一井 亮治

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    一井 亮治
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      答えです。
      どうでしたでしょうか^^b

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      一井 亮治
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         第三十三話

         現代に戻った二人は早速、シュレと次の作戦を練っている。目星をつけたのは、本能寺の変だ。信長へのクーデターを成功させた明智光秀は、ここでかなり大規模な減税策を行なっている。
         京都の地子銭を永久に免除すると表明したのだ。この地子銭とは、家の間口の広さに応じて課税される都市住宅税で、災害復興や城下町の発展を促すため免除されることはあったが、永久免除というは破格の大減税だった。
        「堺への賦課税二万貫の矢銭といい、税金って時の為政者の手加減次第よね」
         率直な感想を述べる桜子にシュレが笑みを浮かべ返答した。
        「まぁ逆に言えば、それだけ明智光秀は追い込まれていたと言えるね」
        「よし、まずは本能寺へ飛ぼう」
         そう切り出すのは、志郎だ。百年続いた戦国の世を終わらせた最大の功労者の最期を見届け、セツナの動きを探ろうというのだ。無論、桜子も異論はない。
         だがシュレが異議を唱えた。あくまで税理士の本懐は租税にあり、歴史的な出来事とは距離を置くべきと主張したのだ。
        「シュレ、言いたいことは分かる。だが、税っていうのは国そのものなんだ。国政と表裏一体の税制、この現実を無視した理解はあり得ない」
        「確かにその通りなんだけど、危険が伴うよ」
         シュレの懸念に二人は「それは承知の上」と声を揃えた。
        「分かった。君達に従おう」
         シュレはやむなく二人を新たな時空へと送り出した。時は1582年6月21日の早朝、場所は本能寺である。寺の内部に放り込まれた二人が一帯をうかがうと、何やら騒がしい。
        「どうやら明智光秀が本能寺を包囲した後のようだな」
         状況を読む志郎に桜子もうなずく。と、そこへ襖が乱暴に開いた。見ると信長が武器を携え立っている。二人の顔を見るや信長は、思い出したように言った。
        「その方らは、確か時空の旅人と申していたな。名は桜子と志郎と」
        「はい」「覚えて頂いて光栄です」
         恐縮する桜子と志郎に信長は、自嘲した。
        「いよいよこの俺も最期、ということか……」
        「さぞご無念かと」
         心中を察する志郎に信長は、かぶりを振った。
        「是非もなし。人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。奇しくもワシは五十を前にした四十九だ。悔いはない。ただ願わくばもう一年欲しかった」
        「信長様が天下人への第一歩を踏み出されたのは、桶狭間ですね。天下目前の今川義元を奇襲で討ち取られた」
        「うむ。そのワシが今度は家臣から奇襲を受け、天下を目前に討たれようとしている。歴史というのは皮肉なものだな」
         やがて、本能寺に火が放たれ一帯が炎に包まれていく。覚悟を決めた信長だが、ふと二人に意外な事実を告げた。同じように時空の旅人を名乗る人物と会ったというのだ。
        「それは、この人物ではなかったですか?」
         スマホでセツナの写真画像を見せる桜子に信長は、大いにうなずいている。
        「いかにも。歴史を変えてみないか、と申しておった。大きなお世話だと、突き返してやったがな。時に桜子、志郎。ワシはここでこの世を去るが、天下人の座を誰が射止めるのか教えてくれぬか」
        「はい。秀吉さんです」
         桜子の返答に信長は、声をあげて笑った。
        「あのサルがか! ハッハッハッ、それは実に愉快。天下人になった奴の顔を拝んでやりたかったのう。よかろう。桜子に志郎、サルに伝えよ。くれぐれも己の分をわきまえよ。高望みはワシと同じ轍を踏むぞとな」
         やがて、凄まじい炎に包まれながら、信長はこの世を去った。戦国の乱世を駆け抜けた、実に波乱に満ちた信長らしい最期であった。

        「一つの時代が終わる……」
         本能寺の喧騒から離れた桜子は、炎で赤く染まる明朝の空を眺めながらつぶやく。
         思えば戦国の世は、この国の古いものが崩れ、新しきものに取ってかわった時代だった。
         租税も、政治も、戦さのやり方すらも大きく変化したのだが、その先頭を突っ走る象徴が信長だった。
        「楽市楽座で減税と規制緩和を行い、関所の撤廃で関銭の負担から解放する一方、堺に税を賦課し、徴税を今井宗久に任せた。その過程で多くの衝突があったが、信長はこれを身を粉にして切り崩した」
         志郎が述べる信長の功績に桜子は同意しつつ、ためらいを覚えている。確かに世を覆うどんよりした重い停滞感は取り払われ、風通しは良くなった。
         だが、そこには多くの出血を伴った。前に進むたびに歴史は血を欲するのだ。
         ――果たして、それは不可欠な犠牲なのだろうか。
         複雑な心中の桜子に志郎が一つの狂歌を詠んだ。
        「織田がつき 羽柴がこねし天下餅 座りしままに食ふは徳川」
        「『道外武者御代の若餅』ね?」
         確認する桜子に志郎がうなずく。
        「確かに織田信長は苛烈だった。必要以上の血も流したかもしれない。だが、時代がこれを求めた側面はある。現に岩盤の既得権益を切り崩し覇がなったところで敢えなく退場となったしね。それは歴史の必然とも言えるし、織田信長も納得の上でその役割を演じていたんだろう。だからこそ、セツナの誘惑を拒絶したんだ」
        「確かに。じゃぁ、セツナの次の狙いは……」
        「羽柴秀吉だな。彼は天下を統一した後、租税史上重要な太閤検地を行なっている。おそらくここに何かの仕込みを入れるはずだ。その現場を押さえ、セツナの時空テロを防ぐんだ」
         志郎の作戦に桜子はうなずき、クリスタルを手に取るや次なる時空へと飛んでいった。

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        一井 亮治
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           第三十二話

          「そうか。堺は助かったのか」
           安堵のため息をつくのは、志郎である。当初はセツナの手にかかり、滅びかねなかった堺だが、桜子の説得が功を奏した形だ。
          「桜子、お前は本当に変わった。歴史に向き合う姿勢が以前とまるで違う。どうだ。歴史って案外、面白いだろう?」
          「フフッ、志郎兄みたい詳しくはないけど、人の営みがもつ法則性や局面ごとに決断力を見せる偉人の凄みには、圧倒されるよ」
          「そうだな。しかし今回は、お前に随分と助けられた。礼を言うよ」
           頭を下げる志郎に桜子は、恐縮しきりである。もっとも懸念材料は相変わらずだ。リクドウ・シックスを持ってしても、セツナの所在は掴めず、今も歴史の水面下で時空活動を続けている。
           志郎は後悔の念を吐いた。
          「俺はセツナの無税国家構想に惹かれ、この身を捧げたつもりだったが、甘かった。セツナは思った以上にヤバい奴だ」
          「その無税国家構想だけど、要するに支出削減と減税の行き着いた形よね。方向自体は間違っていないと思うけど」
          「あぁ。だが、方法に無茶がある。セツナは全ての歴史を覆してでも、強引にそれをなすつもりだ」
          「うん。でも志郎兄がセツナにしてやられるなんて意外ね」
           桜子の指摘に志郎は、頭を抱えながら言った。
          「歴史のクリスタルを軸に、敵味方に分かれつつもベクトルのみを合わせた緩い連合体で大きな救国の潮流を作り上げていく。それが俺の構想だったんだが、セツナが一枚上手だった。奴には、背後に腹持ちならない黒幕がいる」
           ――黒幕、か……。
           桜子は改めて考えた。確かにセツナには重要な局面ごとに、打つ手が冴えすぎている。全てに通ずる者の協力がなければ成し得ないという志郎の指摘ももっともだと思えた。
           一方でこうも考えた。その黒幕を特定できれば、うまく裏返し逆に利用できるのではないかと。その旨を志郎に問うと、大いにうなずいている。
           さらに桜子は続けた。それはセツナの設計者にまつわる推論だ。遺体すら上がっていないこの消失したとされる設計者だが、セツナはこれを否定した。そこにはDNA的な情報に何か大きな秘密があるのではないか、との推論だ。
          「桜子、俺も同感だよ。とにかく当面は、この戦国時代を追っていこう。クリスタルはあるか?」
          「えぇ、ここに」
           桜子は半分に欠けたクリスタルを手渡すと、志郎は自身のクリスタルを取り出し、二つを繋げた。たちまちクリスタルは元の鞘に収まり完全形を取り戻した。
           この合体したクリスタルを志郎は、桜子に差し出す。
          「桜子、これはお前に預けるよ」
          「え……や、ちょっと待ってよ。これは志郎兄が」
          「いや、桜子。これは二人の絆だ。お前に託したいんだ」
           懇願する志郎の目は本気だ。桜子は躊躇いつつもクリスタルを受け取った。その輝きはどこか慈愛に満ちていた。
           
            
            
          「なるほど。二人で未来へ戻られる訳ですな」
           千宗易が差し出す別れの茶を飲み回しながら桜子がうなずく。さらに志郎も続いた。
          「千宗易さん。是非、この侘び茶を大成させ世を休める芸術にまで高めてください」
          「えぇ、利心、休せよ(才能におぼれずに老古錐の境地を目指せ)。利休の境地でのぞむつもりです」
          「私も宗匠に続きますよ」
           そう合いの手を打つのは、弟子の山内宗二だ。
           一方の桜子と志郎は、お世話になったお礼が出来ずに困っている。だが、千宗易はこれを否定した。
          「桜子さんの一言が私に堺を救わせたんです。今では信長様の賦課税二万貫の矢銭は、安かったとすら感じています。なのにこの様な礼でしか返せず恐縮です」
           やがて、千宗易の茶を飲み終えた二人は、クリスタルを手に頭を下げた。
          「では、私達は一旦、未来へと戻ります」
          「千宗易さん、山内宗二さん。お元気で」
           そんな二人を千宗易と山内宗二は、名残惜しげに見送った。それは一期一会と評するに相応しい一献の茶であった。

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          一井 亮治
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             第三十一話

             桜子達が向かった先は、千宗易の住まいだ。手負いの志郎を運び込むや、オニヅカから状況の説明を受けた。
             何でも時空課税庁と取引し、セツナ逮捕に協力を申し出たという。そこで、千宗易の助けを受け今回の救出に及んだ、との話だった。
            「お前らを助けるなど、俺の信条に反するがな。背に腹は変えられん」
             そう語るオニヅカの表情は、苦虫を噛み殺したように歪んでいる。対する桜子達もオニヅカに対し、疑惑の念を隠せない。特に京子が顕著だが、状況から察するに今は共同歩調を取るしかなさそうだ。
             やむなく京子が言った。
            「粗方の事情は分かった。それでセツナは一体、この時空で何を企んでるのさ」
            「戦国時代だからな。大戦も多い。そのどこかに絡んで歴史を改変し、時空テロを目論んでいるんだろう。クリスタルの力を利用してな」
            「なるほど。ただ肝心のクリスタルは私達の手にある以上、セツナも無茶は出来ない、か。いいじゃん」
             京子は、うなずきつつも腕を組んで考えている。やがて、意を決し言った。
            「オニヅカと私がセツナをもうちょっと調べてみる。桜ちゃんはここで志郎兄さんの手当てに当たって」
            「え、でも……」
            「大丈夫大丈夫。ここはあたいらに任せて。それに」
             京子は声をひそめ囁く。
            「オニヅカの心のうちも探りたいし、ね」
            「ひょっとして、疑ってる?」
            「まぁね」
             うなずく京子の目は鋭い。どうやらオニヅカがどこかでまた裏切ると見ているようだ。
            「分かった。私は千宗易さんの元で志郎兄の治癒に当たる。くれぐれも気をつけて」
             心配げに見送る桜子に京子は別れを告げ、オニヅカとともに去って行った。残された桜子は志郎の様子を見守っている。
             幸い千宗易の協力により、怪我は快方に向かっているようだ。
            「千宗易さん。本当にすみません。何から何までご厄介になっちゃって」
             薬草を仕入れてきた千宗易に、桜子は頭を下げる。一方の千宗易は「お構いなく」と弟子の山上宗二に命じ、志郎の看病に当たらせた。
             やがて、千宗易は頃合いを見計らったように話を持ちかけた。何でも桜子を一服の茶に誘ってくれるというのだ。
             喜んで応じる桜子を千宗易は、静かな笑みで応じつつ、茶室へと案内した。慣れない桜子は困惑しつつも、千宗易が立てる茶を眺めているのだが、その所作に舌を巻いている。
             一切の無駄を排し、殺気立ってすらいるのだ。
             ――これが千宗易の茶……。
             漂う緊張感の中で桜子は、黙り込んでしまった。茶室の空気がピンと張り詰める中、千宗易は茶を注ぐ。桜子は一礼の後、その茶にゆっくり口をつけた。
             それは、まさに究極の癒しであった。思わず感嘆のため息を漏らす桜子に、千宗易は静かに問うた。
            「この時代の茶ですが、お口に合いましたでしょうか?」
            「はい。何というか……全てが格好いいですっ!」
             弾けるような笑顔で思わぬ感想を述べる桜子に、千宗易は苦笑を禁じ得ない。桜子はさらに続けた。
            「あまりうまく言えないんですけど、千宗易さんの茶にはその……まるで命懸けで向き合う迫力というか凄みを感じました」
            「一期一会、ですよ」
             そう述べるのは、志郎の看病を終え戻ってきた山上宗二だ。茶会に挑む際は、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いと心得て、亭主・客ともに誠意を尽くせとの意味らしい。
            「その真剣味があるから、宗匠の茶は素晴らしいのです」
            「これ宗二、はじめての方にひけらかすものではない」
             千宗易は鼻息の荒い山上宗二を咎めつつ、桜子に言った。
            「私は茶を一つの宇宙ととらえています。日頃の煩悩から隔離された非日常的な空間を、亭主が客と一緒になって作り上げていく。侘び茶、とでも申しましょうか。この世辞辛い戦国の世の心を癒し、茶道として後世に残せれば……そんな欲深き野心を抱いておるのです」
            「それは、千宗易さんの業……ですか」
            「いかにも。お若いのによくお分かりだ」 
             感心する千宗易に桜子は、さらに問うた。
            「今、この堺は織田軍の前に存亡の危機にありますよね。千宗易さんは、信長様をどのように見ておられますか」
             千宗易に問うたのだが、山上宗二が先んじて罵った。
            「あんな新興のならず者! とっとと堺の鉄砲で打ち払えばよいのです。賦課税として二万貫の矢銭を要望するなど度が過ぎるにも程がある」
            「宗二! 客の前で声を荒げるものではない」
             千宗易は鼻息の荒い山内宗二をなだめつつ、桜に問うた。
            「ちなみに桜子さんは、信長様をどう捉えておられるのですか?」
            「うーん……千宗易さんの業に負けない業をお持ちの大事な方、ですかね」
            「ほぉ」
             キラリと目を光らせる千宗易を前に桜子は、続けた。例え武士でも教養には憧れる。天下布武で覇をなすにも、その統治には箔や格式が必要だ。
             だが、連歌や文学などの公家文化は博学多識がものを言う。一方、茶の湯ならさほどの敷居は求められない。ゆえに武家の儀礼としての茶を信長は求めるはずだ、と。
            「なるほど、政権に秩序をもたらす道具として茶の湯を利用されたい信長様と、これを芸術の域にまで高めたい私は、共存共栄の関係にある、と?」
            「はい。先程、世の心を癒したいと仰られましたが、だったらまず天下人の心を癒さねば。千宗易さんの求める精神性と審美眼は、茶の湯を文化の頂点にまで高めます。身分を超えた人間同士の絆は、歴史をも動かす力にすらなるんです。臨時の賦課税二万貫の矢銭など安いものでしょう」
             理路整然と捲し立てる桜子に、山上宗二だけでなく千宗易までもが唸ってしまった。
             

             
             さて、この後の歴史であるが、千宗易と関係の深い豪商・今井宗久の力添えもあり、賦課税二万貫の矢銭と引き換えに堺は信長の軍門に降った。
             なお、同時期に矢銭の要求を拒否した尼崎は焼き討ちにあい、町民が殺害されている。タイミングとしては、実に絶妙だった。この危うい綱渡りを見事にこなした今井宗久は織田家の蔵元となり、荒稼ぎしていく。
             一方の千宗易は、この今井宗久からの推薦により、信長が目指す武家主導の茶の湯文化へと邁進することとなる。

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            一井 亮治
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               桜子と京子が向かった先、それは国際的に名の知れた貿易港を持つ堺だ。時空はさらに進み、信長が上洛を果たした後の様である。
               もっとも街の様相は、尋常ではない。至る所で掘がめぐらされ、男達は皆、火縄銃を手に殺気立っている。調べたところ、信長が臨時の賦課税として二万貫の矢銭を要求し、これに怒った堺の民が、戦さ支度に入ったとのことだった。
              「一触即発じゃん」
               京子が身構える中、桜子は千宗易の行方を追っている。後に茶人として頂点を極め茶道を芸術の域にまで高める千利休も、始まりはしがない魚問屋を営む無名の商人に過ぎない。
               ――おそらく志郎兄は、クリスタルにさらなる輝きを求め、この時空で勝負をかけようとしている。そのために千宗易と接触を図ったはずよ。
               そう志郎の心を読んだ上で桜子は、舌打ちする。手法が強引で志郎らしくないと思えたのだ。
               ――志郎兄。一体、何を焦っているの?
               若干の戸惑いを覚えつつ、桜子は京子とともに情報収集を続けていく。すると、思わぬ情報に行き着いた。妙なナリの男が海の方へ逃げるように走って行ったという。
               その人相風体を聞いた桜子と京子は、確信した。
              「志郎兄だ」「間違いないじゃん」
               早速、二人は海辺へと向かった。浜辺に着くと、目の前で誰かが倒れている。そのナリに心当たりを見つけた桜子は、慌てて駆け寄り息を飲んだ。
               それは、紛うことなき兄だった。
              「志郎兄!」
               桜子は声をかけるものの返事はない。さらに体を揺さぶる桜子に、志郎兄はようやく意識を取り戻し、声を絞り出した。
              「桜子……これは罠だ。逃げろ……」
              「ちょっと志郎兄。一体、何が」
               そこで背後に気配を感じた桜子が振り返ると、見覚えのある人物が男共を引き連れ立っている。
              「セツナ!?」
               どうやら志郎を囮に桜子をハメたらしい。唇を噛む桜子に、セツナはニンマリほくそ笑み言った。
              「お久しぶりね、お嬢ちゃん達。ちょっとおいたが過ぎたんじゃない?」
              「結構なご挨拶じゃん。一体、どうしようっていうのよ」
               京子がいきり立つものの、セツナは構うことなく男達に命じ、二人を拉致するや志郎とともに近場の納屋へ身柄を放り込み、火を放った。
               たちまち一帯が火の海に包まれていく。
              「熱いっ……」
               耐えかねた桜子がクリスタルを手に取るものの、志郎がそれを止めた。
              「やめろ……桜子、これは罠なんだ……今、クリスタルを使えば、セツナにその全てが吸収されてしまう」
              「え、でも……」
              「そうよ。このままじゃ三人、焼け死にじゃん」
               桜子と京子が異議を唱えるものの、志郎はそれを頑なに拒む。絶体絶命の状況に追いやられた三人だが、不意に納屋の床が開き、下から思わぬ人物が現れた。
              「オニヅカ!」
               さらにその後ろには、見事な巨体の男がいる。もっともその表情は、この状況下に関わらず落ち着きを払っている。桜子はすぐさま察した。
               ――間違いない。千宗易さんだ。
              「一体、どう言うことよ!」
               声を上げる京子にオニヅカは人差し指を立てて静粛を促すや、小声で言った。
              「地下から逃げられる。今のうちに来いっ!」
              「え、でも」「どう言うこと」
               戸惑う桜子と京子だが、オニヅカは「いいから早く!」とせかす。二人は事情が飲めないながらもオニヅカに従い、志郎を担いで千宗易の案内の下、地下へと逃れた。

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              返信先: 七月到来 #2946
              一井 亮治
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                答えです。
                どうでしたでしょうか^^b

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                一井 亮治
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                   第二十九話

                   桜子と京子が向かったのは〈岐阜〉だ。命名したのは、美濃地方を平定した織田信長である。
                   地名を変えてまで新たな世を目論む信長は、ここで一つの施策を行う。世に名高い楽市・楽座――つまり、減税と規制緩和である。
                  「定 加納。一 楽市楽座之上諸商売すべき事、か……要するにカネは能力のある者に使わせろってことね」
                   岐阜城下の加納宛にたてられた制札を前に桜子が鼻を鳴らす。
                  「桜ちゃん、そんなこと言ったら身も蓋もないじゃん。即刻、首が飛んじゃうよ」
                  「まぁ、あの信長だからね。美濃には、天下を狙わせるだけのポテンシャルがあったわけだ」
                  「水、ね」
                   ピンポイントで答える京子に、桜子はうなずく。水があれば米が獲れ、さらに水運が商品の流通を促す。
                   特に木曽三川を上流まで押さえ、物流網を上から下まで掌握し経済をコントロールした経験は、信長にさらなる野心〈天下〉を抱かせたと桜子は睨んでいる。
                  「けど桜ちゃん。信長が上洛するには、足りないものがあるじゃん」
                  「大義名分でしょう。誰もが納得する形を踏まないと、諸国の有力大名から反感を買ってしまうからね。それを解決する使者が間もなくここに来るはず」
                   桜子が京子とともに待機していると、その使者と思しき武士がやって来た。やや禿げ上がった頭に眼光の鋭さを持つその人物こそ、天下を目前にした信長を葬ることになる明智光秀である。
                   早速、アプローチをかけると、打てば響くような反応が返ってきた。曰く、信長に大義名分を与える格好の人物と繋がりを持っていると。
                  「それは、将軍の足利義昭様ですね?」
                  「いかにも。しかし、なぜそれを……」
                  「実は私達、信長様から特別な配慮を頂いているんです。よろしければご案内しますよ」
                  「これは渡りに船だ。頼もう」
                   光秀が大いにうなずく中、傍らの京子が耳打ちした。
                  「ちょっと桜ちゃん、大丈夫? あたいら信長からの配慮なんてもらってないじゃん」
                  「大丈夫よ。ここは私に任せて」
                   京子を言いくるめた桜子が向かったのは、岐阜城だ。アポ無しにも関わらず信長が直々に会うと言う。
                   ――やっぱり。
                   桜子は密かに心の中でうなずく。どうやらあらかじめ志郎が仕込みを入れた後の様だ。わざわざ桜子らと直々に会うところから察するに、かなりの関係を築いたらしい。
                   早速、光秀を連れて岐阜城へと乗り込むと、信長が待っている。
                  「待っていたぞ、時空の旅人。志郎から話は聞いておる。ときに光秀とやら。そなたが引き合わせるのは将軍、足利義昭公だな」
                  「ははっ」
                   光秀が恐縮しつつ、自らの素性を名乗り義昭を売り込んだ。これに信長は大いに興味を示している。
                  「あい分かった。その方の務め、この信長が引き受けようぞ」
                  「では、上洛を?」
                  「うむ。その旨、しかと義昭殿に申し伝えよ」
                   それを聞いた光秀は感極まるあまり、涙まで見せている。斎藤道三のお家騒動に巻き込まれて以降、流浪の身として諸国を転々とした苦労人である。その心中や察するものがあった。
                   やがて、去っていく光秀を満足げに見送った信長は、壇上から桜子に話しかけた。
                  「さて桜子と京子。色々事情がある旨、志郎より聞いておる。その方らに詳しい者をあたらせる」
                  「それは、どなたでしょうか?」
                  「いや、人ではない」
                  「え……と、申しますと?」
                   怪訝な表情を見せる桜子に、信長は愉快げに紹介した。
                  「サル、だ」
                   これを合図に一人の小柄な成年武士が現れた。その愛嬌のある顔に桜子は、思わず笑みを浮かべた。
                   ――確かにこれは、サルだわ……。
                   このサル、こと木下藤吉郎こそが豊臣秀吉と名を変え、太閤検地として日本の税制史に大きな影響を与えることになるのだが、それはまだ先の話だ。
                  「桜子殿に京子殿、ご安心あれ。この藤吉郎がしかとお役目を務めましょうぞ」
                   信長が満足げに見送る中、桜子と京子は藤吉郎に連れられ、密室に案内された。桜子と京子が席に着くや否や藤吉郎は、小声で囁いた。
                  「桜子殿、そなたの兄である志郎殿だがな。今、水面下で大変なことになっている」
                  「え、どう言うことですか?」
                   身を乗り出す桜子に藤吉郎は、続けた。何でも志郎は信長の上洛を見越して堺の有力商人と接触を図ったものの、内ゲバに巻き込まれたらしく行方をくらませているらしい。
                   このままでは、堺を支配下に置くことを目論む信長に裏切りを疑われ、抹殺されかねないと言う。
                  「でも藤吉郎さんは、どうしてその情報を?」
                   桜子の素朴な疑問に藤吉郎は、意味深な笑みとともに言った。
                  「調略のためさ。織田家筆頭の柴田殿も佐久間殿も皆、力攻めしか知らん。だがワシは違う。徹底的に情報を集め、言葉の限りを尽くし、命懸けで相手の心を絡め取るのだ」
                   ――なるほど。確かにこれは相当な人たらし、だ……。
                   納得する桜子に藤吉郎はさらに続ける。
                  「桜殿。志郎殿も将軍義昭公も、そしてこのワシも、信長様にとっては天下取りのための道具にすぎん。利用価値がなくなれば、容赦なく斬って捨てるのが信長様だ」
                  「分かります。それで藤吉郎さん。志郎兄が接触した堺の商人というのは、誰だか分かりますか?」
                  「一人は今井宗久という豪商だが、もう一人はまだ名の知れていない人物らしい。名前は確か……」
                  「千宗易?」
                   桜子の確認に藤吉郎は、大いにうなずく。
                   ――千宗易……つまり、後の千利休ね。
                   志郎の潜伏先について、あらかた見当をつけた桜子は京子に目配せの後、クリスタルを手に取る。
                  「藤吉郎さん。ありがとうございました。私達が出向いてみます」
                  「うむ。時空の旅人とやら、また会おうぞ」
                   二人は藤吉郎に見送られ、クリスタルとともに姿を消した。

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                  一井 亮治
                  参加者

                     第二十八話

                     桜子が次に向かったのは、楠木正成が挙兵に及ぶ原因を作った後醍醐天皇の居所である。すでに鎌倉幕府は滅んでおり、次なる世を築くべく建武の新政を打ち立てたばかりの様だ。
                     案の定、ここも志郎が訪れた後だった。突如、現れた桜子を後醍醐天皇は満足げに迎えた。
                    「聞いておるぞ、桜子。そなたらは未来から来たらしいではないか」
                    「はい。帝は歴史をどのように捉えておられるのか興味がありまして」
                    「ほぉ……そうだな。例えるなら女みたいなもの、かのう」
                     ――また女!?
                     楠木正成と全く同じ答えに桜子は頭が痛い。やはり、後醍醐天皇も同じ穴のむじななのかと思いきや、どうもそうではないらしい。
                    「よいか桜子、まず理念ありきだ。藤原氏の摂関政治、院政、武士ありきの鎌倉幕府、どの時代も天皇は飾り物として蔑ろにされてきた。神輿は軽くてパーがいい、とな。だが、わしは違う。己の手で自分が掲げる理想の世を作っていくつもりだ」
                     つまり、まずヘッドワークがあり、それを実現すべくフットワークがいるのだと。まさに楠木正成と真逆の発想である。
                     一体、どちらが正しいのか判断に迷う桜子だが、改めて感じたことがある。
                     ――皆、個性が強烈だ。
                     その強すぎる個性故に衝突が生まれ、化学反応が起き、歴史に意外性を加えて行くのだろう。
                     その後、しばしの談笑を交わした桜子が後醍醐天皇の元を去ると、意中の人物が待っている。
                    「久しぶりだな。桜子。千早城以来か」
                    「正成さん!」
                     駆け寄る桜子だが、楠木正成の表情は芳しくない。見事に鎌倉幕府を打倒し、その立役者になった後であるだけに意外さを覚えた。
                     試しに理由を問うてみると楠木正成は、渋々心中を吐露した。曰く、後醍醐天皇の建武の新政が公家を重視するあまり、武士を蔑ろにしているとの事である。
                    「俺は、間違っていたのかもしれん」
                     桜子と肩を並べながら楠木正成は、苦悩の表情を浮かべている。それを見た桜子はふとある物語の冒頭を誦じた。
                    「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」
                    「ふっ、平家物語か。この世は無常だと言いたいのだな?」
                    「はい。だからこそ今が大事だと。どんな状況であれ、その時々で活路を捻り出していく。それが正成さんの生き様でしょう?」
                    「確かにそうなのだが……」
                     言葉を詰まらせる正成に桜子は、畳み掛ける。
                    「正成さんは体当たりでぶつかった先にしか未来を見れない方なんだと思います。人が時代を選ぶのではなく、時代が人を選ぶ。例えその未来が望んだものでなかったとしても、正成さんの生き様は未来永劫に語り継がれるんです。それって幸せなことだと思います」
                    「うむ……確かに、そうかもな」
                     楠木正成はしばし考慮の後、己に言い聞かせるように続けた。
                    「俺は頭で考える人間じゃない。どうやら器用がつき始め、己を見失っていたらしい。分かった。例えこの身が滅びようと、俺は最期までこの生き方を貫かん」
                     吹っ切れた楠木正成に、桜子は笑みで応じた。やがて、光るクリスタルとともに時空を去ろうとする桜子だが、ここで楠木正成が思わぬ情報を伝えた。
                    「桜子、お前の兄の志郎だがな。どうも様子がおかしかった。何やら焦っておるように見えたぞ。俺の勘だが、何か重大な障壁にぶつかっているんじゃないか」
                    「志郎兄がですか!?」
                     桜子は驚かざるを得ない。
                     ――あの冷徹でなる志郎兄を焦らせるなんて。一体、何が起きているの。
                     桜子は心中に不安を抱えつつ、楠木正成の情報に謝意を示し、この時空から去った。
                     なお、その後の歴史だが、楠木正成亡きあと、足利尊氏は後醍醐天皇から三種の神器を取り上げ、光明天皇を擁立し室町幕府を開府。
                     一方の後醍醐天皇は渡した三種の神器はニセモノだと主張して吉野に朝廷を開き、混乱の南北朝時代・応仁の乱を経て戦国時代へと突入していくこととなる。 
                     
                     
                     
                    「や、待っていたよ」
                     現代に戻ってきた桜子をシュレが出迎える。意外なことに京子も一緒だ。その表情から察するに何かあった様だ。
                    「どうしたのよ二人とも、そんな顔して」
                    「どうもこうもないよ桜ちゃん。今、未来の時空課税庁は大混乱よ。その原因の一端は桜ちゃんにあるっていうじゃん」
                    「え!? 何それ」
                     困惑する桜子にシュレが説明した。曰く、前回の時空テロを上回る強大な時空兵器が生まれつつあるらしい。しかもそれは桜子と志郎が持つクリスタルによって増幅され、もはや止められないところまで来ているという。
                    「桜子。今、時空課税庁は強制調査権の発動に向けた準備の真っ只中だ。このままでは、クリスタルの所有者である君にも責任が及びかねない」
                     シュレの警告に桜子は、考えを巡らせた。話の性質を鑑みるに志郎の企みとは思えない。どうやら歩調を合わせる桜子との関係に危機感を覚えたセツナが、これをうまく利用し動き始めた様である。
                     ――セツナ、か……。
                     桜子は頭を痛めつつ、二人に言った。
                    「話は分かった。私にやましいところはない。いつでも取り調べに応じる。けど時間が欲しい。志郎兄を説得する時間が……」
                    「桜ちゃん、そんなのセツナが許すわけないじゃん。絶対、妨害に動くよ。何より命を狙われかねないじゃん」
                    「それは覚悟の上、けど志郎兄だって必ずその対策は打ってるはずなのよ。このクリスタルに懸けて誓う。歴史を私利私欲で動かさないって」
                     桜子の必死の訴えにシュレはしばし考慮の後、京子に目配せした。
                    「分かったよ桜ちゃん。そこまで言うなら、もう少し時間をあげてもいい。けど、その時空移動にはこのあたいも随伴する。いい?」
                    「もちろんよ。大いに監視してもらえばいい」
                    「オッケー、決まりだね」
                     うなずくシュレがどの時空へ向かうのかを問うと、桜子は即答した。
                    「もちろん戦国時代よ。戦国三英傑が揃ったこの時代なしに日本は語れないわ。何より志郎兄が次に目をつけるとしたら、ここしかない」
                    「いよいよ時空トラベルも佳境って感じじゃん」
                     身を乗り出す京子に桜子は笑みで応じるや、クリスタルをかざした。たちまち光に包まれた二人は、見送るシュレをあとに現代から姿を消した。

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                       第二十七話

                       現代に戻った桜子は、部屋でシュレと作戦を練っている。
                      「志郎と阿吽の呼吸で、ねぇ……」
                       腕を組み唸るシュレだが、一呼吸置いた後、断言した。
                      「言わんとしていることは分かる。だが、これだけは言わせてくれ。セツナはそこまで甘くない」
                      「もちろん。承知の上よ」
                       桜子は覚悟を見せつつ、確認するように問うた。
                      「シュレ、頼朝が徴税権を奪ったことで貴族による平安時代が終わり、武士による鎌倉時代が始まったんだよね」
                      「そうさ。以降、鎌倉幕府は百五十年の治世を脈々と築いていくことになる」
                      「それってさ。朝廷側の心中は、どうだったのかなって」
                      「そりゃ無念さ」
                       シュレは当然のように即答するや、桜子を諭すように続けた。
                      「例え無念でも、それが世の流れならどうしようもない。人間、時代には勝てないからね」
                       ――確かにそうだろう。志郎兄も歴史を時代の空気であり潮流だと称していた。だから一旦、敵同士に分かれ静かな革命を起こそう、と。なら次に赴く時空は……。
                      「シュレ、歴史って栄枯盛衰でしょ。じゃぁこの鎌倉時代を終わらせた人物もいる訳だ」
                      「もちろん。後醍醐天皇さ。彼は実権を再び朝廷へと戻し、平安時代の古典的な政治の復活を目論んだ。これに悪党と名高い楠木正成が応じた」
                       ――楠木正成……。
                       その名にピンときた桜子が問うた。
                      「楠木ってもしかして〈源平藤橘〉の橘?」
                      「よく気づいたね。その通りさ。楠木正成は赤坂の戦いを経て千早城に乗り込むや、一千人程度の寡兵で百万人とも称される幕府軍と対峙している」
                      「シュレ、その時空に飛べる?」
                       思わぬリクエストを受けシュレは、戸惑いを見せた。いくら何でも戦場に乗り込むのは危険と判断したのだが、桜子は聞く耳を持たない。
                      「なぜ、そこまでこだわるのさ?」
                       シュレの疑問に桜子は、クリスタルを手に答えた。
                      「このクリスタルがそう囁くから。私にはこの子がなぜ二つに分裂し、次にどうさせたがっているのかが分かる」
                      「ふむ。なるほど……」
                       シュレは桜子の真摯な訴えに理解を示しつつ、なおも考えている。やがて、思い切ったように言った。
                      「いいだろう。虎穴に入らずんば虎児を得ず。多少リスクはあるが、やってみよう」
                       シュレは徐ろに立ち上がるや、桜子に念を押した。
                      「いいかい。接触するのは楠木正成を中心とした人物のみ。それも必要最小限にとどめること。分かったね?」
                      「了解よ。シュレ」
                       桜子の返答にシュレはうなずき、異時空へと飛ばした。
                       
                       
                       
                       桜子が放り込まれた時空ーーそれは正真正銘の戦場である。突如として現れた桜子に驚くのは、髭面ながらも精悍さを放つ中年武者だ。そのナリから察するに、楠木正成のようである。
                      「今度は女か。一体、どうなってるんだ!?」
                       ――え、どういうこと?
                       桜子は戸惑いつつ、楠木正成に問うた。
                      「今度は……ってことは、前にも誰か来たんですね? それって私と同じ肌の色の男性じゃなかったですか!?」
                      「あぁ、そうだ。何でも未来からきたとか抜かしていたな。お前もその一味か?」
                       問い返す楠木正成に桜子は、可能な範囲で事情を説明した。これに楠木正成は、納得こそしないものの、ある程度の理解は示した。
                       ちなみに志郎は、すでに去った後だという。いずれ自分の妹が来るだろうから、よろしくやってくれと言い残し、消えたらしい。
                       ――やっぱり志郎兄は、来ていたんだ。
                       いつも先を越され、やや不満気味な桜子だが、気を取り直し一帯を眺めた。そこで奇妙なものを見つけ問うた。
                      「正成さん。あの藁人形って……」
                      「おぉっ、アレか。フフっ……幕府軍を騙すための秘密兵器さ」
                       楠木正成は満足げにうなずき、桜子に説明した。何でも等身大の藁人形に甲冑を着させて並べ、それを囮に幕府軍を引き付けたところを投石で持ってして一網打尽にすると作戦だという。
                      「とにかく幕府軍をこの千早城に釘づけするんだ。そうやって討幕の機運を高めるのさ」
                      「え……でも、敵は大軍だし、何より百五十年も続いた鎌倉幕府を転覆させるなんて出来るんですか? 一体、どうやって?」
                      「ハハハっ……これは、また面白い女が来たものだ。愉快愉快」
                       楠木正成は、肩を揺らせて笑うや説明した。曰く、歴史は時代に漂う空気から変えていくのだという。
                      「ここでどれだけ粘れるか、皆が固唾を飲んで見守っている。例え死んでもいい。七度人として生まれ変わり、朝敵を誅して国に報いん」
                       いわゆる七生報国を説く楠木正成に桜子は、大いに興味を膨らませている。なお、ここまで鎌倉幕府の求心力が落ちた要因の一つに独特の相続がある。
                       子供に土地を分けて与える習慣である。当然、一人当たりの土地が狭くなり作業の効率も落ちた。いわゆる愚か者〈たわけ(田分け)〉だ。
                       この様な窮状を見かねた後醍醐天皇がクーデターをもくろみ、これに楠木正成らが応じた形だ。
                       では楠木正成はどのような国家像を夢見ているのか、その歴史観を問うてみたところ思わぬ答えが返ってきた。
                      「そんなものはない」
                      「え……や、でもこんな世にしたいとか、こんな世は変えるべきだとか、そういった考えはあるから、こうやって戦って歴史を作っているんでしょう?」
                      「ふっ、桜子とやら。いいことを教えてやろう。歴史は机上の空論では動かん。理屈などは後付けに過ぎず好きか嫌いか感情が先、戦さと一緒で女みたいなもんさ。気まぐれで飽きっぽく、振り向いたかと思えばそっぽ向く」
                       女を気まぐれ呼ばわりされ憤慨する桜子に、楠木正成は苦笑しつつ続けた。
                      「皆の裏を掻き、だましだまし活路を捻り出し、その瞬間瞬間で最大の効果を叩き出していく。そういった積み重ねの先に、ようやくお前の言うあるべき世ってのが見えてくるんじゃねぇかな」
                       幕府軍の包囲を遠目に持論を説く楠木正成に桜子は、唸った。
                       まずはフットワークありきで、そこにヘッドワークが付いてくるーーそれはゲリラ戦を得意とし、神出鬼没で縦横無尽に戦場を駆け抜ける楠木正成らしい考えと言えた。
                       もっとも和泉国若松荘に押し入って年貢を掠め取ったり、何かと悪党呼ばわりされがちな楠木正成ではあるが、筋の通った信念はあるらしい。
                       ――多分、この人は歴史に好かれるタイプだ。こういう人が時代の引き金を引くんだろう。
                       桜子は大いに感銘を受けつつ、同時に楠木正成を訪れた志郎の心中も読んでいる。
                       ――おそらく志郎兄は今後、時空をゲリラ的に飛んでいくはず。それこそ楠木正成の如く。なら次に行くべきは……。
                       狙いを定めた桜子だが、そこへ突如として、矢が降り注いだ。どうやら幕府軍の総攻撃が始まった様である。
                       悲鳴を上げる桜子に楠木正成が叫んだ。
                      「桜子、ここは危ない。早く去れ。そなたがたどる時空の旅ーー健闘を祈っておるぞ」
                      「はい。正成さんもお元気で」
                       別れを告げた桜子は、志郎の後を追うべくクリスタルを手にこの時空から去っていった。

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                      一井 亮治
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                         第二十六話

                        「クリスタルを半分、持っていかれた!?」
                         声を上げる京子に桜子は、力なくうなずく。無論、半分の状態ではタックスヘイブンとして能力を持つことはない。
                         だが、あらゆる可能性が新たに発生してしまったことは事実だ。
                        「あー参ったね……これで、セツナの動きがますます読みにくくなったじゃん」
                         京子は困惑しつつ、頭を整理している。やがて、事実を確認していくように言った。
                        「いい桜ちゃん。西暦1185年4月25日、つまり今日、平家は滅んだ。平安時代が終わったの。そして半年後、鎌倉時代が始まるじゃん。その間、キーマンとなるのは源義経よ。なぜだか分かる?」
                        「頼朝さんが義経さんの討伐に必要な兵糧確保を口実に、後白河法皇から守護・地頭(徴税権)の設置を認めさせたから」
                        「そう。結局、国って税なのよ。私達の始祖、藤原鎌足は公地公民の名の下、租・庸・調の租税を中心に律令国家の礎を築いたじゃん。これを頼朝が法皇と義経の行動をうまく利用して、国を乗っ取ってしまったの」
                         懇々と歴史を説く京子に、桜子は黙ったまま聞き役に徹している。京子は言った。藤原(奥州)氏と源氏のハルマゲドンが始まる、と。
                        「まずは、その前哨戦の時空へ飛ぶよ。今から約四年後の1189年6月15日、場所は源義経終焉の地――衣川高館。いいね?」
                        「えぇ、分かってるよ」
                         桜子は、力なくうなずくや、半分になったクリスタルを手に取る。たちまち二人の体は光に包まれ、時空移動していった。
                         例の如く、乱暴に放り込まれた桜子と京子が辺りを見渡すと、一帯は火の海に包まれている。
                         その中に目的の人物はいた。
                        「義経様?」
                         声をかける桜子に義経は振り向き、目尻を下げた。
                        「そなた達は確か、未来の使者とやらだったな」
                        「そうです。外にいるのは、鎌倉の軍ですね?」
                         桜子の問いかけに義経はかぶりを振る。何と義経が救いを求めた奥州藤原氏だという。
                        「泰衡が兄頼朝に脅され裏切ったのさ。バカな奴だ。これで藤原氏が助かるとでも思ったのだろう。あの頼朝がそんなに甘いわけがない」
                         笑う義経だが、これは事実だ。義経を討たせた頼朝は、憂いを完全に断つべく奥州藤原氏を滅ぼすに至る。
                        「この世に生まれて三十年……あっという間であった。思い残すことは何もない。平家を滅ぼす。この大仕事を果たし史に名を刻めたわけだからな」
                         そう語る義経の顔は、どこか晴れ晴れとしている。無念さを押し殺した上での笑顔だ。刃を手に取る義経だが、ふと思い出したように言った。
                        「そう言えば、そなたらの話をしていた者がいたな。確かオニヅカという男だ」
                        「オニヅカが!? 奴はどこに行きましたか」
                         身を乗り出す京子に義経は答えた。
                        「京だ。ある人物を訪ねると申していた」
                         ――間違いない。後白河法皇だ。
                         桜子と京子が目配せを交わす中、義経はこの世に別れを告げ自刃した。その最期を見届けた桜子は、京子とともに新たな時空へと飛んでいく。
                         向かった先は、後白河法皇が在中する御所である。
                        「来たか。頼朝の使者……いや、未来からの使者かの」
                         いきなり現れた桜子と京子に後白河法皇は、意味深な笑みを浮かべている。その理由は、背後で囚われの身となっている人影にあった。
                        「オニヅカ!」
                         声を上げる京子にオニヅカは、舌打ちしている。
                        「京子!? なぜ貴様がここに……」
                        「悪いけどアンタの与太話に興味はないわ。今すぐ投降しなさい」
                         銃口を突きつける京子にオニヅカは、交渉を持ちかけた。
                        「同じ藤原一族だろう」
                         だが京子は、睨みを解かない。
                        「オニヅカ。あたいの家族はアンタが起こした時空テロの犠牲になった。そのときからずっと、アンタを刑務所にぶち込むことだけを考えて生きて来た。観念しなさい」
                         畳み掛ける京子の顔は、鬼気迫るものがある。一方のオニヅカは、盛んに暴れるものの後白河法皇の家来に取り押さえられ、身動きを封じられている。
                        「おのれ……お前ら、覚えておれ!」
                         オニヅカは、京子達を睨みつけながら吠えた。
                        「桜ちゃん。後を頼んだよ」
                         オニヅカを連行する京子を見送った桜子は、後白河法皇と向き合っている。
                        「もしかして法皇様は、私達が来ることを予測して、オニヅカを?」
                        「うむ。そなたらがただものではないことは、会ったときから分かっておった。しかし、未来からの使者だとはな。オニヅカとやらは、歴史の敵なのであろう?」
                        「そうです。それも重大な時空テロ犯なんです」
                         桜子の訴えに後白河法皇は笑みで応じつつ、心中を吐露した。曰く、残りの人生の全てを新たな時代の構築に捧げる、と。
                        「思えば源平の戦さは、私をめぐって起こった様なものだ。その歴史的責任は果たすつもりだ」
                        「つまり、頼朝様に鎌倉幕府を開かせる、と?」
                        「簡単にはさせんが、次の世を担う公武関係の枠組みは構築しようと思う。その話をそなたの兄としたところだ」
                        「え……志郎兄と!?」
                         驚く桜子に後白河法皇はうなずく。どうやらその条件がオニヅカだったようだ。
                         ――志郎兄も策士ね……。
                         ため息を混じえる桜子に後白河法皇は言った。歴史の正常化に手を貸すかわりに、頼朝との交渉を見守ってくれ、と。
                        「もちろんです」
                         二つ返事で応じる桜子に後白河法皇は、笑みを浮かべ一つの歌を誦じた。
                        「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」
                         いわゆる平家物語の冒頭である。これを朗々と読み上げた後、意を決し頼朝に向けて筆を取った。
                         

                         さて、この後の歴史であるが、西暦1190年11月7日に頼朝が千余騎を率いて上洛し、後白河法皇と院御所・六条殿で初の対面を果たしている。
                         いわば政敵同士とも言えるこの会談であるが、両者は他者を交えず、日暮れまで腹を割って話し込んだ。
                         頼朝に至っては、法皇を我が身に代えても大切に思っている旨を表明し、証拠として朝廷を軽んじる発言をした功臣の上総広常の粛清を語ったほどだ。
                         これを受け後白河法皇はその日のうちに頼朝を、参議・中納言を飛ばし権大納言に任じた。
                         さらにその翌日には、頼朝が後白河法皇に砂金・鷲羽・御馬を進上し、その後も長時間にわたり会談した。ここで後白河法皇は花山院兼雅の右近衛大将の地位を取り上げてまで、頼朝に与えている。
                         頼朝の在京はおよそ40日間に及んだが、対面は八回を数え、ここで双方はわだかまりを払拭し、朝幕関係に新たな局面を切り開いた。
                         武家が朝廷を守護する鎌倉時代の政治体制が確立したのである。その全てを見届けた桜子が向かったのは、京を一望出来る丘の上だ。そこに意中の人物を見つけ、静かに声をかけた。
                        「志郎兄」
                         志郎は振り向くことなく、言った。
                        「来ると思っていたよ、桜子」
                        「私も志郎兄なら必ずここに来るだろうと思って」
                         桜子は志郎のお隣で肩を並べた。しばしの沈黙の後、志郎は鎌倉に戻っていく頼朝の軍勢を眺めながら言った。
                        「一つの時代が終わるな」
                        「そうね。でも志郎兄はまだセツナと繋がり歴史の改変を目論んでいる」
                         嘆く桜子に志郎が意外な台詞を吐いた。
                        「桜子、確かに俺は今はセツナに付き従っているが、全面的に信じた訳ではない」
                        「え、どういう事?」
                         首を傾げる桜子に志郎は言った。歴史はその時代の空気であり根底に蠢く潮流で、その捉えどころのない流れは、何となくゆっくり変えていくものだ、と。
                        「つまり、潮流に影響を及ぼしこの国に静かな革命を起こしていくって事?」
                        「あぁ。その先にセツナを取るかシュレを取るかの決断を迫られよう。特にセツナだが、背後にいる存在がヤバい。だからそれまでは桜子、お前とは敵同士であった方がいい」
                         志郎曰く、双方が対立のポジションを取りつつ、その時々で歩調を合わせ阿吽の呼吸で進むべき道を探っていこう、と。
                         無論、桜子も異論はない。むしろそれがこの国の未来に対する有効なスタンスに思えた。
                        「桜子、父さんと母さんによろしく伝えておいてくれ。じゃぁな。次の時空で会おう」
                         志郎は手を振るや、桜子に背に向け去っていく。
                         ――阿吽の呼吸、か……。
                         桜子は密かに心でつぶやきつつ、自身もこの時空から姿を消した。

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                           第二十五話

                           頼朝との接触を終えた桜子と京子が次に向かったのは、京の都だ。かつて、この地を平定したのは平家だ。
                           だが、奢る平家も久しからず、倶利伽羅峠で大敗し、木曽義仲に取って代わった。もっともその統治は短く、頼朝が送り込んだ義経に惨敗し、歴史から姿を消した。
                           さらにこの義経も頼朝と対立しようとしている。これら一連の動きの背後には、一人の人物が見え隠れしている。
                          「後白河法皇か……」
                           桜子はその名をつぶやく。幾度となく幽閉・院政停止に追い込まれつつも、そのたびに復権を果たすしぶとさは、稀代の才と言えた。
                           その後白河法皇と桜子と京子は、接触を持っている。
                          「頼朝も妙な使者を遣わしたのぉ」
                           二人のナリを興味深げに眺める後白河法皇に桜子が問うた。
                          「法皇様は、この国をいかにしようとお考えですか?」
                          「フフっ、そんな高尚なものは持っておらんわい。だが、この京を灰にする覚悟ならあるぞ」
                           後白河法皇は意味深に笑うや、その信条を晒した。曰く「分割して統治せよ」と。
                           ――確かに武士を源氏と平家に分断し、さらに源氏同士をも巧みに対立させている。気がつけば皆、この法皇様の掌の上で踊らされているわ。
                           桜子は唸らざるを得ない。ちなみにこれまで桜子が抱いていた歴史上の偉人のイメージは、鮮明なビジョンを持ち情熱を持ってして世を動かす激情家だ。
                           だが、目の前の法皇は、明らかに毛色が違う。深慮遠謀を企てつつも、敢えてそれを前面に出さず、のらりくらりと政敵を煙に巻いては機をうかがい、世に潮流を生み出していく。
                           さらに歴史で台頭しそうなプレイヤーを見極めてはその心を絡め取り、心理的な措置を適度に施しつつ支配するスタイルなのだ。
                           ――この法皇様、例えるならウワバミね。世の根底に流れる集合心理を巧みに刺激し、何となく時代を支配して、その全てを飲み込んでいく。まさに大蛇よ。
                           なお、この後白河法皇を頼朝は「日本一の大天狗」と評したが、その気持ちが分かる気がした。
                           表面上は今様狂いの遊び人を演じつつ、その実裏で権謀術数を駆使する稀代の策士ーーそんな後白河法皇に、京子もまたこれといった明言を避け、雑談に興じつつ探りを入れていく。
                           やがて、後白河法皇と別れた京子は言った。
                          「桜ちゃん。義経様だけど、頼朝様と法皇様の狭間で翻弄されるピエロになりそうよ」
                          「それってどうなのよ。京子」
                          「どうもこうもないわ。私は未来の時空課税局の人間だもん。税制の整備を第一に歴史に関わるのが仕事よ。クリスタルも然りね」
                           割り切る京子に桜子は、憤りを感じていたものの、それは言葉にはならなかった。
                           ――木曽義仲は法皇様に〈旭将軍〉の官位で釣られ見事に踊らされた。今度は、義経様が歴史の舞台で道化を演じさせられようとしている。
                           その理不尽さを嘆く桜子だが、ため息とともに心中を吐き捨てた。
                          「それもまた歴史の性、か……」
                           その一方でセツナ一派の動きにも注力している。特に志郎だ。どうやら平家一派に接近し、何かを企んでいるようである。
                           京を追われ福原を捨て西へと落ち延びた平家だが、今だ強力な水上戦力を有する一大勢力に違いはない。
                           ――一体、志郎兄はどうしようというのだろう。
                           その心中は計りかねるものの(何となくではあるが)志郎が目指す境地が見えなくもない。
                           これまで歴史を渡り歩いてきた桜子には、その時々で根底に潜む潮流が感じられるようになっていた。
                           ゆえにその潮流にベクトルを合わせ、対立の中に共同歩調を見出し、活路を見出そうというのが桜子の企みだった。
                          「さ、行こうか桜ちゃん」
                           京子の誘いに桜子はうなずきクリスタルをかざした。たちまち二人の体は光に包まれ、新たな時空へ飛んだ。
                           行き先は壇ノ浦である。例の如く乱暴に放り出された桜子と京子は、目の前で繰り広げられる合戦に釘付けとなった。どうやら戦況は源氏有利に傾きつつあるようだ。
                           一ノ谷、屋島と立て続けに敗れた平家はすでにあとがない。ここで平家は歴史に残る道を選ぶ。二位尼が幼少の安徳天皇を抱え、入水したのだ。
                           さらにその後をお抱えの女官や武士が続く。その壮絶さの中に華やかさを求める最期を前に桜子の心は、平穏ではない。
                           そんな中、桜子は乱の中に見知った人影を見つけ、声を上げた。
                          「志郎兄!」
                           だが、志郎は構うことなく駆けていく。やむなく桜子もその後を追った。
                           船と船の間を跨ぎ、最後尾まで追い詰めたところで桜子は志郎に叫んだ。
                          「志郎兄、なんで私を置いていくの。この国の歴史をどうするつもりなのよ!」
                           そんな桜子に志郎は振り返るや、右手をかざした。その途端、一帯に凄まじい衝撃が走り、桜子は体を壁に叩きつけられた。
                           何が起きたのか全く理解できない桜子は、激痛に耐えつつ顔を上げ、息を飲んだ。何と歴史のクリスタルが、宙に浮かんでいるのである。
                           ――一体、どういう事!?
                           桜子は困惑したまま上体を起こそうとするものの、先程の衝撃で足が動かない。そうこうするうちに志郎が近づき、歴史のクリスタルに手を伸ばした。
                           その途端、クリスタルに変化が起きた。パリンっという音ともに真っ二つに割れたのだ。
                           ――クリスタルがっ!?
                           桜子が声を失う中、志郎は割れたクリスタルの半分を手中に収め、桜子に一瞥をくれるや何も言わずに去って行った。
                           途方にくれる桜子は、半分になったクリスタルをただ呆然と眺め続けた。

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                          返信先: 六月到来 #2927
                          一井 亮治
                          参加者

                            答えです。
                            どうでしたでしょうか^^b

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                            一井 亮治
                            参加者

                               第二十四話

                               父・善次郎が退院した。桜子はそのサポートにあたっている。
                              「志郎は、まだ戻らないのか」
                               息子の不在を危惧する善次郎だが、桜子が掻い摘んで現状を報告し、大丈夫である旨を伝えた。
                               もっとも事務所の焼失といい、元の状態への復帰には今しばらくの時間が必要と見られている。だが、再開に向けた準備は着々と進んでいく。その第一歩が事務員の募集だ。
                              「どこかに適当な人材は、いないものか」
                               そう考え募集をかける善次郎だが、目ぼしい人材が見当たらない。やむなく桜子に問うた。
                              「桜子、夏休みの間の短期でいいから、お前の知り合いで事務員候補はいないか?」
                              「えっ。や、いなくはないけど……」
                               口ごもる桜子の脳裏にあるのは、この時空を監視するエージェントの京子だ。もっとも大雑把でムラっけの激しさゆえ、事務員としての適性には疑問符は付くが、活動をともにする点で適材に思えた。
                               ダメ元で試しに連絡を取ってみると、意外にも乗り気である。二つ返事で了承の意を伝えるや、その日のうちにやって来た。
                              「やー何か悪いっすねー。あたいなんかでいいんっすかぁ?」
                               相変わらずのガサツさで現れた京子に、善次郎はやや面食らいつつも面接を進めていく。
                               やがて、全ての項目をクリアしたところで、善次郎は京子に合格を下した。
                              「桜子。お前が薦めるなら、よかろう」
                               善次郎は幾つかの条件付きではあるものの、桜子の意に従い京子を雇うことにした。
                               その後、桜子は祝いを兼ねて京子と外に繰り出した。向かった先は、あろうことか居酒屋である。
                              「京子、アンタまだ未成年でしょ?」
                              「やーいいじゃんいいじゃん、固いことなしってことでさー」
                               京子はざっくばらんに、生をジョッキで飲み干すや、今後の方針について話し合った。
                              「京子、すでに藤原氏を中心とした貴族の世は追ったわ。道長さん曰く、次は武士の世だって」
                              「んーそうね。租税も守護・地頭を通じて大きく変わるし」
                              「でも貴族の既得権益を武士は、どうやって簒奪したのかな」
                              「フフッ、そこが次の歴史トラベルの鍵じゃん。百聞は一見にしかず。明日、一緒に見に行こう。多分、クリスタルもそれを望んでいるはずよ」
                               語りかける京子に桜子はうなずき、歴史のクリスタルを取り出した。中から放たれる淡い光に目を細めつつ、桜子はこれまでのタイムトラベルを振り返っている。
                               ――これまでは、自分と無関係だったが、次は違う。源氏の末裔として、歴史に直接向き合うことになる。果たして私にその資格はあるのだろうか。
                               そんなことを思いつつ、新たな時空に思いを馳せた。

                               翌日、桜子は二日酔いの京子を引き連れ、平安末期へと向かった。降り立った場所は、夜の川辺だ。見ると白旗と赤旗を掲げた大軍が川を挟んで野営していた。
                              「源氏と平家ね。果たしてどちらが勝つか」
                               成り行きを見守る桜子だが、傍らの京子が今にも吐きそうな顔で言った。
                              「あー気持ち悪ぃ……」
                              「だから、飲み過ぎだって言ったでしょう」
                               桜子は呆れつつ、川辺へ京子を休ませに向かった。降りしも季節は冬へと向かいつつある。冷える体を縮こませる桜子だが、傍らの京子の様子がおかしい。
                               両手を口元へ運び、何かを堪えている。何事かと見守っていると、京子は特大のくしゃみを放った。
                               その途端、川辺の草むらに潜んでいた水鳥が一斉に飛び立った。これが全てを決壊させた。
                              「源氏の襲撃だっ!」「逃げろぉ!」「お助けぇ」
                               川辺に陣を張っていた平家が、赤旗を投げ捨て一目散に逃げ去っていく。
                              「あらら……」
                               思わぬ形で歴史に関与し、騒動の中心となってしまった京子は、桜子に言った。
                              「やっちゃった。桜ちゃん。どうしよう」
                              「どうするもこうするもないわよ!」
                               声を上げる桜子に京子は、立つ瀬がない。やむなく反対側に陣を張る源氏側を目指したものの、暗闇もあって本陣か見失ってしまった。
                              「もー参ったわ……」
                               頭を抱える桜子だが、そうこうするうちに夜が明けてしまった。完全に迷子になった二人だが、そこへ見知らぬ者の図太い声が響く。
                              「お前達、何者だ!?」
                               驚き振り返ると、声の主と思しき大柄な僧兵が薙刀を手に睨みを効かせている。さらにその背後には、数名の騎兵と一団の主人と思しき小柄な武者が控えている。
                              「あーもしかして弁慶さんと義経さん達だったりします?」
                               京子の問いに弁慶は「なぜ知っている」と、ますます不審げな表情を見せている。
                              「や、大丈夫っす。うちら味方なんで。こっちが源氏の末裔の桜子さん。実はあたいら未来から来まして……」
                              「はぁ!? 何を訳の分からぬことを言っておる。妙なナリといい怪しい奴め。ひっ捕えてやる」
                               弁慶の命令により、桜子と京子は敢えなくお縄頂戴となった。
                               ――もー最悪……。
                               桜子は、騒動の発端である京子に呆れ返っている。やがて、二人は義経や弁慶らと源氏の本陣へとやって来た。
                              「兄弟の対面、か……」
                               桜子は陣幕の向こうで、涙の再開を交わしているであろう総大将の頼朝と義経を想像していると、不意に声が掛かった。
                               何でも頼朝が呼んでいるという。連行されていく二人は、頼朝の前に突き出されるや、その縄を解かれた。
                               頼朝は、二人に頭を下げた。
                              「すまぬな。時空の旅人よ。弟が我が一族の子孫に働いた無礼、許してくれ」
                              「え、信じてもらえるんですか!?」
                               驚きの声を上げる桜子に、頼朝はうなずく。何でも末裔を名乗る別の人物と既に会っているという。
                               ――志郎兄か……。
                               桜子は舌打ちした。どうやら向こうは向こうで何らかの目的の下に、活動を済ませているようだ。その後、互いに名乗る桜子と京子に頼朝は大いにうなずくや、手招きした。
                               不審を感じつつ近寄る二人だが、頼朝は意外なことを問うた。
                              「あの義経だがな、どうすればいいと思う?」
                               頼朝の懸念はこうだ。自身は源氏の総大将を名乗ってはいるものの、それは多くの関東武士達の利害の上に成り立つ砂上の楼閣に過ぎない。
                               だが、義経はそれをあたかも当然のように捉えているきらいがある、と。
                               それを聞いた桜子は、驚きを隠せない。
                               ーー凄い。頼朝様が義経様と会ったのは、今日がはじめてなのに、義経様の至らぬ点を完全に見抜いている。
                               そんな桜子の心中を察した頼朝は、笑みとともに言った。
                              「ワシには軍才はないが、人を見る目だけは持っているからの」
                              「驚きです。ちなみに頼朝様が挙兵に至られた理由はなんですか?」
                              「武士の世を作ることだ」
                               頼朝は、ここではじめて自らを野心をさらした。
                              「これまで我ら武士は、貴族にいいように利用されてきた。平家も然り、完全に貴族に媚びるばかりか、自身まで貴族を振る舞っている。清盛に至っては、娘の子をわずか三歳で強引に天皇にしてしまった」
                              「なるほど、今回の勝利で源氏への流れが出来ました。やはり上京を?」
                              「いや、京はいい」
                               かぶりを振る頼朝に、桜子は首を傾げている。やむなく頼朝は心中を述べた。曰く、貴族の都である京ではなく、鎌倉に新たな武士の都を作るのだ、と。
                              「それはまた壮大な野望ですね」
                               驚く桜子に頼朝は、表情を曇らせ懸念を述べた。
                              「ただ、その際に問題となるのが、税だ。これがなければ絵に描いた餅に過ぎぬ。何か案はないか?」
                              「あぁ、それなら一つ……」
                               頼朝の懸念に応えたのは、京子だ。それは全ての問題を払拭する絶妙の案だった。頼朝は、膝を打ち大いに喜んでいる。
                               一方の桜子は、その非情さに声が出ない。
                               ――それは、ちょっとあまりにも……。
                               やがて、頼朝から解放された桜子は、京子を問い詰める。
                              「京子、あの案だけど、ちょっとあんまりじゃない?」
                              「桜ちゃん。歴史っていうのは、ある程度の非情さはいるよ」
                               ――確かにそうかもれないけど……。
                               桜子は京子に理解を示しつつも、憤りを隠せない。
                               さらに気になるのは、京子が歴史への干渉を繰り返している点だ。察するに未来人は時空課税上、過去を統治すべく偉人の未来に影響を及す必要があるようにうかがえた。

                              一井 亮治
                              参加者

                                 第二十三話

                                 クリスタルが示した時空――それは、平安時代の絶頂期だ。その最たるが一家立三后を擁し、権勢の全てを手中に収めた藤原道長である。だが、その道長は今、病に伏している。
                                 そこへ突如として桜子が放り込まれた。驚く道長だが、その面影にかつての出会いを思い出し、苦笑した。
                                「そなたは、確か桜子だったな。肝試しのときといい、望月の歌のときといい、いつも突然に現れる」
                                「毎度、スミマセン。お身体は大丈夫ですか?」
                                「ふっ、いくら私でも寿命には、勝てん。私の時代も終わる」
                                 どうやら道長は、すでに覚悟を決めているようだ。夢でも見ているかのようであったと人生を振り返りつつ、桜子に言った。
                                「大いに繁栄を築いた我が一族だが、おそらく今が旬だろう。つまり、腐りかけだ。時代が変わる。貴族の世が終わり、武士の世となろう」
                                 自嘲する道長だが、事実、長男の頼通の世では国司の租税取り立てに対する不満から反乱が勃発し、長期化する。
                                 頼ったのは、河内源氏の祖となる源頼信だ。もはや武士の力を頼る以外に道はなくなっていく。
                                 それは権力の裏付けが、高貴な血筋から武力へと変わりはじめたことを意味している。
                                「それでいい……そうやって歴史は進んでいくのだ。一時代を築けたことを私は光栄に思う」
                                「道長さんは、自分の時代が終わることに憤りはないのですか?」
                                「あろうはずがない。思えば我が世は権謀術数に明け暮れた時代だった。皆で教養を競ったものだ。これが武に変わる。フフッ、実に愉快だ……」
                                 道長は、まんざらでもなさげだ。それは、藤原氏の世がピークを越した瞬間であり、次の時代の幕開けでもある。
                                「桜子、君は確か源氏の末裔だったな」
                                「はい。正直、あまり自覚はないんですけど」
                                「フフッ……よかろう。先駆者として一言贈ろう。背後に御用心――健闘を祈る」
                                 それだけ述べるや、道長は口を閉じた。

                                 道長の最期を看取った桜子だが、外に出ると京子とシュレが待っていた。
                                「桜ちゃん。心配したよ」
                                「どうやら無事のようだね」
                                 声をかける二人に桜子は、笑みで応じつつ考えている。これまで見てきた歴史で、租税はどの時代もアキレス腱であった。同時に国家が体をなす根源でもある。
                                「ねぇシュレ。福沢諭吉さんは租税を国民と国との約束と表現していた。卑弥呼さんは、稲作がもたらす格差を是正する所得再分配を説いた。セツナに至っては、無税国家論構想よ。理想の税制って何なのかな?」
                                「フフッ、桜子の言いたいことは、よく分かるよ。だが、性急な税制は中立性と経済実態を大いに歪める。簡単じゃないさ」
                                 まとめるシュレに京子も続く。これは国家を運営する上で永遠のテーマであろう、と。
                                 ――歴史に学び時代を読む。時空を超えた先にある答えを私は知りたい。
                                 桜子はそんなことを思いつつ、シュレや京子とともに現代へと戻って行った。

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                                一井 亮治
                                参加者

                                   第二十二話

                                   セツナらに連れ去られた桜子は、監視の下、隔離された部屋にいる。そこへオニヅカが入ってきた。
                                  「ダージリンティは、いかがかな?」
                                   紅茶を差し出すオニヅカに桜子は、そっぽ向く。オニヅカは苦笑を浮かべつつ、前の座席に腰掛け対面した。
                                  「桜子。私には一つ、分からない事がある。君は救国を条件にシュレに助けられた。そして今、クリスタルと歴史を旅している。だがはっきり言って、この国は手遅れだ。なら発想を切り替えるべきだろう」
                                  「つまり、祖国を売れってこと?」
                                  「『トム・ソーヤの冒険』は知ってるかい? 著者のマーク・トウェインが言っている。〈歴史は繰り返さないが、韻を踏む〉とね」
                                   オニヅカは、メガネを指で押し上げながら、さらに続けた。
                                  「これから日本は、厳しい局面を迎える。だが悲観することはない。かつて、世界を大恐慌が襲った。だが、そこで儲けた人もいなかったわけではない。世界には危機の中でお金を稼ぐ人が常にいる。皆が売るタイミングで買い、皆が買うタイミングで売るんだ。例え危機が起き、経済が崩壊しようとも、必ず復活するのさ」
                                  「だから歴史まで改変しようっていうの? 悠久の時空を賭場に相場を張って、儲けのためなら国すら滅ぼすなんて間違ってるわ」
                                  「ふっ、見解の相違さ。まぁゆっくり考えてくれればいい。それはそうと君のお兄さんだが、なかなかにしてしたたかじゃないか。私にとって歴史はギャンブルだが、彼にとってはゲームのようだ」
                                   薄ら笑いを浮かべるオニヅカに、桜子は被りを振りつつ、声を上げた。
                                  「オニヅカ、私にはさっぱり分からない。歴史がギャンブルやゲームな訳ないでしょう」
                                  「じゃぁ、何だと言うのかね? 時空課税上の財源か? 君はいつまで未来の奴隷でいるつもりなんだ」
                                   罵るオニヅカに桜子は言った。
                                  「私にとって歴史は、過去との対話よ。これまで色んな偉人に会って来た。皆、悩みの中で現実と直視し、それぞれの答えを見つけていたわ。なのに、あなた達はそこに敬意を払わず私物化しようとしている」
                                   非難の声を上げる桜子にオニヅカは、肩をすくめお手上げのポーズをとる。桜子の説得を諦め席を立つや、部屋を出て行った。
                                   入れ替わるようにやって来たのは、セツナである。
                                  「お嬢さん。いらっしゃい」
                                   セツナの手招きに桜子は、警戒しつつも従った。桜子はセツナの背中を追いながら問うた。
                                  「セツナ。一体、私をどうするつもり? あなたの設計者同様に始末する気ね」
                                  「お言葉を返すようだけど、私の設計者は死んじゃいないわ」
                                   言葉を失う桜子をセツナが笑う。
                                  「そんなに身構えなくても大丈夫よ。私達には、あなたを簡単に始末できない事情もある。ただ……そうね。一つ、いいものを見せてあげるわ」
                                   意味深な笑みを浮かべつつ、セツナが向かったのは祭壇のような場所である。そこで立ち止まったセツナは、振り返るや桜子の額に人差し指をかざした。
                                   その途端、桜子の頭の中を走馬灯のように映像が走り抜けた。
                                  「え……今のは、何!?」
                                   戸惑う桜子にセツナが言った。
                                  「私の目指す世界――無税国家論のビジョンよ」
                                   ――無税国家論ですって!?
                                   桜子は見開いた目でセツナを見た。冷静に考えて、それは不可能である。だが、そのビジョンを直接、頭の中にありありと見せられた桜子は、反論の言葉を失っている。
                                   そんな桜子にセツナは言った。
                                  「お嬢さん。今から二十四時間、あなたに時間をあげる。私かシュレか、どちらに着くべきかをよく考えて、はっきりと道を決めなさい」
                                   
                                   
                                   
                                   無税国家論――それは財政支出の徹底削減により国家予算の剰余金を積み立てて、非常に長いスパンでこれを目指す、という福沢諭吉を参考に松下幸之助が描いた国家論構想である。
                                   無論、そこには企業経営のノウハウ援用を念頭においている。つまり、日本産業株式会社という訳だ。
                                   ただその実現には多くの資本を要するため、歴史のクリスタルで資金を捻出し、新たな国家像を打ち立てようというのが、セツナの目論見らしい。
                                   部屋に戻された桜子は、改めてその可能性について考えている。
                                   ――確かに国や民、未来のあるべき姿を追求すれば、それは理想かもしれない。
                                   だが、それを多くの犠牲を強いてでも強行しようとする考えには、やはり賛同できなかった。
                                  さらに気になるのは、セツナが述べた設計者存命の報である。無論、事実とは信じきれないが、どうもその設計者は、桜子をむげに出来ない事情があるらしい。
                                   ――一体、何がどうなっているのよ……。
                                   謎が謎を呼ぶ中、ふと時間を確認すると、タイムリミットが迫っている。悩む桜子だが、そこへ思わぬ声が響いた。
                                  「セーンパイっ、お久っす」
                                   調子の良さげな挨拶に振り返った桜子は、思わず声を上げた。
                                  「翔君!」
                                  「さ、センパイ。今のうちに早く逃げて」
                                   脱出を促す翔に桜子は、困惑しつつも後に続いた。監視員が睡眠薬で眠りにつく中、翔は桜子を連れて、裏口を案内していく。
                                   不審さを感じた桜子が問うた。
                                  「翔君。一体、どういうつもり?」
                                  「や、これはですね。志郎さんの差し金なんです」
                                  「志郎兄の!?」
                                   驚く桜子に翔は続けた。何でも志郎は完全にセツナを信じた訳ではなく、ある種の保険をかけたつもりだという。
                                   その上で桜子はシュレに、志郎がセツナに従いつつもあうんの呼吸で息を合わせ、互いに歩むべき未来を探っていこうという目論見のようである。
                                  「あの人もなかなかにして腹黒いですよね」
                                   笑って見せる翔に桜子の心中は、複雑だ。だが、ここはその考えに従い共存を図るべきだと思い直した。
                                  「さ、センパイ。歴史のクリスタルをかざして下さい。クリスタルが導く時空へ逃れた先に、センパイの未来が待っていますよ」
                                  「分かった。ありがとう翔君」
                                  「礼は結構。今日の味方は明日の敵、それじゃあまた」
                                   手を振る翔に桜子はうなずくや、クリスタルを額にかざし、光とともに導かれるままに姿を消した。

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