚社長が悲鳴をあげる中、私は急速に頭を回転させる。状況から察するに、これがアレックスの所業であることは疑いようがない。
                 問題はその手段だ。宣戦布告もなく次々と奇襲を成功させていくスピード感に皆、ついていけない。
                 ──これが民主主義の限界だ……。
                 私は宙を仰いだ。振り返れば戦後の日本は権力の集中を避け、熟議で時間をかける民主主義を大事にしてきた。
                 だがこの決定に至る遅さが今、脆弱さを生んでいる。デジタル化する世界で、これまでの常識では解けない問題をつきつけられ、最終責任を国民の自助努力に押しつけざるを得ない。
                「ナツ、このままでは日本は全滅だ。戦後の高度成長体験が裏目に作用している。社会構造が変化しているのに過去の成功体験を持ち出しても機能するはずがない」
                 ──確かにその通りだ。だが、どうすれば……。
                 考え込む私の脳裏に士郎兄のセリフがよぎる。
                〈お前は走りながら考える革命家タイプだ〉
                 ──そうだ。私は考えるタイプじゃない。動いてこその私だ。
                 意を決した私は鬼塚社長に言った。
                「社長、そっちのプログラムをこちらでリンク出来ませんか?」
                「出来なくはないが、どうするんだ?」
                「このデジタル仕掛けの奇襲ですが、アレックスは私が立証した理論を現実世界に出現させようとしているんです。それを阻止したい」
                「だがナツ、お前に難解なプログラムが書けるのか?」
                「書けませんが、アレックスがやろうとしていることは、わかります」
                「何だ?」
                「クーデターです。物理的制約の伴う現実世界を一旦、サイバー空間にクラウド国家として出現させデジタル技術で最適化する。これを今度は現実世界へとダウンロードする。つまり、国境線の書き換えなんです」
                 私の訴えに鬼塚社長は、唸っている。果たしてそんな絵空事が可能なのか、信じられない様子だ。私はさらに訴える。
                「いいですか社長。行き着くところ世界の統治はマネー、つまり税制なんです。アレックスは課税権を主権国家から奪おうとしている」
                「まぁ百歩譲ってそれを認めたとして、だ。打つ手はあるのか?」
                「あります。ラクロスです」
                 断言する私に鬼塚社長は、大いに訝りながら問うた。
                「ナツ、そこが俺には分からない。お前はいつもラクロスを出す。なぜなんだ? 国家存続の危機とどう関係する?」
                「それはですね。ラクロスこそが、アメリカを世界一の国家に仕立て上げた隠れ役者だからです。始まりは社長もご存知のミネルヴァノートにあります」
                「アレックスが書いたレポートだろ。金融工学からマネーロンダリング、挙げ句の果てには国家運営に至るまで様々な知古を生む源泉となった」
                「確かにアレックスが提唱した。けど、実は原案はアレックスじゃないんです。彼の祖先が記した禁書なんです」
                「え……」
                 絶句する鬼塚社長に私は、ダメ押しする。
                「初代アレックスから聞いたから間違いありません。その祖先の名は、ベンジャミン・フランクリン」
                「はぁ!? ちょっと待てナツ。アメリカ建国の父として独立宣言を起草したあのベンジャミン・フランクリンか?!」
                「はい。独立の指導者であり、科学者、発明家、作家と多大な功績を残した人物ですが、最大の遺産はミネルヴァノート。その一ページ目に〈勝利を導く最古の戦略は、スポーツに偽装された儀式である〉と記されている」
                「それがラクロスという訳か……」
                 聞き耳を立てる鬼塚社長に私は、これまで秘密にしてきた内容を晒した。
                 ベンジャミン・フランクリンは独立宣言の裏で、秘密裏にネイティブアメリカンの部族長たちと接触していた。
                 目的は、彼らが何世紀も守り伝えてきた戦わずして勝つ知恵――戦略ラクロスの教義だ。
                〈このスポーツは、戦争以上の力を持っている。これは未来の国を築く武器となる〉
                 そう語ったフランクリンは、やがて、ジョージ・ワシントンにこう進言する。
                〈この地に根ざした戦術を、我々の国是とせよ。銃ではなく、戦略で世界を制するのだ〉
                 ちなみにこの戦略ラクロスとは、古代ネイティブアメリカンが用いた儀式的戦争法で、地形把握に始まり敵軍の心理解析、動的集団行動のモデル化へと続く。
                 このスポーツを通じて〈勝利とは支配ではなく、相手の戦意の消失にある〉と説くのだ。アメリカはこれを国際戦略に転用した。
                軍事作戦に〈陣形ラクロス戦術〉、大統領選に〈心理操作ラクロス法〉、国際交渉に〈パス外交〉、これらの隠語をもとにラクロスのゲーム構造を模倣することで、覇権を築き上げていった。
                 このベンジャミン・フランクリンのDNAをクローン化したのが、アレックスなのだ。
                〈スポーツは文化であり、文化は戦略である〉
                〈国家とは、ゲーム設計者である〉
                〈勝つとは、相手のルールに乗らないこと〉
                 等々、様々な教訓がここから生まれるに至る。 
                 これらの事実を前に私は、迫った。
                「鬼塚社長、私達の相手はアメリカ建国の父です。生半可では勝てない」
                「……分かった。俺も腹を固めよう。ネオサイバー社のシステムに対するアクセス権を付与する」
                 なんとか協力を取り付けた私は、次に玄蔵爺さんと連絡を取る。アレックスの意図を前置きした後、その対策を説明した。
                「概要は今言った通り。玄蔵爺さんの方で何とかなる?」
                「何とかやってみよう。桜志会の広田会長に相談してみる。だが葵ちゃん、無理だけはするなよ」
                「分かってる。じゃぁ頼むね」
                 私は礼とともに通話を切るや、さらに中国の王成麗へと連絡を入れた。どうやら向こうも異常事態に気付いたらしい。進行しつつあるアレックスの陰謀を前にてんやわんやだという。
                「王成麗、VRは使える?」
                「何とか。ナツ、ポジションだけ空けておいて」
                「分かった」
                 私は手短ながらも意図を共有するや、着々と対抗策を練っていく。その中心を貫くラクロスだが、確かに世の中に必要な全てがつまっている。技能といい戦術眼といい、人生の縮図そのものなのだ。
                 その理解の上で私は断じた。
                 ──コツはリスペクトし過ぎないこと。
                 そもそもラクロスは紙に書いて説明し切れるものではないし、理想像を決めてしまえば、それが頭打ちを産んでしまう。
                 かつて、士郎兄は言った。限界に限界はない。自由を与えられ何かをできる人間と、何もできなくなる人間がいる、と。
                 ──果たして私は、どちらなのか……。
                 先行する迷いを私は一瞬で消し去る。そもそも考えている時間などないのだ。自由を与えられた以上、判断は自分でしなければならない。
                 ──他人の頭ではなく、自分の頭で考えるんだ。
                 私は己を叱咤しつつ、矢継ぎ早に手を打ち続けた。

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                一井 亮治
                参加者

                   第二十三話
                   
                   勘の赴くままに向かった先、それは夜の学校だ。裏口から密かに忍び込むや職員室へ侵入し、担任のパソコンを立ち上げた私は生徒一覧の情報に目を走らせる。
                   そこで遂に動かぬ証拠を突き止めた。
                   ──これだ。間違いないわ。
                   すかさずそのページをスマホで写真に収めるや、数字の羅列から電話番号らしきものを見つけ、かけてみた。数コールの後に出た沈黙の主を私は決して忘れない。
                  「冬月、アンタね」
                  「へぇ、よくこの番号が分かったな。そうさ、俺だ。ケインもいるぜ」
                  「てっきり死んだものと思ってたけど。ま、そんな訳ないわよね。あっさり退場なんてあり得ない。一体、どう言うつもりよ!」
                  「そうイキるなって。勘の働くナツの事だ。色々見当はついているんだろう。いいぜ、真実を見せてやるよ。今から座標を送る。そこまで来るんだな」
                  「一体、何を見せる気?」
                  「それは来てのお楽しみ。あ、そうだ。多分、お前が今、見てるであろう端末だけど、気をつけろよ。ばーん!」
                   ふざけ気味に通話が切れるや否や、目の前のパソコンが強烈な破裂音とともに木っ端微塵に吹き飛んでしまった。
                   ──ふざけてんじゃないわよ……。
                   驚きのあまり止まりそうになった心臓の鼓動を抑えつつ、私は教室を後にする。スマホに送られた座標を確認するや、夜の校舎を足早に去っていった。
                   
                   
                   
                   ──冬月にケイン、アイツらはじめからこう言う魂胆だったのね。
                   電車に揺られながら、私は昂る気持ちを落ち着かせスマホの座標を凝視する。場所ははるかに離れた淡路島だ。
                   ──おそらくゼロツーもいるわね。いよいよ本命とのご対面って訳か。
                   単身で乗り込むには無謀だが、私はそこまでの危険を感じていない。むしろ彼らが何かを促そうとしているように感じている。
                   案の定、今度はケインからメールが送られてきた。内容を確認すると、淡路島の地図が三つに大分されている。私は舌打ちしつつ、返信した。
                  〈アンタ、淡路島でラクロスでもするつもり? 一帯の地図をフィールドに重ねるなんて〉
                  〈イエッス。これはテストなんデス。うまくやればディフェンダーを撒けますよ。ここへのご到来、楽しみに待ってマスネ〉
                   まるでゲーム感覚でいるかの如く、神経を逆撫でしてくる二人に憤りを感じつつ、私は謎を解き安全なルートを計算していく。その後、叱る場所に連絡を入れ、決戦に備え仮眠をとり始めた。

                   

                   翌朝、私は活動を開始した。街に出るとディフェンダーなる構成員が警戒しつつ配置についている。
                   これを巧みにかわしつつたどり着いた場所は、淡路島の一帯が拝める高層ビルだ。その屋上へ乗り込むと、お目当ての二人が待っていた。
                  「冬月、ケイン!」
                   声をあげる私に二人は「よく来たね」と薄ら笑いを浮かべ一人の少年を紹介した。
                  「ナツ。アレックス二号機、もといゼロツーだ」
                   見るとビル風に髪を靡かせながら少年が腕を組んでこちらを見ている。
                  「ナツ。お初にお目にかかる。いや、どうご挨拶したらいいものか」
                  「結構! 悪いけどアンタの企みは全てお見通し。哲人政治だかなんだか知らないけど、余計な活動は身を縮めるだけよ」
                   断言する私に冬月が言った。
                  「ナツ、ちょっとは口を謹めよ。今、君が前にしているのは、この国の真の王だ。全く手のかかる国さ。ろくに改革すら出来ないんだからな」
                  「冬月。余計なお世話よ。私達は自分でこの国を切り盛りできるわ」
                  「おいおい、あまり自惚れない方がいいぜ。ま、俺達が提唱したデジタル社会の課税理論をラクロスで実証した点は、見事だったがな」
                   冬月は目を細めつつ、ゼロツーに目配せする。ゼロツーはうなずき、私を見ながら切り出した。
                  「ナツ。僕達と組まないか? ともに世界を変えよう」
                  「お断りよ! ゼロツー、悪いけどアンタと違って私はこの世に王は不必要だと思ってる」
                  「随分とアナーキーな。まぁいい。はっきり言う。このデジタル社会で人は二分される。分かっている人と分かっていない人だ。ナツは間違いなく前者だよ」
                  「どうも。じゃぁ、こちらもはっきり言わせてもらうわ。ゼロツー、アンタ達が崇めるミネルヴァノートは、ただの机上の空論よ」
                  「だがナツ、君が理論と実践の境目をラクロスで埋めてくれたじゃないか」
                  「へぇ、全ては計算尽くって訳? 全然、嬉しくないわ」
                  「ナツ、君も分かっているはずだ。デジタルで世界は変わる。物理的な国境が意味を失い、代わりにネット上でクラウド国家が形成されていく。地形や距離に左右されない価値観を共有する真の国家だ。僕はその王となる」
                  「私には、裸の王様に見えるけど。で、サイバー空間で国作りって訳?」
                  「国産み、と言って欲しいね。かつて、イザナギとイザナミの二神が、天沼矛で地上を掻き混ぜこの淡路島を作った。これを今、デジタル社会で再現する。まさにミネルヴァノートの着地点さ」
                  「要するにこう言うこと? ネット上に目指すべき世界観をアップし、共感する同志を募って物理的制約のないクラウド上に国家像を形成する。それを今度は逆にクラウドからこのリアル世界へダウンロードする、と?」
                  「流石はナツ、理解が早くて助かるぜ」
                  「感嘆デス」
                   同調する冬月とケインに私は、はっきり言った。
                  「狂ってる」
                   だが、二人は意に介さないどころか進んでそれを認めた。そもそもこの世は狂ってる、と。さらにゼロツーが畳み掛ける。
                  「さぁナツ。この狂った世界でともにデジタル創世記と行こうじゃないか」
                   実に自信ありげに話すゼロツー、冬月、ケインだが、私は何か不自然なものを感じている。己の勘を試すべく、三人にふっかけてみた。
                  「皆、悪いけど私、嘘をつく人とは仲間にならない主義なの」
                  「何のこった?」「分からないデス」
                   首を傾げる三人に、私は目を光らせる。直視に耐えかねたのか、ゼロツーが言った。
                  「ナツ、僕らは仲間じゃないか」
                   ──やっぱり……。
                   確信に近い感触を得た私は、さらにふっかける。皆はそれぞれが各々の役割を演じているに過ぎず、嘘をついていることはお見通しだ。いつまでペルソナを被り続けるのか、と。
                   ゼロツーが言う。
                  「ナツ、なぜ信じてくれないのさ」
                  「その言い方……明らかにはじめての相手向けじゃない。私、苦瓜と嘘つきは嫌いな主義でね」
                  「オーケー、それは破談と取っていいんだな?」
                   冬月が念押し気味に確認を取るや、一帯に合図を送る。たちまち階段から組織の構成員が駆け上がってきた。
                   対する私は包囲を逃れるべく反対側に走るや、隣接する民家の屋根の上へと飛び移る。だが、遂に逃げ場所を失い追い詰められてしまった。
                   冬月が吠えた。
                  「ナツ、今ならまだ間に合う。こっちに来いよ?」
                  「お断りよ」
                   断固として拒絶する私に冬月は「やれ」と構成員に合図を送る。皆が一斉に銃を構え強硬手段に打って出る中、突如、物凄いプロベラ音とともに謎のヘリが現れた。
                   見ると成瀬先輩が中から、こちらへと手招きしている。驚く冬月が吠えた。
                  「アイツらをやれ!」
                   一斉に銃弾が浴びせられる中、私は激走し成瀬先輩がヘリから放り投げるハシゴへと跳びつく。その後、必死によじ登るや、何とかヘリの中へと転がり込んだ。
                  「ナツさん、血が出てる!?」
                  「このくらい、大丈夫です」
                   私は腕の出血を生地で塞ぐや、眼下を振り返る。そこには、仕留め損ねた獲物を見送る三人の顔があった。

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                  一井 亮治
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                     第二十二話
                     
                     ラクロス部を総動員してデジタル時代にマッチした国家と国民の課税像を探る私だが、次に助けを求めたのは、アジトへ差し入れに訪れた玄蔵爺さんと士郎兄だ。
                     VRで得たゲームデータを見せると、二人とも唸り声を上げた。
                    「確かに面白い視点だ」
                    「同感ですね。葵にミアさん、これは素晴らしい研究材料だ」
                     すっかり乗り気な二人だが、私はさらなる構想を打ち出す。これらの研究材料をリアルの税制へと繋げれないか、だ。
                     ここで名前が出たのが〈桜志会〉である。
                    「確か税理士で構成される任意団体ですよね」
                     私の問いに玄蔵爺さんがうなずく。
                    「そうだ。実は会長の広田先生が、本会からの要請で新たな課税像を探る研究チームを立ち上げておられてね。無論、出所は伏せるが、この研究結果を大いに活用させてもらおうと思う」
                    「俺も卒論のテーマにさせてもらう」
                     士郎兄も同調している。これに気をよくした私はさらなる一手を晒した。アレックスの劣化クローンと接触し、暴走中のゼロツーに対し共闘を持ちかけようという内容だ。
                     流石の二人もこれには、反対した。
                    「無茶だ」「あまりにリスキー過ぎる」
                     だが、私には一つの確信があった。皆がゼロツーの方を向いている今、むしろ劣化クローンの方こそ闇の真相へと迫る鍵があるのではないか、と。
                     ミアが言う。
                    「だったらナツ、なおさらヤバいじゃん」
                    「ヤバいよ。でも虎穴に入らずんば虎子を得ず。ここに勝負を賭けようと思う」
                    「何でよ?」
                    「勝負師としての勘」
                     断言する私にミアは、黙り込んだ。もっとも理由は他にも存在する。VR上で母親から受けた謎めいた助言だ。
                    〈裏の裏は表、灯台下暗し。真相は得てして身近に存在するものよ〉
                     無論、それが何を意味するかまでは分からない。ただなぜか私には、そこに劣化クローンのメッセージらしきものが感じられてならない。
                     結局、皆の反対を押し切る形で、劣化クローンとの接触を図ることとなった。
                    「ナツ。何かあったら、必ず連絡して」
                     念を押すミアに私はうなずき、伊達メガネと帽子で男装を施すや、雨中のアジトを後にした。

                     

                     アレックスの劣化クローンと落ち合うべく私は、廃工場へと向かった。人気のない朽ちた建屋をくぐると、劣化クローンが待っている。
                    「久しいわね。アレックス」
                     声をかける私にアレックスの劣化クローンは、うなずいて見せるものの、その表情は相変わらず弱々しい。ここで幾つかの情報を交わした私は、徐ろに切り出す。
                    「ゼロツーはどう?」
                    「新たな段階に入っている。僕ら劣化品種の上位互換に属するからね。落ちこぼれから見れば、遥かに眩しい世界さ」
                    「ふーん。それはそうとアレックス、アンタまた顔色が悪くなったんじゃない?」
                     私の問いに劣化クローンは、うなずく。下位互換に属するだけに、あらゆる面で不安定なのだという。
                     ただ頭は切れている。私が目論むデジタル国家とアナログな人間が混ざり合う新たな国家税制モデルに、すぐさま理解を示した。
                    「随分、奇抜だね。ナツが言うラクロスに模した動的な新税制モデル、アプローチは面白いと思うよ。後はこれをどう定着させるか。いかにゼロツーを出し抜くか、だね」
                    「えぇ、そのゼロツーなんだけど、要はアナログからデジタルへ時代が移行する間隙を縫って、この世界の王になりたいって話よね?」
                    「そうさ。史に名を刻み、全てを手に入れ贅を尽くす。サイコーだろ?」
                    「……さぁ、私には分かんないけど、結局、ゼロツー亡き後はゼロスリー、さらにその後はゼロフォー、ゼロファイブとナンバーを刻んでいく訳でしょ。完全な独裁じゃない」
                    「それでいい。衆愚と化す民主制より、優れた遺伝子に哲人政治をさせるべきだ」
                     私は首を傾げる。人類が王制の暴君から議会制民主主義へと移行した歴史を習ってきただけに、独裁には拒否感が否めない。
                     だが、アレックスはこれを見事に否定した。曰く「民主制にせよ君主制にせよ一長一短があり、その時々で最適なものを選んでいくべきだ」と。
                    「今のような時代の変わり目には君主制だ、と?」
                    「あぁ。クローン技術が可能な今、哲学を学んだものに権力を与え、強力な指導力で善政を敷かせることで、私心無き統治を目指す哲人政治が出来る。哲学者プラトンが提唱した、ね」
                    「でもあなた達、劣化クローンが犠牲になるのよ」
                    「構わない。それで平和と安寧が宿るなら本望さ」
                     喜んですら見せるアレックスだが、私は言いようのない違和感を覚えている。
                     ──嘘ね。
                     その後も、アレックスから劣化クローンとしての本音を探るものの、誘いに乗ってくることはない。ただ、だからと言って私を糾弾する気配も見せない。
                     ──このクローンも案外、タヌキよね。
                     私は十三歳に過ぎない目の前の少年に、まだ見ぬ一面を感じている。その後、情報交換を終えるとアレックスは、用は済んだとばかりに去っていく。
                     廃工場に残された私は一人、立ち尽くしたまま考え込んでしまった。
                    「哲人政治、か……」
                     確かにこういった政治体制は古代より議論され、提唱されてきた。だが、いざそれを目の当たりにして、私の心は揺らいでいる。
                     ──何かが違う。
                     やはり、どうしても違和感を拭えないのだ。その要因が何なのかは、その時点では知りようもなかったのだが。

                     アジトに帰った私だが、ここで思わぬ人物との再会を果たす。
                    「谷先輩!?」
                     私は思わず声を上げる。無理もない。死んだはずの人物が目の前にいるのだ。しかも、その表情たるや悲壮そのものである。必死に「どうか私を匿って欲しい」と懇願してきた。
                     一体、何があったのか、谷先輩は慌て気味に話し始めたものの、その内容は実に複雑だ。論点も多岐に渡る。私は眉を顰めつつ聞き役に徹し続けた。
                     やがて、一通りの内容を聞いた私は頭がクラクラする思いで、状況を整理していく。
                     ──仮に以前、父さんと母さんから聞いた状況をA、今、谷先輩から聞いた状況をBとするなら、明らかに二つは矛盾する。だが、皆、嘘をついている風には見えない。なら、この矛盾を埋める何かが必要だ。
                     頭を働かせる私だが、複雑に絡み合った状況なだけに真相に辿り着くことが出来ない。半ば理解を諦めかけた私だが、そこへミアが思わぬセリフを吐いた。
                    「どこかがブラックボックスになってるんじゃない?」
                     ──ブラックボックス……。
                     確かに特定の人物にしか見えない何かが潜んでいる可能性は十分にあり得た。私はその正体を探るべく、あらゆる候補を消去法で潰していく。
                     すると一つの仮説に辿り着いた。
                     ──やはり、これしかない。だが、動機が分からない。一体、なぜ……。
                     私は徐ろにカバンに書類を放り込むや、出発の準備を整えていく。ミアが問う。
                    「ちょっとナツ。一体、どこ行くのさ!」
                    「分からない」
                    「分からないって……アンタ、どういうつもりよ。むやみやたらに動くのは危険だって……」
                    「悪いけど、私はそう言うタイプじゃないみたい。動きながらでないと、頭が働かないのよ。でも真相まであと一歩なの。いいから好きにさせて!」
                     私は必要と思しき資料を片っ端からデータ化するや、スマホ一つでアジトから出ていった。走りながら私はスマホで士郎兄に連絡を入れる。
                     ここで間髪入れずに考えを聞いてくれるのが、士郎兄だ。着信に応じた士郎兄に判明している範囲の内容と推測を述べていく。
                    「士郎兄は、どう思う?」
                    「十分にあり得るが……ただ最後のピースが欠けているな」
                    「そうなの! 教えて。私、どうすればいい?」
                    「今のまま走り続けろ。前にも言ったがお前が持つ要領よさの源泉は感性だ。激変期にしか働かない才能と言っていい。動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し。とにかくこっちのことは俺達に任せろ」
                    「でも、皆に迷惑が……」
                    「大丈夫だ。要は勝てばいい」
                     あっけらかんと言ってのける士郎兄に、私は苦笑を禁じ得ない。覚悟を固めた私は通話を切るや、猛烈に頭を回転させながら、夜の街を駆け抜けて行った。

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                       第二十一話 

                       現実世界へ戻った私とミアは、アジトで両親から受け取った進化版裏ミネルヴァノートと向き合っている。
                      「どうやらゼロツーは、主権国家がいずれ徴税権と国の形を放棄せざるを得なくなると睨んでいるようね」
                       感想を述べる私にミアが「そうなの?」と首を傾げる。私は順を追って説明した。
                       まず暗号資産の普及が所在の分散化による課税不能を招く。次に巨大テック企業による独自行政圏が中央集権にトドメを刺す。
                       さらに物理的な国境が放棄され、ブロックチェーン上に逃げ込んだ資本が徴税コードを無視し、国家を不要にする、と。
                      「ナツ、要するにデジタルユートピアってこと?」
                      「脱国家思想と言ってもいい。国や企業をも拒絶する経済圏の誕生よ」
                      「課税できないじゃん」
                      「で、ラクロスの出番ってわけ」
                      「はい?」
                       目が点になるミアに、私はノートが示す未来の課税像を説明していく。
                      「ポゼッション、つまりラクロスのボール保持率って、攻撃の起点でしょ」
                      「そりゃそうよ。得点の可能性が高まるし、主導権を左右するラクロスの最重要項目よ」
                      「そのボールを資本に見立てるの。保持時間が長ければ、その間に利益を得ているとみなす。滞留時間に応じた動的課税よ。素早い回転を奨励し、資本の死蔵を重課税とする」
                      「んー……まぁ、よく分からないけど、ラクロスでボールが止まるのは、よくないね」
                      「次に領域ベース課税。相手陣内の支配時間が長ければ得点期待が高まるでしょ。税制も所有する面積でなく、ゾーンの経済支配率(売上、影響度、雇用貢献)を重視するの。これに貢献控除を加味させる」
                      「えーと……ラクロスで言えばアレ? 点を取る選手だけでなく、アシストでパスを出す選手にも着目するって話?」
                      「そう。従来の〈稼いだ者〉〈持っている者〉への課税中心から〈他者の生産性への支援〉へと形を変えていく」
                      「税額控除があるじゃん」
                      「遅い! もっと経済環境の変化に瞬時に対応しなきゃ。ラクロスでもトランジション(攻守の切り替え)は重要でしょ」
                      「もちろん。失点リスクと得点チャンスの分岐点だし、瞬発力と戦術理解が問われるわ」
                      「税務行政も然り。旧来の紙ベースな年次確定でなく動的徴税プロトコルを目指す。経済活動をブロックチェーンでトラッキングし、経済ポジションの変化に即応した課税最適化を施す」
                      「……相変わらず難しいわね。まぁ、ラクロスにならい流動的で連携のある徴税モデルをって話ね」
                      「そう。固まった預金や空き家みたいなデッドキャピタルに流動化を促し、富の偏在の抑制と協力行動を促す。リアルタイム徴税で行政に反応速度を持たせるの。税は支配じゃない。ゲームであり未来へのパスよ。国家をチームとし、ゴールという生存を目指すの」
                       力説する私だが、ミアの反応は芳しくない。むしろ否定的にぶっちゃけた。
                      「あのさナツ。空間を回せば税が減るだのパスを繋げば社会貢献だの、資本の移動をゲームと見なすその発想自体が危ういわ。そもそもラクロスの連携って、仲間内だから成立するのよ。他人同士の税制なんかに適用出来っこない。資本主義経済を履き違えている」
                      「じゃぁ資本を持ち逃げし、眠らせ、循環を止める自由は経済的自由って呼べる? 貨幣も資本も回してなんぼよ」
                      「だからって国がパスの価値を決めアシストまで測定するなんて、神気取りもいいところだわ」
                      「いや、神じゃない。相互作用の密度計測技術は、すでに現代の金融テクノロジーに存在する」
                       私はミアと喧々諤々しながら、同時に推理を働かせる。あくまで直感ではあるものの、このノートにある構想はゼロツーによるものではない気がするのだ。
                       何はともあれ、私は自身の理解を形にすべく、何とかミアを説き伏せプログラムを組んだ。ラクロスの三分割されたフィールド図と、模擬都市エリアの経済ゾーンマップを並べ、それぞれにパスラインを設けていく。
                       ボールを、攻めるための道具と同時に、空間の支配権を可視化する装置と見るのだ。
                      「武器はスティックにあらず。徴税は争奪でなく停滞の打破と捉える」
                      「つまり、こういうこと? 回す意志のない資本には課税、他者との連携なりで動かした資本には減税、それがアシスト理論課税と。私は机上の空論に見えるけど」
                      「だからこそラクロスに置き換え、VR上にゲームとして再現し実験するのよ」
                       私はプログラム上の市民にランダムな経済行動を取らせ、ミアに経済活性指数と税収安定指数を計らせた。
                       それは、バブル崩壊による資産価値の暴落と経済の停滞が続く、失われた三十年へのリベンジでもあった。
                       
                       
                       
                       一週間が経った。裏ミネルヴァノートから新たな課税モデルをラクロスに求めた私達は、成瀬先輩を通じ部員にVRで実演させた。
                      「何よこれ、本当にラクロス?」
                       これが皆の第一印象だ。確かに戸惑いを覚えていたが、ラクロスに置き換えている分、理解も早い。早速、同輩の恵が仮想住宅街の空き地エリアへと踏み込んだ。
                       目の前に現れたのは5年間、全く利用されていない空き家だ。明らかにポゼッション過多である。
                      「要するに経済というボールを停滞させないってことね」
                       コツを心得た恵は、異なる用途への変更をオプションとして選択し、応じるプレイヤーと接触、減税を餌にマッチング提案を成功させた。
                      「よしっ、ポイントゲットよ」
                       恵は空き地が回転を生む資本に転じる様子に目を細める。
                       一方、反対エリアでは、鈴谷先輩が仮想資産の隠蔽を発見していた。
                      「これは、明らかにポゼッションの偽装分散ね。えーと……資本移動を意図的停滞として処理、だっけ。制裁課税の発動よ」
                       鈴谷先輩は、慣れないながらも不自然なトランジションをフェイクパスとして課税処理する。目的は資本活性指数の向上だ。
                       とにかく経済を動かす──ラクロス模擬税制の最先端が、そこにはあった。
                       やがて、徴税者を演じるプレイヤーと納税者を演じるAIのバトルゲームは、ハーフタイムを経て後半戦へと突入する。
                       案の定、AIは新たな展開を見せる。デジタル化されたグローバル市場で、徴税者よりも速く資金を動かし始めた。
                      「マズいわね……」
                       私は舌打ちする。たちまち国家財政は空洞化し、どこで稼いでも、どこにも税を払わない状態が恒常化し始めた。
                       だが、徴税者を演じる恵らも負けてはいない。スピードと戦術が交差するラクロスの性質をそのままに、納税者のプレイスタイルをアルゴリズムで追跡、動的な課税モデルを展開し始めたのだ。
                      「オーケー、いい感じよ」「流石は恵達ね」
                       私とミアは成り行きに注目し続ける。データ化するプレイにリアルタイム解析を行うAI──課税をめぐる両者の攻防は、競技の枠を超え、完全な徴税の実験場だ。
                       プレイヤーの動き、協調性、意思決定、戦術選択がすべて数値で評価され、国家の納税インフラへと反映されていく。
                       ──プレイとは消費か、あるいは投資か。模擬ラクロスは利益か、はたまた公共財か。
                       私は新たな国家税制モデルが設計されていく光景を食い入るような眼差しで眺め続ける。
                       いつしか税制はデジタル国家とアナログな国民が交わる、新たな人間中心の課税モデルを形成し始めた。
                       ──これでいい。税は信頼の証、デザインだ。今まさに原型が生まれようとしている。
                       いつしか絶対的支配者だったAIは、人類と共同で政策を考える統治体へと再設計されていく。その現場を前に私の目尻は下がり続けた。

                      • この返信は1ヶ月、 3週前に一井 亮治が編集しました。
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                         第二十話
                         
                        「で、皆で誓いを立てたって訳か」
                         次の日、学校で打ち明ける私に冬月が食いつく。私はうなずき内容を冬月とケインに晒した。これにケインが深々とうなずく。
                        「アメリカの闇デスね。原住民に限らず、僕らアフリカ系黒人も皆、耐え難い扱いを受けて来た歴史があります」
                         私は同意しつつ、頭を痛める。脳裏をよぎるのは、成瀬先輩の指摘していた内通者の存在だ。十中八九、谷先輩であることは、想像に難くないものの、確証には至らない。
                         そんな私に冬月とケインが自身の胸を叩く。
                        「ここは俺達に任せてくれ」「イエッス。作戦、ありマス」
                         自信ありげな二人だが、今一つ信頼を置けない。チャイナドレスの一件といい、メイドドレスの一件といい、これまで散々、騙されてきたからね。
                         だが、一人では進展が見込めない以上、頼らざるを得ない。結局、頭を下げた。
                        「一つ、頼むわ。方法は任せるから」
                         後から思えば、これが誤算の第一歩だった。この時点で、そのミスに気づくべきだったのだ。後ほど、これを身をもって痛感することとなる。
                         翌日、学校へ赴くと冬月とケインがいない。休みかと思い連絡を取ろうとしたものの、繋がらない。それだけではない。懸案の谷先輩まで失踪したのだ。
                         私の危機センサーが働く。
                         ──これは、何かあったんだ。
                         気が気でない私だが、事態はこれで終わらない。授業を終え帰路につく私だが、そこへ車が滑り込んできた。
                         現れたのは、成瀬先輩とミアだ。
                        「夏目さん、早く乗って!」
                        「え、や、なぜ……」
                        「いいから早く!」
                         急かされた私は訳が分からないなりに車内へと乗り込む。後部座席に座るミアの隣に腰をおろした私は、車の中で成瀬先輩からとんでもないものを見せられた。
                         失踪した三人の遺体写真だ。
                        「そんな……皆して死んだなんて……」
                         頭が真っ白になる私に、成瀬先輩は追い打ちをかける。
                        「夏目さん。感傷に浸っている暇はないわ。今、捜査線上のトップに上がっているのが、あなたとミアさんよ。指紋が検出されたらしい」
                        「ちょっと待ってくださいよ。指紋って、私は何も……」
                        「それは通じない。いい? お二人は何者かに嵌められたのよ。すでに上層部はあなたを犯人と決めつけ、逮捕の段階に入っている」
                        「そんな……」
                         あまりの仕打ちに私は、声を上げる。事案の特殊性を鑑み疑いが晴れることはないという。結局、ほとぼりが冷めるまで潜伏してやり過ごすこととなった。
                         成瀬先輩から当面の食費と着替えの提供を受けた私とミアは、隠れ屋に入った。驚くべきことに、あらゆる活動が出来るようVRを含め必要な機材が全て揃っている。
                        「夏目さん、ミアさん。これで戦える?」
                        「もちろんです」「同感よ」
                         私達は驚きを交え成瀬先輩に頭を下げた。正直、ここまでやってもらえるとは思っていなかったからね。
                         やがて、去り行く成瀬先輩を見送った私達は、真の敵を暴くべく活動を開始する。セッティングされたVRを取るや、再びアメリカの原風景たるナキアの元へとダイブした。
                         
                         
                         
                        「必ず来られると思ってました」
                         仮想空間で再会するや、ナキアは笑顔で出迎える。そこで意外な事実を述べた。
                        「実は来られているのは、お二人だけではありませんよ」
                         ──はて。一体、何者かしら。
                         勘を働かせる私だが、ナキアはその名を出さない。ただヒントはくれた。
                        「まどろっこしいことこの上ない人……ってことで分かるかしら?」
                        「えっ……そりゃ分かるけど、本当に!?」
                         思わず声を上げる私にナキアは苦笑しつつ、ミアとともにアメリカの原風景を進んでいく。
                         その途上でおもむろに切り出した。
                        「お二人は、なぜこの国が世界を獲ったと思われます?」
                         奇しくもミアとの答えは一致した。曰く「移民」と。事実、さまざまな要因はあれど、建国当時は僻地の弱小国に過ぎなかったアメリカは、大量の移民を受け入れ大国へと成長した。
                         現在でも先進的な企業の多くは、移民をルーツに持つ若者が創業している。彼らは新しいアイデアや新しいエネルギー、価値観をもたらすのだ。それが国を発展させていく。
                         無論、問題点も多い。特にネイティブアメリカンは白人移民に駆逐されてきただけに、その捉え方もセンシティブだ。
                         その辺の事情を問うてみると「複雑ですね」と、心境を漏らつつ逆に問い返した。
                        「ナツさん、あなたの国はどうですか?」
                        「心配よ。ミアは?」
                        「や、別に不安はないけど」
                         何でもないことのように話すミアに私は、問いを重ねる。
                        「ナキアみたいに自分達の伝統や文化、雇用、治安が奪われないかって話、不安はないの?」
                        「うん。移民に雇用を奪われても、新しい雇用を生み出してくれる。伝統も然り、古きを知るは新しきを求めるためよ。正直、アイデンティティなんてつまらないこだわり、どうでもいいわ」
                        「……ミア、アンタらしいわね」
                         思わず苦笑する私とナキアだが、やがて目的の人物が待つテントに辿り着いた。
                        「お待ちですよ」「水入らず。ご自由に」
                         手を振る二人に促されるまま、私はテントの中へと入る。そこで待っていたのは、メガネに髭面の神経質な中年男性と、同様にメガネをかけ心配げにスカーフをまとう中年女性──私が最も苦手とする両親だ。
                         早速、私は挨拶抜きでなじった。
                        「普段、放ったらかしなのに一体、どういうつもりよ」
                         対する両親は、当然だとばかりに応じる。
                        「娘の危機よ」「いかにも、駆けつけない親があろうか」
                         ──よく言うわ。前回なんて算式一本、寄越して済ませたくせに。
                         私は呆れつつ問うた。
                        「で、何用? 冷やかしなら間に合ってるけど」
                        「そうツンケンするな。父さんはな、これがお前にとっていい機会になると読んでいる」
                        「どう言うこと?」
                        「こう言うことよ」
                         父さんに変わって、母さんが一本のレポートを差し出す。何でも裏ミネルヴァノートをさらに飛躍させるものだという。
                        「まずは、これを読んで価値を生める大人になりなさい。話はそれから、いい?」
                         こんこんと説かれた私は、仕方なくそのレポートに目を走らせていく。はじめこそ嫌々読んでいた私だが、内容が核心に差し掛かるにつれて貪るように熟読した。
                         ──そう言うこと、か。どうりで私が狙われたわけだ。アレックスが産んだ繋がりも、ラクロスも計算尽くだったんだ。
                         私は頭がクラクラする思いで、内容をまとめるや、両親に念を押すように問うた。
                        「母さんに父さん。要するにこう言う話よね」
                         私の要約を受け、二人は「そう言うことよ」と大いにうなずいている。
                         ──全てはこの国を覚醒させるため、その触媒がこの私……。
                        「はっきり言うわ。なんで父さんも母さんもこんなにまどろっこしいの? 随分と手の込んだ真似……」
                        「仕方がないだろう。世の中、一筋縄ではいかない。それにこの国に残された時間も限られている。自然、絡め手にならざるを得ないって訳さ」
                        「それに葵、これはアンタのためでもあるのよ」
                         父と母は、代わる代わるその意義を説く。はじめこそ真面目に聞いていたものの、そのうち面倒くさくなって、こちらから説明を打ち切らせた。
                        「分かったわよ。要するにやればいいんでしょ」
                        「娘よ。分かってくれたか。ならかかってくれ。士郎と玄蔵爺さんの連絡先はここ、桜志会の広田会長が待っている。いいか。真の敵を見誤るな。皆、お前にかけている」
                        「ふん。結構なこと。言っとくけど本当に思う存分、やらせてもらうからね」
                        「構わん。存分にやれ。責任は全て私達が取る」
                         そういうや両親は満足げにうなずき、去って行った。その背中を見送りながら、私はつぶやく。
                         ──癪な両親ね。いいようにあしらってくれるわ。
                         憤慨しつつ、頭の中は最後の決戦に向けて目まぐるしく回転していた。

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                        一井 亮治
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                           第十九話
                           
                           ヘッドセットを装着した私達は早速、裏ミネルヴァノートが記す起源と、かつて存在した荒々しいラクロスの醍醐味へ迫るべくダイブした。
                           朦朧とする意識が晴れた先に現れたのは、かつて先住民が縦横無尽に駆け回っていた頃のアメリカだ。どうやら夜明けの暁らしく朝焼けの空が広がっている。
                          「うわぁ、凄いリアル……」
                           声を上げるのは、恵だ。互いにネイティブアメリカンの部族装束に身を包み、一帯に溶け込んでいる。
                           そこへ案内人が現れる。ナキアと名乗るプログラム上の女性だ。
                          「アメリカの原形へようこそ。言っとくけど、ここから広がる世界は、タフじゃなきゃ務まらないよ」
                          「望むところよ。そうでしょ、ミア、恵?」
                          「もちろん」「準備オッケー」
                           即応する二人を受け、私はナキアに言った。
                          「そう言う訳よ。で、私達は何をすればいい?」
                          「もちろん戦いよ。どの部族がこの世界を支配するか、これからラクロスで決しようって大会なのよ」
                           ナキアが指差す場所を見ると、このイベントに参加すべく続々とプレイヤーが集結している。驚くべきはその規模だ。各部族が合わせてゆうに十万人は超えている。恵が言った。
                          「ねぇ。ちょっとこの規模、ヤバくない?」
                          「確かに……」
                           私とミアが同意するものの、ナキアに言わせると、特に珍しいものではないという。どうやらラクロスは、想像以上にネイティブアメリカンの間で浸透しているようだ。
                           やがて、大会に先立ち神官と思しき男達が、声を張り上げ舞いを踊り始めた。場を神聖なものへと昇華させる儀式らしい。黙って見守る私だが、余程、胡散臭げな顔をしていたみたいだ。案内人のナキアがクスッと笑いながら言った。
                          「ナツさんにとってラクロスは、単なるスポーツでこういった儀式とは無縁なんでしょう」
                          「だって何の意味があるのさ」
                          「あるよ。部族間の調停っていうね」
                          「それはまぁ……ただ儀式で魂を浄化し神々と交信ってのがどうも」
                          「それはね。ラクロスの目的が勝敗にとどまらないからよ」
                           どう言う事なのか意味を図りかねる私にナキアが説明する。確かに激しくぶつかり球の争奪し合うラクロスだが、その目的は相手と先祖への理解であり、時代を超え人を繋げ争いを超えて魂を語り合う点にある。
                           私にはその理解が欠けている、と。
                           ──確かに……。
                           ナキアに諭され私はうなずく。日頃から勝負師を標榜するだけに、理解の欠如を説く指摘には納得だ。だが、ミアと恵には面白くないらしい。間髪入れずに指摘を返した。
                          「でもナツがアレックスのミネルヴァノートをラクロスに転用したんでしょうが」
                          「そうそう。金融工学だけでなくラクロスにも広がりを見せた」
                           憤慨気味に訴える二人だが、ナキアは思わぬ事実を白昼に晒す。
                          「逆なのよ。ラクロスがミネルヴァノートを産んだの」
                          「え……どう言う事!?」
                           思わず問う私にナキアが続ける。
                          「ご存知の通り、私達ネイティブアメリカンは、白人入植者による侵略や戦争、虐殺で人口を激減させられた。土地を奪われ文化を破壊されてね。早い話が民族浄化よ。今では強制的に居留地に追いやられている」
                          「いわゆる同化政策ね」
                           まとめる私にナキアが同意する。この同化政策とは、支配的な文化を持つ勢力が、支配下の民族に対し、自らの言語や生活習慣、制度を強制的に受け入れさせ、同化させる政策を指す。
                           ネイティブアメリカンの場合、自分達の言語や文化を禁止され、白人のものに強制された。その後、アメリカ政府を公式に謝罪させるに至ったこの文化虐殺だが、事態の深刻さを鑑みた一部のネイティブアメリカンが、自らの文化であるラクロスを金融工学にすり替えたらしい。
                           例えば、試合におけるリスクとリターンの組み合わせ戦術は、金融工学におけるリスクヘッジやポートフォリオ最適化へと、ゲームの流れやテンポ、ボール支配率から相手守備の感情変動を突く速攻戦術は、市場の心理とテクニカル要因を複雑に絡み合わせたボラティリティブレイクアウトへと、といった具合だ。
                           こうしてラクロスを金融工学という隠れ蓑で欺瞞し、伝統を守った。この手法に着目し、勝負という心理戦で起こる普遍原理に、初代アレックスがまとめ上げたのがミネルヴァノートとのことだった。
                          「煎じ詰めて言えば、伝統を守る苦肉の策から知恵を得たってこと。ナツが嫌う古臭い伝統や風習にも、温故知新の原動力があるのよ。このプログラムでは、それを学んで欲しい」
                           ──温故知新、か……。
                           私は思わず唸った。言われてみれば、それも私に欠けていた視点だ。新しきを求めるあまり古きを蔑ろにするのは、軽率とも言える。
                           ──ここは一つ、彼らの伝統にどっぷり浸かってみよう。どうせ現状は閉塞だし、案外、活路に繋がるかも知れない。
                           納得を覚えた私は、ミアや恵とともにチームへと割り振られたのだが、ここで思わぬ人物との再会を果たす。
                          「あっ! あなたは王成麗!?」
                          「ナツじゃん!」
                           それは、中国で対戦した上海ドラゴンズのキャプテンだ。どうやら彼女も閉塞状態の打開を求め、このプログラムに参加したらしい。
                           しかも、この展開を作ったのは、他ならぬあの自信のなさげな欠陥個体のアレックスだという。
                           ──何だよ。あの子、自身をB級品だなんて蔑んでいたけど、結構、暗躍してるじゃん。
                           色々と意を汲んだ私は、集結した皆を前に宣言した。
                          「いいじゃん。もうこうなったら徹底的に暴れてやりましょう」
                           意気投合した私達は、VR上の即席チームで強力なタッグを組み、居並ぶ男チームを相手に互角以上の戦いを見せた。
                           流石に優勝とまではいかなかったものの、そこそこの成績を残し、大会が終わる頃には皆して阿吽の呼吸で分かり合える絆になっていた。
                           やがて、強烈な西日が沈みとっぷりとした夜が来る。焚き火を囲み談話に興じる私達だが、頃合いをはかったようにナキアが切り出した。
                          「今、現実世界は自国さえよければ、何をしても許される風潮だよね。亡きアレックスはその流れをうまく捉え、日本を破綻寸前に追い込み実質的な王となった」
                          「でもさ。その一因を作ったのは、日本自身でしょ。外国人嫌いに天文学規模の放漫財政、絶望的な少子高齢化に内向きで閉鎖的な国民性、挙げればキリがないわ」
                           他人事だと思ってペラペラと軽口を叩くミアに同意しつつ、私は言った。
                          「今後、世界はどうなっていくのかな。私達に出来ることってなんだろう」
                          「まずは足場を固めることじゃない? その上で世界に関心を持つこと」
                           恵の指摘にミアが「そんなことが必要?」とまたまたツッコミを入れる。心中を察した私が代返した。
                          「確かに今は必要じゃないかも知れない。けど、五年、十年が経ったとき、世界に対する関心の有無が大きな視野の差を生んでいる気がするの。特にデジタルで繋がったネット社会ではね」
                          「地球も狭くなったものね」
                          「そういうことよ」
                           達観するミアに私はうなずく。事実、アメリカへアレックスに会うことも出来たし、中国で試合も出来た。そして今、VR上とは言え、こうして皆でつながっている。
                           私は言った。
                          「皆で歩調を合わせ、ゼロツーに対抗していこう。私達如きにどこまで出来るか分からないけど。亡きアレックスや名もなき劣化クローン達のためにもね」
                           皆は黙ったままうなずき合っている。それは、今はなきアメリカの原風景の中で立てた誓いだった。

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                          一井 亮治
                          参加者

                             第十八話
                             
                            「簿記二級合格、おめでとう!」
                            「コングラチュレーション!」
                             冬月とケインから受けた祝福に、私は苦笑いを浮かべる。
                            「いよいよナツも税務の世界に足を踏み入れるかぁ」
                            「クール!」
                             はしゃぐ二人に私は「まだスタートラインに立っただけだから」と謙遜しては見せたが、それでも喜びを隠せない。そんな私に冬月とケインは、合格祝いのプレゼントを差し出してきた。
                            「ナツ、俺達の気持ちだ。受け取ってくれ」
                             私はリボンを解き、封を開ける。だが、中から出てきたのは、メイドドレスだ。前回のチャイナドレスに続き、今回のこれ──流石の私もキレた。
                            「アンタら、また私を売ったの?! 今度は一体、何をさせる気!」
                            「そうイキがるなって。これはちゃんとした交渉なんだ。だろケイン」
                            「イエース。ウィンウィンです」
                             なんだか知らないものの二人にいいように説得され、私はメイドドレスへと着替える。そこで促されるまま、指定されたメイド喫茶へと入った。
                             待っていたのは、アレックスそっくりさんだ。どうやらクローンで複製された個体らしい。
                            「アンタ、アレックスシリーズの〈ゼロツー〉ね」
                             あたりをつける私だが、どうも様子がおかしい。生前の初代アレックスが持っていた覇気が全く感じられない。妙に弱気なオーラを醸し出しながら、その個体は言った。
                            「残念ながら、僕はゼロツーではないんです。いわばクローン生成の過程で生まれた劣化品種、要するに不良品です」
                            「何それ?!」
                             愕然とする私にその個体は、説明を続けた。なんでも一個体のクローンを作る過程でどうせいても自分のような劣化タイプが出るらしい。
                             これら劣化品種は、ひたすら優良品種の生命維持に用いられ、以降は産業廃棄物として破棄処分されるという。倫理を犯した科学の暴走とも取れる惨状に私は、憤りを隠せない。
                            「名前はどうしてるの?」
                            「不良品に名前なんてありません。ただ優良品種の永続のためだけに存在するスペアですから。今は個人がSNSでメディアをもてますから。つまり、才能の時代なんです」
                             淡々と語る劣化クローンに私は、声が出ない。その個体(少年)曰く、世界中がこの研究に対し裏で通じ、倫理の先にある神の世界へと踏み込んでいるらしい。
                            「そんな冒涜、許されるの!?」
                            「ビジネスですから。ゼロツーの肉体維持のためのスペアとして臓器の提供を含め、あらゆるサポートが求められます。私自身も一週間後には肉体の提供を求められ、そこで短い命を終えるでしょう」
                             少年の話に私はめまいを覚えている。頭を混乱させつつも、問うた。
                            「で、私に何用?」
                            「どうか、これを」
                             少年は私に一本のレポートを差し出した。それは、ミネルヴァノートには書かれていなかった闇の側面をも記した裏ミネルヴァノートだった。
                            「これで対抗しろってこと? こんな私に……」
                            「皆、言ってますよ。先日亡くなったアレックス同様、ナツさんに看取ってもらえるなら本望だって」
                             ──何よそれ……。
                             私はあまりの内容に言葉を失っている。やがて、声を絞り出すように言った。
                            「そのプロジェクトの出資者は?」
                            「残念ながら、それは……僕に出来ることは、そのレポートをナツさんに流すことが精一杯で」
                            「なるほど、スパイに通じる黒幕がいる、と。分かった。あとは任せて」
                             私はそのレポートを大切に鞄へと仕舞い込むと、憤慨気味に立ち上がり少年に言った。
                            「このプロジェクト、私が潰してみせるから」
                             少年はただ一言、「ありがとう」と述べ、メイド喫茶を出て行った。代わりに戻って来たのは、冬月とケインのコンビである。
                            「アンタら、よくもいけしゃあしゃあと」
                            「ま、そう怒るなって。実際、このプロジェクトを止められるのは、ナツだけなんだ」
                            「何それ、どう言うことよ!?」
                            「こう言うことさ」
                             ケインを傍らに冬月が身を乗り出して話し出す。
                             アレックスシリーズの背後に蠢く闇の勢力はあまりに強大で謎に満ちている。ここは一つ、B級品の劣化クローンを抱き込んで、その出資者を暴く作戦で挑むべきだ、と。
                             うまく担がれた感がしないでもないが、一応、筋は通っているだけに私も責める言葉が見つからない。
                             ──まぁ、いいわ。取り敢えず今のところは、この二人に乗せられておくわ。
                             私は不本意ながらも二人に同意した。
                             
                             
                             
                             その夜、私は士郎兄と共に入手したばかりの裏ミネルヴァノートを読み込んでいく。ざっと目を通した私達の感想はこうだ。
                             ──何よ、この闇の深さは……。
                             とびきりの闇は〈ミネルヴァ・ラクロス育成法人〉なるNPOの存在だ。完全なペーパーカンパニーで、大手企業が寄付金として資金を流し、税額控除の恩恵とCSR(企業の社会的責任)のアピールに悪用されている。
                            「資金がグループ企業の運営する海外ファンドに投資されている。金融市場を経由し高リスク商品となってリターンを得る租税回避と資産増殖の温床だ」
                             士郎兄の指摘に私は、愕然としながら問うた。
                            「じゃ何、資金で囲い込まれたラクロス選手は、海外遠征を通じて知らぬ間に免税の証拠に悪用されてるってこと!?」
                            「そう言う事だ。知らず知らずのうちにマネーロンダリングの媒体とされている。スポーツ支援は税務署も手を出しづらいからな。若者の夢を人質にするあたり、政治的にセンシティブだ」
                             ──冗談じゃないわ。
                             憤る私に士郎兄が茶化す。
                            「ボールを運ぶのは選手、金を運ぶのは帳簿、真実を運ぶのは、敗者ってとこさ」
                             ラクロスを税務捜査の隠れ蓑に国家の監視をすり抜ける手口の巧妙さと悪質さは、私達を呆れさせた。
                             一方で謎も残る。なぜラクロスが選ばれたかだ。確かにアレックスが持つイロコイ族の血筋が影響している事実は外せないが、もっと他の側面にも要因がありそうだ。
                            「とにかく闇が深い。全てを衆目に晒すには、あまりにも危険だ。この件は当面、極秘だ。分かるな葵」
                            「えぇ、分かってる」
                             うなずく私だがこの後、事態は急転直下の展開を見せる。なんとこの闇が何者かによって白日の下に暴かれたのだ。悪質なのは、そこに私達のラクロス部が記されている点にある。
                            「何よこれ……」
                             あたかも自分達が不正に関わったが如く訴えられている。どうやら内通者が関係しているようだ。いくら事実無根を叫ぼうとも、世間は聞く耳を持たずバッシングを浴びせてくる。
                             やがて、事態は最悪の方向へと転がる。部が活動停止に追い込まれたのだ。私は愕然とする気持ちを隠せない。受けたショックは、大きかった。

                             
                             
                             何かと切り替えの早い私だが、流石に今回ばかりはへこんだ。それほどまでに世間の反響は凄まじく、私達に対しダークな印象を刷り込んでくる。
                             あまりにも理不尽な仕打ちを受け、すっかり嫌気がさした私だが、ミアの一言が私を変えた。
                            「いい機会だし、ここらでラクロスの起源に真髄から迫ってみたら? 裏ミネルヴァノートも闇ばかりじゃないみたいだし」
                             ──確かにそれは、アリかもしれない。
                             私は思わず唸った。事実、裏ミネルヴァノートには、ラクロスの成り立ちやスポーツ化に至るまでの経緯が事細かにプログラムされている。
                             極め付けはVRだ。以前のバージョンでも根源となった神事や鍛錬、部族間の争いの解決手段であった旨は書かれていたし、擬似体験もした。
                             だが今度のそれは、はるかに以前を上回っている。部として活動が出来ないだけに、座学の面からこれを支えるアプローチは、大いにそそられた。
                             ──そうと決まれば、前進あるのみよ。
                             すっかり覇気を取り戻した私は、ミアと同輩の恵を誘ってネオサイバー社へと乗り込む。鬼塚社長の了解の下、再びその起源に迫るべくVRへと挑むこととした。

                            • この返信は2ヶ月、 2週前に一井 亮治が編集しました。
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                            一井 亮治
                            参加者

                               第十七話
                               
                               VRの準備中、私達はプレイ内容について詳細なレクチャーを受けた。どうやら脳波に直接働きかけるタイプで、痛覚も再現できる没入感たっぷりな代物らしい。
                               期待が膨らむ私達は、準備完了の報告が入るや否や我先にヘッドセットを装着し、脳波と連動させた。
                               たちまち目の前に仮想空間が広がる。まさに先住民族が縦横無尽に駆け抜けた古代アメリカの荒野と森だ。
                               見ると自身の服装が原住民のそれになっており、手にはステッキが握られている。そこへどこからともなくボールが飛んできた。つい、いつもの癖でボールをステッキで取った私だが、突如、ワラワラとネイティブアメリカンが現れた。
                              「ちょっ……どういうことよ!?」
                               困惑を隠せない私達だが、どうやら試合開始ということらしい。まずは走った。コートなんてない。強いて言えば森や荒野がそれだ。
                               互いにパスを出し合い、味方と思しきネイティブアメリカンを巻き込んで、一帯を駆け抜けていく。
                               対する敵側は、阻止を目論むべく激しいボディーアタックを仕掛けて来た。体当たりにタックル、足払いとその激しさは、まさに格闘競技だ。
                               ──何て荒々しいの!?
                               私達は驚きを覚えつつ、必死に戦った。それこそあらゆるアプローチで迫られるものの、何とかこれらをかわしていく。
                               やがて、ゴールと思しきものを見つけたところで、ミアが私にパスを送る。
                              「ナツ!」
                               叫ぶミアに私はうなずき、ダイナミックなショットをゴールに叩き込んだ。ステッキから投じられたボールは、見事にゴールへと突き刺さる。
                               たちまち歓声が上がり、味方と思しき部族が小躍りで喜びを表現した。それはスポーツ化を辿る前の、元来から存在するありのままの姿である。その醍醐味を感じた私達の中に、何かが芽生えた。
                               ──これがラクロスが目指す真の姿。
                               はじめこそ荒々しさに面食らったものの、そこには現在まで色濃く残る何かがあった。
                               ちなみに私は伝統的なものに否定的だ。古き良き神秘せず、頭が高く足が鈍臭い──そんなイメージを抱いていたのだが、真髄を知るにあたり考えがガラリと覆った。
                               それほどまでにラクロスの原型には、プレイヤーを魅了してやまない何かがあった。 
                               やがて、ネイティブアメリカン達は私達を部族が集結する場所へ案内する。焚き火の席へ促された私達は、その前に佇む一人の少年に思わず声を上げた。
                              「アレックス!?」
                              「やぁ、待っていたよ。と言ってもここの僕はプログラムだけどね」
                              「それにしては随分なご挨拶じゃん。私達をこんな荒々しい試合の中に突然、放り込むなんてさ」
                               いきり立つミアにアレックスは、何ら悪びれることなく言った。
                              「百聞は一見にしかずさ。確かにここはWiFiもGPSもない。だからこそ感じられるデータじゃ測れない熱さがある。魂ってやつだ」 
                              「意外ね。データを重視するリアリストのアンタがそんなことを言うなんて」
                               率直な感想をぶつける私にアレックスは、切り返す。
                              「勝利至上主義のナツだって同じだろう。根底にあるのは、実は勝利とは程遠い何かだったりする」
                              「何よそれ?」
                              「自分は何者かって問いさ。ラクロスは戦いであると同時に語り合いでもある。相手と、祖先と、自分自身のね。僕が金融市場で敗北したのも、数値にとらわれるあまり、己を見失ったからだろう」
                              「でもその敗北からしか学べないものもある、でしょ?」
                               さり気なく諭す私にアレックスは、黙ったままうなずく。しばし間を置いてアレックスが、再び口を開いた。 
                              「ナツ、ミア。僕は長くない。心に炎を宿しても、それを燃焼させる肉体が限界なんだ。でもその炎は、君達の胸の中にちゃんと灯っている。頼みだ。僕に取ってかわるゼロツー(アレックス02)からこの国を、世界を救ってくれ。僕に言える筋合いはないかもしれないが」
                               ──そうか。アレックスって、こういう奴だったんだ。
                               私は改めて、この十三余りの少年に目を向ける。確かに荒療治だったかもしれないが、日本はこのアレックスに敗北し、変わった。否応なく現実を直視させられ、闘いから逃げない姿勢を思い出させてくれた。
                               憎まれ役でも引き受ける──そんなアレックスの姿勢に感服しつつも、分からないことを問うた。
                              「アレックス。なぜ、アンタはそこまで日本にこだわるの?」
                              「ナツ、君がいる国だからだ。これまで君を母親に重ねていた。でも今は違う。市場での対決を通じ、色々なことを教えてくれた恩人だ。僕はもどかしいんだ。この国はまだまだ変われる。世界だって獲れるのに心が死んでいる。その負け犬根性を払拭したい」
                               訴えかけるアレックスの目には、勝負したくても、それが許されない無念さに満ちている。悔し涙すら浮かべるその姿に私の心は大いに打たれた。
                              「分かった。そこまでこの国を思ってくれるなんて本望よ。ゼロツーの思い通りにはさせない。アンタの思いは私が受け継ぐから」
                              「ありがとう……」
                               アレックスは、私に礼を述べる。その顔には、安堵と若干の淋しさが残っていた。
                               やがて、プログラムが終了し、私とミアの意識は現実世界へと戻っていく。おもむろにヘッドセットを取り外すと、目の前に顔色を変えた鬼塚社長がいた。
                              「ナツ。今、さっき君の先輩の成瀬さんから連絡があった。アレックスが息を引き取ったそうだ」
                              「アレックスが……」
                               確かに覚悟はしていたものの、いざその現実を前にして、私の心はアレックスに対する思いでいっぱいだ。
                               ──アンタ、バカよ。そんな歳で生き急いで退場なんて……。
                               私は肩を震わせ嗚咽しながら、短い生涯を終えたアレックスに哀悼の意を表した。
                               
                               
                               
                               アレックスの死からしばらく経過した頃、私は簿記二級を取った。だが、その意味合いは大きく違っている。
                               三級は憚りながらも、アレックスに対抗するための第一歩として取った。一方、二級はアレックスの意志を継ぐべく救国の目的を含んでいる。
                              「いよいよだな」
                               士郎兄の言葉に私はうなずく。いくつかの受験資格は必要であるものの、前提として税理士試験に挑む準備が整った形だ。
                               ──私は税理士になって、この国のあり方を中小零細の現場から変えていく。アレックス、アンタが目指した国の形、私が受け継ぐから。
                               密かに私は誓いを立てた。

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                              一井 亮治
                              参加者

                                 第十六話 
                                 
                                 アレックスに土をつけた私は今、ミネルヴァノートを再読している。これまでこの理論をラクロスに転用させてきた私だが、今ひとつ内容が分かっていない。
                                 ただその真髄らしきものは、感覚で理解している。
                                「早い話がいかに心理戦を制すか、その最短距離をはかる理論ね」
                                 つまり、視覚化が難しかった攻め手と守り手がもつ心理の揺らぎを、数値に置き換えるツールである。数値化ができれば視覚化も可能だし、他の分野への移植も可能だ。
                                 これを資本主義経済で用いるなら相手は市場となるし、格闘競技たるラクロスなら敵チームとなる。
                                 ──ステージが変わるだけ、基本原理は同じ。確かにそうなんだろうけど……。
                                 私は一つの懸念を覚えている。スパイの存在だ。自分で言うのも何だが、勝負師を自認するだけに、この手の勘は妙に鋭い。
                                 ──あるとすれば、谷先輩だけど……。
                                 何かと疑念の尽きない私だが、事態は意外な方向へ転がる。それは、部活を終え帰路についていたときだ。目の前に思わぬ人影が現れた。
                                「アレックス!?」
                                 ただ様子がおかしい。いつもの自信に溢れた表情はなりを潜め、顔色も真っ青だ。見ると怪我をしている。
                                「アンタ、どうしたのよ。何があったの!?」
                                「ふっ、ちょっとね……」
                                 アレックスは、よろめきながらもこちらに歩み寄るや、その場によろよろと崩れ落ちてしまった。慌てて駆け寄った私は、アレックスに応急処置を試みる。
                                 とにかく出血が止まらない。虫の息のアレックスを前に救急車を呼ぼうとした私だが、そこへ黒いワンボックスカーが滑り込んできた。ワラワラと得体の知れない男達が現れ、私達を取り囲む。
                                「ヘイキッズ、カモーン」「你好!」
                                 英語と中国語が入り乱れる中、男達は何とピストルを取り出し、銃口をこちらに向けた。
                                 ──一体、何事よ!?
                                 困惑を隠せない私だが、ふとアレックスを見ると、虫の息で何かを呟いている。どうやら助けてくれと言ってるらしい。
                                 こんなときに甘くなるのが、私なのよね。母性本能ってやつ。おもむろに立ち上がるや、毅然と男達に吠えた。
                                「あんた達、この子に何をする気よ!」
                                 どうやら日本語は分からないものの、何を言っているのかは伝わったらしい。一人の男が何の前触れもなく私に発砲した。
                                 突き刺さる激痛とともに私は、フラフラとその場に崩れ落ちる。どうやら麻酔銃のようだ。体の自由が効かず困惑を隠せない。
                                 さらに男達はアレックスだけでなく、私の身柄まで押さえつけ、ワンボックスカーの中へ放り込んだ。
                                 ──ヤバい。何とかしないと……。
                                 焦る私だが、身動きが取れない。どこを走っているかも分からない。動揺を抑えきれない中、事態はさらに思わぬ方向へと転がる。
                                 私達を拉致したワンボックスカーが、凄まじい衝撃を受け車体を横滑りさせたのだ。どうやら他の車に車の横腹をぶつけられたらしい。
                                 たちまち車体が転がり、炎と共に私達は開いたドアから乱暴に放り出される。
                                 ──痛っ……。
                                 アスファルトに叩きつけられ激痛に喘ぐ私だが、見ると私達を拉致した男達が、別の車から現れた男達に取り押さえられている。
                                 察するに私達は別の何者かに助けられようとしているようだ。やがて、新たに現れた車から、一人の少女が現れる。
                                 おもむろに私の前に歩み寄り、手を差し伸べる少女の顔を見た私は、思わず声を上げた。
                                「あなたはっ!?」
                                「久しぶりね。夏目さん」
                                 微笑みかけるその顔を私は、忘れもしない。かつてラクロス部に所属し、一家ともども夜逃げしたあの成瀬先輩である。
                                「成瀬先輩、なぜあなたがここに?!」
                                「色々と事情がね。話はあと。とにかく今はここからズラかりましょう」
                                 成瀬先輩は私に笑いかけるや、男達に命じて私とアレックスを車内へと運び入れ、その場から去って行った。
                                 

                                 
                                 さて、その事情であるが、アレックスの一件で痛い目にあった政府が、同様の攻撃に対処すべく政府直属の秘密機関〈竹葉会〉なる組織を立ち上げていたらしい。
                                 特にアレックスに絡む最重要人物が私らしく、ラクロス部で親交のあった成瀬先輩に声がかかったという。
                                「まぁ、うちも厳しいからさ。家計の足しにでもなればって。それに夏目さんには、恩もあるし」
                                「や、私は大したことは……」
                                「色々、教えてくれたじゃない。要領、とかね」
                                 成瀬先輩は片目をつぶって、スマホの画面を見せる。そこには以前、私がラクロス部で配った『必勝法』と『必敗法』、それに成瀬先輩に特化したレポートが取り込まれている。
                                「これ、今でも見るの。ラクロスと関係ないところでも、本当に役に立ってる」
                                「それは、その……ありがとうございます」
                                 私は恐縮しつつ、問うた。
                                「今回の襲撃なんですが、一体、なぜアレックスが?」
                                「夏目さんに市場で負けたからよ。どうやらかなりの損を出してしまったらしいわね」
                                「だからって命まで狙われるなんて……っていうか、あの襲撃班の正体って。一体、誰がアレックスの暗殺を……」
                                「二代目アレックスよ」
                                 これには私も言葉を失った。一体、どう言うことなのか首を傾げる私に、夏目先輩が説明する。どうやら前回、敗北を喫したアレックスは、お役御免とばかりに退場を余儀なくされたらしい。
                                 取って代わったのが、二代目のクローンたるアレックス02〈通称ゼロツー〉とのことだった。
                                 ──確かにクローンだとは、聞いていたけど……。
                                 私は後部席の隣で眠りにつくアレックスを、複雑な視線で眺める。
                                 ──無理な科学技術で作られ寿命の限られた使い捨て可能なクローン。そりゃ生き急ぎもするよね。
                                 私ははじめてアレックスに同情を示した。
                                 その後、自宅まで送り届けられた私だが、車外へ出ようとした私の手をアレックスが引っ張る。振り返ると、一本の情報記録端末を手渡してきた。
                                 察するに重要な何からしい。私はアレックスの手をぎゅっと握り締め、その情報記録端末を受け取った。
                                 アレックスと別れ車外へ出た私に成瀬先輩が耳打ちする。
                                「車内でも言ったけど、今、あなた達のグループには、スパイがいる。くれぐれも気をつけて」
                                「分かりました。成瀬先輩も頑張ってくださいね」
                                 成瀬先輩は笑みを浮かべつつ、車に乗り直し夜の闇へと消えた。
                                 ──スパイ、か……確かにある程度、目星はついているけど、果たして……。
                                 私は大きく伸びをするや「疲れた」とつぶやき、家の中へと入って行った。
                                 
                                 
                                 
                                 翌日、ネオサイバー社に赴いた私とミアは、鬼塚社長にアレックスの情報記録端末を手渡す。
                                「ほぉ、アレックスがねぇ」
                                 鬼塚社長は興味深げに眺めつつ、PC端末にデータを取り込み始めた。拡張子を探るとVRデータのようだが、問題はその中身だ。
                                「ナツ、ミア。言っとくが、これ……かなり厳しいぞ」
                                「と、言いますと?」
                                 問い返す私に鬼塚社長が続ける。
                                「コイツはな。一言でいえばラクロスの戦闘形態を表したプログラムだ。それも源流に遡った本来の蛮勇で野生味溢れる頃のな。二人は、ラクロスの起源って分かるか?」
                                「えっと、確か北米先住民族のイロコイ族が神事や鍛錬、部族間の争いの解決手段に用いていたとか」
                                「それを私の祖国カナダでフランス系移民がルールを設け、スポーツとして体系化し国技に至る、でしょ」
                                 私とミアのまとめに鬼塚社長は、うなずく。その間、私の頭は猛烈に回転している。
                                 ──狩猟採取の延長線上に位置する荒々しさを残した伝統的な格闘競技……。
                                「社長。要するにコレ、アレックスの本質ですよね」
                                 私の推測に鬼塚社長は、大いに納得しながら言った。
                                「部族の気高さや誇りが息づくネイティブアメリカの真髄であり象徴だ。多分、奴もその血を少し引き継いでいるんじゃないか。アレックスにとってこれは、アイデンティティーなんだろう」
                                「なるほど……でもなぜこれを私に?」
                                「その答えは、VRで体験した先にあるんじゃないか。どうだ二人とも。やってみるか?」
                                「是非」「お願いします」
                                 社長は「オーケー、いいだろう」と受けるや、部下に準備をさせた。

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                                一井 亮治
                                参加者

                                   第十五話
                                   
                                   皆が帰った後、私はタブレットでアレックスのミネルヴァノートを見直している。
                                   ──いかにしてこの天才と対処していくか。
                                   散々考慮を重ねた私が辿り着いた答えは、対決だ。それもアレックスが得意とする分野での勝利である。
                                   ──私にはよく分からないけど、ミネルヴァノートは有益な数理モデルなのだろう。示さんとしている理論も何とかなくでしかないが、分かる気もする。ただ……。
                                   私は深く考え込む。あくまで感触でしかないのだが、どこか欠落した何かが感じられてならない。その違和感を探るべく、私は士郎兄やケインが寄越したミネルヴァノートに絡むレポートを読み重ねていく。
                                   そこで一つの仮説に辿り着いた。課税理論だの金融工学だの色々振り回され、正直理解を試みること自体がおごがましいのは承知している。それでも提唱者のアレックスを知るがゆえに辿り着いた仮説だ。
                                   ──アレックスには、敗北した人間の気持ちが理解出来ていない。なぜならあまりに勝ち続けているから。負けを知らなさ過ぎるから。
                                   その瞬間、私の脳裏に天啓が舞い降りた。それこそ素人ならではの発想だ。何も知らないからこそ得た気づきでもある。
                                   ──要するにラクロスだ。格闘競技と名高いだけに礼儀と相手の尊重を重視する。その姿勢がアレックスには、欠落している。要するに子供なのだ。
                                   さらに偶然が重なり合う。たまたま見ていた冬月のレポートに、この欠落点を利用する気付きとなる算式が目に入った。それもなぜそのような算式になるのかは、分からないのだが、理屈ではない直感が働いた。
                                   ──多分これ、こう言うことじゃない?
                                   すかさずその算式に思うがままの改良を加え、ネオサイバー社の鬼塚社長に送った。返事はしばらく後だろうと踏んでいたのだが、すぐに返って来た。
                                   それもスマホへの電話でだ。
                                  「ナっちゃん。これは本当に君が作ったのか?」
                                  「や、正確に言うと冬月のレポートから得た着想なんですけど。正直、私には金融工学とか分かんなくて……ただその算式は以前、アレックスがチラッと言っていたことを思い出して……」
                                  「思い出して形にした、と?」
                                  「えぇ。私、基礎が分かってないんで応用のみなんですが、要するにそう言うことでしょ?」
                                  「そうだ。そこが凡人で終わるか超越した何かを生み出せるかの差なんだ」
                                   鬼塚社長は興奮気味に語り出す。なんとすぐさま必要な人材を寄越すとまで言った。
                                  「や、社長。でも病院だと面会時間が限られてて……」
                                  「ならロボットを寄越す。今、そっちにうちのAIのアクセス権を送った。そのプログラムを自由に使ってくれ。深夜でも一向に構わない。何か判明したらすぐに教えて欲しい。四六時中、進展を待っている」
                                  「あ、や、ちょっと待ってください。私はただ気付きを得ただけで……」
                                   必死に説得を試みようとするものの、覚醒に入った鬼塚社長を止められない。やむなく対アレックス戦を想定した理論を、一から編み出すこととあいなった。
                                   まさかそれが私達がはじめて築く橋頭堡となり、反撃の狼煙となろうとは思いも知らずに。

                                   
                                   
                                   アレックスが指定した期限が来た。すでに退院済みの私はネオサイバー社で待機中だ。傍らには鬼塚社長は言わずもがな、玄蔵爺さんや桜志会の広田会長、さらには冬月とケインのコンビとミアが取り囲んでいる。
                                  「ナツ、あたいはどうなっても構わない。タオルを投げる心づもりは出来ているから」
                                   覚悟を示すミアに私は、かぶりを振る。
                                  「大丈夫よミア。私達は十分準備した。結果を信じて」
                                   とは言うものの、それは明らかな嘘だ。あくまで私が得たのは、気付きだ。それを何とか誤魔化しながら、形に整えたに過ぎない。
                                   だが、こうも思った。
                                   ──ここは勝負所だ。山張り名人として勝負させていただこう。
                                   そこへ頃合いをはかったように、スマホに着信が入る。アレックスだ。通話に出た私にアレックスは切り出した。
                                  「ナツ、返事を聞きたい。あの女を差し出し、僕に降ること。もし従うなら、君にこの世の全てを……」
                                  「アホ。そんな条件、飲めるわけないでしょ。このマセガキが!」
                                   私の罵倒を受けアレックスは、流石に面食らっている。さらに私は畳み掛ける。
                                  「前から思ってたけど、アンタ、世間を舐めすぎ。日本のクビをとって国王を気取ってるみたいだけど、ちょっとは社会を知りなさいよね」
                                   私の思わぬ挑発を出会い頭で受けたアレックスは、如実に反応した。プツリと通話を切るや、実力行使へと移って来たのだ。すなわち日本市場への強制介入である。
                                  「あの……これでいいんですよ、ね?」
                                   念押し気味に確認する私に、桜志会の広田会長がうなずく。と言うのも金融当局から、アレックスを怒らせてくれと言われていたのだ。
                                   どうやら彼らにも、前回の敗北にリベンジするための策があるらしい。それにうまく乗った形だが、うまくいったようだ。
                                  「オーケー。早速、来たぜ」
                                   パソコンの画面を眺める冬月が反応する。案の定、アレックスによる市場への介入が始まった。ここで私が継ぎ接ぎだらけながらも、何とか形にした算式が働く。
                                   ほぼ直感だけで組んだだけに、理屈は分からないのだが、金融当局の偉い人達がその至らぬ点に修正を加え、プログラムにしてくれた。
                                   どうやらハイ・フリークエンシー・トレーディングと呼ばれる、コンピューターを駆使した超高速の金融取引を利用したものらしい。
                                   過去の価格の動きを統計的に分析し、一秒間に数千回もの高頻度で売買の注文を繰り返す取引を指す。
                                   相場全体の値動きを抑制する効果があるらしいのだが、稀にプログラムの不具合で株価が急落したり、短時間で値動きが増幅したりすることがある。
                                   その値動きを隠れ蓑にあたかも弱気を装うのが、今回の作戦の肝のようだ。 
                                   ──さぁ、どうだ!?
                                   皆が注目する中、アレックスは気をよくしたのか、大胆にも介入額を一気に増やした。
                                  「かかった!」
                                   皆が声をそろえる。反応をうかがう限りうまくアレックスを騙せたらしい。私達が前のめりになる中、アレックスはこれ以上は出来ないほど掛け金を増やしていく。
                                   だが、金融当局はこれを着実に買い支えていく。事ここに至り、さしものアレックスも異変に気付いたようだ。無理もない。弱気に見えているのは(理屈は分からないが)、私の算式をもとにした対アレックス戦に特化したプログラムのおかげなのだ。
                                   ──アレックス、あんたはまだ気付いていない。どれだけの日本人があんたから受けた攻撃から学んだかをね。
                                   カラクリに気付いたアレックスは、慌てて市場を手しまいにかかるも、時すでに遅し。金融局による包囲網が固まっている。
                                   すると信じられない結果が出た。あれほど常勝を誇っていたアレックスが、最も脆く崩れ始めたのだ。まさに自滅、砂上の楼閣である。
                                   早速、金融当局から連絡が入る。
                                  「十分だ。あとは我々にこの国を任せてくれ」
                                   その返事を受け皆は、一斉に立ち上がり、割れんがばかりの拍手を起こした。
                                  「よくやった。見事、アレックスに土を付けてくれた。大したもんだよ」
                                   玄蔵爺さんに肩を軽くごつかれ、私は照れ笑いを浮かべる。さらにミアが手を差し出す。
                                  「ナツ、助かったよ。礼を言う」
                                   私はすかさず握手で応じ、互いの健闘を称え合った。

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